非常サイレンや戦況報告の放送が断続的に流れる中、ハンガーでは横浜基地所属の戦術機部隊の出撃準備が続いていた。
 しかし、訓練拠点である横浜基地には、実戦部隊はそれほど配属されていない。訓練生を入れて、ほぼ一個連隊強というところか。進撃してくる旅団級のBETA群を迎え撃つには戦力不足が否めない。
 救いがあるとすれば、数少ない実戦部隊が一騎当千の強者というにふさわしいベテラン揃いだった事だろう。特に水月も所属する特殊任務部隊A−01、通称「伊隅ヴァルキリーズ」はメンバー全員が最低七百五十時間の操縦経験と五十体以上のBETA撃破記録を有する、人類側最強といわれる中隊である。
 その隊長を務める伊隅みちる大尉の“不知火”がハンガーを出た。エプロンには中隊各機が整列して待っている。
『こちら基地管制、キングスヒルよりヴァルキリー01へ、最新の情報を伝えます。敵旅団級は茅ヶ崎〜大磯間の海岸に上陸後、北東に針路をとって進撃中。現在敵先鋒は戸塚付近にあるものと思われます』
「こちらヴァルキリー01、キングスヒル了解。他に情報は?」
 みちるが質問すると、管制は一瞬沈黙し、それから伝えた。
『富士教導団に出撃命令が出ました。先方は二時間で到着すると言っています』
「二時間だな。了解した」
 みちるは管制との会話を切り、中隊内無線の回線を開いた。
「各員聞いたな? 富士のサムライたちは二時間後に来てくれる。ダンスパーティーにはいい時間だ。せいぜいパートナーに踊り潰されるな。逆に潰してやれ」
『アイ、ショーティ!』
 圧倒的多数の敵に相対する、という緊張感を窺わせぬ部下の態度に、みちるは満足し、そして唱える。戦乙女たちが戦いに当たって自らに、そして仲間たちに宣する誓いを。
「死力を尽くして任務にあたれ」 
「生ある限り最善を尽くせ」 
「決して犬死にするな」 
 部下たちがそれを繰り返し、そしてみちるは命じた。
「ヴァルキリーズ出撃! 下等生物どもに己の分を叩き込んでやれ!!」


誰が望む永遠?

第二十一話:英雄復活



 一方、そうした物語りじみた勇壮さとは程遠い出撃準備の風景も存在する。
『あー、プリチェック項目234から……あぁ、もうめんどくせぇ! 999番まで省略!』
『ちょっと、手抜きしないでよ剛田!』
『あれ? 上手くガンマウントに武器が入らないな』
『美琴、それ向きが逆』
『はわわぁぁぁわぁわわぁぁぁ』
『たま……日本語でしゃべってよ』
 言わずと知れた、候補生たちの第207小隊である。彼らが与えられ、ようやく初陣を迎えようとしている機体は、ヴァルキリーズの“不知火”ではなく、アメリカ製のベストセラー機にして第三世代型戦術機の傑作、F−15“イーグル”こと“陽炎”だ。第三.五世代型戦術機が登場しつつある今では、やや旧式化した兵器という感は否めないが、素直な操縦性能と高い運動性は未だに第一級の戦力として認められる存在である。
(“陽炎”か。好みで言えば“不知火”なんだが、まぁ贅沢は言えんよな)
 武は一人黙々と出撃前のプリチェックを済ませ、オールグリーン(異常無し)を確認し、整備兵に向けてサムズアップする。
「異常なし。流石に良い仕事だぜ」
 整備兵が顔をほころばせる。
「アンタもな。候補生にしちゃチェックが早いじゃないか。ヴァルキリーズのお嬢さんたちにも負けてない」
「そうかい?」
 武は苦笑し、友人たちを見回す。ようやく千鶴と慧のプリチェックが終わったところだった。あとは……
「御剣、いけそうか?」
『うむ、大事無い……が、もう少し待て』
 冥夜から返事が返ってくる。彼女の機体だけは、“陽炎”ではなかった。紫色を基調とした、華麗な中にも威圧感のある塗装。平面中心の“陽炎”に対し、美しい曲面を組み合わせて構成された、マッシブなデザイン。
 日本純国産の第3.5世代型戦術機“武御雷”。斯衛部隊にしか配備されていないはずの、現在日本最強の機体である。一介の衛士候補生に与えられる事などありえない機体であったが、冥夜にはこれが与えられるだけの資格があった。
「頼むぜ。いざとなったらお前のそいつが頼りだ」
『腕の方は期待してくれぬのか』
 武の言葉に、拗ねた様な言葉が返ってくる。武は苦笑して答えた。
「腕の方は言うまでもないさ……お、全員準備できたようだな」
『私のほうも行けるぞ』
 冥夜が答える。まず千鶴機が動き出し、慧と美琴、城二と続けてハンガーを出て行く。
「俺も行くか……じゃあ、ちょいと行って来るよ」
 武が悲壮感のかけらも無い表情で挨拶すると、整備長がやってきて答えた。
「頼むぜ、ひよっ子ども。戦果を挙げようとか、そんな事考えるな。何とか機体を持ち帰って来い。後の事は俺たちが何とかしてやる」
「ああ……誰も死なせやしないさ。誰もな!」
 そう言い残し、武はハッチを閉じた。今の彼は一介の候補生に過ぎないのだから、大言が過ぎるように聞こえたかもしれない。しかし、いざとなったら敵旅団を一人で始末するつもりで、武は機体を進ませた。ふと、ちっちゃい先輩の事を思い出す。
(鳴美先輩……俺は貴女の事も守ります。必ず)
 しかし、その当の相手は、おとなしく守られるだけでいようとはしていなかった。

 廊下を駆け抜け、鳴美は部屋に戻った。扉を開け、孝之の部屋のドアに手を掛けて、中の住人が鍵を掛けていた事を思い出す。
「中尉! 鳴海中尉! 起きてください! 開けてください!!」
 ドンドンとドアを殴りつけるようにノックすると、ガチャリと鍵が外れる音がして、孝之が顔を出した。
「聞こえてるよ。こんな状況で寝てられるわけないだろ」
 確かに、非常サイレンやハウリングを起こすほどの音量で伝えられるアナウンスは、この部屋にも響いている。ちなみに音量調節はできない。
「で、何の用だ?」
 鳴美に尋ねる孝之。問答無用で追い返されないだけ、少しは鳴美の存在に慣れてくれたのかもしれない。だが、今から彼女がもう一人の自分に言おうとしている事は、どれだけ馴れ合ったとしても、絶対に受け入れてくれそうもない話だ。
 それでも言わねばならない。鳴美は口を開いた。
「お願いがあります、中尉……もう一度、もう一度戦ってください」
 孝之の顔がとたんに険しくなる。
「お前、何を言ってるのかわかってるのか?」
 鳴美は頷いた。もとより快く思われないのは承知の上だ。彼女とて、孝之として遥の事故後に引きこもっていた頃は、何を言われても素直に受け取れなかった。
「わかっています……どんなにわたしが残酷な事を言ってるかも。でも、でも……!」
「話は終わりだ」
 孝之が会話を打ち切り、扉を閉じようとする。咄嗟に鳴美はそれを止めようとして――
 扉に足を挟まれた。
 ぐきり、と嫌な音がして、激痛が脳天まで突き抜ける。
「あうっ……あああぁぁぁぁぁっ!?」
 堪え切れない痛みに、鳴美は絶叫を発して床に倒れこみそうになった。頭をガツンと扉にぶつけ、意識が朦朧となる。
「ば、バカ……! 何やってんだお前!!」
 慌てて孝之が扉を開け、崩れ落ちる鳴美の身体を抱きとめる。
「くううぅぅぅぅぅぅっ!」
 涙で視界がぼやけ、何も考えられない。そんな彼女をソファに抱えて運び、孝之は挟まれた足を見る。右足の小指が変な風に曲がり、紫色に腫れ上がっていた。
「くそ、折れてるぞこれ! 医務室に……」
 孝之は鳴美を抱き上げようとして、彼女がそうはさせじとソファにしがみついている事に気がついた。
「バカ! 何してんだお前! 骨折れてるんだぞ!?」
 怒鳴る孝之に、冷や汗のにじんだ顔を向けて、鳴美は言った。
「言う事……聞いてくれるまで……動きません」
「何だよ……何でそこまでするんだ?」
 気圧されたように言う孝之に、鳴美は答える。
「わたしじゃ……わたしじゃ皆を守れないから……戦えないから! あの子達は成績優秀だけど、白銀君もいるけど……でも、初陣でいきなり沢山の敵に当たったら、きっとやられちゃう……誰かが助けてあげないと!」
 痛みで集中力を欠く鳴美の言葉は、支離滅裂に聞こえた。それでも、彼女が最近候補生の訓練を手伝っている事を、孝之は知ってはいた。そして、候補生が出撃した事を彼は始めて知った。思わず確認する。
「待て。候補生が出てるのか? 本気か?」
 鳴美は頷いた。
「夕呼先生も……許可してた。相手は旅団級だから、全力出さないと防ぎきれないだろうって」
「副司令が? バカな事を! 死にに行かせる様なもんだ!」
 孝之は怒鳴った。彼にも新兵だった時があるが、何度も死んだかと思うような目に会い、同期生の多くが初陣で散って行った苦い記憶がある。鳴美が見ている候補生がどれだけの逸材か知らないが、訓練未了の人間を出すなど、BETAに餌をくれてやるのも同然だ。
「でも、もう一人ベテランがいれば……あの子達を導いてくれれば、きっと勝てる。だから中尉、お願い、戦ってください」
 鳴美の言葉が少しずつ明瞭さを取り戻す。痛みが引いたわけではない。が、使命感が彼女を動かしていた。戦う力のない彼女には、これしか無いのだ。
「俺は……」
 孝之は自分の手を見る。震えていた。この事態が始まり、非常サイレンが鳴り始めたときから。自分を戦場に誘う音。死神が手招きする、あの戦場に。遥が消えていったあの地獄に……
「む、無理だ……俺は、俺はもうとっくにポンコツなんだよっ!」
 思い返しただけで、恐怖が蘇ってくる。敵本拠、ハイヴの深淵。誰も助けてくれる者の無い闇の中で、自分の機体がBETAに齧りつかれ食い荒らされていく音を聞く恐怖。亀裂から流れ込んできた敵の体液の、灼熱の感覚……そして、何よりも大事な人を守れなかったことの、苦すぎる悔恨。
 その全てが、見えない鎖となって孝之の身体を雁字搦めにしていた。戦場に出ると考えただけで、手が震える。
 その手を、鳴美はぎゅっと握った。
「中尉はポンコツなんかじゃない。遥さんの事で責任を感じすぎてるだけです」
 そのまま、孝之の震えを押さえ込もうとするかのように、鳴美は手に込めた力を強めた。
「わたしも……目の前で大事な人を失った事があります。何もできなかった自分が悔しくて、ずっと今の中尉みたいに引き篭もっていました」
「お前が?」
 孝之の訝る声に、鳴美は首を縦に振る。
「それで、わたしを立ち直らせてくれようとした人はいたんですけど、結局わたしはそういう人たちにも邪険にしてしまって、最後には誰からも見捨てられて、相手にされなくなって……」
 それは鳴美にとって、足の痛みなど比較にならないくらいの、心の痛みを伴う過去の回想だった。ただただ、自分を責め続けていた日々の記憶。
 でも、今はこうして振り返ってみるとわかる。
 遥が死んだわけでもないのに、自責の念に潰された自分は、本当に弱い人間だったのだと。元から遥と一緒にいる資格など無い、ダメな人間だったのだ、と。
 ゲーム以外得意なものも無く、何の力も無い今の弱い少女の姿は、自分に相応しい姿なのだ。でも。
 この、今目の前にいる孝之は違う。彼は英雄だった。世界を救う事を期待され、墜ちた今もまだ、見捨てられてはいない。彼はまだ羽ばたける力がある。
 それは、どれだけ力や知識があっても、所詮異邦人でしかない自分や武には無理な役目なのだ。この世界は、この世界の人間にしか救えない。
 その想いを込めて、鳴美は言った。
「でも、中尉は違う! まだ貴方は見捨てられてない! みんな、どこかで貴方に期待をしている。それが信じられないなら……わたしが貴方を信じます! だから……立ち上がって。貴方ならなれる。天命を受けた戦士に。弱き人々の盾に」
 さっきぶつけた頭が、またずきんと痛み始める。意識が朦朧となる。でも、まだ眠れない。まだ言いたいことを言い終えていない――
「それに……遥さんはまだ生きています」
「何だって!?」
 驚愕して叫ぶ孝之に、鳴美は弱々しくも笑顔を浮かべて答えた。
「だって……中尉は遥さんの死んだところを見ていないんでしょう? だったら、どうして信じてあげないんですか? 彼女は生きてるって……」
 鳴美の世界では、遥は生きていた。だから、この世界でもきっとそうだと思う。根拠は無いが、鳴美にとっては、それは確信だった。
「だから……こんなところで……たちどまっちゃ……」
 そこで、鳴美の意識は途切れた。

 かつての横浜港を望む高台を最終防衛線として、横浜基地から出撃してきた戦術機部隊は凄まじいまでの抵抗を示していた。
 狙撃役が長砲身の狙撃砲を撃ちまくり、光線級や突撃級と言った厄介な敵を次々に撃破する。互いの遠距離射撃が飛び交う下を、突っ込んできた要撃級BETAが鉄槌のような一撃を見舞って戦術機を地面に這わせるが、直後にその戦術機が抜いた長刀に柔らかい下腹を抉られた。苦悶するところを、立ち上がった戦術機に一太刀で葬られる。
「ナイスだ冥夜。流石に新型機は防御力が違うな!」
 そう言いながら、武は機関砲の弾幕射撃で押し寄せる戦車級を次々に吹き飛ばしていた。フルオート射撃にもかかわらずほとんど無駄弾を出さないその射撃術に、ベテランからも賞賛の声が上がる。
『こちらヴァルキリー01。見事だ、白銀候補生。どうだ、うちの部隊に来ないか?』
 みちるの言葉に、武は苦笑で返す。
「この戦いが終わったら考えますよ」
 実際には伊隅ヴァルキリーズに所属するどころか、指揮した経験もある彼だが、やはり尊敬するベテランにそう評価されるのは良いものだ。
『ヴァルキリー01、彼はわが小隊の大事な一員です。スカウトは困ります』
 千鶴が会話に割り込む。割り込みつつも操縦には手を抜かない。要撃級の群れを撃ち抜き、あるいは斬り倒している。他の候補生たちも善戦していた。とても――
『初陣とは思えないな。私など震えているだけだったが』
 誰かが呟くように言う。確かに、207小隊の候補生たちは訓練未了の新人とは思えない目覚しい戦いぶりで、次々にBETAを葬っていた。
 しかし、敵は後から後から湧き出す様に出現する。戦術機部隊も既に十数機を撃墜され、ほぼ同数の機体が大破戦闘不能に陥っていた。
(これは厳しいな。増援が来るまであと一時間だが……)
 全体の指揮を執るみちるが唇を噛む。撃破された機数は致命的な損害ではないが、これ以上戦線に穴が開くと、補給のローテーションが組み辛くなる。
「よし、207小隊、一時後退して補給に入れ」
 みちるが命じると、千鶴から反問があった。
『まだ補給するほど消耗はありません! やれます!』
 確かに、207小隊はまだ残弾を残している。残してないのもいる。もちろん城二だ――が、みちるは叱責するように再度命じた。
「いいから下がれ! 余裕のあるうちにお前たちが補給を済ませないと、他の部隊が補給をする暇がなくなるだろう!!」
 善戦している207小隊だが、やはりそこは新人未満。どうしても弾丸の減りが早い。ベテランと違って外れ弾が多く、つまり射撃回数も多いからだ。ここで他の部隊を先に補給させた場合、その間に207小隊が弾切れで戦線の穴になる恐れがある。
『はっ……申し訳ありません! 直ちに補給に入ります!』
 その千鶴の解答を聞いて、みちるは微笑んだ。一回の叱責で自分たちの問題点に気づいたらしい。未熟だが、及第点を与えられる。
(彼らは私の部下に欲しいな。荒削りだが統率も技量も良くできている)
 しかし、次の瞬間207小隊は未熟ゆえに致命的な綻びを戦線に作り出した。
「ばっ……ダメだ委員長! まだ早い!!」
 武が怒鳴る。彼以外の小隊各機が一斉に下がったため、戦線に穴が開いた。本当なら交代の部隊が展開するまで引いてはいけないのだが、千鶴はそこを見誤ってしまったのだ。
『しまった!』
 千鶴が叫んだ時には、叩き付けられる火力が弱まった事を悟ったBETAが、ただ一機残っている武の機体に、津波のように殺到してきていた。
「ちっ! やるしかないか!?」
 武が残った砲弾とミサイルを派手にばら撒き、津波の第一波を消し飛ばす。が、その残骸をも踏みしだいて第二波が押し寄せる。
「くそ、刀でやるしかねぇか!」
 武が両手に長刀を持ち、当たるを幸いBETAをなぎ倒す。しかし、その破壊の渦をすり抜けたBETAたちが、態勢を立て直そうとしている千鶴たちに襲い掛かった。
『きゃあああっ!』
『くそっこいつっ!』
『やああぁぁぁ! 離れてよっ!!』
 パニックに陥ったような同期生の叫びに、武が助けに向かおうとするが、彼もBETAに重包囲され、身動きが取れない。戦線が崩壊しかけたまさにその瞬間だった。
 突然降り注いだ砲弾の嵐が、207小隊にまとわりつく敵を片端から吹き飛ばした。
「!?」
 武は戸惑いながらも、包囲網に出来た隙を強行突破し、他の小隊機と合流した。
『今のは……』
 助けられた事に安堵しつつ、誰がやってくれたのか、と一同が思った時、バーニアを吹かしてジャンプして来た戦術機が、彼らとBETAの間に立ちはだかるように着地した。“吹雪”。第二世代型戦術機の傑作だが、既に旧式化して久しく、初等練習機として使われている機体である。
『ヒヨっ子連中、ここは俺が引き受ける。今のうちに補給を受けて来い』
 そのパイロットから通信があった。
『引き受けるって……無茶です! そんな旧式機で!!』
 千鶴が言う。が、武はそれを制して言った。
「感謝します。三分で戻ります。ところで、貴方は……」
 なんとなく見当はついていたが、武は敢えて相手の名を聞いた。
『……鳴海孝之。一応中尉だ』
 やっぱり、と武が思うと同時に、他の候補生たちが、いや、パイロットたちも叫んだ。
『鳴海中尉だと!?』
『孝之! あなた大丈夫なの!?』
『あの英雄鳴海か!?』
 無線の向こうから、苦笑交じりの声がした。
『俺は英雄なんかじゃないさ。やるべきことを見失っていた馬鹿に過ぎん。だが、もう俺は迷わない!!』
 決意を込めた叫びと同時に、孝之が襲い掛かってきた要撃級を一刀両断に叩き斬る。そのまま相手を蹴り飛ばし、戦車級の群れの中に叩き込むと、グレネードでまとめて一掃した。
(あの戦いぶり……鳴美先輩そっくりだな)
 武がそう考えた時、怒涛のような歓声が上がった。
『よし、英雄復活の祝いだ! 派手に花火をぶち上げてやれ!!』
『怪物どもめ! もう好きなようにはさせないぜ!』
『ヴァルキリーズ、前進! 戦乙女が英雄の前で遅れを取ることは許さんぞ!』
 最後にみちるが煽るような命令を発し、まるで怯んだようにBETAの突進が弱まる。
 さらに、敵後方で爆発音が轟き、砕かれたBETAの破片が飛び散った。
『横浜基地の諸君! こちら御殿場01! 待たせて済まなかった! これより我々もパーティーに加わらせてもらう!!』
 戦術機の戦技研究と教育を主任務とし、教官レベルの精鋭で構成された部隊、富士教導団に属する戦術機三個大隊がついに戦闘加入を果たしたのだ。
『全機、全兵装使用自由! 蹂躙せよ!!』
 容赦ない鉄と炎の嵐が、BETA旅団を打ち砕き、切り刻み、吹き飛ばしていく。
 戦いの流れが決した瞬間だった。

 意識が戻ってくると、消毒液の匂いが鼻をついた。
「……ここは……つっ!」
 鳴美は辺りを見回そうとして、足の痛みに声を上げる。すると。
「気がついたか」
 声の方向を見ると、孝之がいた。
「中尉……?」
「まだ、完全に目が覚めてないんだな。まぁ、無理するな。足の指は折れてるけど、一ヶ月くらいで治るそうだ。頭の方は軽い脳震盪で、異常は無いとさ」
 鳴美に話して聞かせる孝之は、なぜか全身湿布だらけで、頬が赤く腫れていた。
 話を聞いて、自分の状況を思い出した鳴美は、非常サイレンがもうやんでいる事に気づいて、孝之に聞いた。
「終わったんですか? 勝ったんですか?」
「ああ、勝ったよ。敵はどの方面でもほぼ全滅し、こっちの被害も最小限で済んだ。候補生たちも全員無事だ。俺たちは勝ったんだよ」
 孝之の少し誇らしげな声に、鳴美は彼が戦いに出たのだと悟った。
「……ありがとう、中尉。わたしのお願いを聞いてくれて」
 鳴美が言うと、孝之は照れ臭そうに鼻の頭をかきながら横を向いた。
「ん、まぁな。流石に女の子に泣いて頼まれちゃ嫌とは言えんよ……って、いってぇぇぇ!?」
 孝之が叫んだのは、現れた人物が彼のもみあげを摘んで引っ張ったからだった。
「何をえらそうに。泣かしたのは君でしょうが」
 その人物……夕呼は孝之のもみあげをひとしきり引っ張った後、ぱちんと手を離した。
「それは悪いと思ってますよ!」
 痛みをこらえながら孝之が言うと、夕呼はあごで彼と鳴美の二人をしゃくりながら言った。
「なら、ちゃんと彼女に謝っておきなさい」
「はい」
 孝之は素直に夕呼に答えると、鳴美に深々と頭を下げた。
「済まなかったな、怪我までさせて。俺の事を励ましてくれたのに」
「良いですよ。わたしは気にしません」
 鳴美は笑顔で答え、そして孝之の有様を見て聞いた。
「ところで……それ、どうしたんですか? 出撃で怪我したとか?」
「いや、そうじゃない」
 孝之は首を横に振り、それも痛いらしく顔をしかめて、答えを言った。
「まったく、身体は鈍りたくないもんだ。ちょっと戦術機で戦闘機動しただけで、全身打ち身とムチ打ちになった。まぁ、ムチ打ちはお前をここに連れてきたときに、夕呼先生に食らった往復ビンタのせいかもしれんが」
「女の子に怪我させたんだから、当然の報いよ」
 夕呼が涼しい顔で言うのを見て、鳴美はつい声を立てて笑ってしまった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るが……怪我させておいて言うのもなんだが、早く良くなってくれ」
「はい」
 孝之がちょっとぎこちない動きで出て行く。それを見送って、夕呼は鳴美の手を握った。
「ありがとう、鳴美ちゃん」
「先生?」
 唐突な行動に鳴美が戸惑うと、夕呼は言葉を続けた。
「彼を、鳴海中尉を救ってくれた事よ。あたしじゃどうにもならなかった」
 鳴美は首を横に振った。
「わたしは、きっかけでしかないですよ。いつかは彼も自分で立ち直ったはずです」
「それを待っていられなかったのも事実だけどね……」
 夕呼は鳴美の返事に謎めいた言葉を返し、そして、真正面から鳴美の顔を見てきた。
「な、なんですか?」
 少し怯んだ鳴美に、夕呼は言った。
「少しずつ、手駒は揃ってきた。頃合かもしれないわ。鳴美ちゃん、いや、穂村鳴美二等兵待遇軍属」
「あっ……はい」
 正式な身分と名前で呼ばれた事で、鳴美は何か重要な話が始まる事を悟り、身を伸ばした。
「あたしは君を正規の軍人として採用すると共に、あたし直属の部下として迎えるつもりよ。人類を救うために。オルタネイティブ計画完遂のために」
「オルタネイティブ計画!?」
 痛みすら忘れそうな勢いで、鳴美は上半身を起こした。武から聞いていた人類救済計画……オルタネイティブ。
 その一部が、鳴美の前にその姿を現そうとしていた。
 
(続く)


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