ACT.2 新たな学校生活の始まり(前編)
学校へ着くと、私は転校の手続きをするため、職員室へ足を向けた。
校門のところで先輩たちと別れ、校舎の見取り図を片手に、生徒たちでにぎわう廊下を歩いていく。
程なくして、職員室にたどり着いた私は、扉の前で深呼吸を1つして緊張を和らげると、意を決して中へと入った。
たまたま近くを通りかかった先生を捕まえて、自分が転校生であることを告げる。
すると、既に話が通っていたのか、すぐに1人の女の先生の元へと連れていってくれた。
どうやら、この先生が私の新しい担任の先生らしい。
まだ若くて、先生というよりはちょっと歳が離れたお姉さんといった雰囲気の先生だった。
「あなたが、長瀬ひろのさんね。初めまして、今日からあなたの担任になる沢渡真琴です。よろしくね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
挨拶を済まし、学校生活での注意点などを説明してもらっていると、始業を告げるチャイムが鳴った。
その途端、クラス担任の先生方が慌しく用意をし始め、1人また1人と職員室を出て行く。
沢渡先生もまた、机の上に散らばった書類を簡単にまとめると、静かに席を立った。
「さてと。それじゃそろそろ教室のほうへ行きましょうか。」
「はい、分かりました。」
沢渡先生が先導して、私達も職員室を出る。
5分ほど歩いただろうか、2−Cと書かれたプレートが掲げられた教室の前で先生が立ち止まった。
ここが今日から私が所属するクラスなのだろう。
沢渡先生は私に、呼ぶまでここで待つように言うと、教室の中へ入っていった。
間をおかず、教室の中から沢渡先生の声が聞こえてくる。
けれども次の瞬間、聞こえてきた先生の言葉に、私は文字通りずっこけてしまった。
『今日はみんなに転校生を紹介するわね。そうそう、男子は期待してもいいわよ、可愛い女のコだから♪』
期せずして湧き上がる男の子達の雄叫び。
どうにか意識がブラックアウトすることだけは耐えた私は、逃げ出したい気持ちを必死に抑えながら、先生に呼ばれるのを待った。
永遠とも思えるような数秒間が、ジリジリと過ぎていく。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
『さぁて、それじゃそろそろ姫君に登場してもらいましょうか♪
長瀬さん、入ってらっしゃい。』
声に促され、私は勇気を振り絞って教室の中に入った。
男の子達の好奇の視線と女の子達の冷たい視線を全身に感じながら、先生の隣まで歩を進める。
そして、クラスメートの方へ向き直ると、私に出来る精一杯の笑顔で挨拶をした。
「長瀬ひろのです。色々とご迷惑をかけるかも知れませんが、よろしくお願いします。」
教室中からあがる拍手。
その心地よいラップ音を聞きながら、改めて教室内を見渡してみた私は、その中に見慣れた顔が混じっているのに気付いた。
真奈だ。
窓際の席で、みんなに気付かれないように小さく手を振っている。
真奈とは以前、「一緒のクラスになれるといいね」なんて冗談交じりに話していたけれど………本当に同じクラスになれたらしい。
私は、驚きと安堵が入り混じった複雑な気持ちで、真奈の姿を見つめた。
そんな私の行動を不審に思ったのだろうか。
隣に立つ沢渡先生が、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「長瀬さん、どうかしたの?」
「い、いえ……何でもありません。ちょっと、緊張しているだけですから。」
「そう?
なら、いいんだけど。それじゃ、長瀬さんは相川さんの後ろの席に座ってちょうだい。」
「はい。」
先生に言われたとおり、私はその空席へと腰を下ろした。
周りのクラスメートと軽く会釈を交わし、先生の話に耳を傾ける。
先生は一度教室を見渡して出欠を確認すると、おもむろにファイルを広げて話し始めた。
「今日は9時半から始業式があるから、時間になったら体育館へ移動して。終わった後で、ホームルームを行います。自己紹介や長瀬さんへの質問会はその時にやるから、そのつもりでね。以上、朝のホームルーム終了!」
いきなり繰り出される、先生の息もつかせぬマシンガントーク。
先生はそのまま一気にしゃべり終えると、そのまま号令を待たずに教室を出ていってしまった。
私は、そのあまりの展開の早さについていけず、呆然と固まってしまう。
すると、真奈がくるりと私の方へ振り返って、クスクスと笑いながら教えてくれた。
「ふふ。真琴先生のお話は、いつもああなんですよ。」
「へぇ………。」
真奈の話によれば、あのマシンガントークは校内でもかなり有名らしい。
あれを正確に聞き取れることが出来れば一人前だ、なんていう話もまことしやかに交わされているとか。
職員室ではそんな素振りは全く見せなかっただけに、ちょっと面食らってしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、不安を吹き飛ばすような笑顔で真奈が話し始めた。
「でも、びっくりしちゃいました。本当にひろのさんと一緒のクラスになれるなんて。」
「それは私も同じだよ。教室を見渡したら、真奈が手を振ってるんだもん。驚いちゃった。」
「えへへ………。」
先程の自分の行動を思い出したのだろうか、頬を桜色に染めてはにかむ真奈。
その姿を微笑ましく見ていると、1人の少女が私達のほうへ近づいてきた。
「真奈ぁ、そろそろ体育館に行かない?」
「もうそんな時間ですかぁ?
じゃ、ちょっと待っててください、すぐ用意しますから。」
「あ、別に慌てなくてもいいよ、まだ時間あるからさ。」
「いえ、ひろのさんに少しでも校舎を案内しようと思ってるんですよ。」
「………そっか。長瀬さん、体育館の場所とかまだ知らないもんね。よし、ここはあたしも一肌脱ぐよ。」
「ホントですかぁ!
ありがとうございますぅ!」
「いいって。真奈の友達はあたしの友達だもん。これから仲良くしていきましょ、長瀬さん。」
「ひろのでいいですよ。えっと………。」
「ごめん、自己紹介がまだだったね。あたしは神川雪奈、雪奈でいいよ。」
「こちらこそよろしく、雪奈。」
「よぉし、それじゃ行こう!」
雪奈がリーダーシップを取って、私達は教室を出た。
2人にあれこれと校舎を案内されながら体育館に足を向かう。
その途中、私はふと立ち止まり、廊下の窓から見える青く澄みきった海へ目をやった。
「新しい学校生活………楽しいものになるといいな………。」
「ひろの〜、何してんのぉ〜?
早くしないと、置いてっちゃうよぉ〜。」
「あ、ちょっと待って〜。」
少し先で、真奈と雪奈が手を振って私を呼んでいる。
私は手を振ってそれに答えると、2人の元へ歩いていった。
続く
あとがき
RXF−101です。
大変遅くなってしまいましたが、「彼女達の日常」のACT.2をお届けします。
本当は寮に帰るまでを1話にするつもりでしたが、大幅加筆により前後構成になりました。
次回のACT.3は、始業式を終えて寮に帰るひろの達を描こうと思っています。
誤字・脱字等、また感想なんかはRXF−101まで。