ACT.1 寝ぼすけ姫の朝
ピピピピピ………、ピピピピピ………、ピピピピピ………。
心地いい夢の世界でまどろんでいたら、目覚し時計がそっと、夢の終わりを告げてきた。
ベッドのすぐ上の窓に掛けたカーテンの隙間からわずかに差し込んでくる、朝陽がちょっと眩しい。
その光に急かされるように目を覚ました私は、夢現のまま、自己主張を続けている目覚し時計を止めた。
そして、ボーっとまどろみの余韻に浸る……。
極度の低血圧である私の朝は、いつもこんな感じ。
藤田浩之であった頃も朝は強くなかったけれど、今の姿になってからは輪をかけて弱くなったみたい。
けれども、私は朝のこの瞬間が好き。
朝の、この柔らかい雰囲気に包まれていると、とても心地いいから。
そんなことを、まだ上手く働かない頭でぼんやり考えていると、部屋のドアが控えめに叩かれた。
『ひろのさぁ〜ん。食事の用意が出来ましたけど、起きてますかぁ〜?』
若干の間を置いて、ドアの外から声が聞こえてくる。
この、しおさい女子寮の管理人をしている、相川真奈だ。
どうやら、朝食の用意が出来たことを、わざわざそれを知らせに来てくれたらしい。
「うん………もう、起きてる………。制服に着替えてから行くね………。」
『そうですかぁ。じゃあ、お待ちしていますぅ。』
私の答えを聞いた真奈はそう言って、ぱたぱたと廊下を駆けていった。
おそらく、まだ部屋にいる他の住人にも同様の知らせをしに行ったんだろう。
彼女は、どんなに忙しい最中でもこうした気配りを決して忘れない。
まだ高校生の身でありながら、この広い寮を維持管理していくだけでも大変だというのに。
本当に彼女の働き振りには頭が下がる。
それを無下にすることもないので、私もベッドから出た。
まだ口を突いて出る欠伸を噛み殺しながら洗面所に向かい、一通り身だしなみを整える。
整え終えて部屋に帰る途中、眠たそうに廊下を歩いている女性をすれ違った。
「おはようございます、和希さん。」
「ん? ああ、おはよ。あれ、今日は早いじゃない?」
「今日から新学期ですから。さすがに、初日から遅刻はしたくないです。」
「そっか……そう言えば、そうだったよね。あはは、徹夜続きで時間の感覚がずれちゃってるみたい。」
「あんまり無理しないで下さいね。」
「うん。じゃあ、あたしは一眠りするから、部屋に戻るね。」
「あ、おやすみなさい。」
「おやすみぃ。」
すれ違いざまに大きな欠伸を1つして、自分の部屋に戻っていった今の女性は、千堂和希さん。
プロデビュー当初から何本もの連載を抱えている、人気急上昇中の漫画家だ。
近々手がけている作品の1本がアニメ化されるとかで、最近は特に忙しい毎日を送っている。
忙しさのあまりに身体を壊さないといいけど。
フラフラと廊下を歩いていく和希さんの姿を見ていると、そう思わずにはいられない。
そんな和希さんを見送った後部屋に戻った私は、ドレッサーの中から真新しい制服を取り出した。
大きなリボンタイが特徴の、典型的なブレザータイプの制服。
このリボンタイは色で学年を表していて、2年生である私は新緑を思わせるようなグリーン。
今日から私はこの制服に身を包み、新たな高校生活を送ることになる。
「新たな高校生活……かぁ。」
制服に袖を通しながら、柄にも無くセンチな気分になる。
真新しい制服が持つ、あの独特の雰囲気に当てられたのかもしれない。
そんな考えに至った自分に苦笑しつつ、私は食堂へ向かった。
私が食堂に足を踏み入れた時、そこでは3人の女性が、食後のコーヒーを片手に談笑していた。
真奈が用意してくれた朝食を持って近づくと、1人の女性が私に気付いて私を呼んだ。
「ひろのちゃん。こっちにおいでよ!」
「あっ、今行きます。」
お言葉に甘えて私も会話の輪の中にお邪魔することにした。
とりあえず、手招きしていた女性の隣が位置的に適当なので、そこに座る。
すると、待ってましたとばかりにみんなが口を開いてきた。
「おはよう、ひろのちゃん。今日は、8時くらいに出るから、そのつもりでね。」
「相沢先輩、おはようございます。じゃあ、もう少しゆっくり出来ますね。」
「そうだね。」
先ほど手招きしていた、私と同じ制服を着ているこの女性は、相沢祐香先輩。
私よりも1つ年上の3年生で、鮮やかなワインレッドのリボンタイが首元を飾っている。
とても面倒見が良い人で、まだここでの暮らしに慣れていない私に色々と世話を焼いてくれる、本当に頼りになる先輩なんだ。
「ひろのちゃん、おはよう。」
「治子さん、おはようございます。あれっ、今日はお休みじゃありませんでした?」
「そうなんだけどね。習慣で、早く起きちゃったのよ。」
で、髪をバンダナで止めている私服姿のこちらの女性が、前田治子さん。
ウェイトレスの制服が可愛いことで全国的に有名な、あのPiaキャロットで働いている。
同性の私から見てもドキッとしてしまう程のスタイルの持ち主で、この人のウェイトレス姿を見る為だけにお店に通うお客さんもたくさんいるんだよ。
「や、おはようさん。ひろのもコーヒー、いるかい?」
「頂きます。それはそうと先輩、今日は朝練無いんですか?」
「まぁね。さすがに新学期早々から朝練ってのもどうかと思うし。ほい、コーヒー。」
「ありがとうございまいます。」
そして、ジャージ姿のスレンダーなこちらの女性は、伊藤麻咲先輩。
陸上部に所属していて、その進路を日本中の陸上関係者が注目しているというすごい先輩だ。
最も、先輩自身はそんな周囲の期待など、どこ吹く風といった感じ。
とても気さくな人で、よく自慢の美味しいコーヒーをみんなに振舞ってくれる。
今みたいにね。
「さてと、オレも制服に着替えてくるよ。祐香、集合場所は玄関前で良いのか?」
「うん。」
「OK。それじゃ、また後でな。」
残っていた自分のコーヒーを飲み干すと、伊藤先輩は食堂から出ていった。
それを皮切りに、相沢先輩と治子さんも相次いで席を立った。
「私も部屋に戻るわ。秋の新メニューについて考えないといけないから。」
「あたしも、みさの奴を起こしてやんなきゃ。それじゃあひろのちゃん、また後でね。」
2人が出ていった後、私は急いで残ったご飯を食べ終え、食器を洗う為に厨房へ入った。
真奈の負担を少しでも減らそうとみんなで話し合って、仕事を一部分担して当番制にしたんだ。
ちなみに、私は食器洗いと食堂の掃除を受け持っている。
それらを手早く済ませた後、私は足早に集合場所である玄関前に足を運んだ。
集合時間にはまだ少し余裕があったけれど、既に1人の女性が待っていて、私を出迎えてくれた。
「おはよう。」
「あ、おはようございます。」
こちらの女性は、麻生絵美先輩。
絵がとても上手くて、全国コンクールで金賞を取ったこともあるほどの腕前の持ち主。
物静かで大人しい性格と物腰柔らかい態度ともあいまって、清楚という言葉が本当に良く似合う。
「でも先輩、随分と早いんですね。」
「今日はたまたま早く起きちゃって。部屋でボーっとしてても仕方ないし、それでね。」
「そうだったんですか。」
しばらく先輩と歓談していると、みんなが続々と集まってきた。
全員集まると、誰からとも無く学校へ向かって歩き始める。
その途中、私はふと立ち止まり、空を見上げた。
「これから、どうなるんだろう………でも、頑張るしかないよね。」
雲1つない青空から勇気をもらって、私はみんなの元へ駆け出した。
続く
あとがき
というわけで、「彼女達の日常」ACT.1をお届けしました。
まだまだ修行不足で、読みづらい点もたくさんあるかと思います。
これからも精進していくつもりですんで、みなさんよろしければ付き合ってください。
誤字・脱字等、また感想なんかはこちらまで。