2005年2月28日 1330時 Tactics連邦 首都ファーバンティ 連邦軍国防総省


「こんにちは、葉子さん」
「……天沢中佐、貴方には軍人としての意識はあるのですか? プライベートならともかく、今は任務中です。階級と敬礼を忘れては困ります」
 Tactics連邦軍の国防総省は、上から見ると6角形で、その一辺が開いて「C」のような形をしている。正確には6角形とは言えないかもしれないが、この建物はとにかく「ヘキサゴン」と呼ばれている。なお1辺の長さは120メートルで、地上15階、地下は堅固なシェルターでどれだけの深さがあるのかは明らかにされていない。とにかく巨大な建築物である。
 当直士官として、その国防総省の地下深くにある中央司令室へ姿を見せたTactics陸軍参謀本部第1部(作戦部)参謀、天沢郁未中佐は同僚の鹿沼葉子中佐に軽い挨拶をしたが、返ってきたのは苦言だった。代々軍人を輩出してきた家系に生まれた葉子と、ある意味気ままに軍人の道を選んだ郁未とは、精神構造そのものが異なるらしい。
 鹿沼葉子は、生まれながらにして軍人になることを宿命づけられていたと言える。彼女は陸軍幼年学校から士官学校へ、さらに陸軍大学まで出たエリート中のエリートである。
 一方、予備士官制度(有事の際、登録を受けた一般大学生を士官に起用する制度)を利用して、大卒後そのまま軍人になってしまった天沢郁未は、現場で要領良く実績を積んで参謀本部にヘッド・ハンティングされた、いわば叩き上げの軍人である。
 階級は同じ(葉子の方が先任だが)、年齢にも大きな差はなく(葉子が3歳上)、経歴がひたすら相反するこのふたりの応対は、いつもこのような調子だった。
 葉子が自分の態度を叱責することについて、郁未は葉子の気持ちが良く理解できていた。ここは軍隊、その中でも特にお堅い参謀本部なのだ。しかし、今更自分のやり方を変えるつもりは彼女にはなかった。これまでこうして型破りな方法でやってきて、それでもなおこの若さで中佐にまで出世できたのだから。


 
カノンコンバットONE シャッタードエアー

   Mission8.5 国防総省の情景



「まぁいいじゃない、葉子さん。それでどうなってる?」
「……まずは海から説明します」
 葉子はもはや諦めたのか、今度は郁未をたしなめることはしなかった。
「大陸西海岸の制海権はISAFのものです。潜水艦による通商破壊もさほど効果を上げていません」
「コンベースで、空母も原潜もかなりやられちゃったからね」
 そう言いつつ、郁未はふたりの友人を思い出していた。コンベースで葬られた第1機動艦隊――高槻艦隊――の旗艦<ファーゴ>艦長、名倉由依と同艦砲術長の巳間晴香である。彼女たちはどうにかファーバンティの海軍基地へ生還したが、もしもISAFの攻撃がもっと容赦のないものだったら、一体……。
 今日にでもアポイント取っておこうかな? 同じ市内だから逢うのもそう難しくないと思うし、あのふたり、フネがドック入りして、多分暇を持て余してるだろうから……。
 しかし、郁未のこの予想は正しくなかった。由依も晴香も、修理に立ち会ったり、各部を直にチェックしたりと<ファーゴ>再生の活動に余念がなく、それなりに忙しかった。もちろん郁未は彼女たちのそんな現状を知らないから逢おうと考えたのだが。
「海軍はもう西は諦めて、東の制海権確保に専念するようです」
 郁未の内心に関係なく、葉子は説明を続ける。
「逆にISAFの戦力は増加する傾向にあります。コンベース空爆では米空軍の存在が――義勇軍という名目だそうですが――確認されました。ですが今度は、極東の第7艦隊が動き出すとの情報もあります。まだ未確認ですが」
「日本の横須賀にいる?」
「そうです」
「……それはちょっと厄介ね」
 大陸の南部においてISAFが上陸作戦(バンカーショット作戦)を決行し、それが(事前の空爆が不十分だったにもかかわらず)成功したため、これまで基本的に日和見主義を貫いていたアメリカ合衆国が、ISFA有利と見てクラナド戦争への介入を強める、という現象は、まずシーパワーの面で顕著になろうとしている(なお横須賀は、2005年2月の時点でCVN−72<エイブラハム・リンカーン>の母港となっている)。
 今はあくまでも不確定の情報だが、郁未や葉子たちTacticsの人間にとっては良い話ではない。
「次に、空軍の現況です」
 もう半分潰れかかった海軍などどうでも良い、と言わんばかりの口調で葉子は議題を変えた。
「そう。そっちはどうなってるの?」
 郁未は海軍に親友がふたりいる身として、そんな葉子の雰囲気に微かな反感を抱いたが、その状況においてのみは完全に同意せざるを得ないので、とりあえず続きを促した。
「大陸西海岸の制空権は奪われてしまいました。奪回する余裕がないのは……わかりますね」
 郁未は黙って頷いた。
 大陸本土に敵の上陸を許した今、これ以上の進撃を抑え込むには、自分たち陸軍の力のみで可能だとは毛頭考えていない。
 およそ1世紀前、飛行機が歴史の表舞台に登場し、約90年前に戦争の道具となって以来、制空権という戦術・戦略上の新たな概念は、戦いの勝敗を決するにおいて極めて大きな要因となった。「空を征する者は戦を征す」が今の戦争である(ベトナムでの米軍など、ごく一部の例外はあるが)。
「空軍は、大陸中央部から本国に活動範囲を狭め、迎撃密度を高めようとしていますが、そう上手くは進まないでしょう。コモナ上空での敗北は大きかったです」
「結局、上陸の水際撃退はできなかったし、空軍も苦しいところか」
 IFASのバンカーショット作戦が成功を収めた大きな理由の一つに、敵の上陸を阻止すべきTactics空軍の部隊が少な過ぎたというものがある。そしてそれは、主にコモナの空で失われていたのだった。
「はい。それともう一つ、気になる話があります」
「何、どんな話?」
「"リボン付き"を知っていますか?」
「……やたらに強いっていう、ISAFのパイロットの?」
 今度は葉子が黙って頷く番だった。
「既に前線の一部では、リボン付きは恐怖の対象になっているようです」
「でも、たった1機の敵に、何もそんなに」
「我が軍にもそういう例はあります。"黄色の13"のように」
「……」
 思わず口をつぐんでしまう郁未。彼女も黄色の13と黄色中隊の武名は知っていた。いや、これを知らないTactics軍人などおそらく存在しないだろう。彼らが敵から畏怖されているという事実も。
「……これは空軍に頑張ってもらうしかありませんね。特に、黄色中隊に」
「そうね。それで本題に入るけど、私たちはどうなの?」

 今、最も厳しい現状に立たされているのは、おそらく陸軍だろう。
 シールズブリッジ湾から上陸したISAFは、既に内陸への侵攻を始めており、スコフィールド高原の目前にまで迫っていた。もしそこを越えればAir皇国の皇キ、カンナまでは一直線であり、大陸戦争の序盤にAir防衛隊が味わった悲哀――敵への全面降伏――が自分たちにそっくりそのまま返ってくるか、南部占領地を捨てて撤退するか、それともカンナの保持にこだわり市街地で徹底抗戦を試みるか(その場合、大抵は部隊を失い、市街地の壊滅で終わる)。
 しかし一方で、陸軍は最も楽という見方もできなくはない。なぜなら、ISAFとカンナの間にあるスコフィールド高原には、イスタス要塞など複数の防御陣地で構成された、通称「タンゴ線」が横たわっているからである。
 実際、「自然の要害」という一言は、このタンゴ線のためにあるようなものだった。深いジャングルと複雑に曲りくねった大河。そこに湖沼と、頂が平らな「テーブルマウンテン」と呼ばれる岩山がいくつも点在する地形が広がる(南米のギアナ高地がこれに類似する)。守るは易く、攻めるは難いこの要塞地帯に、Tactics陸軍は戦力を集め、ISAFを返り討ちにする算段を立てていた。
 陸戦においては「攻者3倍の原則」という考え方がある。陣地や要塞のある防御側が基本的に有利という意味の言葉だが、このタンゴ線に関して言えば、3倍どころか5倍の敵を相手にしても耐久できるのではないかとTactics陸軍上層部に考えさせるには十分だった。タンゴ線とはそれほどの存在なのだ。

「現在、タンゴ線には南部派遣軍の5個師団が配備されています。今後4日間でさらに4個師団が合流する予定です」
 葉子は淡々と言ったが、その声音はかすかに弾んでいると郁未は感じた。
(まぁ、私も頼もしいとは思うけどね……)
「また、ブラウン・ネイビー、いわゆる陸軍船舶部隊も展開を終えました。物資も4ヵ月分の用意があります」
「航空隊はどのくらいあるの?」
「対戦車ヘリをはじめ、およそ70機です。万全……とは言い切れないかもしれませんが、空軍の支援もあります」
 タンゴ線は陸戦の防御陣地だけで形成された訳ではない。台状になった岩山の上には中型輸送機の離着陸が可能なサイオン飛行場や、自然にできた縦穴の中に造られたVTOL機・ヘリ発着場すら用意されている。陸上部隊、水上部隊、そして航空隊にも対応したこの複合要塞に、葉子は顔にこそ出さないが大きな自信を持っているようだった。
 それもそのはず、タンゴ線の構築計画には彼女も関わっていたのだ。
 いつになく饒舌になった葉子はさらに続ける。
「さらに、私たちには『ストーンヘンジ』があります。タンゴ線はストーンヘンジの有効射程内です」
「ストーンヘンジねぇ……」
 一方、郁未は幾分かさめた声で答えた。彼女はストーンヘンジの効果に懐疑的だった。
(あれは確かに威力が大きいけど、効率が悪過ぎるのよね……)
 1発あたり30トンもある砲弾を、大量の火薬と電力を使って撃ち出すのだ。それで狙うのは現在のところ、主に航空機。隕石を撃ち落とすように造られていても、この戦争における目標はそれよりもずっと小さく、複雑に動き回るのだ。地上目標への効果が絶大なのは戦争初期に実証されているが……。
 そもそもストーンヘンジは、隕石が地球に降り注ぐ1999年の一定期間だけ100パーセント稼動すれば良いという代物なのだ。それを今まで使ってきた。メンテナンスにかかる時間と労力、費用も半端ではない。何も航空機だけなら、ストーンヘンジで撃墜するよりも長距離地対空ミサイルの方が遥かに安上がりで効率的だというのが郁未の持論だった。
「そんな簡単に抜かれることはないでしょう。上層部はそう判断しています。ちなみに私もです」
 そう断言して葉子は演説を締めくくった。珍しく、顔に微笑を浮かべている。自分の言葉に酔ったのか、それとも自軍の将来に明るい希望を持っているゆえなのか。
 その直後、ここ司令室にいる数人の士官がにわかにざわめき出す。ある者は正面にあるディスプレイの表示を切り替え、またある者は通信装置に係りきりになる。そしてとあるオペレーターが、この場にいる最上級者――鹿沼葉子中佐に現状の変化を伝えた。
「タンゴ線にISAFの航空部隊が接近中です! 空軍がスクランブルをかけています」
「わかりました。ここの関係者に召集をかけてください」
 いよいよ来るべきものが来た、と言わんばかりに命令を出す葉子。しかし郁未はふと思いついたことをそのまま口に出していた。
「……その中に、例のリボン付きは確認できる?」
「たった1機の敵、気にしないのではなかったのですか?」
「そうなんだけど……葉子さんに言われてから気になっちゃったのよ。それで、わかる?」
 郁未はそう葉子に答え、オペレーターに問い直す。
「現在のところ、確認できません」
「そう……でも、メビウス1っていうのが、葉子さんの言った通りの奴だったら、そう簡単には行かないかも……」

 天沢郁未の予感は、彼女たちTactics軍にとっては不幸なことに、的中することとなる。
 この2月28日の空中戦で、Tactics空軍はタンゴ線防衛にあたる部隊の40パーセントを喪失し、制空権は瞬く間にISAFの治める所となった。その中でも、尾翼にメビウスの輪をあしらったエンブレムを持つF/A−18Eの活躍はめざましく、5機がこの敵1機の餌食となった。
 翌日になるとタンゴ線の各所が空爆に曝された。その攻撃の中でも決定打となったのは、物資集積場への集中爆撃であり、地下倉庫はアメリカ製の2000ポンドレーザー誘導対地徹甲爆弾、GBU−24E/BペイブウェイVで跡形もなく吹き飛ばされた。この一撃を見舞ったのもリボン付きだったという証言が、数少ない生存者から後にもたらされた。
 ストーンヘンジもタンゴ線防空のため、合計28発の砲弾を発射したが、タンゴ線の複雑な地形をISAFは逆手に取り、超低空飛行により巨大榴弾の破片と爆風から身を隠した。タンゴ線の地形効果はTactics軍が最も期待していたものだったが、それはISAFにも(しかも空の敵に)適応された。その後ストーンヘンジは大規模な整備を必要としたため、ISAFの地上侵攻部隊に砲門を開く機会は結局訪れなかった。
 3日目には防衛にあたる陸軍が標的になった。ことここに至り、Tactics陸軍はタンゴ線とカンナの放棄を早々に決定。その決断の早さにより、最終的に合計で6個の師団が撤退に成功した。
 タンゴ線が陥落したのは、最初の空爆から1週間後、カンナがISAFによって解放され、Air皇国が再興を宣言したのは、そのさらに1週間後のことだった。
 結局、友人たちと再会するという天沢郁未の望みは、まだ実現しそうにない。


 「Mission9 翼の末裔」につづく


 
後書き


 前回は舞と佐祐理さんのコンビが、ISAF陸軍軍人として登場しましたが、今回は「Moon.」から天沢郁未と鹿沼葉子さん(佐祐理も葉子も、どうしても「さん」をつけてしまう癖がありますな:笑)の登場となりました。
 今回の話の元ネタとなった、AC04の「Mission10 タンゴ線を越える」は、複雑な地形での対地攻撃という内容だったのですが、私にはそれを臨場感溢れるように書く自信がなかったため、タンゴ線攻撃時のTactics戦争指導部の情景として、これまでの戦況説明も含めてインターミッション的に仕上げてしまいました。ですから、タイトルはあくまでも次の話まで繋ぎという意味合いであえて「Mission8.5」とした訳です。
 こうやって仮想戦記のSSを書いていましても、戦闘場面の描写というのはいつもながら難しいというのが身に染みます(だからタンゴ線の話を戦闘場面なして済ませてしまったのでしょうけど:爆)。とにかく、実力がないなりにも、今後とも努力して書いて行きたいと思います。
 次は言い訳になりますが、郁未・葉子さんコンビが参謀(ふたりとも宗団でのクラスはAでしたから)というのはともかく、舞・佐祐理さんコンビが陸兵というのは、特に他意はないのですが、舞が剣術の達人(個人的な見解ですが)で、白兵戦の機会のポストが良いという点と、やはり舞と佐祐理さんの出番は一緒が良いという2点から、こうしました。
 さて、これでこのKCOも、大体折り返し地点を通過したことになります。これまで掲載してくださったさたびーさん、素晴らしいイラストを描いてくださった神奈備祐哉さん、 そして読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。そして今後ともお付き合いくだされば大変嬉しく思います。
 また、KCOを冬コミで本にする、という話も持ち上がっていまして、現在の課題はそれまでに本編を完結させることなのですが、クオリティーは落とさないように最大限に頑張る所存です。
 それでは、これからもよろしくお願いいたします。

管理人のコメント

 今回は激戦の前回とはがらりと趣を変えて、Tactics国防総省内と言う「後方」のお話です。

>「こんにちは、葉子さん」
>「……天沢中佐、貴方には軍人としての意識はあるのですか? プライベートならともかく、今は任務中です。階級と敬礼を忘れては困ります」

 プライベートなら、って事は、そっちではちゃんと名前で呼び合っているんでしょうか。そうだとしたら、なかなか微笑ましいものがあります(笑)。
 それにしても葉子の軍人役はハマリ過ぎ…

>タンゴ線

 描写を読む限りめちゃくちゃ鉄壁そうなのですが…
 ギアナ高地のドキュメンタリーを見たことがありますが、現代どころか古代の軍隊だとしても、とても大軍が通れるとは思えない場所です。それをあっさりぶち破ってしまうとは、勢いと言うのは恐ろしいものです。

 さて、次回はAir皇国の復興編でしょうか。いよいよ追い込まれつつあるTactics連邦ですが、前回の神尾家拉致からみても、まだまだ反撃をあきらめてはいないでしょうし、今後の展開が期待されます。


戻る