翼持つものたちの夢

霜月天馬

第二部 第二話 〜5号店へ〜

「えーと。住所は問題ないわね」
 私はバイクに乗ったままヘルメットのバイザーを上げて地図の住所と携帯GPSが示す位置情報を見比べていた。
 時間は0830中杉を出てから約2時間弱で着いた計算になるわね……。平均90で飛ばせばそうなるわね。
 まあ、ポリの目を欺くのに苦労したけれどね。住所が間違いない事を確認した私は店の裏手と思われそうな場所へとバイクを移動させ安全な場所に止め、バイクから降りてヘルメットや手袋などの装備品を外していた。
「あら、直ちゃん。来たのね。それにしても早かったわね」
「ええ。2号店の店長さんから辞令を貰ったのが昨日の夜。それからすぐに荷物を纏めて今朝中杉から来て今この場所に到着しました。治子さん」
 そう、私がバイクから降りて装備品を外していたら、治子さんから声を掛けられた。私はすぐに返事をしていた。
 そして、その再会もすぐに第三者によって打ち破られた。
「君が深山直子さんだな」
「そうですが。貴方は誰かしら。人に名前を聞くならば自分も名乗るのが礼儀じゃあないかしら」
「む。そうだな。俺は北川充。名前でも苗字でもどちらでもかまわん」
「じゃあ。北川さん。私は深山直子。3号店でバイトしていて、今年就職したばかりの新人です。今まで2号店で研修をうけていました」
 私は彼に対して挨拶をしていた。
「私は前田治子。って私のことは既に3号店に居たときに判っているわね」
「そうですね。よろしくお願いします。治子さん」
「ええ」
 そんな訳で私と治子さんの再会は無事に果たされた。
「あれ、そういえばメンバーは私たちだけですか。治子さん」
「いや、そんな事無いわよ。後のメンバーは後から来るわ。とりあえず今日はメンバーの顔合わせと制服合わせや店の食材や機材の搬入があるわね」
「そうですか」
「深山。このバイクは君のか」
「そうですが。何か」
「いや。もう少し隅のほうへ移動してくれ。この位置は搬入用の車両が止まるのでな」
「判りました。では」
 そんな訳で私は駐車場の隅へバイクを押して移動させて問題にならない場所に止め、盗まれないように施錠して店長達の下に戻ると其処に何人か見慣れない人が集まっていた。そして、店長は凛とした表情で私たちに向けて宣言していた。
「これで全員ね。それじゃあミーティングを始めようとおもうわ。私が店長の前田治子よ。私が貴方達とこの店を率いて行くことになるわね。それじゃあ自己紹介から始めましょ。充君からお願いするわ」
「わかりました。俺はマネージャーの北川充だ。君達のスケジュールの調整などを行うのでよろしく頼む。後は右から順番紹介してくれ」
 そんな訳で私にお鉢が回ってきた。
「えーと。深山直子です。宜しくお願いします」
「御堂千尋です。みんな宜しくね」
「久我原美森です。至らない点も有るかもしれませんが宜しくお願いします」
「八重樫香苗です。宜しくおねがいします」
 とまあ、総勢6名の紹介がすんだ。あと、治子さんから調理担当のスタッフが6名いるが、今日は調理機材や食材の搬入で忙しいので紹介は無かった。で、私たちは制服のサイズあわせの為に更衣室へと案内された。
「メイド服ですか。かなり良い感じに見えますね。3号と2号店とも違った感じですね」
「まあ、2号店のメイドバージョンをベースに若干改良を施した衣装だから似ていて当然よ。本当は専用の制服を準備できればよかったけれどね」
「そうですか。でも、サイズは丁度良いですよ」
「そう。それは良かったわ」
「うーん。それにしても店長も深山さんも御堂さんも胸が大きくて羨ましい……」
「あはは。確かにそれはいえているわね」
「久我原さん」
「まあ、八重樫さんもまだ成長期なんだから毎日牛乳を飲んで運動をすれば大きくなるかもしれないよ」
「そうでしょうか」
「まあ、保障は出来ないけれどね……」
「そうですか……。私もムチムチなナイスバディになってやるんだから〜」
 とまあ、思い思いなことを思いながら私たちは着替えを済ませた私は事務所前の休憩室と思われるところで待っていた。
 周りはまだ、素材の匂いが残っていた。本当に出来たてほやほやの店なのだな。と改めておもうことがあったりしながら私は周りをみまわしたりしていた。
「深山か店長達はどうしている」
「もうすぐ、着替えも終わる頃かと」
「君は着替えるのが早いな」
「そうですかね」
「まあ、着替えるのが早いのはいいことだ。そういえば君は店長とは付き合いが長いのだったな」
「ええ。確かに3号店でアルバイトしていた時から一緒に働いていましたから。店長はのっそりと見えて結構敏腕ですよ」
「それは聞いている。君をぜひ此処へと2号店に働きかけたのも店長のおかげだ。どうやら君は店長に信頼されているのだな」
「まあ、公私ともに付き合いもありますし、それに店長と初めて出会った時もインパクトのある出会いでしたから」
「ほう。それは興味深い話だな。是非とも詳しい話を聞かせてもらいたいものだ」
「そうですか。でもそれは一寸……」
 そんな感じでマネージャーの充といろいろな会話をしていた。そしてみんなが集まりだした頃……。
「ようやく集まったようだな。さて、ここにいるメンバーは経験者もいればまったくの初心者までいるわけだが経験者は初心者を指導してやってくれ。判らない事があったら遠慮なく聞いてくれ。いや、聞け。知らないまま作業される方がよっぽど困るのでな。では指導を始める」
 と、まあ。マネージャーと店長の治子さんが臨時の教官となり私たちに接客についての講習が始まった。
 まあ、私や御堂さんといった経験者は特に問題なくこなせたが、初心者達はかなりいろいろな行動を指摘されていた。
 そして、その一日は終わりを告げた。
 そして、私が着替えをしようと更衣室に入ってみると其処には着替えをしようとしていた治子さんがいた。
「店長……。ごめんなさい。すぐに出ます」
「ああ。直ちゃんなのね。別に良いわよ」
「そうですか。いよいよ。あと5日後にオープンですね。緊張しますよ」
「そうね。直ちゃんなら大丈夫よ。いつものように力を出してくれればそれでいいから」
「そうですね。ああ、そういえば店長って2号店にいましたよね」
「うん。確かにいたわよ。それがどうしたの」
「ええ。実はですね。日野森あずささんから店長に対して宜しくって言ってくれと言われましたので此処に伝えますね」
「それだけだった」
「ええ。どうやら店長にぞっこんのように見えますがね。3号店に居た留美さんも店長のことを追っかけてきたようにも見えますし……。こういうのもなんですが。結論というか決着つけないと店長どこかで襲われるかも知れませんよ」
 私は2号店にいたあずささんの伝言を治子さんに伝えて、着替えを済ませていた。
 そして私は指定されている寮へ単車をまわして駐輪場と思われる場所に単車を止めて、装備品を片手に玄関をくぐった。
「すいませーん。深山です。今日からお世話になります」
「あ、あれ。ママ〜。おかくさん」
 寮に入った私は荷物が入ったズタ袋を持ったまま玄関口で声をあげていた。
「あ、ああ。深山さんね。お待ちしていました。私は寮の管理人の山名トキ子です。よろしくお願いしますね」
「深山直子です。よろしくね」
「ああ、直子さん荷物持ちましょうか」
「え、別にかまいませんよ。重いですし。そういえばこの子の名前はなんていうのかしら」
「えへへへ。わたしはカエエっていうの」
「カエエ?」
「楓っていうのです」
「そう。よろしくね。楓ちゃん。私は直子。深山直子よ」
「よろちく。なあこおねえちゃん」
「ええ。よろしくね」
「ああ。トキ子さん私の部屋はどこかしら」
「え、ええ。そうでしたわね。直子さんの部屋は103号室よ。これが鍵ですが……案内してあげますわ」
「そうしてもらえると有りがたいです」
 そんな訳で私は部屋へと案内されて部屋の中に入った。まあ、ひとりで生活するには十分な広さだった。
 部屋に入った私が最初にやったことと言えば、ズタ袋の中身を取り出して着替や洗面用具と言った生活用品を広げて衣装掛けにつるしたり。生活用品を適当な位置に配置したりという、作業を行っていた。
『コンコン』
 作業を開始してから30分後あらかた荷物を出し終えて一休みしていたとき扉がノックする音が聞こえていた。
「はいはい。どちらさんで」
 私は扉を開けて見ると其処にはトキ子さんがいた。
「あ、直子さん。歓迎会の準備が出来ましたので宴会場まで来てもらえますか」
「判りました。場所は」
「この部屋の隣です」
「そうですか」
 そんな訳で私は皆が待っているであろう宴会場へと足を運んでいた。
「あ、直ちゃん早く早く。貴方が来ないと始まらないのよ」
 私は宴会場を一回り見てみて、其処には八重樫さんをのぞいたフロアメンバーが勢ぞろいだったからだ。
「あれ、八重樫さんは来ないのかな」
「ええ。彼女は寮住まいじゃあなかったから参加はしていないわ」
「そうでしたか」
「深山〜。早く席についてくれ〜。腹が減って死にそうだ」
 マネージャーの恨みがましい声を聞いた私はとっさに空いたスペースに座った。そして、私が座ると同時に治子さんが立ち上がって挨拶をしていた。
「えーと。いよいよ。明後日から5号店がオープンします。店も私たちもともに成長し盛り立てようと思います。その為には貴方達スタッフの力がかかっているので頑張ってね。じゃあ5号店の繁盛を祈ってカンパーイ」
「「「「「カンパーイ」」」」」
 治子さんの乾杯の音頭を皮切りに宴は始まった。私はその辺にあったジュースを注いで飲んでいた。
「なあ、深山よ。君と治子さんの関係ってタダの先輩後輩の垣根を越えているように見えるが差し支えなければおしえてくれないか」
「え、治子さんとですか。まあ、最初の出会いは駅前でしたね。丁度、治子さんが不良に絡まれていてねえ」
「そうね。そのときに直ちゃんと勇希ちゃんに助けられたのよね〜。で、直ちゃんと勇希ちゃんの二人が店で働きたいって面接があってね。そこでばったり出合って、そして恩返しのつもりで採用したらそれが凄い掘り出しモノだったのよね〜」
「そして、その後の大立ち回りで、治子さんも暴れていましたしね」
「まあ、私がその騒動の原因だったから私なりにケリを付けたかったしね。でも、直ちゃんも凄かったわよ」
「そ、そんな。店長の方が凄いですよ」
「で、そんなこんなで私たちの友情は深まっていった訳よ」
 私と治子さんはいつの間にか日本酒のビンを片手に陽気に会話していた。で、それを聞いていた充は……。
「むう、深山とは戦いたくはないな」
 冷や汗をたらしつつ冷静な面持ちだったようだ。
 で、一方他の面々は……
「深山さんと店長って凄いわね。研修だけを見てみたけれど店長は凄い事を知っていたけれど深山さんもかなり手際が良いし、ウェイトレスならあたしの方が上なんだけれどねえ」
「そのようだね。それだけ段取りがしっかりしているんでしょうね。まあ、一杯」
「ええ。戴くわ」
 とまあ、そんな会話があったりしていた。で、それから2時間後……
「あっと。そろそろお開きにするわね。飲み足りない人もいるだろうけれど明日に残さない程度で止めておくのよ」
 治子さんが歓迎会の閉幕を宣言したときには私と治子さん以外はみんなダウンしていた。
「むねん。深山と店長の二人とも酒強すぎるぜ。2号と3号店の女は化け物か……」
「久々に飲んだらきくひゃね〜」
「すーすー」
「あれま。まあ、流石にスピリタスやウォッカなどの強力な蒸留酒をメインに回していたから酔い潰れるのも早いわね。まあ、後には残らないから大丈夫だけれどね」
「治子さん。それって一寸やばいと思いますよ。それよりも野郎はどうでも良いのですが女の子達を部屋に戻して上げないと風邪を引いてしまいますよ」
「そうね。じゃあ直ちゃんトキ子さんのところへお願いね」
「ええ。判りました。治子さん」
 と、まあ私はトキ子さんの所へお邪魔することにした。もちろん部屋の鍵を借りにだ。
『コンコン』
「あ、はい」

「すいません。トキ子さん夜分申し訳ないです。あのですねみんなを部屋まで運びたいので部屋の鍵を貸りたいのですが」
「あ、そうでしたか。えーとですね。御堂さんが302号室、久我原さんが205号室よで、これが鍵ですが……。貴方一人で大丈夫ですか」
「ん。まあ何とかなると思いますね。よっこらせ〜」
 私は御堂さんたちを抱えてそれぞれの部屋へと運んであげていた。
「流石に、男は私一人で運ぶのは無理があるわね。このままの格好じゃあ風邪を引いちゃうししょうがない。トキ子さん毛布か何かありますか」
私は宴会場の後片付けをしていたトキ子さんに毛布が無いかどうかたずねていた。治子さんも散乱していた空き瓶やコップなどを片付けをしていた。
「ええ、ありますよ。すぐに持って来ますね」
「有難うございます」
 ってな、訳で私は伸びている彼に毛布を掛けてやった。
「ようやく。終わりね」
「そうですね。一寸込み入った話になるかもしれないですが、別に言いたくなければ言わなくてもいいですが旦那さんの姿が見えないんですがどうしたのです」
「主人は海外へ取材にでかけているんです」
「取材。ということは報道関係の仕事をなされているわけですか」
「ええ。そういえば深山さんのご家族は」
「え、私。私には家族はいません。父も母も既に死にました。母は私が物心つく前に死んでしまいましたし、父は私が小学生の時に飛行機で飛び立ったまま消息不明になってしまいました。その後、叔父夫婦の元で育てられましたがその叔父夫婦も去年、自動車事故で死にましたので、私に残っているのは従姉妹の勇希だけですね。私は母のぬくもりと言うのを知らないんです。だからトキ子さんに憧れというか、尊敬の念を持っているわけなんです」
「そうでしたか。すいません貴方の傷に触れるような事を言って」
「いえ。家族について聞いたのは私の方ですから。それじゃあ私もそろそろ。おやすみなさいね」
「ええ。おやすみなさい」
 そう言って私は自分の部屋へに戻った。そして、ベットにもぐるや否やすぐに夢の世界へと消えていった。
 なお、後で私が聞いた話だが、マネージャーがみんなを部屋に運んで行ったと言う風に取られて彼の株が大いに上昇したみたいだ。もっとも、本当は私がやったことなんだけれど。彼の評判が立っているならその評判をわざわざ消すような真似をしなくても良いわね。

(続く)


管理人のコメント
 新たな職場、五号店へと旅立った直子。そこでは治子が彼女を待っていますが……
 
>まあ、ポリの目を欺くのに苦労したけれどね。

 何やってんだか……

 
>「まあ、2号店のメイドバージョンをベースに若干改良を施した衣装だから似ていて当然よ。本当は専用の制服を準備できればよかったけれどね」

 留美がいないせいか、原作と違って五号店の制服は二号店のマイナーチェンジのようです。イメージはしやすいけど残念な気も(笑)。
 
 
>私は2号店にいたあずささんの伝言を治子さんに伝えて

 治子がどんな反応を示したのか、気になりますが今回は残念ながら描写無し。
 
 
>「深山〜。早く席についてくれ〜。腹が減って死にそうだ」

 原作ではクールなイメージの強い充ですが、本作では割とコミカルな面もあるようです。素人が主役だった原作と違って、ベテランの目で見てるせいかもしれません。
 
 
>私と治子さん以外はみんなダウンしていた。

「SBG」では治子はあまり酒に強くないという設定なのですが、こちらではそこそこ強い様子。それもまた良し。


 ぴあきゃろには欠かせないイベント、歓迎会も無事終了。次回以降本格的に店の仕事が始まりますが……この分だと純一やあやのが出てくるのはもう少し後になりそうですね。



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