シミュレーターから戻ってきた鳴美は、今や完全に自分の家となっている孝之の部屋に戻ってくると、制服から着替える事もせず、ぽふんとソファの上に寝転んだ。白い天井を見上げ、ついさっき武から聞かされた衝撃的な話を反芻する。
(このままだと人類は滅びる、か……)
 BETAに押されているとは言え、今すぐ破綻するようには見えない人類の戦線。だが、この世界に来て間もない鳴美には見えないものが、武には見えているのだろう。いや……見えているのではない。
(彼にとっては経験した事、なんだよね)
 鳴美はポケットに手を入れて、武から借りてきたものを取り出した。これこそが、鳴美から見れば武の話を信じるに足りると思わせる一番の証拠だった。


誰が望む永遠?

第十九話:世界が燃え尽きないように



 十数分前。
「人類を滅亡から救いたい?」
 鳴美の鸚鵡返しに、武は「ええ」と頷き、対面の席に腰を下ろした。
「まぁ、正確には滅亡じゃないんでしょうけど……大半の人間が死ぬ事に変わりはないですね」
 鳴美は首を傾げる。武の言葉は妙に具体的だった。確かに人類はずっと不利な戦況に晒されてきて、BETA大戦前と比べると総人口の六割近くを喪っているが、絶滅の危機というにはまだ遠い。
「えっと、どういう事? 詳しい事、教えて」
 鳴美が言うと、武は頷いた。
「もちろん。でも、その前にちょっと聞きたい事があります。鳴美先輩がこの世界に来る前、元の世界に俺はいましたか?」
 鳴美は首を縦に振った。
「もちろん。前の日も一緒にバルジャーノンで遊んで……」
 そこで鳴美は重大な事に気づいた。今まで彼女は武も自分と同じ日にこの世界へやって来たと思っていた。
 しかし、どうもそうではないらしい。目の前の武は、どう見ても自分よりこの世界に馴染んでいる。もっと以前からこの世界にいたとしか思えない。
 その疑問に答えるように、武は口を開いた。
「俺は……もうこの世界に来てから十年になります」
「じゅうねん!?」
 鳴美は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。頭が混乱してくる。そうなると、武は十年前にこの世界に来た事に……いや、そうすると元の世界の武は一体? そんな混乱する彼女に、武はさらに複雑な事を言い始める。
「正確に言うと、この四回目の世界に来てからは三ヶ月くらいです。 ああ、そんなに目を回さないでくださいよ。今詳しく説明しますから」
 武はポケットから手帳とボールペンを取り出し、ページを一枚切り取った。テーブルの上にそれをおいて、まず一本の線を引く。
「これが、俺たちが元いた世界だと思ってください」
 武はそう言って、平行する二本目の線を引く。そして、最初の線の一点から矢印を伸ばし、二本目の線に繋いだ。
「この二本目が、平行世界だと思ってください。俺の体感時間で十年前、俺はこうやってこの世界に来ました」
 武の手に握られたボールペンが矢印をなぞり、二本目の線に着くと、そこから右へなぞっていく。
「この世界で俺は三年を過ごし、衛士になりました」
「え?」
 鳴美は武を見た。彼はまだ衛士候補生のはずだが。それに、三年?
「まぁ、もう少し話を聞いてください。この……」
 武は二本目の線の途中に点を入れた。
「この世界の三年目に、人類はオルタネイティヴ5という計画を実行に移したんです。それは、選ばれた一部の人間の太陽系外移住と、地球に存在するBETAの殲滅。俺はその殲滅戦で一度死にました」
「ちょ、ちょっと待って」
 さすがについていけないものを感じて、鳴美は武の言葉を遮った。
「死んだってどういう事? わたしには君が生きているようにしか見えないよ。それに、太陽系外移住って……」
 武は目を回しそうな鳴美を見て、頭をかいた。
「すいません、説明下手で。でも、後でまとめて疑問に答えますから、もうちょっと聞いてください」
 武はそう言って、前の二本の線にさらに平行する三本目の線を引いた。そして、二本目の線の末尾から三本目の先端へ矢印を引く。
「俺は死んだと思ったんですが、気がついたらやはりBETAと戦争をしている世界にいたんです。最初はこの、二本目の世界の過去に戻ったのかと思ったんですが、微妙な違いがあったので、別の世界かも知れないと思い、線は別にしています」
 武は三本目の線をなぞりながら鳴美に聞いた。
「さっき、オルタネイティヴ5という計画の話はしましたよね?」
「え? あ、うん。確か、太陽系外移住とBETAの殲滅だっけ……あ、でも、どうやってBETAを殲滅するの? 核爆弾でもなかなか死にそうもないけど」
 武はちょっと嫌そうな表情になって答えた。
「G弾、というBETA由来の特殊な物質を使う爆弾があるんです。こいつは核以上の威力で、BETAにも有効ですが、爆発範囲の植物が全滅して二度と生えなくなったりとか、副作用が絶大で……俺が死んだのも、こいつの爆発に巻き込まれたからですよ」
「そんなの使ったら、地球が死の星にならない?」
 鳴美が聞くと、武はええ、と頷いた。
「脱出する人たちをBETAが追いかけないように、地球をあいつらに渡さないために……選ばれた十万人以外の人類は、全て犠牲になって滅びたんです」
 一瞬その場に沈黙が立ちこめ……それを破ったのは、青白い顔になった鳴美の震える声だった。
「たった十万人……? 今でも十何億の人口があるんじゃなかったっけ?」
 武は黙って頷いた。酷い話だと鳴美は思う。たった十万人のために、残りの人類が全滅する。完全な絶滅よりはマシかもしれない。それは理解できるが、それでも、そんな酷い事は認められない。
 地球放棄・脱出計画「オルタネイティヴ5」は、鳴美にとって絶対に阻止すべきものとなった。世間から見放された事のある鳴美にとって、どんな基準であれ、自分が捨てられるのも他人が捨てられるのも、絶対に嫌だった。
「と言う事は、白銀君はそんな計画が発動しないようにしたい……という事? その手伝いをわたしに頼みたいと?」
「ええ。俺はこの、三番目の世界でも全力を挙げて戦いましたが、やっぱりBETAに勝ちきれなくて……オルタネイティヴ5が発動されてしまったんです。そして」
 武は四本目の線を引いた。
「俺はまた同じような世界に、同じ時間に戻されました。ここでもやっぱりオルタネイティヴ5が発動して、この時は俺も移住先……蛇遣い座バーナード星系の地球型惑星まで行きました」
 バーナードは太陽系から5.9光年。二番目に近い恒星である。この世界はそんなところまで行けるほど技術が発達しているのか、と鳴美は感心しつつ、武に聞いた。
「脱出組に選ばれたんだ。でも、またここにいるということは……」
 武は唇をかみ締め、何かをこらえるような表情になった後、搾り出すように答えた。
「そうです……移住先にもBETAは追って来ました。地球から追撃してきたのか、別の部隊なのかは知りませんけど。たった十万人の移民者が全滅するのに、3日もかかりませんでしたよ」
 武自身、戦術機に乗って数百体のBETAを倒したものの、衆寡敵せず敗れ去ったと言う。鳴美は息を呑んだ。
「俺は見ることが出来ませんでしたが、二番目と三番目の世界もたぶんそうなったんでしょう。オルタネイティヴ5は根本的な解決にならないんです」
 武はそこで言葉を切った。鳴美はすっかりぬるくなったジュースを口に含み、気分を落ち着かせた。同時に目の前の少年に感嘆する。元の世界で一緒に遊んでいたときはごく普通の少年で、異世界で十年を暮らしながら、その間に三度の死を経験する、などという理不尽な運命に立ち向かえるほどの強さを持つようには見えなかった。
「白銀君は強いね。わたしも理不尽な不幸には慣れてるつもりだけど、君みたいな目にあったら、きっと頭がおかしくなると思うよ」
 鳴美がそう言うと、武は苦笑した。
「希望が……なくはないですから」
「希望?」
 鳴美が首を傾げると、武は例のメモ帳で、今の世界を現す線に三つの点を書き込んだ。
「オルタネイティヴ4……これさえ成功すれば、かなり希望が見えてくるはずなんです」
「オルタネイティヴ4? まぁ、5があるなら4もあるか。で、それはどんな計画なの?」
 鳴美が聞くと、武は一番未来の場所にある点を叩いた。
「オルタネイティヴ4は、BETAと意思を疎通できる者を諜報員として送り込み、BETAから情報を得ようと言う計画で……まぁ、諜報員と言っても、強行突入してBETAの上位存在に接触して、情報を聞き出してくるって言う、結構乱暴な話なんですが」
 武の説明の中に違和感を覚えて、鳴美は尋ねた。
「あれ? BETAって相互理解はできないんじゃなかったっけ?」
 武は首を縦に振った。
「ええ。普通なら。ですが、いわゆる超能力を使えば、BETAとコンタクトが可能なんです。おっと、笑わないでくださいよ。こっちの世界じゃ超能力は実在するんです」
「いや、笑わないけど……妙な方向でわたし達の世界より発達してるんだね」
 鳴美が答えると、武は苦笑した。
「良い事か悪い事かわかりませんがね。ともかく、そういう計画があるんだって事は覚えておいてください。で、これを成功させるためには大きな三つの山場があります」
 武が言いながら三つの点をボールペンで叩く。これが「山場」らしい。
「まず……」
 言おうとして、ふと武は辺りを見回すと、誰もいないにも関わらず、小声で言った。
「最初の山場は、十二月に起こるクーデター計画です」
「クー……!?」
 思わず大声を上げかけた鳴美の口を、武が慌てて塞いだ。もごもご、と鳴美が驚きを飲み込んだのを見計らって、手を離す。
「大声は勘弁してください。何処で誰が聞いてるか判りませんから」
「ご、ごめん。でも、それってもの凄く大事だよね……?」
 鳴美の言葉に武は頷く。
「ええ。これをできれば阻止、もしくは被害と混乱を最小限に食い止める必要があります。でないと、次の二つの大作戦に必要な戦力が手に入りません」
 武はそう言って、さらに他の点を指していく。
「あとは、佐渡島にあるハイヴの攻略戦。これが成功しないと、次のステップであるオリジナルハイヴ攻撃ができなくなります」
「オリジナルハイヴ?」
 また聞き慣れない単語が出てきたので、鳴美は首をかしげる。ハイヴというのはBETAの巣にあたる存在だと言うのは知っているが。
「ああ、地球にBETAが初めて降りて来た時に作ったハイヴをそう呼んでいるんですよ。地球上最大のハイヴで、ここには“あ号標的”と呼称されているBETAの上位存在がいます。オルタネイティヴ4の最大目標は、このあ号標的との接触なんですよ」
 そう言って、武は簡単なユーラシア大陸の地図みたいなものを書くと、オリジナルハイヴの場所を書き込んだ。中国の西域地方にあるカシュガル。鳴美も元の世界では何度か紀行番組で見た事がある、エキゾチックな街だった。この世界では跡形もないのだろうが……
「こんな遠くまで攻めて行けるものなの?」
 鳴美の素朴な疑問に、思わず苦笑する武。
「いやまぁ、歩いていくわけじゃないですよ。再突入型駆逐艦……まぁ、武装したでっかいスペースシャトルだと思えばいいですが、それで宇宙から降下して攻撃するんです」
 そこまで行くと、もはや鳴美には想像不能の世界だった。それはまぁ、隣の星まで行く宇宙船が作れるくらいだから、宇宙を飛ぶ駆逐艦くらい簡単に作れるのかもしれないが……あまりにも元の世界と違いすぎてコメントのしようがない。
「なんというか……壮大な話し過ぎて目が回りそう」
 鳴美がようやくそう言うと、武はわかります、と言って笑った。
「俺も最初来た頃はそうでしたよ。初めて駆逐艦で大気圏に再突入した時は、悪夢じゃないかと思ったもんです。それはともかく……」
 武は笑顔を消して真面目な顔になった。
「俺は一度オリジナルハイヴまでは行った事があります。でも、結果は惨敗でした。あ号標的のいる最深部に突入するまでに部隊は壊滅。俺も機体を半壊されて、ほうほうの態で逃げ出しました」
 その時の悔しさを思い出したのか、武がぎゅっと拳を握り締める。
「あと少し……あと少し足りないんです。俺についてこれるだけの技量を持った衛士が。冥夜や委員長、美琴たちも実力はあるけど、まだまだ不足としか言いようがない」
 そこで、武は鳴美の顔をじっと見た。
「だから、先輩が来てくれた事は、俺にとってはとてもありがたいんです」
 その期待に満ちた眼差しに、鳴美はぶんぶんと首を横に振った。
「ちょ、ちょっと待って。一緒に戦いたいのはやまやまだけど、わたしはこんなチンチクリンだからそれは無理だよ?」
「あ、いや。そういう事じゃないんですよ」
 武は慌てたように言った。
「どうか、みんなを鍛えてやってください。俺は候補生と言うみんなと同じ立場なんで、偉そうに命令したり指示したりとかできませんから」
「あ、なるほど……そういう事ね」
 そこで、鳴美はようやく武の望むことを理解した。おそらく、今の武は十年分の経験を持ち、他の候補生どころか、現役のどの衛士と比較しても遜色ない実力を持っているだろう……が、立場的には一介の候補生に過ぎず、権威がない。
 そこへ行くと、鳴美は今の武には及ばないにしても相当な実力者であり、階級は低いが候補生たちを教育する権利はある。彼女のやり方次第では、候補生たちを今までの武が辿って来た歴史の中の彼らよりも優れた衛士に鍛え上げることは可能だ。
 そうやって武が望むだけの実力を持つ衛士が揃えば、人類の敗北を阻止することができるかもしれないのだ。そう思った瞬間、鳴美は身が震えるのを感じた。
 元の世界の彼女は、実は存在しないも同然の無戸籍の身であり、誰かの役に立てる技能も無かった。しかし、この世界では自分が役に立つ人間であることを証明できるのだ。
 鳴美は小さな拳をきゅっと握り締めると、それを武に向けて突き出した。
「やる。やるよ、白銀君。わたしで良ければいくらでも協力するよ」
「ありがとうございます、先輩」
 武は笑顔で鳴美の拳に自分のそれをつき合わせると、あ、そうだ、と言ってポケットから何かを取り出した。それは鳴美にも見覚えのある品だった。欲しいな、と思いつつも買えないでいた携帯ゲーム機だ。
「あれ? それって、ゲームガイ?」
 鳴美の質問に、武はええ、と頷いてそれを差し出してきた。
「お礼代わりに、それあげますよ。俺がこの世界に持って来れた唯一つの持ち物ですが、もう流石にやり飽きましたし」
「え? いいの?」
 鳴美は聞き返しつつ、挿さっているゲームを確かめた。バルジャーノンの携帯版だった。試しにスイッチを入れてみると、流石に十年が経って古びているのか、ややかすれた画面にバルジャーノンのタイトルロゴが浮かび上がった。
「充電ケーブルとかは明日にでも持ってきますよ」
 武の言葉に頷きつつ、鳴美はコンフィグ画面を開いて、そして驚愕した。
「こ、このスコアは……」
 そこには武のこの十年の戦績が映っていたが、どれも桁外れの好成績だった。鳴美もこんなハイスコアを出す自信はない。
「まぁ、十年もやりこんでいればそうなりますよ」
 武は何でも無い事の様に笑ったが、鳴美にしてみれば、これこそ武の十年に及ぶ苦難の歩みを偲ばせる最大の証拠だった。
 
 そんな武との会話を思い出しながら、鳴美はゲームガイのスイッチを入れた。その瞬間「ピコーン」という起動音が部屋中に響き渡った。
「わわ、音量が最大になってた」
 びっくりしつつ、鳴美は音量調節ダイヤルを回して、ミュート状態にした。バルジャーノンの起動画面が浮かび上がったとき、孝之の部屋のドアが開いた。
「何だ今の音は」
 隣にも聞こえていたらしい。不機嫌そうな表情の孝之は、鳴美が答えるよりも早く、その手にあるゲームガイに目を留めた。
「……? 何でお前がそんなものを持っているんだ?」
「? これの事?」
 鳴美がゲームガイを目の高さまで持ち上げると、孝之はそれをいきなりひったくった。
「あっ! 何するんですか!!」
 鳴美が抗議するが、孝之はゲームガイをひっくり返して見て、唸るように言った。
「お前な、これは将校級の衛士にしか支給されないツールだぞ。軍属で、しかも二等兵待遇のお前が持っていたら、逮捕されるぞ。何処で拾った」
 孝之の言葉に目をぱちくりさせる鳴美。たかが携帯ゲーム機がそんなご大層なものであるわけが無い。それとも、この世界ではそうなのだろうか?
「拾ったんじゃありません。貰ったんです。そんな凄いものなんですか? それは」
 それでも鳴美が言い返すと、孝之はますます不審そうな表情で鳴美を見た。
「貰った? バカ言うな。プレアディスをただで人にくれてやるようなアホがいてたまるかよ」
 孝之がこつこつと指先でゲームガイを叩きながら言ったので、鳴美はどうやら孝之がゲームガイを他の何か……「プレアディス」と言うものだと勘違いしているのだと気が付いた。
「プレアディス? 違いますよ。それはゲームガイって言うんです。右上にロゴがあるでしょう?」
 鳴美の指摘に、孝之はそこを見る。右上にかすれた字で「GAME GUY」と書かれているのを見て、彼は顔をしかめると、改めてゲームガイを何度も裏返したり、画面を見たりして、ようやく頷いた。
「……確かに、プレアディスとはちょっと違うみたいだな。何だこいつは?」
「携帯ゲーム機ですけど……」
 鳴美が答えると、孝之は不思議そうな表情になった。
「けいたいげーむき? 何だそれは」
「何って……」
 鳴美は答えようとして気が付いた。どうやら、この世界には携帯ゲーム機どころか、家庭用ゲーム機も無いらしい、と言うことに。例えばこの部屋だ。自分とは少し性格が違うとは言え、孝之は基本的に鳴美と同じ嗜好の持ち主である。料理の味付けなどはその良い例だ。
 だから、もしゲーム機があるなら、絶対にこの世界の孝之も買っているはずなのだ。しかし、この部屋にはゲーム機が無い。そこまで考えると、CDなどのオーディオ機器もないし、娯楽と言えば本やカードゲームがあるくらいだ。
 三十年もBETAと戦争をしているため、技術開発等の努力は全て戦争用に向けられ、個人の趣味を追求する様な余裕が、社会全体から失われているのだろう。改めて鳴美はこの世界の「歪み」を思い知らされた。
「どうした?」
 考え込んでしまった鳴美に孝之が声をかけ、彼女は物思いからはっと我に還った。
「あ、すみません。ちょっと考え事をしてて……まぁ、これが何かは、実際に見てもらったほうが良いかな?」
 鳴美はそう答えると、バルジャーノンの初期メニューを呼び出した。そこから「デモムービー」を選んで、孝之に手渡す。
「おおっ!?」
 画面を見て思わず驚きの声を上げる孝之。バルジャーノンがライフルを撃ち、ミサイルを放ちながらめまぐるしくジャンプを繰り返す映像に見入っている。
「これは何だ? 戦術機のシミュレートか何かなのか? プレアディスではこんなクリアな映像は見えないぞ。うむむ……」
「ところで、その……"プレアディス"って何ですか?」
 鳴美は夢中になっている孝之に、さっきから気になっていた単語について尋ねた。
「ん? ああ、お前は知らないよな。プレアディスというのは……」
 孝之の説明を聞いたところでは、どうやらPDS……携帯情報端末とGPS端末を合わせたような、軍用デジタルツールらしい。孝之も長い間使ってはいないが、一応持っていた。確かに外見はゲームガイに酷似している。
「なるほど……これは間違えるなぁ」
 鳴美がプレアディスを見て頷いている横で、孝之はバルジャーノンをさらにいじっていた。
「おお、なんか始まったぞ? うわ、これオレのやるとおりに動くのか!」
 やたら感心する孝之。三年前までは自分で巨大ロボットを動かしていた人間とは思えない。鳴美は苦笑しつつ、操作方法を教えてやった。
「その左のキーで前後左右に動かして、右のボタンは火器切替とトリガー、それとジャンプにダッシュ。右上が……」
 しばらく教えてやると、孝之の操るバルジャーノンの動きが、目に見えて良くなってきた。
「なるほど、こうか……これでどうだ!?」
 鳴美は目を見張った。さすがにもう一人の自分と言うべきか、バルジャーノンの操作が戦術機の操縦に通じているように、逆もまた然りなのか。ともかく初めてとは思えない動きで次々とステージをクリアしていく。序盤の難関だった巨大ボス、ムービングフォートも一回で撃破して見せ、中盤まで進んだところでゲームオーバーになった。
「うーむ、これは凄いな。こんな小さな、プレアディス並みの筐体に、こんな高度なシミュレーターが入っているとは……驚きだ」
 ひたすら感心している孝之に、鳴美は言ってみた。
「良かったらお貸ししますよ」
「なに、良いのか!?」
 目を輝かせる孝之。やはり、こう言うところは自分なんだなぁ、と思いつつ鳴美は頷いた。もらったばかりのゲームガイ、自分でも遊んでみたいのはやまやまだが、鳴美はあることに気がついていたのだ。
(手が震えてなかったな……)
 三年前以来、戦術機に対するトラウマからダメになってしまった孝之。戦術機のことを考えるだけで手を震わせていたはずなのに、バルジャーノンをやっている時は、まるでそんな様子は見えなかった。
「サンキュー、じゃ借りるぞ!」
 そう言って部屋に消えていく背中を見送り、鳴美は呟いた。
「立ち直るきっかけに……なると良いな」
 もう一人の自分に向けた、それは心からの願いだった。
 
(続く)


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