それは、孝之の部屋の風呂を掃除し終わった日の事だった。
「中尉、お願いがあるんだけど、良いですか?」
 擦り取る……というよりは削り落とす、と言った感じで駆除したカビで真っ黒になったスポンジの束をビニール袋に放り込み、きゅっと口を結びながら鳴美は聞いた。
「……お願い?」
 淀んだ目でソファにもたれながら言う孝之。その手にはかなり強い焼酎か何かの瓶が握られていた。そろそろ、飲んだくれ状態をどうにかすべきかなぁ、と考えつつ、鳴美は「お願い」を口にした。
「うん。戦術機の見学がしたいなと思って。だから連れてってください」
「……ハァ?」
 鳴美の言葉を聞いて、孝之は呆れたような、小馬鹿にしたような声を上げる。
「お前がそんな物見てどうするんだ?」
「興味があるから……じゃダメですか?」
 鳴美が言うと、孝之は首を縦に振った。
「ああ。興味本位で見るようなモンじゃない。特に、お前みたいなお子様はな」
「あっ! また子ども扱いした!! 十八だって何度も言ってるじゃないですか!?」
 怒る鳴美に、孝之は誠意の無い態度で謝る。
「悪いな……でも、子供にしか見えないんだからしょうがないだろ」
「むー」
 膨れっ面の鳴美。が、すぐに怒っている場合ではないと思い直す。
「で、どうしてもダメですか?」
 念のためのもう一度の質問に、孝之は数秒考え込み、やはり首を横に振った。
「ダメだ。見に行くのは良いが、俺には頼るな。副司令にでも頼めよ」
 鳴美はしばらく孝之の顔を見つめていたが、ふぅと溜息をついた。
「そんなに外に出たくないですか?」
 ひょっとしたら怒らせるかもしれない、という質問だと鳴美は自分でも思ったが、つい言ってしまった。予想通り、一瞬孝之の目が細くなる。
 が、本当に一瞬の事で、再び彼の目には濁った光が戻った。
「……情けないと思うか? でも、その通りだな。嫌なんだよ。戦術機を見るのは……考えただけで手が震えるんだ」
 鳴美は孝之の手を見た。かすかに震えているのは、アルコールのせいではない。
(……無理もないか)
 あわよくば彼を部屋の外に連れ出したい、と考えていた鳴美だったが、どうやら今すぐには無理だと断念した。遙が行方不明になった日、孝之も戦術機のコクピットで釜茹でになって死ぬところだったのだ。その恐怖心がどれだけ強いものか、さすがに鳴美にも理解はできない。しかし、見るのも嫌になっても不思議ではないか、とは思う。
(まぁ、気長にやるしかないか)
 鳴美は次善の策として、水月にでも頼もうと考えていた。孝之を連れ出すのが目的ではあったが、それはそれで戦術機は見たかったのだ。


誰が望む永遠?

第十七話:戦術機を見に行こう



 と言う事で、それから二日後。鳴美は水月の付き添いで、戦術機のハンガーに来ていた。
「うわ……広ーい」
 基地の一角にあるハンガーは、高さが五十メートル、幅が百メートル、奥行きが五百メートルを超える巨大な空間だった。飛行機の格納庫を想像していた鳴美だったが、高さが違う。身長のある戦術機を入れるためだろう。
 なお、来る途中に気付いたのだが、この横浜基地は鳴美の母校、白陵柊と同じ場所にあり、このハンガーは自分の世界では体育館がある位置にあった。スケールは桁違いだが。
「こっちよ、鳴美ちゃん」
 その大きさに圧倒されている鳴美に、水月が声をかけた。彼女は既にキャットウォークに続く階段に足を掛けようとしている。
「あ、はい。今行きます」
 鳴美は慌てて後を追いかけた。急な階段を登りきると、油まみれのつなぎを着た男が歩いてきた。整備兵らしい。 彼は水月を見て敬礼した。
「あ、速瀬中尉。どうしたんですか? 今日はスクランブルの当直じゃありませんよね?」
「ちょっと新人さんが来たから、見学に連れてきたの。穂村二等兵待遇軍属よ」
 答礼して質問に答えると、水月は鳴美のほうを向いた。話を振られた鳴美は慌てて敬礼する。
「よ、よろしくお願いします」
「え? あ、ああ」
 答礼しながらも、整備士は複雑な表情で鳴美を見ている。何を言いたいかは手に取るようにわかったので、鳴美は黙っていた。
「じゃあ、そういうことでよろしくね」
 水月は歩き出した。鳴美もその後に続く。
「はぁ……」
 鳴美が溜息をつくと、水月は気持ちを察して、微笑みながら鳴美の頭を撫でる。
「大丈夫よ。今日は民間人には見えない格好だし」
「でも、コスプレっぽいですよ……」
 答える鳴美は、先日夕呼にもらった制服を着ている。野戦服ではなく、礼装としても使えるちゃんとした制服で、外見は母校白陵柊の女子制服(冬服)に似ているが、下がタイトスカートなのがちょっと違う。
 しかし、水月が着ればちゃんとタイトスカートだが、鳴美には一番小さいらしいサイズでも大き過ぎ、ウエストをベルトで締めると、フレアスカートにしか見えない。上着もブカブカなので、袖をまくらないと手が出ない。
 はっきり言って、非常に微妙な着こなしだった。似合っていない、と言うのとは違う。本来軍服を着る事で醸し出されるのは「凛々しい」といった雰囲気であるべきだが、鳴美の場合はどう見ても……
「で、でもまぁ、可愛いからOKよ」
 水月はフォローしようと頑張った。かなり無理があるが、気持ちは分かるので、鳴美は努めて笑顔に戻した。
「ありがとうございます、速瀬中尉」
 すると、水月は微笑んで言った。
「水月で良いわよ。そんな堅苦しい言い方しなくても。私のほうは鳴美ちゃんって呼んでるんだし」
 鳴美はホッとした。彼女としても、水月は水月と呼ぶほうが慣れているし、言いやすい。
「じゃあ、お言葉に甘えて、水月さん、って呼びますね」
「了解よ」
 二人はそう笑いあいながらキャットウォークを進み、そしてたどり着いた。
「これが、私の乗機。“不知火”よ」
「おお〜……」
 水月の機体は、主力の“陽炎”ではなく、国産最新鋭の“不知火”だった。アメリカ機らしくマッシブな“陽炎”とは異なり、優美でスマートな、美術品を思わせる機体である。その操縦席が開いているのを見て、鳴美は水月を見上げた。
「ちょっと、操縦席に座ってみても良いですか?」
 さすがに図々しいお願いかな、と思った鳴美だったが、水月は快諾した。
「良いわよ。でも、操縦桿とかスイッチは動かしちゃダメよ」
「はぁい。ありがとうございます」
 鳴美は礼を言いつつ、操縦席に潜り込んだ。そして気付く。
(バルジャーノンの大型筐体にそっくりだな)
 そっくりと言うより、殆どそのままだった。これなら、鳴美でも動かせそうな気がする。
(足が届けば……だけどね)
 やっぱり足は届かなかった。鳴美より十五センチは背の高い水月が乗っているのだから当然ではある。操縦桿くらいは何とか握れそうだが、ペダルが踏めなければどうしようもない。
「はぁ……私の身長じゃ、これを動かしたくても無理だなぁ」
 嘆きの溜息をつき、水月に手伝ってもらって操縦席を出る。
「戦術機の操縦資格は、身長145センチ以上無いと取れないものね……鳴美ちゃん、今何センチ?」
「あうっ。聞かないでください。137センチですよぅ……」
 成長期があるかどうか分からない今、あと8センチは果てしなく遠い。すると、水月があごに手を当てた。
「137ね……でもまぁ、シミュレータくらいなら乗せてもらえるかもよ。行ってみる?」
 鳴美はもちろん頷いた。

 二人は格納庫を出て、訓練施設にやってきた。グラウンドではランニングする兵士たちを下士官が怒鳴りつけている。それを見ると、ああ、ここは本当に軍隊なんだなぁ、という気がする。
「戦術機訓練はこっちよ……って、あら、先客がいるわね」
「え?」
 水月が部屋の前で立ち止まったので、鳴美は後ろから中を覗き込んだ。すると、身体にぴったりフィットするパイロットスーツを着込んだ数人の男女の前で、まりもが訓辞をしていた。
「さて、これから小隊レベルによる戦術行動訓練を行う。白銀、剛田、御剣は前衛。榊、鎧衣、彩峰は後衛、珠瀬は単独行動で狙撃。要するにいつもどおりのポジションだ。敵勢力は戦力評価が百二十になる範囲で、ランダムに出現する。では、かかれ」
「はいっ!」
 大浴場でのそれとは打って変わった、まりもの軍人らしいと言うか、教官らしい凛々しい口調。それに応えるのは、鳴美も良く知る人物たちだった。何人かは見たことのない顔だが。
「あの子達は?」
「衛士の候補生ね。あの白銀君と剛田君、それに榊さんはなかなか見所のある子達よ」
 鳴美の質問に水月は答え、それから武たちが乗り込んだシミュレーターに近づいていった。
「おはよう、神宮寺軍曹」
「あ、これはおはようございます、速瀬中尉……それに、鳴美ちゃん?」
 水月の挨拶に敬礼で答えたまりもが、鳴美の姿を目で捉える。
「おはようございます。お言葉に甘えて、訓練を見学に来ました」
 鳴美が頭を下げると、まりもは微笑んだ。
「それはちょうど良かったわ。いま、小隊戦術訓練が始まったところよ」
 そう言って彼女が指差したのは、現在のシミュレータ内の戦況を表示したパネルだった。戦場は市街地の廃墟。互いに支援しながら前進していく武たちの前に、数体のBETAが出現する。
(うわぁ……大きいBETAはああいうのなのか。気持ち悪いな)
 鳴美は顔をしかめた。現れたBETAは、戦術機並みに巨大なサソリの尻尾の部分に、しかめた顔を付けたようなスタイルで、何本もの足を動かしながら小隊を包囲するような隊形を取ろうとした。
「おりゃおりゃーっ!!」
 それを阻止しようと、城二機が激しい弾幕を張る。敵の前面に弾着の火花が散った。
「あれ、上手くないなぁ」
 思わず言う鳴美に、水月が目を向ける。
「私も同意見だけど、鳴美ちゃんはどうしてそう思うの?」
「外れ弾が多すぎるからですよ。あんなに派手に撃ってるのに、ほとんど効いてなさそうです」
 鳴美は城二とバルジャーノンで対決した時の事を思い出しながら答えた。実際、城二はまりもから激しく叱責されている。
「こら、剛田! 無駄弾を撃つなと何度言えばわかる! お前の頭は脳みその代わりに糠みそでも詰まっているのか!!」
 続いて千鶴も怒る。彼女が小隊長らしい。
「剛田君、命令以前に撃つのはやめなさい! あなたの実力は認めるけど、スタンドプレイは許さないわよ!!」
「済まない、BETA連中を見るとつい血が騒……ぐわっ!?」
 謝っている最中に、城二機は敵後方に出現した目玉の化け物みたいなBETAの発射したレーザーを喰らい、敢え無く爆散した。
「……剛田、後でグラウンド二十周」
 まりもが苦々しく言いながら、成績簿に大きくバッテンを付ける。しかし、彼の犠牲は無駄ではなく、小隊は一応の迎撃態勢を整えた。千鶴が命じる。
「たま、狙撃で例の重光線級を制圧! 前衛各機は要撃級との交戦に備えて。剛田機の穴埋めは彩峰機に任せるわ。交戦開始!」
 千鶴のきびきびした命令によって戦闘が動き出す。たま……珠瀬機の狙撃が目玉の化け物を撃ち倒す間に、他の機体は前進してきたBETAと激しい接近戦を演じていた。さすがに上手いのは武で、的確な射撃でダメージを与えると、動きの鈍った相手をナイフで刻んでいく。
 巨大な日本刀を持った御剣機は、一体の巨大な腕を持つBETAと渡り合い、その腕を斬り飛ばした。このパイロットは始めて見るが、なかなかの実力だと鳴美は思う。
 問題は他のパイロットたちだった。珠瀬機は狙撃は見事だったが、戦闘が接近戦になってくると、たちまち空気と化した。女の子な鎧衣と彩峰という娘はそこそこ上手いのだが、武・御剣にはかなわないらしく、敵の侵攻を止めきれない。結果として後衛にまで敵がなだれ込む。
「くっ!」
 千鶴が戦闘指揮を中断し、サイドステップで敵の突進を回避した。思わず鳴美は叫ぶ。
「あ、ダメ! そこはジャンプで避けた方が!!」
 え? と水月とまりもが鳴美の方を向く。と、回避後に上半身を捻ってBETAを撃とうとした千鶴機が、それより早く振りぬかれたBETAの剛撃をまともに食らった。
「きゃあっ!?」
 千鶴の悲鳴が湧き、彼女の機体に「LOST」のマークが付く。今の一発で撃墜の判定を受けたのだ。
 二機目の撃墜が出て、しかもそれが小隊長機だったため、部隊の指揮は大きく乱れた。生き残り各機は独自の判断で戦闘を続行したが、続けて鎧衣・彩峰両機が撃破され、武と御剣の二機が殺到するBETAに包囲される。
 二人は奮迅の活躍で倍の敵を撃破し、どうにか敵を全滅に追い込んだが、代償として御剣機が大破戦闘不能に陥って、ほぼ痛みわけの形でシミュレートは終わった。
 
「さて……勝つには勝ったが、何だあのブザマな戦い振りは! 消耗戦は避けろと口を酸っぱくして言っているだろう! 特に剛田! 猪突するなと何度言えば理解できるんだ。 珠瀬! お前もだぞ。狙撃だけが戦いじゃないんだ。もう少し戦法の幅を広げろ!!」
 まりもが青ざめた顔をしている候補生たちの前を往復しながら怒鳴りつけるのを見ながら、水月は鳴美に聞いた。
「鳴美ちゃん、さっき横はダメだって言ってたけど、あれはどういうこと?」
 その質問に、鳴美は自分の手を戦術機とBETAに見立てながら説明を始めた。
「えっと……横に避ける方が簡単ですけど、一瞬敵を見失いますよね? 相手が素早いと、それって結構馬鹿にならないスキになるんですよ。上手な人なら、逃げながら上半身を捻って、常に敵と正対できるから、スキにはならないんですけど」
 千鶴はそこまで上手には見えなかった、と鳴美は言い、ジャンプ行動の利点を続けて説明する。
「ジャンプでよけて、いったん距離を取るほうが、次の行動に繋げやすいと思いますよ。考える余裕がありますから」
「でも、ジャンプは着地時にオートバランサーが姿勢を制御する間機体が硬直するし、さっきみたいな乱戦には向かないんじゃない?」
 水月が問題点を指摘すると、鳴美は頷いた。
「ですね。でも、さっきは千鶴ちゃんの相手は一体だけでしたし、敢えて大きく回避しても問題は無かったんじゃないかと」
「ふーん……他に気付いた事は?」
 感心したように鳴美を見ながら、更に問いかける水月に、鳴美は「そうですねー……」と考えながら、気付いた事を挙げた。
「彩峰さんは他の人との連携がいまいちですね。彼女自身は上手なんですけど……鎧衣く……さんはちょっと優柔不断かな。どうやって戦うかとかはすぐに決めた方が良いと思います。御剣さんは刀は上手ですけど、敵が迫ってくる前に、もっと銃を有効に使った方が良いんじゃないでしょうか」
 そこで、ひとしきり城二とたまを叱り終わったまりもが、鳴美と全く同じ指摘をしはじめた。水月は驚きの表情でまりもと鳴美を交互に見ると、武について聞いた。
「白銀君は上手ですね。他の人もフォローできてるし。千鶴ちゃんがやられた後は、彼が実質指揮官になってましたから。でも、指揮は千鶴ちゃんの方が上手かな」
「あら、べた褒めね。弱点は無いの?」
「強いて言うなら、弱点と言うよりはアドバイスになりますけど、接近戦前提の前衛にいるよりは、珠瀬さんと一緒にダブル狙撃兵をやって、敵が近づいてから戦闘に加わっても良いかなと」
 鳴美がそう指摘し終わった頃には、まりもは叱るのをやめて、今度は上手くできたところを褒めてやり、最後にペナルティを告げて解散を命じた。それを見計らって、水月はまりもを呼んだ。
「神宮寺軍曹、ちょっと来て」
「はい、なんですか? 速瀬中尉」
「ちょっと話があるんだけど……鳴美ちゃんはここで待ってて?」
「? はい」
 水月の言葉に、鳴美は素直に頷いた。大人二人がその場を離れると、どうやら鳴美に興味しんしんだったらしい候補生たちが、一斉に彼女に話を聞こうと動き出した。まず城二が突進する。
「おおおお……まさに俺の理想の妹像だ! 君、俺の事をお兄ちゃんと呼のぶぐぉあっ!?」
 既に城二の反応を予測していた鳴美が、咄嗟に水月の座っていた椅子を投げる。それをまともに顔面に喰らい、撃沈する城二。その様子を見ながら、少し離れたところで水月とまりもは話を始めた。
「さっきの訓練に関して、あなたと同じ指摘を鳴美ちゃんもしてたわ。戦術機に興味がある、なんてレベルじゃなくて、かなりの知識がありそうよ」
「えっ!? あの娘、何処かで訓練とか受けてたわけではないですよね?」
 驚くまりもに水月は頷いた。
「まぁ……ちゃんと聞いてはいないけど、あの体格では戦術機は乗りこなせないし、普通に訓練を受けていたはずはないわね」
 実際のところ、鳴美が候補生たちの問題を指摘できたのは、バルジャーノンにも最大で六対六の集団戦モードやバトルロイヤルがあるからだ。
 そこでの経験を元に言ったのだが、どうやらバルジャーノンの知識は、かなり戦術機戦闘に応用の効く知識らしい。しかし、そんな事を「この世界の」水月が知るはずがない。
「中尉、あの娘絶対に只者じゃないですよ。夕呼が連れてきたと言うのも気になりますし……夕呼のところに、似たような背格好の女の子がいますよね」
 水月は頷いた。
「ええ、確か霞……ちゃんだっけ? あのウサミミみたいな飾りをつけた」
「です。鳴美ちゃんも、あの霞っていう娘と同類なんじゃないでしょうか?」
「同類?」
 首を傾げる水月に、まりもは小声でささやいた。
「ここだけの話ですけど、戦局逆転のために、軍上層部はいろんな秘密計画に手を出していると言う噂があります。その中に、子供の頃から超エリート教育を施された人材を集めた、極秘の特殊部隊があるとか……」
「まさか、鳴美ちゃんもその一人だとか? そんな突拍子も無い話……」
 水月は笑おうとして、まりもがあまりに真剣な表情なのに気がついた。
「下士官のネットワークって、意外と馬鹿にならないものですよ。そういう噂が出てくる背景には、何か真実があるものです。鳴美ちゃんの存在は裏づけのような気がします」
 まりもの言葉に黙り込む水月。そんな馬鹿な、という気持ちはあるが、確かに鳴美の存在は不自然だ。民間人にしては戦術機に詳し過ぎるし、十八歳と言う割には幼な過ぎる容貌も妙だ。
 それでいて、十八歳にふさわしい……いや、それ以上の知的な発言もしてみせる。只者でない事はわかっていたが、考えれば只者で無さ過ぎる。
 本当に、鳴美はただの難民なのだろうか? ただの難民で、身元も良くわからない少女が、二等兵待遇とは言え軍属の地位を与えられるだろうか?
 そもそも、出会った時からして普通ではなかった。小型とは言えBETAがうろつく界隈を、彼女はあんな無防備な様子で歩き回っていたのだ。兵士ですら、一人では行動してはならないと決められている危険地帯の只中だと言うのに。
 そして、より不自然な事に、水月は今までそのことに疑問すら持たなかった。
「まぁ……そうだとしても、決して敵と言うわけではないんですから、仲良くしても良いとは思うんですけどね。かわいい娘ですし」
 まりもの言葉に、水月は顔を上げて、そうだった、と頷く。鳴美は正体の良くわからない少女ではあるが、決して敵ではないのだ。
「そうね……それに良い娘だわ。もうあの子達と打ち解けてる」
 水月は改めて鳴美と、彼女を取り囲む候補生たちを見た。どっちかというと気難しい千鶴も、鳴美とは素直に話せるらしい。珍しく笑顔を見せている。
「ねぇ、神宮寺軍曹」
「はい、なんですか?」
 しばらく鳴美と候補生たちの微笑ましいやり取りを見守っていた水月とまりもだったが、ふと水月が提案した。
「鳴美ちゃんをシミュレータに乗せられない? あれだけの知識があるなら、ひょっとしたらシミュレータくらいなら操縦できるかもしれないわよ」
 さすがにまりもは考え込んだ。
「……どうでしょう。改造は難しくないと思いますけど、それは流石に基地司令か夕呼の許可が要りますよ」
 乗せる事自体は否定しないらしい。水月は脈ありと見た。
「それは何とかするわ」
 水月は言う。言いながら、何故ここまで私はあの娘に入れ込んでいるのだろう、と考えるが、もちろん答えはわからなかった。しかし、強い予感めいたものはあった。
 鳴美にはきっと何かがある。仮に謎のエリート部隊ではないとしても、それに匹敵するような可能性を秘めた何かが。
(それを見届けたい)
 屈託なく笑う鳴美を見ながら、水月は自分の予感に従おうと決めたのだった。


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