翼持つものたちの夢

霜月天馬

第二部 第七話 〜台風パニック〜


「いらっしゃいませ。Piaキャロットへようこそ。何名様でしょうか」
「おーい。こっちまだか〜」
「少々お待ちください」
 昼のピーク真っ只中の店内の様子だ。まあ、フェア初日には治子さんから聞いた話だと通常の倍の売り上げがあったと聞いていた。ちなみに私の今日のシフトは厨房だ。まあ、新人のマネージャーがシフトを組んでいるみたいだけれど中々ね。
 まあ、彼は北川君に比べればまだまだだけれど成長の速さは彼以上のものを秘めていそうね。
 私は戦場のようなフロアの様子を見ながら同じく洗い場に大量に入ってくる皿やグラスを手際よくかつ精密に洗っていた。
「あれ。おかしいなあ」
「ん。どうした。深山」
「ああ、北川さんか。どうも今日は昨日に比べて人の入りが集中しているように見えるからさ」
「まあ、無理も無い。午後には台風が直撃するとニュースがあったからな」
「そう。ところで、手が止まっている。口動かしていても手を動かす」
「おっと。そうだった」
 そんな会話をしつつも私は場のリズムを読みながら的確に仕事をこなしていた。秋山君がサポートに入ったこともあったけれど彼の仕事振りでは私に振り回されっぱなしで、私は彼を怒鳴りつけてしまう事もあった。まあ、それについては治子さんに窘められたけれどねえ。でも、彼の成長の速さには驚きものだよ。この前サポートに入った時は私にとって許容範囲内の手際のよさで仕事をこなしていたからねえ。
「北川さん。あなたもうかうかしていると彼にマネージャーの座を奪われるよ」
「そうだな。俺も負けられんよ」
「そう。ペースを上げるよ。ついて来れるかな」
「まだ上げるのか……」
 私は本気の速度で仕事をこなしていた。そして休憩時間……。
「あ、あの大丈夫……」
「あ、ああ。なんとかな。それにしても深山お前は凄すぎ……」
「ご飯食べる?」
「ああ、食わねば持たないから。食う」
「ん。じゃあ一寸待っていてね。今用意するから」
 15分後
「ほい。特大オムライスお待ち」
「早いな。深山お前が作ったのか」
「もちろん。まあ私も同じものを作ったけれどね。とにかく食べて食べて」
「ああ。判った」
 私も無言でスプーンを手に取りオムライスを食べていた。
「どう、味は……っていうまでも無いわね」
 まあ、彼は無心でオムライスを食っていた。
「ふう。美味かった。ありがとうな」
「そう。それは良かった。それにしても、この食べ方だとよっぽど手料理に飢えていたみたいね。ところで北川さんには親兄弟はいるのかしら」
「ああ。両親に姉貴がいる。もっとも俺とは歳が離れているがな」
「そうか。それは羨ましい……。それじゃあ自分で飯を作る事はあまり無いわね」
「まあな。ところで深山には居るのか」
「残念ながら私には親兄弟は居ないわ。母は物心つく前に死んだし父も私が小学生の時に行方不明になったからね。さて午後の仕事に入るわよ……」
「そうだな」

 で、午後に入って……
「むー。まったく客が入らないとは……」
「本当ね。あ、直ちゃん。今のうちに倉庫にいってくれないかしら。思っていた以上にスプーンやフォークの消耗が激しいから。新しいものに変えておこうと思って」
「わかりました。治子さん」
 そんな訳で私は倉庫へとむかった。フロアのガラスの向こうでは猛烈な雨と風が吹き付け、海は猛烈なうねりを上げていた。
「えーと。確かシルバー類の入った箱は……っと」
「深山。何をしている」
「ああ、北川さんか。実は店長から頼まれてフォークなどのシルバー類の交換するからそれでそのダンボールを探していたところよ」
「そうか。たしか上の棚においてあるぞ」
「そう。ありがとうね。ってあら、あららら」
 私は床においてあったケーブルに足を取られて北川君のところへと倒れこんでいた。まあ、みごとに彼も巻き込んでしまった。
「あたた……。ってごめん……北川さん大丈夫……」
「……」
 私は彼の返事がないので一瞬慌てたが不意に胸に妙な感触を感じていた。よく見てみるとそれは彼の手が妙な動きをしていた私はすぐさま彼の手を思い切りつねり上げつつ言っていた。
「……ちょっと。ドサクサにまぎれて何をしているのかしら……」
 私は思いっきり冷たい視線で彼を見つめながら答えていた。
「も、申し訳ない。深山の胸の感触につい出来心で……」
「まあ、ボディアタックしちゃったのは私だから強くはいえないけれどね。今回は許してあげるけれど今度どさくさにまぎれてやったらその腕をへし折るわよ……」
「わ、わかった。これが予備のシルバーの箱だ」
 私は彼から箱を受け取り倉庫を出た。まあ、これ以上かかわるといろいろとやばい事になるからね。
 で、フォークやナイフ、スプーンといったシルバー類の交換作業をおえた私は厨房で野菜の仕込を行っていると。
 突然厨房の灯りが消えて真っ暗になった。どうやら停電のようね。私は刻んでいた手を止めて復旧を待っていた。そしてその時調理長の声がしていた。
「危ない」
「え。ってきゃ」
 私は暗闇から突然声が聞こえたのでよけたが、もろに液体を被っていた。で、停電が復旧して私の体をみると……。
「あ〜。料理長〜ひどい。一張羅が〜」
「す、すまん。申し訳ない」
 そう、私はコーヒーやらチリソース、ヨーグルトソース等の液体にまみれていた。
「一体何事よ。って料理長に深山さん。これはどういうことですか」
「店長申し訳ない。ワシが転んでしまってな、その時に持っていたワシの食事をぶちまけてしまったんだ。いやはや申し訳ない」
 調理長が治子さんに事情を説明していると、私のほうにも店長の声がきていた。
「深山さんも着替えてらっしゃい。流石にその格好じゃあまずいからね」
「そうですか。わかりました。では着替えてきます」
 そんな訳で私は先に顔や頭についていた汚れを落とした後に更衣室で着替えていた。
「流石にこれはちょっとね。今日中に落とせるかな」
 私はひどく汚れた制服をハンガーに掛け、試作で作ったDバージョンの制服に袖を通すこととなった。
「まさか再びこれをきるとはねえ」
「店長おまたせ」
「あ、直ちゃん。それは」
「ええ。試作機を引っ張り出しましたよ。まあ、帰ったら制服を洗いますが、もし汚れが落ちなかったらこれで残りの期間を過ごそうと思うのですがどうでしょうか」
「やむおえないわね。でも、直ちゃんの悪魔バージョンも悪くはないわ」
「そうですか。ではこれで……」
 とまあ、台風のなか私たちは仕事をしていた。もっとも、フロアのほうも開店休業状態だったし。厨房の方も仕込みや補充作業が終わったらとくにやることも無く暇であった。
 そして、閉店後……。
「どうも、おつかれでした」
「おつかれさま〜。深山さんどうです。一緒に帰りませんか」
「あやのちゃんもおつかれ〜。いいわねじゃあ一緒に帰ろうか」
「はい〜」
 そんな訳で私は彼女と共に満天の星空の下、私は寮へと歩いていた。
で、翌日……。
「うーん。台風一過か。今日はお休みだし。制服の染みもなんとか落ちたから久々に溜まった洗濯物等を片付けようかね。あと、アジアフェアの衣装作りもあるし。やる事はたくさんあるわね〜」
 私は気合を入れつつ部屋を出ていた。
(続く)

あとがき
 どうも、霜月天馬です。今回はGOねたのスイートフェアの一片を抜き出してみました。あと、料理長が食べようとしていた料理はドネルケバブという料理です。大きな羊の肉の塊を焼き、焼けた肉片をそぎとってたまねぎ、トマト、ナンと一緒に食べる地中海側で食べられている料理です。個人的にはチリソースでしか食べた事がないのでなんともいえないのですが、ヨーグルトソースでも美味しいらしいですね。まあ、某種で戦姫とトラが主張しあっていた料理といえばわかるかな。
 ではこれで。


管理人のコメント
 フェアも開始され、大賑わいの五号店。でも今回は比喩でなく雲行きが怪しいようです。何せ台風ですし。
 
>「ああ、北川さんか。どうも今日は昨日に比べて人の入りが集中しているように見えるからさ」
>「まあ、無理も無い。午後には台風が直撃するとニュースがあったからな」
 
 台風の日は出歩かないものですが、それでも来る前に行っておこうと思われている五号店。大人気ですね。
 
 
>「あ、あの大丈夫……」
>「あ、ああ。なんとかな。それにしても深山お前は凄すぎ……」
>「ご飯食べる」
>「ああ、食わねば持たないから。食う」
>「ん。じゃあ一寸待っていてね。今用意するから」

 なんか、直子と北川は妙に仲が良いですね。
 
 
>「……ちょっと。ドサクサにまぎれて何をしているのかしら……」
>「も、申し訳ない。深山の胸の感触につい出来心で……」

 この話の北川はナンパですね(爆)。
 それにしても、直子が彼氏持ちでなければフラグが立つ展開なのですが……北川、哀れ。
 
 
>「やむおえないわね。でも、直ちゃんの悪魔バージョンも悪くはないわ」

 前回の感想を受けてか、直子の制服がデビルタイプに変わりました。いやっほう。
 
 台風の被害もそれほどでなく、フェアも継続中。さて、次はどんな出来事が起きますやら?


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