そこは戦場だった。
 不知火の右手に握られたサブマシンガンが間断なく火を吐き、押し寄せるBETAどもを粉砕する。その弾幕を掻い潜り接近する相手に対しては、左手のスパイクシールドで殴りつけ、あるいは蹴り飛ばす。
 ハイヴ攻略は失敗だった。予想以上に潜んでいたBETAの数が多かったのだ。突入部隊は各所で分断され、殲滅された。無線にひっきりなしに入る仲間たちの断末魔の悲鳴は聞くに堪えない。だが、一番嫌なのは、生きたまま小型のBETAに食い殺される兵士たちの絶鳴だった。
 それらから意識的に気持ちを逸らし、鳴海孝之中尉は撤退する友軍の援護を成し遂げるべく、最後尾にいた。
「遙、まだいけるか?」
 尋ねる孝之に、無線から返事。
『大丈夫!』
 短いが、力強い返事。孝之は安心して銃口を敵に向け……
 弾丸が出ない。しまった、故障か!? と思う間もなく、猛烈な勢いで突っ込んできたBETAが体当たりをしてくる。モース硬度で12、ダイヤより固い敵の装甲は、そのまま凶悪な鈍器となって孝之の機体を叩きのめした。
「ぐあっ!」
『孝之君! だいじょ……きゃああぁぁぁぁっ!!』
 無線から遙の悲鳴が聞こえ、続けて破砕音が響き渡る。彼女の機体も体当たりを受けたのかもしれない。
「遙っ!? くそっ、離れろよこの野郎!!」
 孝之は罵声を上げ、膝の装甲からコンバット・ナイフを抜くと、自機にのしかかってくるBETAの目を抉るようにして一撃を加える。
 BETAは怒りと苦痛のないまぜになった悲鳴をあげ、傷ついた眼球からは体液が噴出して、孝之の機体に降りかかった。次の瞬間、孝之は自分が取り返しのつかない大失敗をした事を悟った。
 人間よりも遥かに高いBETAの体温で熱せられた体液が、そいつのこじ開けた装甲の隙間から奔入して来たのだ。たちまち百度以上の熱液がコクピットに押し寄せ、異様な臭気とともに彼を包む。
「ぐわああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 軍人として、衛士として鍛え上げた肉体と精神ですら耐え難い苦痛が孝之を苛み、その意識を奪い去った。
 その筈だったが、孝之は別の視点からその光景を見続けていた。愛機に群がり、破壊の限りを尽くす小型BETA……それはどうでもいい。
 その隣で、バディにしてかけがえのない恋人でもある遙の機体は、より大型のBETAに嬲るように破壊され、コクピットがこじ開けられた。既に意識のない遙がシートにぐったりと横たわっている。その無防備な肢体に、BETAの食指が……

「やめろおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」
 悲鳴を上げて孝之は跳ね起きる。全身が嫌な汗で濡れていた。
「はぁ……はぁ……畜生……」
 英雄だった自分の、最後にして唯一にして……しかし取り返しのつかない大失敗。あれから三年が経つが、未だにそのときの悔恨は、悪夢と言う形で孝之を責め続ける。
「畜生、畜生畜生畜生ッ!!」
 叫びながら、ベッド脇の酒瓶を探す。酒による深い泥のような眠りだけが、際限のない悪夢から彼を救ってくれる。仮初の物に過ぎないとしても、それに頼る以外、孝之に生きていく方法はなかった。
 しかし、いくら探しても酒瓶はなかった。
「……?」
 不審に思った孝之だったが、そんな彼をより当惑させる事態が、この日彼の部屋に起きていた。酒とゴミの悪臭に混じる、わずかな芳香。日本人に郷愁と活力を与えるそれは……
「なんだ……味噌汁の匂いか?」
 よろよろとベッドから立ち上がったその時、部屋の入り口からひょいっと姿を見せた人物がいた。カエルの髪留めで三つ編みをくくった、見た目十〜十二歳の女の子。お玉を手にしてエプロンを身に付けた彼女はにこりと笑う。
「あ、起きた。えーっと……おはようございます、中尉。もう朝ですよー……なんて」
「……なんでお前がここにいるんだ」
 二人の“なるみ”の朝は、そんなやり取りから始まった。


誰が望む永遠?

第十六話:二人の新生活



 ゴミやビールの空き缶が乱雑に積み重なっていたテーブルの周囲は、きれいに片付けられて、座るスペースが確保されていた。そして、その上では炊き立てのご飯と味噌汁、それに焼き魚と味付け海苔、おしんこと、これぞ「日本の朝食」と言うべき献立が載せられ、良い匂いを発していた。
 なんでもない事のように見えるが、腐海と化したこの部屋で、これだけの準備を整える事自体が大仕事だった。本当は昨夜の夕食でこれをするつもりだったが、台所を使えるようにするだけで、明け方近くまで掃除をしなくてはならなかった。かなりの騒音が出たが、既に酔いつぶれていた孝之は目を覚まそうともしなかった。
 とはいえ、眠りは浅くなっただろうから、昨夜孝之が悪夢を見たのは、半分くらいは鳴美の仕業かもしれない。
 ともかく、ほぼ徹夜の努力の成果が、いま目の前にある朝食なのである。腐海に出現した奇跡のような光景だ。
「さ、召し上がれ」
 鳴美がにっこり笑い、孝之は眉をしかめて尋ねた。
「何の真似だ、これは」
「うーん、従兵っていう仕事は良くわかんないので、とりあえず朝ごはん作ってみました」
 鳴美の答えに、孝之は宿酔のせいだけでない頭痛を感じ、こめかみを揉んだ。
 酔ってはいたが、昨日彼女が夕呼に連れられてきた時に、従兵になるとか何とか言われたのは覚えていた。中尉など本来は従兵を持てるほどの身分ではないし、こんな小さな女の子を部屋に入れるつもりもないので、朝来た時に追い返すつもりだったが、まさか部屋の中に入り込まれているとは、想定の範囲外というレベルではない。
「朝飯は良い。見りゃ分かる。その前に、どうやって部屋に入ってきたんだ? ……聞くまでもないな。副司令の差し金か」
 一人で納得する孝之。実際には、この部屋のセキュリティは同一人物である鳴美には通用しないだけの話だ。
「まぁ、そんなところです」
 鳴美は頷く。ちなみに、孝之に敬語を使っているのは、さすがにタメ口では見た目的にも地位にも問題がありまくりそうだったからだ。自分に敬語を使うのは何となく変な気持ちだが、仕方がない。
「で、食べないんですか?」
 孝之が勘違いしているのを良いことに説明を省き、鳴美は朝食の載ったお盆をすっと差し出す。
「……喰いたくない」
 孝之は言ったが、その直後に腹の虫が鳴いた。慌てて鳴美を見ると、にこにこと笑いながらこっちを見ていた。
「こっち見んな」
「あ、他人に見られていると落ち着いて食べられないタイプですか? わたしもですよ」
「そんな事は聞いてない」
 微妙にズレた答えを返してくる鳴美に、孝之は苛立った声を上げた。
「従兵なんか要らない。朝飯も作ってくれなくて良い。俺の事は一人にしておいてくれ」
 そう言ってから、目の前の少女が一応二等兵待遇なのを思い出し、付け加えた。
「これは上官命令だ」
「嫌です」
 鳴美はあっさり孝之の言い分を却下した。
「だって、中尉のお世話をしろ、って言うのは夕呼先生の命令ですよ? 軍人としての階級は知らないですけど、中尉よりは偉いですよね? ですから、偉い人の命令が優先です!」
 鳴美はきっぱりと孝之に向かって言った。唖然とする孝之。自分のそんな顔に、妙におかしみを感じながら、鳴美は続けた。
「と言う事で、朝ごはん食べてって言うのは、夕呼先生の命令だと思ってくださいね」
 孝之はむっつりした表情でしばらく黙っていたが、やがてぼそりと言った。
「理不尽な命令には抵抗する権利がある」
 すると、鳴美は俯いた。その顔が再び孝之に向けられたとき、彼はぎくりとなった。鳴美の目にきらきら光るものがあり、それが筋を引いて頬を伝っていく。
「そんな……一生懸命作ったのに。食べてくれないなんて酷いです……うっく……ひっく」
 子供を泣かしたという現実に、激しく動揺する孝之。小さな身体を震わせ、両手を目に当ててしゃくりあげる鳴美を見ていると、自分がとんでもない極悪人のような気分がしてくる。
「わ、わかった……喰うから泣くな」
 仕方なくそう言うと、鳴美は涙で濡れた目で孝之をまっすぐ見上げる。
「本当に?」
「……ああ」
 頷きながら、孝之は箸を手に取り、ご飯を口に運ぶ。それを見届けて、鳴美は満足しつつ、こんな事もあろうかと用意していた目薬をポケットにしまった。
 何しろ、相手は自分である。多少は性格に違いがあるとしても、たぶん女の子に泣かれてまで突っぱねる事ができるわけは無いと予測していたが、大当たりだった。それは良かったのだが、目薬をふき取るとずーんと重い自己嫌悪の念がこみ上げてくる鳴美だった。
(男相手に女の武器を使うようになるなんて……しかも自分が相手……これで良いのかなぁ、わたしの人生)
 もう既に色々取り返しがつかない状態だと思うのだが、それを自覚したら負けである。そんな不幸な考えも、孝之の一言で破られた。
「……美味いな」
 味噌汁をすすった孝之が言う。まぁ当然な話で、彼の好みの味付けは鳴美のそれでもあるからだ。
「お前……結構やるな。ちっちゃいのに」
「ちっちゃいは余計です!」
 鳴美は孝之をにらんだ。しかし、内心では餌付け作戦は成功しそうだとほくそ笑んでいた。部屋の中に転がっているのが、カップめんの空き容器や食べ終わった缶詰などだったので、たぶんちゃんとした食事をさせれば、気持ちも落ち着くだろうし、喜んでくれるだろうと予想はしていたが、どうなるかはやって見なければ分からなかったからだ。
 孝之がほとんど食べ終わるのを見て、鳴美はお茶を差し出した。湯気の立つ湯飲みを受け取って、孝之はほっとした表情でそれを飲む。
「じゃあ、部屋の片付けの続きをしますから、どこかで休んでてくださいね」
 鳴美が頃合を見計らって立ち上がると、孝之は反射的に頷き、寝室に戻ろう……として、足を止めた。
「どうかしました?」
 首を傾げる鳴美に、孝之は振り返った。そこにはさっきまでは見えなかった、深い虚無の色合いがある。
「いや……飯は美味かったし、ありがたいけど、やっぱり従兵になんてならなくていい。俺の事は放って置いてほしいんだ」
 態度の乱暴さは消えたが、その分深みを増した虚無感をまとって、孝之は自嘲の笑みを浮かべた。
「俺は、こんなにしてもらう価値なんてない人間なんだ。聞いてないのか? 俺は大事な人一人守る事ができなかった、ダメな衛士なんだぜ?」
 その自嘲の台詞に、鳴美は頷く。その話は夕呼からかなり細かい部分まで聞いていた。その上で彼女は言った。
「本当にダメな人には、こんな風に世話を焼いてくれる人は出ないと思いますよ」
 この場合は鳴美自身の事ではなく、夕呼の事である。
「それに、どんなに自分で自分を見捨てても、周りにはきっと、どんな事があっても見捨てずに、期待して待ってくれている人がいるはずです」
 鳴美になってから、彼女は友人たちの孝之に対する本音を聞いた事があった。てっきり嫌われていると思ったのに、心配してくれていた。あれは忘れられない思い出だった。
「だから……自棄になっちゃだめです」
 自分自身の経験を踏まえ、実感をこめて言う鳴美。孝之はじっと彼女の話を聞いていたが、そのうち黙って扉を閉じた。
 しかし、続けて「一人にしてくれ」とは言わなかったので、鳴美は良い方に解釈して、部屋の掃除に取り掛かった。
 
 膨大なゴミを集め、分別し、袋詰めにしては、廊下に出て近くのダストシュートにどんどん放り込み、床に落ちているものがなくなったところで、掃除機をかけて雑巾で拭く、という作業を延々繰り返すこと数時間。とりあえずダイニングキッチンだけは人が過ごせる環境が戻ってきた。
「う〜……疲れたぁ。どれだけ汚してるの、ここ」
 ぼやく鳴美。意外にも彼女は男の頃から身の回りはまめに片付ける方だったので、こっちの自分の汚染振りには我慢がならない。
「続きは明日にしようっと……」
 浴室はまだ使えない(カビだらけで見るに耐えない)ので、基地の大浴場に出かけるべく、鳴美は部屋を後にした。ついでに洗剤やカビ取り剤も購入しようと決意する。
(夕呼先生にもらったお小遣いじゃ心細いな……そういえば、軍属って給料出るのかな? 今度先生に聞こう)
 そんな事を考えながら歩いていると、向こうから見覚えのある人物が歩いてくるのが見えた。
「あら、あなたは……」
「あ。この前は助けてもらってありがとうございました」
 水月だった。鳴美が礼を言うと、水月は照れたように笑った。
「いいのよ。軍人として任務を果たしただけだから。ところで、お名前を聞いていなかったわね」
「はい、穂村鳴美と言います。よろしくお願いしますね」
 鳴美が自己紹介をすると、水月はちょっと沈んだ表情で「なるみ?」と呟いた。自分の世界では同じシチュエーションで殺気を迸らせたものだが、こっちの世界では、水月の孝之に抱く感情も、微妙に違うようだ。
「美しく鳴る、って書くんですよ」
 鳴美が解説すると、水月はああ、なるほどと頷き、そして聞いてきた。
「そういえば、鳴美ちゃんを助けたときに、私の事を知ってたみたいだけど……?」
 まだあの時の疑問を引きずっていたらしい。鳴美は笑って答えた。
「有名ですから、速瀬中尉は」
 これは事実で、孝之がダメになって以降の横浜基地では、水月がエース級の活躍を見せている。戦術機部隊の隊長は伊隅大尉という別の女性軍人がいて、この人も相当な腕らしいが、水月はそれに次ぐ実力者とみなされていた。
 その容姿もあって、水月が軍の宣伝に使われる事も多く、国防筋ではまず知らなければモグリ、と言うほどの有名人ではあるらしい。もちろん一般国民への露出も多い。
……というのは、この一週間で知った事だが、理由としては十分だろう。
「あら、そうなの? 照れるわ」
 水月は微笑んだ。謙遜なのかと思ったが、続く言葉は例によって鳴美にとってのNGワードだった。
「あなたみたいな子供にまで知られているとなると、結構軍の宣伝と言うのも馬鹿にはできないわね」
「……子供じゃないのに」
 小声で言う鳴美。もう訂正するのもめんどくさい。しかし、すぐに訂正する機会が訪れた。
「ところで、鳴美ちゃんはどうしてこの基地に? ここは民間人立ち入り禁止なんだけど……」
 水月が言う。それなら鳴美を不審人物とみなして警備兵でも呼ぶのが筋だと思うが、さすがに鳴美を見て軍関係者でないとしても、危険人物とは思わないだろう。たまには見た目で得をする事もある。鳴美は時々基地内で見かけた敬礼の真似をした。
「えーっと……穂村鳴美、二等兵待遇の軍属として、この基地に配属されましたっ! よろしくお願いします、速瀬中尉」
「へ? え、あ、あら、そうなの? って、大人をからかっちゃダメよ?」
 答礼しそうになりつつも、思い直して、人差し指を鳴美の額に当てる「めっ」のポーズをする水月。当然鳴美は抗議しようとする。
「わたしは……」
「十八歳よ、その娘」
 夕呼の声が聞こえた。二人がそっちを向くと、夕呼が何かの資料の束や紙袋を持ってこっちに歩いてくるのが見え、二人は慌てて敬礼する。
「ああ、敬礼は良いわよ。答礼が面倒だし」
 夕呼は軍人にあるまじき台詞を吐くと、水月に言った。
「鳴美ちゃん……穂村二等兵待遇軍属が十八歳で、軍務に就くのに問題ないことは、あたしが証明するわ。それなら文句無いでしょう?」
 夕呼がそう言うと、水月は慌てた素振りを見せた。
「いえ、文句があるわけではありません! ただ、ちょっと驚いただけです」
「そうでしょうね……」
 ぼそりと言う鳴美。同時に、ああ、これが正常な反応だよね、と少しだけ安心したりもするが、やっぱり恨めしい響きの方が大きい。
 幸いそれは他の人には聞こえなかったらしい。夕呼はそうそう、と言うとポケットを探って、ストラップの付いた透明のカードケースを取り出して、鳴美に差し出した。
「君のセキュリティカードよ。管理部門をせっついて作らせたの。なくしたらダメよ?」
「はい、ありがとうございます」
 鳴美はカードを受け取った。左上には何時の間に撮られたのか、彼女の写真が印刷されている。磁気読み取り部分の他にICチップやバーコードもあって、どうやらデビッドカードなどにも使えるようだ。
 鳴美がカードを裏返したりして見ていると、今度は夕呼は手にしていた大きな紙袋を差し出した。
「これは……制服?」
 鳴美が紙袋を開けてみると、白い服が何着か入っていた。母校、白陵柊の女子制服に良く似ている。
「ええ。君用の軍服。一応ここは軍基地だから、部屋の中や居住区はともかく、軍区画を通る時は、それを着ておいて」
「わかりました」
 鳴美は頷いた。特に普段軍区画を通る用事はないので、制服が必要になるときがあるかどうかは分からない。でも、一応後でサイズが合うかどうかくらいはチェックしておいた方が良いだろう。
 
「じゃあ、あたしは仕事があるから。じゃあね」
 鳴美に渡すものを渡すと、夕呼は去っていった。これだけのために部屋から出てきたらしい。鳴美はその背中に感謝をこめて手を合わせた。
「それにしても十八歳かぁ……驚いたけど、確かに喋り方とか態度は大人っぽいものね。ごめんね、鳴美ちゃん」
 そこに水月が謝ってきたが、鳴美は首を横に振った。
「良いですよ。何時もの事ですし……それより、お風呂に行く最中だったので、わたし行きますね」
 すると、水月が首をひねった。
「そういえば、さっきから変な臭いがするけど……もしかして」
「うっ……そんなに臭います?」
 鳴美は顔をしかめた。もう鼻が馬鹿になっているので気づかなかったが、今の自分はかなり臭いらしい。
「そんなにもの凄く気になるほどではないけど、やっぱり早く行ってきた方が良さそうよ」
 水月の答えを聞いて、鳴美は大浴場を目指した。ついでにもっと消臭剤を買おうと心に決めながら。
 
 大浴場は空いていた。一応全個室にお風呂が付いている以上、あえてここに来る人は少ないのかもしれない。おかげで、鳴美は久しぶりに手足を伸ばしまくってリラックスした。
「ふぁ〜……うーん、極楽だねっ」
 こうしていると、軍事基地とは思えない。思わず鼻歌の一つも歌いだしたその時、ガラッと音がして浴場の戸が開いた。
「あら、先客? 珍しいわね」
 その物音と声に鳴美が顔を上げると、その主とばったり目があった。おそらく夕呼と同じ年代の女性で、ゆるくウェーブしたロングヘアをリボンで縛ってたらしている。かなりの美人だ。
「あ……こんにちわ」
 鳴美が思わず挨拶をすると、女性は一瞬考え込み、ポンと手を打った。
「ああ、君が夕呼の言ってた、最近拾った子ね?」
 鳴美は頷き、先んじて自己紹介した。
「夕呼先生の視点では、確かに拾われた事になるでしょうね……もう聞いているかもしれませんが、穂村鳴美です。あなたは?」
「これはご丁寧に。申し遅れましたが、神宮寺まりもよ。夕呼とは友達なの。この基地で指導教官をしているわ」
「指導教官?」
 耳慣れない役割に鳴美が聞き返すと、まりもは湯船に滑り込みながら答えた。夕呼もそうだが、彼女も均整の取れたナイスバディで、軍人には見えない。
(おっとそんなことを考えてる場合じゃない)
 鳴美はまりもの説明に耳を傾けた。
「まぁ、訓練生たちを鍛える役目ね。サバイバルの基礎から個人戦闘術まで」
「すると、戦術機もですか?」
 鳴美が聞き返すと、まりもはちょっと考え込んだ。
「まぁ、基礎くらいなら……戦術機に興味があるの?」
「はい!」
 鳴美は勢いよく返事をした。すると、まりもは複雑な表情になる。
「そう……どういう理由で?」
「え? そ、それは……」
 鳴美は言葉に詰まった。かっこいいから、と内心では思っているのだが、それを口に出してはいけない、と言う事くらいはさすがの彼女にも理解できる。
 その「かっこいい」戦術機は、まりもたちにとっては命がけで操るものであり、下手をすれば自身の墓標にも変わる存在。気軽に話題にしていい事ではない。
 しかし、まりもも鳴美が何を考えていたのかは分かったのだろう。微笑むと、鳴美の肩を叩いた。
「合格ね。変な事を言ってたら叱り付けるつもりだったけど、君はちゃんと衛士たちの気持ちが理解できるようだわ」
 そう言って、微笑を笑顔にする。
「しかるべき士官が同席するなら、見学くらいはしてもいいわよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
 思わぬ幸運に、鳴美は喜んだ。そして、ある事を思いつく。
(そうだ。これを口実にすれば……)
“しかるべき士官”に誰を指名するか、鳴美はもう考えを決めていた。


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