りばーしぶるハート〜しおさい女子寮物語〜

外伝 まじかる☆レイダー皐月

 田舎の町の骨董品店は暇な物である。
 この街唯一の骨董品店である五月雨堂の店主、宮田皐月は、業界では若いながらも確かな目を持つやり手として名高い。とは言え、骨董品市場自体が趣味人の集まりであって、それほど市場規模が大きくない事を考えれば、いかに彼女といえども、大きな儲けを得る機会は少ないのが実情である。
 この日も客は二人しか来ていなかった。ぐるぐるのビン底眼鏡をかけた女性と、長い髪を三つ編みにまとめた大人しそうな少女の二人連れだ。
「う〜ん…これなんか面白いわね。これにしようか?」
「そうですね」
 壷を熱心に選ぶ二人に、皐月が声をかける。
「こんにちは、和希さん、絵美ちゃん。今日も静物画の題材選び?」
 すると、二人は皐月のほうを向いて笑った。
「うん。締め切りも守れて、少し余裕ができたからスケッチでもして気分転換しようかと思って」
 答えたのは眼鏡の女性の方。彼女は千堂和希と言い、最近売り出し中の女流漫画家である。
「静物画は…気分が落ち着きますから」
 と、こちらは連れの少女、麻生絵美。高校美術界では将来を嘱望される画家のたまご。彼女たちはこの五月雨堂から歩いて数分のところにある「しおさい女子寮」の住人だ。
 二人とも絵を描く事を愛する、という共通点から仲が良く、こうしてしょっちゅう二人でスケッチのモチーフを探しに五月雨堂を訪れる常連だった。安い壷や模写用の絵しか買っていかないから、あまり上得意とはいえないが、それで差別するほど皐月は駄目な人間ではない。むしろ、絵美の絵に関しては将来絶対に大成すると判断して、いろいろ後援したりしているくらいである。
「ん〜、じゃあ最近の掘り出し物を見てみる?唐三彩の後代の模造品だけど、出来はなかなかだし。今なら安くしておくわよ」
 皐月は倉庫から以前手に入れた陶製の香炉を出してきた。壷と比べて凝ったデザインで、スケッチするにも面白そうだった。
「良いじゃない。気に入った。買ったわ」
 こういう時、和希は思い切りが早い。即座に3万円出して香炉を買い取り、絵美はスケッチを皐月にくれる事を約束して、二人は帰って行った。
「ははは…久々の売上ね。本業がこんなのでいいのかしら」
 店の軒先に流行らない店の精霊、閑古鳥が留まっているのに気がつき、皐月はため息をついた。最近大きな商いがなくて困っているのだった。
 そうした中、皐月は特技を生かして副業につき、その収入で本業を支えることしばしであった。と言うか、最近ではもっぱらこっちの収入が大きくなってきつつある。皐月としては不本意なのだが、今日も彼女は生活のために副業を続ける。

 所変わって、皐月の住む街から30キロほど離れた所に大きな港湾都市がある。牧歌的なあの小さな街とは違い、港を中心として倉庫街や工業地帯、大きな商業地区を持つ大都市だ。
 そのうち、倉庫街を見下ろす高いビルがある。ハイテクの導入された新しいオフィスビルだ。その屋上に皐月は立っていた。服装は愛用の白いブラウスとデニム地のスカート。手には何の変哲もない竹のほうき。ハイテクビルにはこれ以上ないほど不釣合いな格好であったが、彼女はいたって真剣だった。
「あれね…情報にあった倉庫は」
 皐月の目は、貨物積み出し桟橋に隣接する大きな倉庫を捉えていた。一見普通の倉庫に見えるが、そこには一般人が知ることのできない闇が渦巻いているのだった。
「まったく…国外に持ち出される前でよかったわ。この間みたいに南米の奥地とか言うのは勘弁してほしいものね」
 そう言って苦笑すると、皐月は口の中で小さく呪文を唱えた。
「姿なき風の乙女よ、古の盟約により、わが翼となれ…マジカル・フライ!」
 その瞬間、彼女の髪をなびかせていた風が一気に強まり、渦を巻いた。その風圧に彼女の体が舞い上がり、屋上から何の支えもない空中へと飛び出す。地面までの距離はおよそ150メートル。もちろん落ちれば即死だが、皐月は恐れる様子もなく、空中で姿勢を変え、手にしていたほうきにまたがった。
 その途端、姿勢が安定した。皐月は骨董品店主としての表の顔でなく、稀代の魔女と言う裏の顔を見せ、空中をすべるように倉庫へ向かっていった。

 倉庫の中には様々なものがあった。その多くが金品である。そして、そのほとんどは非合法な手段で入手されたものだ。
「しかし、今回はいい収穫だったな、朋友(ポンヨウ)」
「ああ、全くだな」
 その倉庫の片隅で、明らかに日本語でない言葉を話す男たちが談笑していた。彼らの着ている服には不自然な盛り上がりがあり、見る者が見れば容易に銃を持っていることを看破しただろう。
 それどころか、これ見よがしにサブマシンガンなどを肩からぶら下げている者までいる。彼らは犯罪組織の一団だった。日本への海外からの密入国を手引きし、さらには自分たちも窃盗、強盗などにより利益を得る連中である。
「まさか、あんな良い値で売れそうなものが手に入るとは思わなかった」
 一人が倉庫の片隅にある仏像に視線を向ける。この近くの小さな街にある寺院に秘蔵されていたもので、秘仏であるために一般には知られていいが、実は国宝級の名品である。
「オレはあの娘たちですね…売っちまうのが残念だ」
 手下の一人が下卑た笑い声を立てる。男はその手下を見て言った。
「大事な商品だ。勝手に手をつけるんじゃないぞ」
「わかってまさぁ」
 再び笑う手下。どうやら、この組織は人身密売にも手を出しているらしい。

 その時、商品呼ばわりされた女性たちは、倉庫の一室に閉じ込められていた。
「わたしたち…これからどうなるんでしょうか…」
「わからないけど、何とか脱出する方法を考えてみる。もう少し我慢して、絵美ちゃん」
「はい、千堂先輩」
 そう、二人は和希と絵美だった。二人はこの日、郊外の寺でスケッチをしていた。そこへ賊が押し入ったのを目撃したため、証拠隠滅のために拉致されたのである。
 絵美を元気付けるために殊更自信ありげに振舞ってみせた和希であったが、実際のところ当ては全くない。真奈や麻咲のように戦えるわけではないのだ。
 と言っても、仮に真奈と同じくらい空手が使えたり、麻咲くらいケンカが強かったとしても、銃を持った相手には勝てないだろう。要するに、彼女たちに待っているのは、どう考えてもどこかの金持ちのハーレムにでも売られるという、きわめて楽しくない未来でしかない。
(冗談じゃない。なんとか絵美ちゃんだけでも助けなきゃ)
 年上の責任として和希は考える。必死に考える。その時、突然雷が落ちるような凄まじい大音響が倉庫に響き渡った。
「な、何!?」

 二人が囚われている牢屋の外では、ボス格の男が唖然とした表情で天井を見上げていた。外は晴れていたはずなのに、突然落雷が起きたのである。その雷は非常識な事に屋根に大穴を開けて内部に落ち、運の悪い手下Aをケシズミにしていた。
「な、何事だ…?」
 つぶやいたその時、さらに非常識な事が起きた。天井の穴から、一人の女性が降りてきたのである。しかも、彼女は浮いている竹ほうきの上に立っていた。呆然と見守る一同の前で、床に降り立った彼女は目的のものを見つけると、男たちを無視してすたすたと歩み寄った。
「あぁ、あったあった。これね、盗まれた仏像は」
 男たちが今回奪取してきたものの目玉、謎の秘仏を見上げた彼女―皐月は仏像に触れて呪文を唱えた。
「マジカル・ミニマム!」
 その瞬間、高さ2メートルはあった仏像が見る間に10センチほどの掌サイズに縮まった。それをポケットにしまいこむ。
「回収終わり、っと。…ん?」
 そこで、初めて皐月は周囲の男たちに気づいたようにのんきな声を上げた。既に彼女に向けて1ダースを超える銃口が狙いを定めている。 「女、何者だ!?ブツをどこへ隠した!?」
 ボスが拳銃を向けて威嚇するが、皐月の無形の圧力に押されて腰が引けている。それを見て取った皐月はクスリと笑い、口を開いた。
「悪党に名乗る名はないわ…と言いたいところだけど、アーカム財団のアルバイトとでも言えばわかるかしら?」
 その瞬間、場が凍りついた。
「す、スプリガンっ!?」
 美術品、骨董品業界では伝説化しているエージェントの存在を目にして、男たちの間に恐怖が走った。
「は、ハッタリだ!相手は一人、しかも女だ!!撃て!撃ち殺せっ!!」
 ボスが叫び、続けざまに発砲する。それにつられて手下たちも発砲し始めた。無数の銃弾が皐月に殺到し…見えない壁に激突したように全て弾き返された。
「げぇ!?」
 絶句するボスに、皐月は魅惑的な笑みを投げかけて言った。
「ま、悪党を始末するのもバイト料のうちかしらね…マジカル・ボム!!」
 次の瞬間、男たちの間で無数の小爆発が荒れ狂った。

 激しい銃声と爆発音。それがやみ、静寂が訪れる。
「何があったんでしょう…?」
「さぁ…」
 絵美と和希が顔を見合わせて首を傾げた時、彼女たちを閉じ込めていた扉がゆっくりと開いた。思わず身を硬くした二人の前に現れたのは、思いもかけない人物だった。
「あれ?和希さんに絵美ちゃん。どうしたの?こんなところで」
「え…皐月ちゃん?」
 のんびりとした声で呼びかけてきた皐月に、和希と絵美は目を丸くする。
「皐月さんこそ…どうしてここに?」
 絵美が逆に質問する。すると、皐月は言いにくそうに頭を掻いた。
「え〜…それはまぁ、何と申しましょうか」
 どうごまかしたものかと皐月が考えていたとき、和希は皐月の背後に迫ったものを見つけて驚いた。
「さ、皐月ちゃん!後ろっ!!」
「!」
 振り向いた皐月の目に飛び込んできたのは、巨大な青竜刀を振りかざしたボス。爆発呪文で吹き飛ばしたと思っていたが、しっかり生きていたらしい。
「キエエエエェェェェェッッッ!!」
 奇声を発しながら遅いかかるボス。とっさに皐月は呪文を唱えた。
「マジカル・ブレード!!」
 その瞬間、皐月の手に一振りの日本刀が出現する。ボスが青竜刀を振り下ろすより早く、皐月の刀が相手を袈裟懸けに斬り倒していた。
「ふぅ…あぶなかった」
 一息つく皐月に、絵美が恐々問い掛ける。
「こ、殺しちゃったんですか…?」
 その言葉に、皐月は微笑んで刀を見せた。一滴の血もついていない。
「大丈夫。これは相手の精神だけを斬る剣だからね。気絶してるだけ」
 そう言うと、皐月は刀を消した。床に倒れたボスは真っ青な顔で痙攣はしているが、外傷は無く命に別状はなさそうだ。
「なら良いんだけど…皐月ちゃん、貴女いったい?」
 質問を蒸し返した和希に、皐月は少し困ったような顔をしたが、ため息をつくと和希と絵美の二人の顔を見た。
「これから話すことは絶対内緒ですよ?」
 そう言うと、皐月は事情を説明し始めた。
 自分が魔女である事、その実力に目をつけたある財団のスカウトを受けて、文化財や美術品の保護に努めるエージェントのアルバイトをしている事、などである。信じがたい話ではあったが、皐月が呪文一つで刀を出したり消したりするところや、倉庫内で程良くコゲて倒れているマフィアの連中を見ると、信じるしかなかった。
「世の中にはいろんな事があるわね…まぁ、不思議さではあたしたちも大して変わらないか」
 和希の言葉に絵美がこくこくと頷く。彼女たちの過去を考えれば、まぁ魔法使いくらいいてもおかしくない。
 と、そこまで考えたとき、二人はあることに気が付いた。魔法使いなら、自分たちが男に戻れる魔法というのもあるのではないだろうか?和希は皐月に相談してみる事にした。
「皐月ちゃん、実は私たちも他には内緒で相談したい事があるんだけど…」
 和希が話を切り出し、核心の部分…自分たちが実は昔男で、今は女の姿だけど元に戻る方法を探している、というところに触れた途端、皐月の顔色が変わった。
「え…ふ、二人もそうなんですか?」
「二人『も』…?」
 引っかかるものを感じて問い返す和希と絵美に、皐月は実は自分も…と打ち明けた。
「こ、こっちのほうが信じられないな…同じ境遇の人が3人もいて、しかも同じ町内に住んでいるなんて」
 和希の言葉に絵美がこくこくと頷く。皐月のほうもしんみりとした声で言った。
「人間、けっこう孤独じゃないものなんですねー…」
 そう、人は孤独ではない。やがて、同じような人が全部で8人も集まったりする(真奈は微妙に違う)のであるが、それはまた別の話である。
「それはともかくとして、私も男に戻る魔法だけは知らないんですよ。ごめんなさい」
 皐月が頭を下げると、和希が慌てて手を振った。
「い、良いって。もともと駄目元で聞いたんだし…ね?」
 和希の言葉に絵美がこくこくと頷く。と、その時、遠くからパトカーのサイレンが鳴り響いてきた。
「ありゃ、警察が来たわ。見つかる前に帰りましょう。マジカル・テレポート!!」
 皐月、和希、絵美の姿が倉庫から忽然と消える。マフィアの倉庫が急襲され、多数の逮捕者と無数の押収品が発見されたという記事がニュースや新聞を賑わすのはしばらく先の話だが、そこに一介の美人骨董品店主が関与したという話は、もちろん無い。

 こうして、皐月はしおさい女子寮の人々と「本格的に」知り合い、家族のような姉妹のような付き合いをする事になるのだが、それから数ヵ月後のある日の事。
「いらっしゃいませー。…あ、和希さん」
 客の気配を感じて奥から出てきた皐月は、そこにいる人物を認めて破顔した。今では皐月と和希はすっかり意気投合し、良い茶飲み友達になっている。
「こんにちは、皐月ちゃん。今日はちょっと良い物をもってきたのよ」
 そう言うと、和希はバッグから一冊の本を取り出して皐月に手渡した。
「新しい単行本ですか?なになに…『まじかる☆レイダー・メイ』?…こ、これって」
 皐月が顔を上げると、和希は頷いた。
「いやぁ、皐月ちゃんをモデルにさせてもらってね〜。これがまたバカ受けで」
 漫画家、千堂かずきの新作である「まじかる☆レイダー・メイ」は新境地となるどたばた魔女っ娘ラブコメアクションとして人気沸騰し、早くもアニメ化とかゲーム化とか言う話がちらほらと出ていたりするのだった。
「印税でたら何かおごるからさ、また話を聞かせてね」
「は、はぁ…」
 皐月は漫画を見ながら頷いた。見たところ、アーカム財団の機密漏洩防止義務に触れる事項は無い。しかし、自分がモデルのキャラが大人気という事に複雑な気分になる皐月だった。

(おわり)

あとがき

 話を思いついてしまったので、真奈の話を待たずに始めてしまいました。不定期連載「りばーしぶるハート」外伝シリーズ。一話完結で気が向いたときにやっていこうと思います。
 さて、今回は皐月が主役の話です。作中で唯一自宅に住んでいる彼女は、いかにしてしおさい女子寮の面々と出会ったのか。その知られざる(笑)エピソードを書いてみました。
 こうして見ると、蛇頭などヘとも思わない彼女の恐ろしさがわかって頂けるかと思います。そして、事件に巻き込まれやすい彼女たちの運命も(笑)。
 今後は「美紗緒のいたずらとその後始末に涙する祐香」とか「男らしさを追及するために女子にもててしょうがない麻咲の苦労話」とかを考えています。気長にお待ちください。
2002年8月 さたびー



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