医務室にやってきた水月とまりもの言葉に、夕呼は首を傾げた。
「鳴美ちゃんをシミュレータに乗せたい?」
水月は頷いた。
「彼女は戦術機戦に関して、相当な知識を持っているようです。もしかしたら、操縦に関しても適性があるかもしれません」
まりもが付け加える。
「少なくとも、小隊レベルの戦術指揮に関しては、私と同等の能力があるようです。それを測るためにも、シミュレータの使用を許可してください」
まりもは階級こそ違うが夕呼とは学校が同期だった友人同士であり、普段こんな堅苦しいしゃべり方はしない。それだけ真剣なのだろう。
「乗せるのは構わないけど、データはちゃんと取ってね」
最終的に夕呼は鳴美用にシミュレータを改造し、彼女を乗せることを許可した。水月とまりもが礼を言って退出した後で、机にひじを付いて考え込む。
(あの娘が……? 姿も育ちも違うけど、やっぱり鳴海中尉と同一人物だけの事はある、と言う事かしら?)
しかし、鳴美の話を聞く限り、彼女のいた世界には戦術機など存在しないはずだった。それなのに、一体何処でそんな知識を身に付けたのか。
(ちょっと話を聞く必要があるわね)
夕呼は鳴美がいるはずの、孝之の部屋へ電話をかけた。
誰が望む永遠?
第十八話:戦術機に乗ってみよう
「わたしが戦術機に詳しい理由、ですか?」
呼ばれた鳴美は夕呼の質問に鸚鵡返しで応えた。
「ええ。貴女の来た世界にはBETAもなく、当然戦術機も無かったのよね。どうして戦術機に詳しいのかしら? こっちに来てから身に付けた、と言うレベルではなかったと、速瀬中尉もまりもも言ってたのだけど」
鳴美はどう説明したものかと考えたが、結局正直に話す事にした。
「実は……ゲームです」
「ゲーム?」
きょとん、とする夕呼に、鳴美はバルジャーノンの事を話した。自分の世界ではこの世界よりコンピュータを使ったゲームが発展しており、戦術機の操縦・戦闘に酷似したゲームが存在し、自分はそれが得意だった、という事を。
「……つまり、戦術機のシミュレータに似たものが、一般家庭でもできるということ?」
ちょっと信じがたい、という表情で聞く夕呼に、鳴美は頷く。
「ええ。家庭用ゲーム機だと、フットペダルの操作をボタン操作に置き換えたりしてますし、省略された機能も多いですが、基本的な操縦と火器操作、それに戦法や戦術はかなり似ています……というより、ほぼそのままに見えました」
「それで、鳴美ちゃんはそのゲームを何時間くらいやってたの?」
思わぬ質問に鳴美は首を傾げた。プレイ時間の総合計など計ったことはない。それでも、いくつかの手がかりはある。
「そうですねぇ……多いときには一日二時間くらいは遊んでましたから、それでも一日平均一時間くらい遊んでたとして、バルジャーノンの発売が五年前ですから、千五百時間くらいは遊んでたんじゃないでしょうか」
その答えに、夕呼は驚愕の表情を浮かべた。
「せ、千五百時間!? 一般的な衛士候補生のシミュレータの訓練時間の十倍じゃない! ベテラン衛士でもそこまで乗っている人はそう多くはないわよ」
すると、訓練生は百五十時間くらい。そんなものなのか、と鳴美は思った。ゲームに置き換えれば、百五十時間も遊んでいれば、相当な実力に成長していそうだとは想像がつくが、戦術機はどうなのだろう。
「でも、ベテランの人でも千五百は珍しいんですか? 確か、この戦争三十年くらい続いていると聞いていますが……」
鳴美が聞くと、夕呼は暗い笑みを浮かべた。
「みんな戦死したわ」
「え?」
ぎくりとする鳴美に、夕呼は答えた。
「BETAの圧倒的な戦力を前に、長く生きられるパイロットはそうはいないの。この基地で搭乗時間が千時間を超えてるのは、A−01の伊隅大尉くらいね。あとは速瀬少尉が八百時間くらいかしら。鳴海中尉も同じくらい。彼は三年前の件がなければ、もう千二百は超えてるかもしれないけど」
鳴美は息を呑む。話は聞いていたが……
「そこまで……そこまで厳しいものなんですか、この戦争」
夕呼は頷いた。
「ええ。最近はそこまで酷くはなくなったけど、戦争初期の戦術機パイロットの初陣における生存時間は……平均して八分だったわ」
「……なんて酷い」
鳴美にはそうとしか言えなかった。たった八分。バルジャーノンのワンプレイとしては長い時間だが、人生を終えるには短すぎる。
「三十年かけて、ようやく百時間単位で戦場を生き残れる衛士たちが出てきたの。でも、それでもまだ短すぎる。あたしはあの子達を死なせたくはないわ」
夕呼の何時になく真剣な言葉に、鳴美は心から同意した。あの子達というのは武たち衛士候補生の事だろう。世界は違っても、鳴美にとってはかけがえのない友人たち。
彼らだけではない。水月や愛美、それに茜たちもこちらの世界にはいる。鳴美には実戦に出る事はできないかもしれないけど、シミュレーションをする事で少しでも彼らの手伝いが出来るなら……
「夕呼先生、わたしはこんな小さい人間ですけど、でも少しでもお手伝いが出来るなら……なんでもします」
夕呼は黙って頷き、立ち上がると鳴美の身体を抱きしめた。
そして、数日後。
「鳴美ちゃん、問題ない?」
彼女専用に調整されたシートに腰掛けて、プリチェックをしている鳴美に、まりもが声をかけてくる。
「はい、座り心地抜群です。眠くなっちゃうかも」
にこりと笑う鳴美だが、その格好は普通の制服で、候補生たちが着る様なパイロットスーツではない。薄くても耐熱・耐衝撃性に優れたスーツは衛士の必需品だが、さすがに鳴美の身体に合うサイズはない。
そこで、今回鳴美が使うシミュレーターは、衝撃を再現するためのアクティブサスが切ってある。これはただでさえ軽い鳴美の身体が、シートから投げ飛ばされないための措置でもあった。
「では、状況を説明するわね。敵はランダムに出現し、あなたの機体を狙ってくるわ。武器はオーダー通り一○五ミリ狙撃砲と三六ミリ短機関砲+榴弾投射器。それに手榴弾八発と六連ミサイルランチャー。それに刀ね」
武器はカタログを見て、バルジャーノンのアイテムと同じような性能に見えるものを選んである。機体は鳴美好みの高機動性を誇る“不知火"だ。
「はい、あとはコンバットナイフでしたね。バッチリです。いけます」
はきはきと答える鳴美を、候補生たちが遠巻きに見ている。
「あのちっちゃい娘がシミュレート? 参考になるの?」
ちょっと皮肉っぽく言うのは彩峰――彩峰慧。腕は立つが協調性に難あり。
「そうだな。教官や副司令がわざわざシミュレータを改造してまでの事だ。何か思惑はあるのだろうが」
日本刀を提げた背の高い少女――御剣冥夜が首を傾げる。すると、武が言った。
「いや……あの娘なら出来そうな気がするな」
続いて城二も腕を組んで大いに頷く。
「うむ。俺の妹に不可能はない」
慧も冥夜も城二はさらりと無視して、武に聞いた。
「何か根拠でもあるの? 白銀君」
「そなたの言う事だ。全くの思い付きとは思えぬが」
二人の問いに武が答えようとした時、ぷしゅっと音を立ててシミュレータのハッチが閉じた。
「始まるようね」
千鶴の言葉に、全員が一斉にスクリーンを注目する。コンピュータが作り出す仮想空間を表示したそこには、瓦礫の山の中に佇む鳴美の“不知火”が俯瞰される形で映し出されている。
「でははじめる。穂村機の勝利条件は敵の全滅、ないし指定ポイントへの離脱。敵戦力は……」
教官モードで夕呼に渡された演習内容を読み上げていたまりもの口調が、突然素に戻る。
「敵戦力、評価指数百二十!? ちょっと、これって!!」
驚いたのはまりもだけではない。候補生たちも驚きのあまり顔を見合わせた。百二十と言えば、先日彼らが全滅寸前になってようやく撃破したのと同じ戦力だ。
「良いのよ。続けて」
夕呼が平然と命じる。まりもは唖然としていたが、コンソールの画面に映る鳴美の顔を見た。
『わたしなら大丈夫です。平気ですよ、実戦じゃありませんから』
にこりと笑う鳴美に、まりもは真剣な顔で言う。
「やる事はやるけど……ギブアップのときはすぐに言うのよ?」
鳴美は頷き、操縦桿を握る。それを確認して、まりもはスイッチを押した。
状況開始と同時に、BETAが三体出現する。サソリのような身体で尾に顔がついたような奇怪な姿……敵の主力である要撃級"メデューム"が二体。そして、もう一体はフィールドの端付近に現れる。巨大な眼球を持ち、大出力のレーザーを発射する難敵。戦場では最も恐れられる重光線級"マグヌス・ルクス"だ。
観客の間から失望の声が漏れる。要撃級は戦術機一体でもてこずる相手なのに、それが二体。加えてそれを後方から支援する重光線級が相手とは、組み合わせが悪すぎる。
「あれはダメね……」
千鶴が思わず言ったその時、鳴美が動いた。機体をすばやくバックさせ、重光線級からのレーザーが遮蔽できる位置にある廃墟の影に隠れる。
「む、上手い」
冥夜が感嘆の声を上げる。それは鳴美の操縦に対してなのか、戦術眼に対してなのかは不明だが、それが明らかになる前に、鳴美は機体を廃墟の影から飛び出させると、重光線級めがけてミサイルを発射した。
「あっ! そんな事をしても……」
慧が危惧の声をあげる。その予感どおり、ミサイルは空中でレーザーに貫かれ、一瞬で爆散する。しかし、その重光線級が二発目を発射するギリギリのタイミングで、その眼球を鳴美が放った一○五ミリ狙撃砲弾が貫いた。溜め込んだエネルギーが暴発し、重光線級は虹色の光を発して粉々に吹き飛んだ。
「おおっ!?」
鳴美の見事な射撃に驚く一同。その時には、要撃級が二体とも足をせわしなく動かしながら前進し、鳴美機を捉えようとしていた。モース硬度十五に及ぶ強度を持つ生体装甲で覆われた豪腕が、戦術機を砕こうと振り回される。
鳴美はそれを後方へのジャンプでかわすと、今まで盾にしていた廃墟の基礎部分をマシンガンで薙ぎ払った。廃墟が倒壊し、崩れ落ちる数百トンの残骸が要撃級の頭から降り注ぐ。
その二体は頭部を残骸で叩き潰され、足がへし折れ、人間に踏みにじられた虫の死骸のような無残な姿で最期を遂げた。濛々と土煙が立ち込める中、鳴美は機体をサイドステップさせて煙の中から抜け出す。すると、煙のあちこちが白熱したように輝いた。
別の重光線級が出現していたのだ。しかし、その攻撃は廃墟倒壊の土煙に遮られ、鳴美機には届かない。その間に、鳴美は別の敵に向き直っていた。戦車級"エクウス・ペディス"。数の上でBETAの主力を構成する、中型BETAだ。外見的にはキノコに八本の足が生えたように見える。
これは戦闘力では戦術機に劣るが、とにかく数が多い。かつて孝之と遥がなぶり殺しのようにして破壊されたのも、こいつに大量にたかられた結果だった。
その恐るべき敵が十数体。廃墟を踏みにじりつつ突進してくる。怖気を振るう光景だが、しかし鳴美は冷静に対処した。サブマシンガンと、その銃身と平行に取り付けられたグレネードランチャーを連射し、戦車級の群れを薙ぎ払う。一連射で敵を半分方粉砕すると、ミサイルを残った群れの真ん中にぶち込んだ。弾頭はナパームを選択している。地獄の業火が吹き上げ、BETAたちは根こそぎバーベキューと成り果てた。
その頃には、廃墟を崩したときに出た埃は収まりかけており、鳴美は今度は戦車級が焼ける煙を重光線級に対する盾に使いながら、敵の様子を観察する。
「ん……あれはちょっと厄介かな」
鳴美は舌打ちする。重光線級を守るように、要撃級がさらに二体。そして、厄介な突撃級"ルイタウラ"が一体現れている。生きている破城鎚とでも言うべき突撃級は、時速百七十キロに達する必殺の体当たりを武器とする。まともにくらったらダンプに跳ね飛ばされるようなもので、戦術機などひとたまりも無く全壊する。
しかも、この厄介な敵は指定された脱出ポイントへの進路を扼する形で陣取っているので、こいつらを全滅させないと脱出できない。
(突撃級が来て、それに関わっている間に要撃級に囲まれたりすると、アウトだね。突撃級を一撃で始末しないとダメか)
鳴美が戦術を決めた時、突撃級が爆走に移った。楔形の装甲が、まるでラッセル車が雪を跳ね飛ばすように押しのけながら進んでくる。その後方には要撃級が続く。
鳴美はその突撃級が目前に迫った瞬間、機体を跳躍させた。ブースターが吹かされ、戦術機の機体が宙に舞う。
「ああっ! それはまずい!!」
全員が叫ぶ。動きの自由が利かない空中は、光線級にとっては格好の的だ。かつて戦場の支配者だった航空機が姿を消したのは、光線級の完璧な迎撃に抵抗できなかったからであり、例え低空でもその原則は変わらない。
実際、好餌とばかりに重光線級がレーザーを発射する……直前、鳴美機の前方に膨大な土砂のカーテンが噴き上げた。
ジャンプする直前、鳴美は手榴弾を盛大に蒔いていたのだ。発射されたレーザーが土砂のカーテンに吸収され、わずかな残滓が鳴美機を焼くが、致命傷には程遠い。そして、空中で身を捻りつつ、鳴美は狙撃砲を二発発射。それは重光線級と、突撃級の後部の柔らかい急所部分を貫き、一撃で仕留めていた。
そして……着地。最後の敵となった二体の要撃級が、猛然と襲い掛かってくる。鳴美は銃を投げ捨て、背中のラッチにマウントされている刀を抜き放つと、水平に振るって一体の頭部を刎ね飛ばした。その動きに続く、流れるような動作でもう一体のパンチを回避すると、胴体に回し蹴り一発。衝撃でひっくり返ったそいつの腹部を、袈裟懸けに斬り降ろす。
致命傷ではないにしても、ほぼ戦闘不能の損傷を蒙ったその二体がもがくのを背に、鳴美は悠然と機体を進ませ、指定ポイントに到達した。
「みっしょん、こんぷりーと」
鳴美が親指を立てると同時に、スクリーンが消え、状況終了のサインが表示された。時間を見ると、二分二十五秒。
「久しぶりにやったにしては早かったかな?」
そう独り言を言ったとき、ハッチが開いた。
鳴美がシートベルトを外してハッチから外を覗くと、そこには唖然呆然といった表情のまりもや水月、候補生たちが立っていた。夕呼だけが、普段と同じペースで言う。
「さすがね、見事だったわよ」
続いて普段通りに復帰したのは、城二だった。絶叫しつつ鳴美に駆け寄ってくる。
「素晴らしいぞ、我が妹よおおおぉぉぉぉぉっっ! ふべらっ!?」
最後のは、咄嗟に鳴美が閉めたハッチの外板に、城二が激突した悲鳴だった。続けて重い物が地面に落ちるような音が二回。シミュレータは大きな箱型で、階段を使って乗るようになっているので、たぶん跳ね返った城二が階段を転げ落ちたのだろう。
そっと開けてみると、床に城二が大の字になって轟沈していたので、外に出て階段を降りていった。すると、ようやく我に返った候補生たちが、わっと彼女に向けて殺到してきた。
「凄い! 凄すぎるわ! 何処であんな技術を身に付けたの!?」
「まるでトップエースのような戦いぶりでは無いか。本当にただの軍属なのか?」
「伊隅大尉でも、あそこまで鮮やかに多対一の戦いを制するのは無理よ」
千鶴や冥夜、慧が口々に言いながら迫ってくる。鳴美はどう答えたものか、と思い、ちらりと夕呼を見ると、彼女はパンパンと手を叩いて、注目を自分に向けた。
「静かに。穂村軍属の履歴については、あまり深く詮索しないように。これは副司令権限での命令よ」
その言葉に、まりもと水月が顔を見合わせる。やはり鳴美は何か秘密のある存在だと思ったようだ。もっとも、秘密があるのは確かでも、彼女たちが想像しているような、特殊教育を受けた人材と言うのではないが。
「まりも」
「え? あ、な、何!?」
夕呼に呼ばれたまりもが慌てて振り向くと、夕呼はにやっと笑った。
「鳴美ちゃんは“彼”の世話が任務としてあるから、いつもとは行かないけど、本人の同意があれば、訓練で助教として立ち会う事を許可するわ。それでいい? 鳴美ちゃん」
「はい、わたしはそれで構いません」
後半の質問は鳴美に向けられたものだったので、彼女は即同意した。
「……それじゃあ、よろしくお願いするわね。鳴美ちゃん……いえ、穂村軍属」
「はい、お願いします。神宮寺軍曹」
まりもが差し出した手を握り返し、そして二人は敬礼を交わした。その時、ふっと鳴美は二人、静かに様子を見ている人物がいる事に気がついた。
一人は水月、もう一人は武だった。特に武は何かを考え込んでいる。何だろう? と鳴美は思ったが、二人に話を聞く前に、夕呼が解散を命じた。そして、鳴美に言った。
「ちょっと今後の事について話すから、私の部屋まで来てくれる?」
「わかりました」
鳴美は頷いて、夕呼の後について歩き出した。
医務室に着くと、夕呼は鳴美に頭を下げた。
「助教の件、引き受けてくれてありがとう。時々あの子達を鍛えてやって」
「いえ、礼なんて良いですよ」
鳴美は頷いた。人の役に立てる事……正確にはそれを証明する事と、人に頼りにされる事は、鳴美にとっては一番嬉しい事だから、何を引き受けさせられても気にはならない。
「それは良いとして、鳴海中尉の様子は最近どう? 少しは落ち着いた?」
夕呼が話題を変える。
「そうですね……ご飯は食べてくれるし、出て行けとかは言われてないんですけど、外出に誘ったりしても応じてくれないですね」
鳴美の答えに、夕呼はふむ、と頷きながらメモを取っていた。
「前はもっと荒れていたのに、少しはマシになったかしらね。その調子で、彼の社会復帰にも協力してね」
「わかりました」
鳴美は頭を下げ、そこで話は終わりになった。医務室から出て帰ろうとすると、鳴美はそこに思いがけない人物を見た。
「あれ? たけ……白銀候補生。身体でも悪いの?」
そこにいたのは武だった。
「いや、医務室に用があるわけでは。それよりも穂村軍属、ちょっと良いかい?」
「わたしに?」
鳴美が自分で自分を指差すと、武は黙って頷いた。時計を見ると、一時間くらいなら寄り道をしても、買い物や家事をする時間はある。
「少しだけなら構いませんよ」
鳴美が首を縦に振ると、武は彼女を休憩コーナーに連れてきた。自販機で鳴美が見たことのないメーカーのジュースを買い、差し出してくる。
「ありがとうございます」
鳴美がお礼を言うと、それまで硬かった武の顔が、柔和なものに戻った。
「そんなに硬くならなくて良いよ、鳴美先輩」
「いや、でも一応軍属よりは候補生の方が偉い訳だし……」
鳴美は武に答えようとして、その言葉の意味に気がついた。
「……いま、わたしの事をなんて読んだ? 鳴美先輩?」
鳴美には、「この世界の武」から先輩と呼ばれるような覚えはない。だとすると、この武は……
「まさか……」
鳴美が目を見開くと、武は頷いた。
「あの操作でわかりましたよ、先輩。先輩もこっちの世界に来たんですか」
「じゃあ、やっぱり!?」
鳴美が叫ぶと、武は答えた。
「そう、俺も鳴美先輩と同じで、こっちの世界に紛れ込んできたんです」
鳴美は周りを見て誰も聞いていない事を確認すると、武の顔を見て質問した。
「その事を、夕呼先生は?」
「知らないと思います。まだ言ってませんし」
武は首を振った。そして、誰もいないことを確かめてあるのに、声を潜め、鳴美の耳元に囁くようにして言ってきた。
「先輩、力を貸してくれませんか? このままでは人類は滅亡します。俺は、その運命からみんなを救いたい。先輩の助けがあれば、少しでも勝率を上げられます」
「え……」
思いがけない単語を前に、戸惑う鳴美。そんな彼女を、武が真剣な目で見下ろしていた。
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