翼持つものたちの夢

霜月天馬

第二部 22話〜ウィンターフェア開催〜





「有難うございました」
「それにしても大入り。予想以上の入りだと感じるけれど。店長の新メニューがきいたのかな」
「確かにそうかもしれないわね。でも、そのきっかけを作ったのは蝉代と直ちゃんの二人よ。ほらほら仕事仕事」
「わかった」
 フロアの方では蝉代と治子さんが談話していた。私はというと厨房の洗い場で搬入されてくる食器類をひたすら洗っていた。
 何でも、コック長である塩見氏のお墨付きを貰ったみたいだ。まあ、私は洗い場だろうとフロアだろうとどこの部署でも構わない
 けれどね……。
「直子。皿はどうなっている」
「すべて問題ありません。準備はオーケーですよ。でも、なんで料理長は此処に? あなたの腕なら一流のレストランでも就職できそうですけど、なぜファミリーレストランに」
「もともと大衆料理が最初の修行先だったからな。それに作れと言われれば高級料理のフルコースだって問題なく作れるぞ。なにしろ豪華客船のチーフコックもしていたからな」
「そうですか。ではなぜファミリーレストランの調理長になったのですか」
「それは、船のコックを解雇されて途方にくれていたが、そのときに原点に立ち返るチャンスをPiaのオーナーがくれたんだ。その恩に報いて俺は体が動く限りこの店のコックをやるつもりだ。おっと。またオーダーが来たぞ。戦闘開始だ」
「了解」
 そんな訳で私は再び洗い場で食器と格闘することとなった。
「アップルパイとアップルスイートポテトをそれぞれ3つとポトフ3つです」
 オーダーを聞いた料理長以下調理スタッフはすぐさま行動にはいっていた。
 なお、今回のフェアでは主に冬の料理として熱々の煮込み料理と冬に美味しくなるリンゴをメインにしたデザートの2本柱である。
 まあ、治子さんから聞いた話では、私と蝉代が作ったリンゴのお菓子に感動してそれでリンゴの入手先なんかの手配などで苦労したらしい。
 でも、あのデザートを試しに食べてみたけれどあの味は折り紙付きだったしね。
 そんなこんなで昼間のピークもおわって私と蝉代の二人はたまたま同じ時間で飯を食っていた。
「それにしてもまさか私達のメニューが採用されるなんてね……」
「たしかにそうね。それにしても治子さんの行動力には驚かされるばかりだな」
「そうね。たしかにそれはいえるわね。まあ、好いた男の為ならばってやつなのかしらね」
「それはいえるかもね……」
「あの。おはようございます」
「おはようです」
「ああ。江藤さんに工藤さんか毎日ご苦労さん。それにしても工藤さんバイク屋を紹介してくれて助かったよ」
「ええ。ウチもおおだすかりでしたよ。それにしてもV-maxにしてもハーレーにしてもどちらとも純正パーツを使っていない上に、V-maxの方は後付でターボチャージャーにニトロボンベまで装備していて往生していましたね。まあ、しっかりと車検は通過したので安心してくださいね。ホーネットのパワーアップの参考になりましたよ」
 工藤の話を聞いた私は……
「そう判ったわ。後でのこりのお金を払うから請求書をお願いね。それと工藤さんまだまだ甘いわね。確かに外はターボとニトロ強化に目がいっているけれど実はエンジンよりも重要な改造ポイントがあることを知らないようね」
「どこですかそれは」と、工藤。
「それはあなた自身がみつけることね。でもヒントをあげるわ幾らパワーをあげてもそのマシンを操るのは人間よそしていかに確実に制動を掛ける事とライディングを確実に出来なければあっという間に天国への階段を上る事になるわね」
「確かにそうね……」と江藤
「え。ゆあ。判ったの」
「簡単なことよ。由佳。エンジンパワーをあげるのも重要だけれどそれに見合った足回りやブレーキ系の改造も必要だって深山さんはいいたいのよ。そうでしょう深山さん」
「そのとうりね。まあ私や蝉代さんのバイクはスクラップパーツを集めて作った代物だから、ある意味純正のマシンとは言えないキメラマシンだしね」
「それってつまりいろいろなマシンのパーツを強引に取り付けた代物ということかしら」と工藤。
それを聞いて私は二人に対して肯いていた。
「さて、休憩もおしまい。それじゃああんた達もこんな所で油売ってないでさっさと仕事しないと店長にどやされるわよ」
「「は、はい〜」」
 私がそういうと二人は揃ってフロアへと飛び出していた。そしてそれを横目で見つつ私もまた急いで残った料理を腹に収めるのであった。
 そして夕方のピークが過ぎ閉店までのこり1時間となったころ私は閉店作業をしつつフロアの様子を覗いていた。まあ、新人二人もそれなりに頑張っているみたいだしね。
 そして、お客さんの姿はまったく無いまま閉店時間を迎え私たちは閉店作業を行っていた。
 そしてその作業も完了し帰り支度をしている所で治子さんとばったり出会った。
「あら。直ちゃんお疲れ。これから引き上げ?」
「そうです。治子さんと純一君はまだ仕事がありそうですね」
「まあね。フェアの統計なんかの作業があるからね」
「そうですか。無茶をして体を壊さないでくださいね。私や蝉代さんなどの店員は替えがあるけれど店長達上層部はそうそう替えがききませんからね」
「そうね。そういえば直ちゃんはコンピューターは扱えるかしら?」
「一応、窓とリンゴを組み立てたり立ち上げたり保守もやっていたから大丈夫ですが……まさか?」
「そう。そのまさか。データの集計を頼めないかしら」
「良いですが。残業扱いにしてください」
「抜け目無いわね。直ちゃんも」
「ほめ言葉ありがとね。この世知辛い世の中で女の天涯孤独がいきるとなるとがめつくもなりますよ」
「それじゃあこのデータを集計おねがいね」
「わかりました」
 そういって私は渡されたデータをブラインドキータッチで打ち込んでいた。
「おーい。直子。いっしょに帰ろう……ってデータ打ち込み? あとどれくらいかかる」
 蝉代が事務所に入ってきて開口一番がそれであった。
「そうね。かなりあるわね。どう急いでも深夜になるな」
「わかった。ならば私も手伝おう。治子さん私も手伝おう」
「助かるわ。残業代は弾むから」
 そんなこんなで私と蝉代の二人は売り上げの集計作業を淡々とこなすのであった。
 そしてその作業も終わった時には既に時計の針は明け方ちかくをさしていた。
「あらら。助かったわ」
「まさかここまで遅くなるとね」
「直子さん。蝉代さんたすかりました」
「それは良いけれど。純一君あまり仕事は溜めるんじゃあないよ」
「まあ、純一君だけの責任じゃあないわね。私にも責任があるわよ。とにかくこの統計データを元にオーナーに説得できるわね」
「なるほど。要するに私たちはパイロットケースなのね」
「どういうことです。深山さん」
「ん。簡単な事よ。つまり私たちのフェアのデータを下に本店でフェアをやるかどうするかを決めるのよ。そうですね」
「直ちゃんの言うとおりよ。ありがとうね」
「ん。べつにそれは良いわよ。とにかく早く戻って寝ておかないと後がきついわね。あまり夜更かしは美容の天敵なんだけれどね」
「すまないね。埋め合わせはちゃんとするから。とにかくありがと……」
「おい。大丈夫か治子」
 崩れ落ちた治子さんをみて蝉代がとっさに抱えたが、直に安心した表情になっていた。
「大丈夫だ。気を失っただけだな。少し寝かせておくか。私が残るか」
「いえ。自分が残りますよ。直子さんと蝉代さんの二人は引き上げてください」
「そうね。そうしたいのは山々だけど。実は私も限界なんだね。おやすみ……」
そういって私も椅子にもたれるように眠りの世界に引きずり込まれていた。
「あらら。と。なると戻らずに此処で夜明かししたほうがよさそうね」
「そうっすね。夏のイベント以来ですね。貴女と二人になるのは」
「そうね。純一君も治子と仲良くやっているみたいで安心したよ」
「蝉代さんに直子さんには感謝していますよ」
「そう。なぜだ。少なくても直子はともかく私は何もしていないが」
「それでもきっかけを作ったのは貴方達ふたりですよ」
「むう。そうか。お前もすこし寝ておけ。0700に大音響のベルが鳴るようにしておくから。お前もやすんでおきな」
「蝉代さんは大丈夫なんですか」
「ああ。私のことは気にするな。どうせ殆ど眠る必要はないからな」
「そうですか。ではお言葉に甘えます……」
「ああ。そうしろ」
 そういうと彼も崩れ落ちるように眠りの世界に落ち込んでいた。私はそれを横目で見ながらそれぞれの体に毛布を掛けた後
 毛布をもって壁にもたれるように座って体の力を抜いていた。
 そう。明日の仕事に備えてだ。

(続く)

次回予告
 Piaキャロットの研修会に参加することになった治子達。当然直子、蝉代も参加することとなるがそこで再びさやか達と
 再会することとなる。はてさて彼女達がどのようなことになるか……
 次回を括目して待つべし。


管理人のコメント
パイロット試験に合格した直子たちですが、しばらくはPiaキャロットでの仕事の日々が続くようです。

>何でも、コック長である塩見氏のお墨付きを貰ったみたいだ

 塩見と言う名前と、豪華客船のシェフをしていたと言う経歴から見て、このシェフ長は「包丁人味平」の主人公、塩見味平ですね。渋いキャラを……


>V-maxの方は後付でターボチャージャーにニトロボンベまで装備していて往生していましたね。

 ただでさえ怪物のV−MAX(0-400ではフェラーリより速い)にそんなものをつんで、何をする気なんだ直子よ……


>「一応、窓とリンゴを組み立てたり立ち上げたり保守もやっていたから大丈夫ですが……まさか?」

 ハードにはとことん強いな、直子……


>「ああ。私のことは気にするな。どうせ殆ど眠る必要はないからな」

 蝉代、便利なキャラだなぁ……

 さて、次回は本店で研修と言う事ですが……また波乱がありそうな感じです。
戻る