「海だーっ!」
「んー……潮の香りがうちの病院の前とは違うわね」
 などと口々に言う穂村姉妹。ここは彼女たちが住む街からは、ちょっと離れたリゾート地……と言うには大げさだが、それなりに海の綺麗な観光地の海水浴場である。
 今日この日、鳴美たちは以前遙に誘われた海水浴に来ていたのだった。
「お姉ちゃん、速く泳ごうよ」
 流石に水泳の選手だけあって、茜はやたらと張り切っている。
「もう、茜ったら。まずは着替えてからよ」
 遙が苦笑しながら言うと。茜はいきなりスカートの裾をまくりあげた。一瞬目をむいた一行だったが、よく見るとスカートの下には水着の生地が見えていた。
「ふふーん、私は上を脱ぐだけだもんね」
「だめでしょ、茜。はしたないわよ」
 ニヤニヤする茜と、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめる遙。その様子を見ながら、鳴美はこの姉妹がまた昔のように明るく語り合う姿が見られるようになって、本当に良かったと思った。
(まぁ、これで自分が元の姿だったら文句無しなんだけど、それはもう言っても仕方ないよね)
 続けてそんな事を考えていると、背後から別の声がした。
「ほらぁ、慎二。男のクセにだらしないわよ」
「そ、そんな事言ったって。君ら少しは遠慮しろよ」
 水月と、鳴美の孝之時代の悪友にして仇敵、平慎二だった。彼は女性陣の荷物をほとんど全部持たされている。
「女の子五人に囲まれてるんだから、それくらいしたってバチは当たらないわよ」
「何言ってんだ。五人いたって、俺はお前一筋だぜ」
「あら、嬉しい事言ってくれるわね」
 軽口を叩きつつも、互いの事を想っている事が良くわかる会話だった。鳴美としてはちょっと複雑な気分になった。


誰が望む永遠?

第十話:海での一日



 鳴美がまだ孝之だった頃、慎二とは親友同士の間柄だった。しかし、遙が事故に遭い、絶望した孝之を水月が慰めるようになった頃、それに激怒したのが慎二だった。
 慎二は実は水月の事がずっと好きだったらしく、それだけに彼女に甘えるだけで誠意のない孝之の態度が許せなかったらしい。二人を引き剥がすべく、慎二がいろいろ策動していたと言うのは、水月との関係が上手く行かなくなり始めた頃に、孝之が知った事だった。
 その頃は親友の裏切りが許せなかった孝之だったが、今となってはもう済んだ事だと鳴美は思っている。どの道、自分では水月のことを幸せにはしてやれなかっただろう。慎二ならまぁ、彼女の事を任せても大丈夫だと思う。
(それにしても……太ったなこいつ)
 荷物を抱えて息をつく慎二を見ながら、鳴美は思った。高校の頃はどっちかというとスマートな方だと思っていたのだが、水月と付き合っている今は、妙に肉付きが良くなってコロコロしはじめている。
(んー……幸せ太りってやつ?)
 嫁さんの料理が美味しいので、ついつい食べ過ぎて太ってしまう、という伝説の現象である。見るのは初めてだ。
「……おにーさん、これもお願いっ♪」
 鳴美はすすっと慎二に近寄ると、水着の入ったバッグを彼の背負っているバックパックの上に載せた。たいした重さではないが、既に限界近い慎二には、一瞬トドメになりかけたらしい。ひざが崩れそうになり……それから持ちこたえる。
「おおっ!? ちょ、ちょっと、鳴美ちゃん? それは勘弁してほしいなぁお兄さんはっ!」
 悲鳴のような声をあげる慎二。それを聞いて鳴美はにっこりと笑った。
「えー、大丈夫でしょ、おにーさん。男の人だもん」
「お……おう」
 果たして、慎二は何も言い返せなかった。女の子になって一月近く。鳴美も自分の容姿と、それが男に与える影響についてだいぶ学びつつあった。
(ま、お前だけ幸せなのは不公平だもんね。ちょっとは苦労しろ慎二)
 重みにあえぐ元親友を見ながら、鳴美はほくそ笑んだ。しかし、そのいたずらの報いは、すぐにやってくる事になった。

「……あ、ああっ!? お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!!」
 水着のバッグを開けて異変に気付いた鳴美は、愛美を呼んだ。
「どうしたの、鳴美ちゃん」
 既に水着に着替えていた愛美が寄ってきた。意外にも大胆なピンクのビキニである。それだけで鳴美の頭くらいの大きさがあるんじゃないか? と思わせる胸が重たげに揺れていた。
「どうしたの、じゃないよ。お姉ちゃんでしょ、この水着入れたの!」
 鳴美が手にとったのは、前に水着を買ったとき、愛美が選んだスクール水着だった。例の名札に書かれた「6−1 なるみ」の文字も健在である。
「だって、鳴美ちゃんプールに行った時に遙さんの選んだ黄色い水着を着てたでしょう? お姉ちゃんの選んだ水着は着てくれないの?」
「え、そ、そんな事は無いけど……」
 頬を膨らませる愛美に、鳴美は首を横に振った。本音を言うと、着たくは無い。特に今日みたいな人の多いところでは。しかし、それを言ったら後で愛美のお仕置きが恐い。
「しょうがないか……今更水着取りに戻るわけにも行かないし」
 鳴美は溜息混じりに愛美に聞こえないように呟くと、紺色の布地に足を通し始めた。
「うふふ、可愛いわよ、鳴美ちゃん」
 そんな妹を満足げに見つめる愛美だった。

 女性陣が浜辺に出て行くと、ビーチパラソルとビーチマットでベースキャンプを設営し、荷物を置いた慎二が、大の字になって死んでいた。
「ほらぁ、慎二、だらしないわよ」
 水月が彼の足を蹴る。身を起こした慎二は「おお」と感嘆の声をあげた。
 水月はネックホルダーの黒いワンピースタイプの水着で、背が高くスタイルも良い彼女の魅力を引き立てる、セクシーなデザインだ。
 遙はオレンジ色のビキニで、これは鳴美にも見覚えがあった。学生時代水月と孝之と三人で海に行った時に着ていた物だ。
「お姉ちゃん、新しいの買えばよかったのに」
 そういう茜は水色と白の細かい縦ストライプが入ったセパレートだ。そして、穂村姉妹は解説済みなので割愛する。
 まぁ、タイプは異なれど掛け値無しの美女・美少女が五人、それぞれに似合う水着を着て目の前に立っているわけだから、男ならば慎二でなくても喜ぶだろう。
「おお、眼福、がんぷっ!?」
 慎二の声が妙な具合に途切れたのは、水月が蹴りを入れたからだった。
「水月、何すんだよ!」
 蹴られたあごを押さえて抗議する慎二に、水月はちょっと視線をそらし、恥ずかしげに顔を赤くして答えた。
「だ、だって……その、やっぱり嫌じゃない? 彼が私以外の……」
 それを聞いて、慎二も真面目な表情になった。水月が結局孝之に自分だけを見ていて欲しかったのに、それが叶えられなかった事を思い出したのだろう。
「そうだな、悪い、水月」
「ううん、あたしこそ」
 和解が成立した。しかし、その横では鳴美が彼女にしかわからない罪悪感に、心臓を押さえてひざをついていた。

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 ともあれ、ラブラブオーラを放射する二人に当てられたのか、他の四人(相手なし)は思い思いに海を楽しむ事にした。
「それじゃ、鳴美ちゃん、泳ぎを教えてあげるね」
「え?」
 茜の言葉に一瞬首を傾げた鳴美だったが、そう言えばまだ自分は泳げない事になっていたんだった、と言うことを思い出した。
「あ、うん……よろしくね」
 茜が差し出した手を取り、一緒に海へ向かう鳴美。一方、後の二人はと言うと。
「泳ぐのなんて久しぶり……大丈夫かな」
 微笑む遙に愛美が言った。
「まぁ、いざとなったら私が応急処置とかできますから」
 聞きようによっては縁起でもない言葉だが、遙はにっこり笑って頷いた。
「はい。それじゃあ、私が無茶しないように監督お願いしますね」
「ええ、じゃあ行きましょう」
 こうして、意外な取り合わせとなった二人も海に入ると、主に妹たちの様子を見ながら、海を楽しむ事にした。
「それじゃあ、最初は基本でバタ足かな」
 鳴美が胸までつかるくらいの深さのところで、茜が言った。
「お願いします」
 鳴美は軽く頭を下げた。彼女にとっては胸の深さだが、波が来ると首のところまで水に漬かりそうになる。一方、茜はおなかの真中くらいまでしか漬かっていない。
(うう……わたしの成長は本当にあるのかなぁ)
 せめて茜くらいの身長は欲しかった、と密かに涙する鳴美だったが、それは人に見せないようにして、とりあえず練習を始める。さすがに茜は部活等で後輩を指導することもあるだけに、なかなか教え方が上手い。
 しかし、鳴美も実は泳げるものだから、泳げない振りをして、茜の指導が入るたびにそれができるように見せかける事にしたのだが、なかなか加減が難しかった。
「すごーい! ちょっとしか教えてないのに、すぐにできるようになるなんて! 鳴美ちゃん才能あるんじゃない? いまから本格的に練習したら、インターハイくらい狙えるかもよ?」
 さりげなく問題発言をする茜。
「いや、それは誉めすぎ……というか、わたし高卒だし、インターハイはちょっと」
 鳴美が言うと、茜はしまったとばかりに顔を引きつらせた。
「あ、あはは……そ、そうでしたよね……先輩なんだもんね、鳴美ちゃん」
「あははは……」
 なんとなく固まる妹ズ。それを微笑ましげに見守る姉二人。海での午前中は、穏やかかつ楽しく過ぎていった。やがて、太陽が真上に昇る頃には、鳴美は完全に泳げるところを茜に見せていた。
 そうなると、流石に茜も何かおかしいな、と言うことに気付いたのか、鳴美に言った。
「あのさ、ひょっとして鳴美ちゃん、もとから泳げた?」
「え? あ……実は、ぜんぜん泳げないのは恥ずかしいから、ちょっと練習には行ってたんだけど……」
 そう答えると、茜はまだちょっと不審そうな表情でいたが、まぁいいか、と笑った。
「皆さん、お昼にしますよ〜」
 その時、愛美が声をかけてきた。時間的にもちょうどいい。二人は海から上がって、ベースキャンプのビーチパラソルの下に集合した。

 海の家のメシは不味い、という事で、昼食は愛美と遙が作ったお弁当だった。が、何故か慎二はラーメンを買っていた。
「何でそんなの買うのよ。不味いのに」
 呆れたように言う水月。それに慎二が答えるより早く、鳴美が言った。
「その不味さが良いんじゃないか、とか?」
 それを聞いて、麺を飲み込んだ慎二がニヤリと笑った。
「その通り! 弁当もいいけど、この不味さも海の楽しみさ。わかってるねぇ、鳴美ちゃん」
「そういえば、孝之もそんな事言ってたわね」
 水月が何気なく言った一言に、場の空気が重くなった。それに気づいた水月が、あわててフォローに入る。
「あ、ご、ごめん。こういうところで言う話題じゃなかったわね」
 無理に明るい声を出そうとした水月だったが、涼宮姉妹と慎二、それに鳴美も複雑な表情だった。というか、鳴美は既に存在自体が不可触化している過去の自分にちょっと泣きそうだった。
「……正直、ちょっと会って謝りたい気分だけどな。まさか失踪するほど追い込まれているなんて、俺は思ってなかったんだ」
 慎二がラーメンの器を置いて、しみじみした口調で言う。世間では鳴海孝之と言う人物は失踪した事になっていて、足取りは全くつかめていないらしい。当然の事だが……
「今頃どうしてるんでしょうね」
 茜も言う。彼女は姉が事故で昏睡状態になった後の、孝之の不実な態度を許せず、姉の病室に近寄る事すら許さなかった。
 なるみという言葉を聞くだけでもかなりムカつく時期もあったようだが、孝之が「失踪」した後は、その気持ちに変化が出てきたようだった。
「いなくなってほしいなんて、そこまで嫌っていたわけじゃないのに」
 その間、鳴美は黙っていた。その重苦しい沈黙に気づいたのか、茜が明るい声を出す。
「あ、ご、ごめんね。こっちしか知らない話題になっちゃって」
 穂村姉妹は首を横に振った。
「別に良いよ。わたしも何か良くない話題を思い出させちゃったみたいだし」
 敢えて明るい声で言う鳴美。もう昔には戻れないとしても、慎二や茜がそれなりに自分の事を気にかけてくれていて、決して今でも嫌っているわけではなかった……それだけで十分だった。その好意に答えなかった自分にはもったいない評価だ。
 それなら、せめて今の姿でも、彼らとの絆を大事にしよう。そう考えた鳴美は、荷物の中からビーチボールを取り出した。
「それじゃあ、ご飯の後はビーチバレーにでもしようよ。ね?」
「いいわね」
「賛成ー」
 水月と遥が頷く。鳴美は笑顔でキャップを外し、ビーチボールに息を吹き込み始めた。しかし。
「ぷーっ、ぷーっ……はぁはぁ……」
 息が切れても、ボールはあまり膨らんでいなかった。鳴美の肺活量が小さすぎるのだ。見かねた慎二が、彼女の手からボールを剥がす。
「こういうのは男に任せておいてくれよ。ふーっ!」
 彼がキャップに口をつけて息を吹くと、あっという間にボールは膨れ上がった。おお〜、と感嘆の声が上がる。しかし。
「あ、間接キス……」
 遥が言った一言に、慎二と鳴美は激しく動揺した。
「え? あ……ごめん、鳴美ちゃん」
「ふぇ!? あ、そ、その……ぜんぜん意識しなくていいですよ?」
 何故か謝る慎二に、鳴美は首をぶんぶん振ってそう答えた。どう見ても照れているようにしか見えなかったが、実は気持ち悪かったからだったりする。
「じゃ、行きましょ、慎二」
 それを見て面白くなかったらしく、水月が慎二のもみあげを引っ張って立ち上がった。
「いててててて! 水月それは痛いって!!」
 悲鳴を上げる慎二に合掌しながら、鳴美は振り返った。
「それじゃあ、姉妹同士でチームを組む?」
 その提案に、愛美と茜が頷いた。
「そうね」
「異議なし」
 その後じゃんけんで対戦順を決めて、ビーチバレー大会が始まった。しかし、運動神経の良い水月、男の慎二のペアはさすがに強く、穂村姉妹ペア、涼宮姉妹ペアともに惨敗。そして、敗者同士の対戦は運動神経が壊滅的な遥を抱える涼宮姉妹ペアの敗北に終わった。
「もう、お姉ちゃんてば、しっかりしてよ!」
「ごめんね、茜〜」
 怒る茜と、まだ息を切らしながら謝る遥。それを見ていた水月が、笑いながら何かを差し出した。
「まぁまぁ、落ち着いて、茜。これなら遥だって足を引っ張らないわよ?」
「え?」
 茜が渡された何か――紙片に目を通す。横から鳴美もそれを覗き込んでみた。そこに書かれていたのは……
「渚の美人姉妹コンテスト?」
 遥が不思議そうな声を出す。要は、姉妹がペアになって出場する、ちょっと変則的なミスコンのようだ。開催日は、今日。
「ふーん……変わった催しがあるんですね。ん?」
 あまり興味なさそうだった愛美が、ある事に気がついた。
「賞金……十万円!?」
「十万円!」
 愛美とともに鳴美も叫んだ。貧乏姉妹物語を演じる二人にとって、十万円は魅力的な額だ。
「鳴美ちゃん、出場するわよっ!」
 あさっての方向を指差して力強く宣言する愛美。
「え……でも、大丈夫かな?」
 鳴美は首を傾げた。彼女と愛美は姉妹として暮らしてはいるが、本来は他人同士。血の繋がりはない。
「鳴美ちゃんの愛らしさを前面に出せば大丈夫よ」
 愛美は鳴美の言葉を違った意味に取ったように答えた。いやそうじゃなくて、と小声で言おうとする鳴美に、姉は耳元でささやいた。
「それに、飛び入り歓迎って書いてあるし、厳密に姉妹かどうかなんて、調べたりはしないわよ」
 一応、妹の懸念をわかってはいたらしい。まぁ、断られたらその時はその時だ、と鳴美は出場に同意した。
「鳴美ちゃんたちは出るんだ。じゃあ、遥と茜も出たら?」
 水月が言う。すると遥は真っ赤になり、茜はぶんぶんと首を横に振った。
「と、とんでもない!」
「そんなの恥ずかしいわよ」
 口々に言う涼宮姉妹だったが、水月は良いじゃないの、と二人の肩を叩いた。
「二人だったら絶対良い所まで行くって。うまく行けば十万円ももらえてウハウハよ。ね、穂村さん」
「え? ええ、そうですね」
 何故か話を振られた愛美が思わず頷く。こうした説得もあって、結局コンテストには穂村・涼宮両姉妹が出場する事になったのだった。

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「それではお待たせしました。これより渚の美人姉妹コンテストを開始します!」
 司会者がステージの上で叫ぶと、会場に拍手が沸いた。それを舞台袖から見ていた鳴美は、水着の胸に貼った6番のワッペンをいじりながら、愛美に言った。
「本当に出場できちゃったねぇ、お姉ちゃん」
「そうね。書類審査も何もないし……自己申告なのね」
 愛美が言うように、彼女たちと涼宮姉妹が出場を申請したら、あっさりそれが認められた。審査は何もない。結果的に見れば鳴美の心配は杞憂だったわけで、それは良いことなのだが、今になって鳴美は凄く緊張してきた。
「はい、一番の来栖川芹香・綾香姉妹でしたー! 拍手ー!!」
 何しろ、ステージに最初に出てきた姉妹からして、とてつもない美少女姉妹だったのである。しかも抜群のスタイル。愛美は美人だし、鳴美だって自分が可愛い事は知っているが、アレに勝てるかどうか。
「それでは、二番の日野森あずさ・美奈姉妹の登場です!!」
 二番目の姉妹も美少女揃いだった。姉の方は均整の取れたモデル体型の美少女で、妹の方は可愛い小動物系の女の子である。会場も盛り上がっている。
「あぅ……大丈夫かなぁ、お姉ちゃん」
「まぁ、ダメもとだし、がんばってみましょ」
 腰が引けている鳴美に対し、愛美はいざとなると度胸が据わるようだった。そこへ、順番を告げる呼び出しがかかる。
「それでは、神奈川よりお越しの穂村愛美・鳴美姉妹の登場です!」
「ほら、行こう、鳴美ちゃん」
「え。あ、待ってよお姉ちゃん!」
 二人が舞台に上ると、鳴美にとっては意外にも、盛大な拍手が沸いた。
「さて、これはまた対照的な二人です。大人っぽいたわわなお姉さんと、ちっちゃくて可愛い妹さんの組み合わせ。しかも妹さんはスク水ですか。これはまた一部の人にはたまりませんねー」
 会場のあちこちで笑いが漏れる。鳴美は自分の水着の事を思い出し、恥ずかしさのあまり、愛美の陰に隠れるようにした。ところが、その仕草がまた可愛かったらしく、ツボにはまった一部の観客が歓声を上げた。
「はい、緊張しなくても大丈夫ですよ。それじゃあ自己紹介などを」
 司会者にマイクを渡された愛美が、にっこりと笑顔を浮かべた。
「姉の愛美です。ナースをしています」
 内面にはダークなところのある彼女も、こうして笑えば「白衣の天使」に相応しい。
「ほほう、看護師さんですか……いや、実に包容力のありそうなお姉さんには相応しいですね」
 司会の視線は、さすがに目立つ愛美の巨乳に向けられていた。それだけで子供の頭くらいありそうなボリュームは、出場者中でもナンバーワンである。
「では、妹さんも。何年生ですか?」
 司会者にマイクを向けられた鳴美は、まだ愛美の腰にしがみついたままで、おずおずと言った。
「妹の鳴美です……レストランでウェイトレスのアルバイトをしてます」
「ほほう、ちっちゃいのに偉い……え?」
 司会者が疑問の声を上げる。顔に「アルバイト?」という疑問の言葉が張り付いているようだ。彼にも、鳴美は小学生にしか見えていなかった。すかさず愛美が言う。
「鳴美ちゃんはこれでも十八歳ですよ?」
「えええええぇぇぇぇぇぇ!?」
 事情を知っている水月以外の観客も驚きの声を上げた。
「え……十八歳? 水着に6−1とか書いてるから、てっきり十二かそこらかと」
 慎二は事情を知らなかったので唖然としていた。
「昔使ってたんじゃない? 今でも着られるって言うのが凄いけど」
 水月が言う。その前では、涼宮姉妹が舞台に上がっていたが、鳴美のインパクトのためか、かなり影が薄くなっていた。
 
 そして……
「じゃあ、優勝を祝ってかんぱーい!」
「かんぱーい!」
 すっかり陽も海に沈みかけ、夕焼けに染まる海岸沿いの焼肉屋で、6人は打ち上げをしていた。もちろん、優勝して十万円をゲットした穂村姉妹のおごりである。なお、涼宮姉妹も三位に入って、一万円をもらっていた。「おとなしい姉と元気な妹」というキャラクター性が二位に入ったエントリー1番の姉妹とかぶっていなければ、彼女たちが二位だったかもしれない。
「それにしても、鳴美ちゃんが十八歳というのはびっくりだったな」
 ビールを一息に飲み干した慎二が、ジョッキをテーブルに置きながら言う。
「まぁ……そう言われるのはもう慣れてますけど」
 ウーロン茶のジョッキを両手で支えながら、鳴美は答えた。
「私も最初驚いたけどね……おかげで良い仕事ができそうなんだけどね。鳴美ちゃん」
「はい?」
 熱々の肉を苦労して噛み千切ろうとしていた鳴美が、箸を止めて水月の顔を見上げた。
「前に頼んだバイト、三日後に決まったわよ。よろしくね」
「う……あれですか」
 鳴美は思い出して困った表情になった。そう、水月の会社がローティーンの女の子向けに出す新商品のモデルになる、という約束をしていたのである。正確に言うと約束したのは愛美だが、鳴美が姉に逆らえるはずが無い。
(下着姿見られるのは嫌だなぁ……でも、耐えるしかないか)
 考えただけで赤くなる鳴美。しかし、そういう表情や、今日のコンテストでも見せた小動物チックな仕草こそ、水月の求める素材なのである。
 ますますドツボにはまっていく鳴美だった。

(つづく)


(作者より)
※「美人姉妹コンテスト」のアイデアはボブJrさんの士郎子本「ヘブンズフェイラー」からいただきました。
ここに明記するとともにお礼を申し上げます。


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