2005年9月19日 1750時 Tactics連邦 首都ファーバンティ沖


黄昏の光は、全てを紅く包もうとしていた。空も、海も。そしてそこに存在するあらゆるものを。
 時の経過に従い、闇の割合が徐々に大きくなっていく空。そこからの弱い光を浴びる波頭がきらめくが、自然には起こり得ない異質な波――海上を何かが進むときに起こる――によって砕かれ、消えると、新たに生まれた航跡波によって海はすぐに輝きを取り戻す。海原を巨大な鉄の塊――軍艦が疾駆しているのだ。
 その艦は、まぎれもないアメリカ合衆国国旗――星条旗を艦首の旗竿に掲げて、風と波を切り裂き進んでいた。巨大な船体の上には、ロッキー山脈の高峰を思わせる艦上構造物が、艦首側から艦橋・煙突・後部艦橋と順番に並び聳えている。そしてその前後には、箱のような物体がある。前にふたつ、後ろにひとつ。その箱からは、長く太いものが3本ずつ生えている。それこそが、かつて海の王者として国の命運すら握った究極の軍艦――戦艦の証だった。
 しかし、その道に詳しい者が見れば、この戦艦がアメリカで造られたどんな戦艦よりも程遠い外見をしていることがわかるだろう。
 艦首には大きなシーアがある。これはアメリカ製戦艦の一部にも見られる特徴なので良い。しかし、甲板はシーアが下がりきった部分から一転して登り坂になり、甲板そのものが大きくうねっているように見える。
 艦橋は塔のようなスマートな外観なのだが、アメリカ戦艦のそれとは異なり、専門用語を使うと「パゴダ・マスト」と呼ばれるものに近い。最上部にある測距儀も艦橋の高さに見合う大きさで、外見上のバランスは素晴らしいと感じさせるものがあった。
 煙突は後方に僅かに傾斜し、艦そのものをスピード感があるように見せている。その背後にあり、現代兵器の眼――多種多様なレーダーの支持架として機能しているマストも同様だ。
 そして何よりも、戦艦のシンボルたる主砲塔が、合衆国製のどの戦艦よりも大きい。形も単純な箱型ではなく、天蓋は段々に形成され、側面部も複雑な形状をしている。それは力強いと同時に繊細でもあるようで、工業品というよりも彫刻など芸術品に近いという見方もできなくはい。さらにそこから伸びる砲身は、巨人の腕を思わせるほどに太く、長い。45口径46センチ砲――現存する世界最大の艦載砲だった。
 艦首には「67」の番号がある。艦名はBB−67<モンタナ>。しかしこの艦は、60年前までは別の名で呼ばれていた。
 かつての名は<大和>。世界最強最大の戦艦として、大日本帝国海軍によって生み出された彼女は今、その生涯において最後になるだろう戦いに向け、自身を疾走させているのだった。


 
カノンコンバットONE シャッタードエアー

   
外伝 鋼鉄の記憶



「機関どうか?」
「出力、現在15万2000馬力。速力27.5ノット。極めて好調です」
 エンジンの調子を尋ね、何の問題もないことを知った戦艦<モンタナ>艦長、クロウ・ソラ米海軍大佐は軽く頷いたが、彼の心の中には<モンタナ>への賛嘆が溢れていた。艦齢64年の戦艦が、生まれた時と全く同じ力を出して、海原を疾走していることに。
 そもそも、大和級戦艦が27ノットの中速艦なのは、ボイラーの温度と圧力を抑えて低出力にし、代わりに信頼性を求めようとしたからである。これは水上砲戦用艦としての強さ――敵の戦艦に撃ち勝つことのみを追及し、安全係数を大きく取ったためだ。だがその低速は、後世に批判の矢面に立たされた。遅くて機動部隊の護衛には不適格、として一部の人々に酷評されたのだ。
 確かに、スピードは速いに越したことはない。が、現状ではそれが幸いしている。母国が速力を犠牲にして信頼性を追及した結果、64歳の老嬢はその年齢を感じさせないほど、元気に走り回っている。缶圧の低い機関は<モンタナ>にとって長寿の秘訣なのだ。
 このおかげで、かつての敵国で生まれた戦艦は、今はこうして合衆国のために全力を出して頑張ってくれている。ソラは<大和>を建造した日本海軍の技官や職工に感謝したくなった。全く、当時の日本人は実に良い仕事をしてくれたものだ……。
 一方、<モンタナ>よりも後に生まれた米海軍最後の戦艦、アイオワ級の生き残り4姉妹(<ミズーリ><ニュージャージー><ウィスコンシン><イリノイ>)は、今では全部退役している。その理由は、機関の寿命が限界に近づいているからだった。なら機関を換装すれば良いのだが、それには艦上構造物を取り払い、装甲を剥がす大規模な工事をしなければならない。当然費用もかさむ。アメリカ海軍は、そこまでして彼女たちをオーバーホールする手間と時間と予算を惜しんだ。
 もっとも、一番下の妹――<モンタナ>が、これから相手にすべきアイオワ級6番艦<ケンタッキー>=1949年にTactics連邦へ売却され<ファーゴ>と名を改めた艦は、Tactics海軍から大切にされ、機関も含めて何度か改装されているが……。
(その大切な戦艦が、今では海上砲台か。不憫なものだな)
 攻撃目標の<ファーゴ>は、船体を海水で満たし、沿岸に着底している。おそらく制海権も燃料も失ったTactics海軍が、使い道のなくなった戦艦をどうにか有効利用しようと考え、砲台として活路を見出したのだろう。いくら敵とはいえ、海原を自由に駆ける軍艦の、いや船としてのアイデンティティを奪われたことを哀れに感じるソラ。彼は海軍軍人であると同時に、海と船を愛する船乗りだった。
「まさか、今ごろになって水上砲戦をするとは、本艦に配属された時には夢にも思いませんでしたよ」
 黙って敵への同情心を膨らませていると、傍らにいる副長が、未だに信じられないとでも言いたげな表情をして、ソラに話しかけた。
「そうだな。ミサイル万能の時代に水上砲戦だ。まったく、この戦争はどうかしているよ。軍港奇襲、敵前上陸、砂漠の機甲戦に市街戦。そしてついに戦艦同士の砲撃戦だ。まるで60年前にでもタイムスリップしたような気がする」
 彼の言う通りだった。現代戦においては、国家が全ての力を吐き出す総力戦は起こり得ないと考えられてきた。ハイテク化に伴い、あまりにも高価になり過ぎた兵器では、昔なら通用した軍備増強における需要の創出は非効率的となっていたし、兵士の「命の値段」が著しく上昇したこと、そして戦争は自由な経済活動を束縛し、長期化は不況(さらにひどくなると恐慌)を招く、などがその根拠だった。そんなことをしていたら、どんな大国でも景気と財政がすぐに破綻してしまう
 しかし、クラナド大陸戦争は文字通り大陸全土を戦火の渦中に巻き込み、美しい大地を血で染めた。何ということか……。全く持って時代錯誤な。そのクライマックスが、時代錯誤の究極たる戦艦対戦艦の殴り合いという訳か。
 まぁ、私も昔は、バトル・オブ・ツシマ(日本海海戦のこと)やジュトランド海戦の話、それとフィリピンにおける<モンタナ>の妹――戦艦<武蔵>撃沈の話などに地沸き肉踊らせたものだが。
「しかし、これは『水上砲戦』と言えるのでしょうか? 相手は着底座礁した艦、いわば水上砲台です」
 と、ここでダメージコントロール長の中佐がソラの台詞の一部を否定した。艦の被害局限を請け負い、沈みにくくする立場の彼にとっては、もう最初から沈む可能性のない存在を「軍艦」と分類するには心のどこかで抵抗があるのかもしれない。
「そうだな……水上砲台。敵は動けないということだ」
 副長がダメコン長の言葉に相槌を打ちながら、少し考え込む仕草をした後、鼻で笑うと、幾分か嘲笑の混じった声で言い、ソラに顔を向けた。
「相手は最大の持ち味――最大33ノットの機動力を失っている訳だ。となると、火力と防御力の強いものが勝つのは常識。この戦い、そう難しくはありませんな、艦長」
「侮るな」
 副長の楽観論に対し、ソラはたしなめるように、ぴしゃりと言った。
「<ファーゴ>は幾度も近代化改装を受けている。OTOメララの5インチ速射砲を搭載したり、『サンバーン』を積んだりと……もしかしたら、射撃装置はこの<モンタナ>よりも新しいかもしれん」
 ソラの厳しい物言いに、CICは水を打ったようにしんと静まり返る。
「しかも、文字通りの『不沈艦』となっている。どんなに弾を当てようとも、あれが海底に沈むというのはあり得ないのだ」
 ここで彼は、多少口調を和らげ、学校で教鞭を振るう教師のような態度になる。
「それに、だ。ああして船体を固定しているということは、アイオワ級最大の弱点も封じられている」
「艦の動揺が大きいことですな」
 航海長の一言を肯定すべく、ソラは黙って頷き、言葉を続ける。
「正直言って、<アイオワ>は巨砲のプラットホームとしては多少不適格だからな。細過ぎる船型はとにかく揺れが大きく、砲を撃っても散布界が広がる傾向があった。それがなくなるということは」
「そうか……命中率が上がります」
 ソラの後を継いだ副長のこの一言に、何人かの顔が青ざめる。アイオワ級の主砲弾は1.2トン、<モンタナ>のそれは1.5トン。この質量差から来る威力差は大きいが、逆に重い砲弾は発射体勢を整えるのに時間がかかる。砲1門が1発を発射するのに必要な時間は<モンタナ>が40秒なのに対し、<ファーゴ>は10秒短い30秒で済む。
 この発射速度も考慮に入れれば、投射弾量はほぼ互角。絶対に沈むことなく、命中率も高まった敵の砲撃を受け、世界最大最強の水上戦闘艦がじわじわとダメージを蒙る。戦う力をゆっくりと無くしてゆき、やがて……。
 恐ろしい想像が、各人の頭をよぎる。いつしかCICは、まるで葬儀で神に召される者の棺が埋められる時の墓場のような空気に包まれていた。
 しかし、これを打開したのも、ソラ大佐だった。沈滞した空気を吹き飛ばすように、彼は力強い笑みを浮かべ、明言した。
「だからといって、悲観し過ぎることもない。本艦は敗けんよ。この栄光の“ビッグY”はな」

 ビッグY――そのニックネームほど、この巨艦の数奇な運命を現すものはない。
 1941年12月16日、日本海軍の大艦巨砲主義者たちの期待を一身に背負い、呉工廠にて完成した<大和>は、航空機が主役の座に躍り出た第2次大戦において、それなりの働きを見せた。1943年6月29日、フィリピン沖セレベス海で起きた第3次セレベス海海戦で、アメリカ海軍の最新鋭戦艦<アイオワ>を夜戦で撃沈、翌44年10月24日にもシブヤン海海戦でポスト・ワシントン海軍軍縮条約戦艦の<ノースカロナイナ>や<サウスダコタ>を撃沈している。<大和>は確かに世界最大の戦艦だったが、こうして世界最強であることも証明して見せたのだ。
 しかし、個々の奮闘も実らず、日本そのものは45年8月15日、連合軍のポツダム宣言を受け入れ無条件降伏した。この世界最強最大の戦艦の運命が大きく変わったのは、この時からである。
 同月30日(降伏調印式と同じ日である)、念願の不凍港入手と太平洋地域への進出を目論んだソヴィエト連邦の独裁者、ヨシフ・スターリンはかねてより準備していた計画を実行に移す。極東ソ連軍が一斉に軍事行動を開始し、「日ソ戦争」の火蓋が切られたのだった。
 太平洋戦争終結から間もない時期に起きたこの新たな戦争――後の東西対立を確実なものとした戦争で、戦う力をまだ十分に残していた<大和>は決定的な役割を果たす。旧第2艦隊の旗艦として大湊から出撃した彼女は、北海道へ陸軍を上陸させようとしていたソ連極東艦隊と上陸船団を石狩湾内で補足、9月19日には極東艦隊を、翌20日には船団をそれぞれものの見事に、完膚なきまでに殲滅して、北海道の――日本の危機を救ったのである。
 こうして日ソ戦争は<大和>の活躍もあり、1946年1月17日に終結、日本側の勝利に終わる(この時をもって、第2次大戦終結と見る専門家は多い)。しかし、その後に日本軍は解体され<大和>ら旧海軍の艦艇の身の振り方が問題となった。
 空母や巡洋艦、駆逐艦は各国に売却されたが、戦艦はその海外売却組に加えてはもらえなかった。
 そんな仲間外れとなった戦艦で、当時稼動状態にあったのは<長門>と<大和>のみ。戦前から「長門と陸奥は日本の誇り」といろはがるたにまで詠まれ、<大和>以上に有名な存在だった<長門>は記念艦として保存するという処遇も検討されたが、戦争で疲弊した日本にはそんな余裕はなかった。結局一部の艤装品が保存されただけで<長門>は早々に解体され、溶鉱炉で熔かされた日本海軍の象徴は、民需品に形を変えて祖国の復興に貢献した。
 では、<大和>はどうするのか? <長門>と同じ運命を辿るのか。それとも着底状態から補修され、原爆実験に供されることが決まった<伊勢><日向>のように、原子の劫火に焼かれるのか。さらに一部の進歩的文化人が言うように「日ソ戦争で無辜の赤軍兵士を虐殺したお詫び」としてソ連に引き渡されるのか。
 複数の意見が出され検討の対象になったが、いずれも<大和>にとってはろくなものではない苛酷な内容だった。しかし、ここでひとりの人物が現れ、上記の3論とは全く異なることを言い出して<大和>の救世主となる。
 その人は、空前の戦力を誇る大機動部隊を率いて合衆国海軍を勝利に導いた提督――日本海軍を叩き潰した張本人、レイモンド・エイムズ・スプルーアンス米海軍大将だった。日露戦争の日本海海戦で史上稀に見る大勝利を収めた東郷平八郎を尊敬する彼は、<大和>を日本から購入の上、改装して自国海軍に編入することを強く訴えたのだ。
 スプルーアンスは「対日戦勝利の象徴」と「日本の最強戦艦を購入することによる日米の結束力のアピール=ソ連への牽制」いう2つの理由で関係各所を熱心に説得したが、彼は日ソ戦争勃発後、第2艦隊に燃料弾薬を補給すべく大湊へ向かう船団に便乗して<大和>を訪問、艦を見学するうちに個人的に惚れ込み、さらに石狩湾海戦での彼女の活躍に感動し、欲しくなったという説がある。
 米政府も、日本打倒に大きな役割を果たした英雄の言葉を無視できなかったのか、それとも彼の主張がそのまま自国の寛容さの宣伝に使えると判断したのか、はたまた日々対立が深まっていたソ連に対する政治的メッセージ(共産主義勢力の拡大を許さないという意志)として、実際に北海道征服の野望を破砕したこの巨艦はうってつけだと考えたのか。今となっては米政府の真意はわからないが、とにかくスプルーアンスの意見は受け入れられて、<大和>はBB−67の艦番と<モンタナ>の名を冠された。<大和>の第2の艦生の始まりである。
 なおこの際スプルーアンスは、<モンタナ>に「ビッグY」のコールサインを与えた。「Y」とは言うまでもなく<大和>の頭文字である。この1文字に、彼はこの艦が日本から得られたという大きな意味を込めたのだ(その前に、日ソ戦争時に石狩湾岸に展開した米兵たちがソ連上陸船団を叩きのめす<大和>の勇姿に対してこの言葉を叫んでいる。スプルーアンスはそれを考慮に入れたという)。
 <大和>改め<モンタナ>は、幾度かの改装と予備艦状態を繰り返しながらも、第2の祖国、合衆国に忠節を尽くした。朝鮮戦争では仁川上陸作戦の立役者としてそこを守備する北朝鮮軍を痛烈に叩き国連軍の無血上陸を助け、また敵に包囲された元山の連合軍や市民を救うために主砲を振るって、元山撤退作戦を成功に導いた。それから約10年後に勃発したベトナム戦争では、1968年のテト攻勢を阻止すべくフエのジャングルに潜む共産軍に巨弾の雨を降らせ、1986年のリビア攻撃時には、トリポリの要港シディビラルを、そこにあるゲリラ・テロリスト養成施設ごと火の海に沈めている。そして、クウェートの海岸に陣取るイラク軍を覆滅した湾岸戦争と、全て地上への艦砲射撃や巡航ミサイルのプラットホームとしてだが、数々の戦いを勝ち抜いてきた。
 湾岸戦争から7年経った1998年、<モンタナ>は日本に返還されることが決定した。日本国内では<大和>の旧乗組員や有志たちによって古くから<大和>返還運動が行われていたが、それは湾岸戦争後には日本の朝野を上げての大運動に発展していた。アメリカもこのような日本人の対米感情に配慮し、合衆国海軍のシンボルとして、ソニーブランドのようにメイド・イン・ジャパンだという事実を知らない国民が多くなるほど親しまれているこの巨艦を、2000年に返すことに日本政府と同意したのだが……。
 小惑星コーヤサンの飛来は、日本国民のささやかな望みを棚上げしてしまった。この隕石災害で大きな打撃を受けたクラナド大陸ではその後、難民問題などで国家間緊張が高まり、世界の警察を(本音はともかくとして)自負するアメリカも大陸に政治的・軍事的圧力を加えて戦争を防止する必要に迫られた。その重石のひとつとして<モンタナ>が選ばれたのだ。<モンタナ>は、大きさではニミッツ級などの大型空母には劣るものの、水上戦闘艦としては未だに世界最大であり、そのインパクトは空母を上回る。素人には<モンタナ>の方が遥かに強そうに見えるだろう。
 こうして<大和>が還ってくる日を楽しみにしていた日本人は落胆してしまったが、結局はアメリカの決断も水泡に帰してしまった。2003年、クラナド大陸戦争勃発。あっという間に大陸全土を覆った戦火を、アメリカを始めとする世界各国はただ手をこまねいて遠巻きに眺めていることしかできなかった。無論<モンタナ>も……。
 だが、翌2004年、Tacticsを除いた大陸諸国が結成したISAF(独立国家連合軍)は、北の島ノースポイントから反撃を開始し、2005年――すなわち今年の頭には大陸再上陸を成し遂げた。それまで国内世論を気にして、20数機の爆撃機を(義勇軍として)派遣しただけで大陸への本格的な軍事介入を見送ってきたアメリカも、ここに来てとうとう重い腰を上げたのだった。
 その甲斐は確かにあった。大陸北部に上陸した米軍を中核とする部隊――ISAF北部方面軍は、Kanonの主要都市スノーシティーを奪回し、北上してきた南部方面軍と合流し、ウイスキー回廊で展開された空前の大会戦でも、精強なTactics陸軍機甲部隊を撃ち破った。
 こうした戦況を経て、現在ISAFはTacticsの首都ファーバンティまで攻め上り、勝利を目前に控えているが、敵の抵抗は未だに激しい。それを物語っているのが海上砲台となった<ファーゴ>と、徹甲爆弾を積んでそれに向かっていたが、Tactics空軍の最精鋭戦闘機隊――黄色中隊の前に任務を中止させられた<ニミッツ>の航空隊である。<モンタナ>は、爆弾を投棄した友軍航空隊に代わって<ファーゴ>という巨龍の退治に挑もうとしているのだが……。
(日本の返還運動家たちが、本艦が砲戦をして損傷したと知ったら、どう思うだろう?)
 ふと、ソラはそんなことを考えた。元は日本の戦艦、しかも艦齢が64歳という文字通りの老朽艦である。余生を母国で過ごさせてやりたいと願う日本人の心情もよく理解できる。できれば無傷で返したいと思うが、相手は合衆国製最強の戦艦、アイオワ級だ。それと殴り合わなくてはならないのだから、こちらも相応の損傷は覚悟しなければならない。
 ということは、だ。私は祖国アメリカだけではなく、この艦を愛する日本人たちにも義務を負っているという訳だ。もしも仮に本艦が沈めば、日本人の対米感情は悪化する意外の変化を見せないだろう。何とも責任重大だな。
「結局、絶対に勝たなければならない、と言うことか」
「艦長、何か?」
「いや、気にしないでくれ」
 思わず出ていた呟きを聞かれていたようだ。ソラは平静を装って、何事もなかったように答える。副長は訝しげな表情をしたが、結局それ以上は何も言わなかった。
 乗艦の歩んできた奇妙な歴史を振り返っている間にも、敵との距離は着実に近づいていた。思考を止めて間もなく、航海長が戦闘を始めるにあたり必要となる行動を少し遠回しな表現でソラに促すと、彼も口元をぎゅっ、と引き締め、凛として号令を下す。
「艦長、そろそろ回頭点です」
「よし。面舵一杯。左舷砲戦用意」
 艦長の命を受け、副長が遠方まで良く通るような声で復唱する。
「イエス・サー! フル・スターボード!(面舵一杯!) 左舷砲戦スタンバイ!」
 既に当て舵(あらかじめ旋回方向に少しだけ舵を切っておくこと)を取っておいたので、号令から10秒もたたないうちに艦首が大きく右に振られる。同時に、目標にすべての火力を指向すべく、1基あたりおよそ2700トン、ちょっとしたフリゲートくらいの重さがある巨大な砲塔がゆっくりと回り出す。合計9本の砲身も鎌首をもたげ、目標へ正確な射弾を送るのに必要な角度を得る。
 数十秒後、舵を切り終えて再び直線航行に移った時、<ファーゴ>との距離は約2万5000メートルとなっていた。彼ら<モンタナ>幹部乗組員たちが、今回想定していた砲戦距離と合致する。
「砲術、やり方は任せる」
『イエス・サー。では、一斉撃ち方でいきましょう』
「そうか、わかった。頼むぞ」
 艦橋の最高部にある15メートル測距儀には射撃指揮所もあり、砲術長はそこに待機している。スピーカーを通して伝わった彼の声は、なんとなく嬉しそうで、楽しそうな感じがした。
(水上砲戦か。やはり、巨砲を打つ腕を磨いてきた者にとっては、魅惑的なシチュエーションなのだな)
 しかも、一斉撃ち方――ちまちました交互撃ち方ではなく、9門全てを一度にぶっ放すのだ。これでは砲術員ならずとも興奮する……私も含めてだ。
 ソラは一瞬だけ、武人らしい闘志を秘めた笑みを浮かべると、すぐに表情を引き締めた。そして、穏やかだが勝利への強い意志を声の底に秘めつつ、ついにソラは戦闘の開始を命じた。
「撃ち方始め」
 彼の命令は数秒後に、実際の力となる。
 9本の砲身、その砲口から音速を遥かに超える速度で1.5トンの徹甲弾が飛び出すと、後を追うように膨大な火炎と衝撃波が噴出する。「後を追う」とは言っても、肉眼で確認することができないほど短い間隔だ。
 雲のような真っ赤な火炎は急速に広がり、目に見えない衝撃波は、砲口の真下を中心にして海面を凹レンズのように窪ませた。無論それらは一瞬のことで、火炎は消えて黒い砲煙に変わり、海面のへこみはすぐに艦の航跡などでかき消される。
 初弾発砲は、敵味方ともほぼ同時だった。2万5000メートルの遠方で、敵戦艦にも<モンタナ>とほぼ同じ現象が発生していた。
「敵艦発砲!」
「総員、衝撃に備えろ!」
 艦内も、これまでにない極度の緊張に支配される。もうすぐ、彼らの頭上に1.2トンの鉄の塊が降り注ぐのだ。少なくとも、今艦内にいる乗員全てにとって、初めての――そして武運に恵まれないものにとっては、最初で最後の――経験となる。
 誰もが息を飲み、沈黙する。永遠に続くかと思われる緊迫した時間。しかし、それでも時は確実に刻まれる。その瞬間は初弾発砲から数十秒後に訪れた。
「弾着まで5、4、3……弾着、今あっ!」
 弾着は<モンタナ>の弾の方が、僅かに早かった。<ファーゴ>の主砲、50口径40.6センチ砲Mk7の初速は762メートル/秒なのに対し、<モンタナ>の94式46センチ砲は780メートル/秒。その差が、ほんの少しだが<モンタナ>に先制攻撃をさせた。
「ただ今の――!」
 砲術オペレーターの台詞は「ただ今の砲撃、敵艦を挟叉!」となるはずだったが、後の方は言うことができなかった。いや、確かに言ったのだが、CIC内部の人々に声が届かなかった。
 <ファーゴ>の砲弾が<モンタナ>の至近にことごとく落下し、着水の轟音と共に、巨大な水柱をそそり立たせたのである。
 <モンタナ>の艦首が、進路上にあった水柱に突っ込み、それを突き崩すと、大瀑布となった海水が<モンタナ>の甲板に、砲塔に降り注ぐ。
 だが、6万4000トンの巨艦は、ごく僅かに揺らいだだけで平然としながら進み、水柱が完全に崩れ落ちる前に、主砲が再び吼えた。2万5000メートルの距離を隔てた敵艦に向けて発射された砲弾が、海面から突き出る水柱を切り飛ばし、衝撃波と爆風が艦上を濡らす海水を拭い払った。
 しかし、対する<ファーゴ>はそれよりも早く第2斉射を放っている。発射速度の差だ。それから10秒遅れて、ようやく<モンタナ>の第2斉射。第3、第4斉射と砲撃を繰り返す中で、その差はだんだんと開いてくる。当然、撃つ度に照準を修正しているから、水柱の上がる場所は確実に近くなっていく。
 より多くの弾を送り込んでいた<ファーゴ>が、第5斉射でついに命中弾を得た。命中箇所は後部の第3砲塔防楯、<モンタナ>で装甲が最も厚い部分だった。けたたましい金属の音と共に、40.6センチ徹甲弾は650ミリのVH鋼に負けて、跳弾となって再び放物線を描き、<モンタナ>の右舷50メートルの海面に飛び込んで少し小さい水柱を上げた。
「損害知らせ!」
「第3砲塔に命中弾1、装甲が弾きました」
 即座に返された報告に、ソラはひそやかな安堵を覚える。ふぅ、さすがは46センチ砲艦。装甲も自艦の主砲に見合った防御を持っているな。これでは60年前の先輩たちが彼女と戦って、あれだけ苦戦するのも当然というものだ。
 だが安心するのもつかの間、敵の砲撃は続いている。その敵艦から、また炎の雲が湧いた。
「敵艦、第6斉射発砲!」
(まだか? 本艦はまだ命中弾を与えられないのか?)
 ソラの内心に苛立ちが生まれる。分厚い装甲は大きな安心材料だが、こうして一方的に弾を喰らうと不安の芽が出る。このままたて続けに撃たれていたら、その芽が成長して花が咲きかねない。
 その時、射撃指揮所から、待ちに待った朗報が伝えられた。
『弾着、今……敵艦に直撃弾1発を認む! 命中です!』
 CICにどよめきと歓声が沸く。これで状況は五分になった。後は、破壊力の大きさで圧倒すれば勝てる。艦内にそんな安心の空気が広がっていくのを感じつつ、ソラもその中に混じる。不安の芽はいつの間にか引っ込んでしまっていた。
「オーケー、良いぞ。その調子だ。敵艦の様子はどうか?」
『特に変化ありません』
「1発ぐらいではやはり駄目ですな。もっと当てないと」
「副長。戦艦とはしぶとい兵器なのだな」
「はい、艦長。本艦の46センチ砲といえども、アイオワ級の装甲は堅いのでしょうか?」
「いや、ヴァイタルパート以外に命中したのかもしれん。<ファーゴ>は今、たらふく海水を飲んでいる」
 <モンタナ>副長は、カタログデータをあまり信頼しない男だったので、数値上は楽に貫通できるはずのアイオワ級の装甲を高く評価する。一方、ソラは敵艦の状況から予想できることを指摘した。
「もし無防備区画あたりに命中しても、火災は起きにくいだろう。火が出れば、敵が被害を受けているというイメージも立てやすいのだが……。敵艦の中で何が起きているのかは、ここからではわからない」
 その時、こちらからのどんな攻撃とも異なる音が、CIC要員たちの耳を打った。心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚える異音が、連続してふたつ。しかし、彼らがそれを聞けるのは、幸運に守られていたことの証明でもあった。不運だったら、その音を認識する前に艦内へと進入してきた敵弾によって肉体も精神も消失させられる。
「敵弾、左舷中央に2発命中。損傷なし!」
 舷側に張られた410ミリのVH鋼装甲鈑は、CICに程近い箇所に命中した40.6センチ徹甲弾の運動エネルギーを受けとめ、拡散して消滅させた。貫通力を失った砲弾は、装甲の表面を擦りつつ、自らの重みで海に落ち、沈んだ。
 こうして<モンタナ>は、またも敵の攻撃を跳ね除けた。ソラは頼もしい防御力を発揮する乗艦に対する信頼感をますます深める。
「とにかく、このままだ。もうこちらも挟叉したし、命中弾も得た。後は砲術長に任せよう。彼の経歴は、君も知っているはずだ」
 <モンタナ>砲術長は、ミサイルが全盛の時代にあえて砲術一筋の道、言わば匠の道をひたすら歩んできた男だった。46センチ砲を知り尽くし、その知識と経験において彼の右に出る男は、合衆国海軍には存在しない。副長もそれを認めているから、ソラに対して強く頷いた。
 なお<ファーゴ>砲術長の巳間晴香中佐も、Tactics海軍における砲術の第1人者である。性別や年齢の違いはあれど、経歴はソラの頼りにする男とそっくりだ。その互いに顔も知らぬふたりの砲術長は、まるで近親憎悪でも抱いているかのように、相手を屠るべく巨砲に火を噴かせる。
『本艦の第5斉射、弾着まで5、4、3……弾着、今!』
 CICの壁に埋め込まれた大型のカラーディスプレイに、敵艦の周囲に水柱が上がる光景が展開される。射撃指揮所の上部にあるカメラからの映像だ。
 水柱の約半数は敵艦の向こう側で発生しているから、完全に挟叉しているのがわかる。<モンタナ>の射弾は9発で、水柱は7本。いや、それだけではない。主砲発射とは異なる、まるで火花が散ったような光が2つ瞬いた。ということは……。
『ただ今の射撃、命中弾2発!』
 砲術長は、ソラたちCICの人々の、そして全ての<モンタナ>乗組員の期待にそぐわない見事な働きを見せている。弾着から数秒して、敵艦<ファーゴ>の第2煙突がゆっくりと倒れた。46センチ徹甲弾が木こりの振るった斧のように、煙突の基部を大きく抉ったのだろう。
 もう1発の命中弾は、そこから程近い後部艦橋付近。特に何か変化があったようには見受けられない。<ファーゴ>はあの辺りに「サンバーン」艦対艦ミサイル4連装ランチャーを積んでいるから、もしかしたら誘爆を招けると密かに期待していたが……。
「残念、爆発しないか」
 副長の思考も、図らずも一致していたらしい。ソラは僅かな落胆を抑えながら言った。
「もしも奴が『イージス殺し』サンバーンを持っていたら、本艦は砲戦に入る前に一方的にやられていただろうな」
「それもそうですね。まぁ本艦もトマホークを降ろしていますし」
「そう、その点だけは立場は同じだな。もしかしたら敵艦の艦長もトマホークやハープーンのランチャー辺りに命中することを望んでいるかもしれない」
 そう言った直後のことだった。これまでのものとは全く異質な被弾音が<モンタナ>の全艦を鳴り渡り、揺るがしたのは。何かがひしゃげ、壊れる不気味な音。そして爆発音も聞こえた。
「左舷中央部に被弾!」
「損害はどうだ?」
「……2番両用砲塔が消失しました。1番も旋回不能です」
 左舷の12.7センチ連装砲塔を直撃した40.6センチ徹甲弾が、その薄い装甲を紙のように引き裂いて砲を完全破壊しつつ、最上甲板を通過し、ヴァイタルパートの分厚い装甲に触れた時点で信管を作動させたのだ。炸薬が化学エネルギーを発散させ、潰れた2番両用砲を跡形もなく吹き飛ばし、ついでに最上甲板を大きくめくれ上がらせ、1番両用砲の台座まで歪ませた。
 この<ファーゴ>の第7斉射は、<モンタナ>に与えた初めての損害らしい損害となった。
「そうか……」
 予想はしていた。覚悟もしていた。が、実際にこうして傷を受けると、どうしても悔しさが前面に出てきてしまう。
(我が海軍編入以来、本艦は一度たりとも壊されたことはなかったというのに……)
 朝鮮戦争でも、ベトナム戦争でも、リビア攻撃でも、そして湾岸戦争でも<モンタナ>は無傷を保ってきた。その時の相手は46センチ砲よりも射程の短い火器しか持たない陸上部隊だったので、完全なアウトレンジで一方的に叩きのめしていた。リビアと湾岸では地対艦ミサイルの反撃を受けたが、いずれもエスコート艦が適切に対処している。
 しかし、今日、<モンタナ>はついに手傷を負った。
(私の名前は、この艦に傷を負わせた最初で最後の艦長として我が海軍史に残ってしまうのかな?)
 それを悔しく思ったのはソラだけではなかったらしい。身体の一部を壊された<モンタナ>自身も「よくもやってくれたな。お返しだ」と言わんばかりに本日6度目の雄叫びを上げた。実際にそのようなことはないのだが、心なしか過去5回の斉射よりも大きな発砲音がしたような気がした。
 両艦とも手負いとなると、2万5000メートルの距離を隔てた巨大な艨艟同士の、互いの生存を賭けた鉄と炎の応酬はいよいよ本格的な破壊耐久戦の様相を見せ始めた。
 <モンタナ>の第6斉射が達すると、敵艦はまたも水柱に覆い隠される。正確に9本。すなわち、命中弾はない。マスト最上部の射撃用レーダーは正確な弾着観測を行ってはいるが、たまにはこういうこともある。戦艦の砲戦とは、確率論が支配する世界でもあるからだ。とにかく<モンタナ>の怒りは空振りに終わった。
 それを後に繋げようと、弾薬庫からは揚弾筒を通って1.5トンの巨弾が昇って来る。揚弾筒のすぐ近くにある揚薬筒からも、砲弾を追いかけるように合計330kgの発射用装薬が砲塔内に導かれる。砲身は既に装填角度の仰角3度に固定され、砲尾の螺旋式閉鎖機が横向きに開く。砲員が砲身内に何か異物はないか、亀裂がないかと素早くチェックをし、以上がないことが確認されると砲弾が、そして装薬が装填機の力で砲身内へ押し込まれる。閉鎖機が閉じられ、厳重にロックされると砲身が水圧装置に持ち上げられ、再び敵艦へ正確な射弾を叩きつけるべく、射撃指揮所から指示されたのと同じ角度に合わせられる。
 9本の砲身全てが一連の同じ動作を行い、第7斉射の準備が完了した。砲塔内にけたたましいブザーが鳴り響く。「砲員は待避所に入れ」のとメッセージだ。単音3回、長音1回。それが終わると――。
 <モンタナ>は9本の主砲から同時に炎を噴いた。いや、同時に見えただけだ。衝撃波による砲弾の相互干渉を避け弾道を安定させるために、日本製の戦艦には発砲遅延装置が組み込まれている。各砲塔の3本の砲身は、それぞれ100分の数秒タイミングをずらして射撃していた。<モンタナ>乗員2000名の想いを載せて、合計13.5トン分の砲弾が空を翔る。
 その直後だった。<ファーゴ>の第8斉射が降り注いだのは。これは何と3発が直撃し、被弾箇所は艦首、中央、艦尾とまんべんなく割り当てられた。艦首に落下した1弾は、炸裂で錨鎖をあっさりと引き千切った。太い鎖が蛇のようにのたうち、バラバラになって海へ、甲板へ撒き散らされる。64年間も使われ続けてきた、舷側にぶら下がっていた年代物の右舷主錨が支えを失い、そのまま海に転がり落ちて帰る見込みのない海底へ旅立つ。
 中央部の被弾箇所は煙突の上部だった。装甲の張られていない煙突を突き貫けて反対側へと飛び出した砲弾は海に落ち、至近弾と同じ役割をして<モンタナ>の右舷喫水線下に衝撃波をぶつける。変な部分に穴を開けられた煙突は、正常な排煙力を失い、綺麗に流れていた煤煙が乱れる。
 そして艦尾。<大和>時代には水上機が運用され、今はヘリコプターの発着場となっている場所が貫かれ、内部から破裂するように四散する。艦が前に進む際の合成風力で爆煙が吹き流されると、そこから現れたのは平らなヘリ甲板ではなく、コーヤサンのかけらでできたクレーターを連想させる大きな空洞だった。鋼材が剥き出しになり、捻じ曲がり、瞬間的に吹き荒れた鉄と火薬の竜巻がいかに凄まじいかを物語っていた。
 しかし、いずれの被害を見ても<モンタナ>の能力に直接関わるものではない。彼女はまだ、大海原のヴァルキューレとしての地位を保っている。だが、<ファーゴ>もまた、Tactics海軍の誇りを背負っている矜持からか、屈する気配を見せなかった。30秒に1回の間隔で、<モンタナ>に向けられた9門の40.6センチ砲は轟音と火炎と砲弾を吐き出している。
 2万5000メートルの距離を隔てて、1.2トンと1.5トンの徹甲弾が飛び交う。火薬の爆発力を得て、20メートルほどの砲身を進んでライフリングにより回転力を与えられた砲弾は、一路高空へとその身を飛翔させ、弾頭が大気との摩擦で赤熱する。頂点に達すると、今度は地球の重力によって緩降下を始める。それらは綿密な計算と有能な砲術長の勘によって落下地点を設定されているから、後は確率論に従って、1斉射につき最低でも1発の命中を与え、または受ける。
 太陽は西の空をゆっくりと降下しつつあり、それに伴いこの惑星のクラナド大陸西岸を照らす光も徐々に弱まって、昼間も終わりを迎えようとしているが、2隻の巨艦の死闘は、これからが本番だった。

「大したものだな。本艦も、<ファーゴ>も」
 ソラの独り言は、本日通算12回目になる発砲音によって消し去られ、誰も耳にすることはなかったが、もし聞いた者がいたとすれば、彼ら(CICには男しかいない)は首を縦に大きく振って、ソラに同意を示しただろう。
 <モンタナ>も<ファーゴ>も、この時点で12発の被弾を数えている。図らずも両者とも同じ数だ。このことは、両艦の射撃精度が見事に拮抗している証だ。
 なのに、この2匹の巨龍は、互いに膨大な鉄量を放ち続けているのである。ソラが感嘆したのはこの、戦艦というものの打たれ強さ、タフネスぶりについてだ。
 これほど――12発の40.6センチ砲弾だから、14.4トンもの爆発物を叩きつけられているのに、<モンタナ>は戦闘力を減じていないのだ。
 非防御区画こそ、あちこちで穴が開き、ひん曲げられて激しく痛めつけられているが、決戦距離から放たれた自艦の主砲の直撃に耐え得る想定のヴァイタルパートは、敵弾の貫通を1発たりとも許していない。
「敵もしぶといな」
 そう呟いた直後だった。<モンタナ>の12回目の射撃が<ファーゴ>を捉えた。命中弾は2発。1発が艦橋の至近に達し、もう1発は第2砲塔の前楯を痛打した。
 それはまさに会心の一撃だった。
 艦橋への1弾は主砲射撃指揮所を――<モンタナ>へ具体的な殺意を送っている巳間晴香砲術長の詰めている、現状では最も重要な個所に張られた431ミリの装甲をかすり、削った。
 第2砲塔に達した1弾は、46センチ砲の持つ凄まじい破壊力を実証して見せた。司令塔や射撃指揮所と同じ厚みの、431ミリの装甲の防御力は、この1.5トンの徹甲弾の前には全く無力だった。
 甲高くもあり、また鈍くも感じられる金属音と共に貫通され、引き裂かれる。そうして強引に砲塔内へと踊り込んだ弾は、砲駐退機を粉砕した直後、信管を作動させた。それにより、砲身の内部へ納められ、発射の瞬間を待っていた40.6センチ砲弾3発のうち2発――中央砲と右砲のそれを誘爆させた。
 この不正規の爆発により、2本の砲身が根元から折れ、弾け飛んだ。120トンの砲身が、チアガールのバトンのように回転しながら、<モンタナ>の至近弾で沸き立つ海に転げ落ちる。
 運良くその難を逃れた左の砲身も、敵に向けて弾を放つ機会を永遠に奪われた。砲塔内に撒き散らされた破壊は、射撃に必要な機材と、そして人員を全てなぎ払っていたのだから。
 しかし、これだけ目立つ被害を蒙った第2砲塔よりも、外見上は何ともないように見える射撃指揮所の被害のほうが、<ファーゴ>全体としては致命的だった。
 なぜなら、被弾の衝撃で、複数の射撃諸元を2つの数字――方位と仰角に集約する方位盤に微妙な歪みが生じ、さらに、それを司るべき巳間晴香中佐がやはり被弾の衝撃において気絶し、任務を遂行できなくなってしまったからである。

 <ファーゴ>の射撃は、第17斉射から狙いが稚拙なものになった。<モンタナ>の周囲に空しく水柱をそそり立たせ、1、2発が至近弾となって<モンタナ>乗員の肝を冷やさせるが、それ以上の効果を出すことはできなかった。
 射撃精度と同時に、<モンタナ>に降ってくる砲弾も3分の2に減っている。ようやくクリーン・ヒットを叩き込んだようだな。46センチ砲の威力は伊達ではない、ということか。いやいや、全く素晴らしいものだ。
 ソラはこの感情を、その素晴らしい情景を実現させた人物に余すところなく伝達する。
「砲術、こちら艦長だ。ただ今の射撃、実に見事だった」
『はっ、ありがとうございます』
「もしも生きて還れたら、全員にビールをたらふく奢ってやる」
 しかし、砲術長は笑いを潜ませた、悪戯の好きな子供がその成果を自慢するような声でソラにジョークで返答した。
『私はビールよりも、バーボンの方が好みに合いますな』
「調子に乗るな」
 怒ったように言い放つソラ。しかし、本気で怒っている訳ではない。ふりをしているだけだ。声の奥にも笑いが混じっている。したがって、彼は砲術長の要求を了承した。
「だが、いいだろう。私の財布が許す限り最高のものを約束しよう。皆と分けて飲むんだぞ」
『了解。これでますます死ねなくなりましたな……第14斉射、ファイアッ!』
 喜びながらも闘志を剥き出しにする砲術長の号令から数秒後、主砲発射の轟音がCICにまで響き渡る。音の勢いは、これまでと全く変わっていない。ライバルとは違い、<モンタナ>は9門の主砲全てを駆使して<ファーゴ>を屑鉄に変えるべく奮闘中である。
 現状を好意的に解釈した副長は、多少興奮したように声を荒げて、ソラもわかりきっていることを報告する。いや、これは彼の未来に対する願望だったのかも知れない。
「艦長、いけます! これなら勝てますぞ!」
 副長の願望は、<モンタナ>の乗組員全員のものと完全に一致していた。もちろん、ソラも例外ではない。
「うむ」
 そう言ってうなずいた時、ソラの視界がぐにゃり、と歪んだ。
 どうやら被弾した、という訳ではないようだ。不可思議な感覚に包まれながらも、彼はやたらに冷静な思考でそう結論を下した。
 やがて視界は暗転し、全てが闇に包まれた後、ソラの意識は眠りにつくような感じで失われていった。

(どこだ、ここは?)
 ソラが目を覚ましたその場所は暗かった。が、彼がいたはずのCICの暗さとは、根本的に違う。
(CICではない……窓? 外は、海か?)
 彼が窓と判断した先に、何かが光っていた。それは、家族サービスでよくキャンプに行った時に使う石油ランプのように見えた。
 眼球を動かして周囲を見渡すと、窓枠の上に時計があった。発光塗料が文字盤に塗られ、数字を浮かび上がらせている。針は午前1時24分――0124時を指していた。
 その時、窓からカメラのフラッシュを何百倍にもしたような光が濁流のように押し寄せ、ソラの視界は白と赤に満たされる。目が眩んだ。が、なぜか瞼を閉じて眼球の保護を図ろうとはしなかった。
「第12斉射、弾着まで20秒」
「敵艦発砲!」
 周囲が騒がしい。意識が徐々に覚醒していく中で、かろうじて聞き取れたその言葉は、先ほどまでCICで頻繁に聞かされていた報告と全く同じ種類のものだった。
 自分の周りで一体何が起きているのか。首を回してそれを確かめようとする。しかし、首が動かない。ただ正面をじっと見据え、遥か遠方に瞬く光を凝視しているだけだ。まるで己の肉体が石像と化しているのではないかと思われた。
「敵1番艦、炎上中」
「第12斉射、だんちゃーく! ……命中弾1発以上と認む!」
「長官! これならばいけますぞ!」
 いつの間にかソラの傍らにいた男が興奮を隠し切れず、「長官」に弾んだ声で言った。暗くてよくわからないが、相手の服装は判別できる。どうやら白い海軍軍装で身を包んでいるらしい。
「うむ……。松田君、大したものだな。君の艦は」
(何だ? これは私が言ったのか? 私はマツダなどという奴は知らんぞ)
 ソラはそう言おうとした。が、声が出せない。体も動かせない。自分の意思が肉体に反映されない。
「小沢長官、<長門>と<陸奥>も敵新型戦艦に対し、互角以上に戦っています」
(私に言っているのか? それにオザワとは……まさか、アドミラル・オザワのことか!?)
 彼はマツダ――大日本帝国海軍の松田千秋大佐のことを知らなくとも、アドミラル・オザワ――小沢冶三郎中将のことは知識として理解していた。世界で初めて空母を集団で運用するという「空母機動部隊」の編成を実現させた海軍航空の先駆者。上下問わず多くの者から慕われ、信頼された人格者。それゆえ、敗戦の際には日本海軍解体の責任者となり、その空しい作業を、大きな混乱もなく成し遂げた。
 小沢を有能な軍人として評価する者は少なくなく、「太平洋戦争アメリカ海軍作戦史」(米海軍の準公刊戦史)の著者として知られるサミュエル・モリソン博士は小沢を名将と言い切っている。そしてソラ自身も、モリソンのこの説に賛同を覚えていた。
(私がオザワ? 一体どういうことなんだ? ここはどこなのだ? 私はどうしてしまったのだ?)
「敵さんもしぶとい。さすがは新型戦艦ですな」
「たしか<アイオワ>とか言ったか。41センチ艦なのに、本艦の射撃にあれだけ耐えるとは」
(な……! 何ということだ。私は<アイオワ>がやられているのを見せつけられているのか!?)
 ソラは純粋な米海軍軍人だった。自分の海軍の軍艦が一方的に痛めつけられている光景など、当然のことながら看過できるはずもない。
 ここで、彼はようやくひとつの事実に突き当たった。
(そうか。ここは太平洋戦争の世界だ。私の意識は今、オザワの中にあるのか……)
 理解はできても、納得はできなかった。そしてこの現状――1万5000メートル先で激しく炎上している戦艦<アイオワ>が苦悶に身を焦がしていることも。
(くそっ! 頑張れ、<アイオワ>! 撃ち返せ!)
 心の中で<アイオワ>にエールを送る。しかし、彼の応援する<アイオワ>は、彼の乗る艦に向けて砲火を開いているのだ。心の叫びが<アイオワ>に届いた時が、小沢に憑依した自分が戦死する時だということに、彼は気づかない。
 ソラは身を悶えさせ、顔を露骨に歪めるほどの悔しさに襲われている。しかし、彼が間借りしている小沢冶三郎中将の肉体は、ただじっと闇の向こうで燃えて、自らの輪郭をおぼろげながらに披露している<モンタナ>を、穴が開くくらい凝視しているだけだった。
 今の彼はあくまでも「敵将」小沢冶三郎中将なのだ。
 これまで、2005年のファーバンティ沖で、ソラが当事者として関わっていた出来事と全く良く似た展開で、<大和>と<アイオワ>の夜戦は展開されていった。
 <アイオワ>のレーダー射撃は、確かに優れていた。射撃の精度は昼間とそんなに変わらない。ソラの乗る<大和>はもう何発も敵弾を喰らっていたし、その結果として、被弾の相次いだ第2砲塔はバーベッドを歪まされて旋回不能となっていた。
 <大和>は<アイオワ>のように、実用段階に至った射撃レーダーを持ってはいない。しかし<大和>には、超人的な夜間視力を持つ見張り員と、高性能の光学観測機器があった。前者は闇の彼方、1万5000メートル先にいる艦をはっきりと見通していたし、後者は46センチ砲の絶大な威力によって引き起こされた火災炎を捉え、それを目印に<アイオワ>のレーダー射撃に劣らない正確な射撃を続けていた。
 命中率が互角で、火力と装甲は一方が大幅に勝る。その結果は、ソラも熟知している。彼は先ほどまで、<モンタナ>のCICでそれを実証していたのだから。
 <アイオワ>の優れたダメージコントロール能力も、46センチ砲弾の大威力には勝てなかった。九一式徹甲弾は水中弾効果――弾着の際、魚雷のように水中を進む――を発揮して、<アイオワ>の横腹に防水隔壁など無意味にするほどの大穴を穿ち、また装甲はヴァイタルパートだろうとどこだろうとあっさりと貫いていた。
 やがて、全ての主砲塔に最期の時が訪れると、<アイオワ>は戦闘艦としての、いや船としての能力そのものを――航行能力すらも、機関部の破壊により失っていた。
 <アイオワ>の生命は、もう尽きたも同然だった。

 闇の先には、双眼鏡など使わなくとも、米海軍の艦が自らを焼く炎と、海底へと引きずり込もうと体内を蝕む海水との二重苦に悶え苦しむ様が良く観察できた。
(<アイオワ>……)
 ソラは落涙を禁じえないほどの悔しさと悲しみに包まれていた。しかし、彼には涙を流すことすら許されない。彼は肉体を――小沢冶三郎の身体を自分の意思では動かせないからだった。
 そんな彼に、<大和>艦長の松田大佐が声をかけてきた。
「敵からの砲撃が止みました」
「艦長、打ち方止めを命じてくれまいか?」
「長官? 沈めないのですか?」
(? オザワは一体何を?)
 松田艦長とソラは、くしくも同じことを思ったようだ。特にソラは、散々打ちのめされているのが自軍の艦だというのに、海軍軍人としての冷徹な思考では、他に脅威となる敵がいなかった場合には、目の前の目標を徹底して叩き潰すべきだと判断していた。最後まで手を緩めるべきではない。アメリカ海軍は創設以来、そうして輝かしい勝利を掴んできたのだ。
 しかし、小沢提督は全く正反対のことを命じた。
「もう勝敗はついた。これ以上は……忍びない。それに、あれだけ命中させたのだ。もう何もしなくとも、じきに沈む」
「長官……わかりました。艦長より砲術へ、打ち方止め!」
 すると松田も小沢の真意を即座に理解し、射撃の中止を下命する。それからは、使用可能な6門の砲から、空間を焦がすほどの眩い閃光は生まれなくなった。
 やがて、彼方に揺らめく炎は、その勢いをだんだんと減じて行った。ライバルとは違い、全力航行ができる<大和>は戦闘海域から離れ、<アイオワ>の火災がほぼ消えると、彼女の姿そのものが完全に闇に溶け込み、海もこれまでの激しい戦いがまるで幻だったかのように静まり返った。
 いつしか、ソラの視界には、ただの闇から、見慣れた風景――くっきりと浮かび上がるディスプレイやアクリルボードの光が入り込んでいた。

「艦長」
「……? ん、あ、ここは……私は今、一体何を……」
「艦長?」
「いや、何でもない」
 副長の一言で現世へと舞い戻ったソラは、頭を左右に振って自らの意識を保とうとした。
 私は夢を――白昼夢でも見ていたのだろうか。しかも、<アイオワ>が撃破される夢を、よりにもよって敵の立場から。いや、正確に言うと夢ではない。あれは……。
(そうか、あれは<モンタナ>の記憶だったのか……)
 62年前の記憶。この老嬢の、半世紀以上に渡る長い戦歴の始まりとなった戦い――第3次セレベス海海戦だ。この海戦で我がアメリカ海軍は最新鋭の<アイオワ>を含む3隻の戦艦を喪失し、この後1年はフィリピン奪回を諦めねばならなかった。我々にとっては開戦劈頭のサンディエゴ空襲に並び、屈辱に分類される歴史だ。
(<モンタナ>、いや<大和>よ。お前はなぜ私にあのような幻を見せたのだ?)
 しかし<モンタナ>は答えない。この意思を持たぬ鉄の彼女は、代わりに、ソラに弾撃つ響きを聞かせる。
『第15斉射、弾着まで30秒』
 艦橋のトップに陣取る砲術長からのアナウンスが、先ほどまで幻の世界にいたソラに現実の時間を教えた。
(なんだ、時間はそれほど経っていないのか)
 <モンタナ>の記憶を覗いていたのは、現実の時間ではほんの少しの間だったらしい。あの時の時間は、明らかに十数分はあったのに、不思議なものだ……。
 そんなことを考える間にも、戦闘は確実に進む。いや、もう戦闘とは呼べないほどの一方的な展開へとなっていった。
 <モンタナ>の第15斉射は一度破壊した後檣楼に再び命中し、屑鉄をさらに生産した。16斉射は健在な1番砲塔の天蓋を襲い、そこをあっさりと通過した。揚弾装置を破壊しながらバーベットの内部を船底に向かって突き進み、弾薬庫で動きを止めた砲弾だったが、<ファーゴ>にとって不幸中の幸い、信管が不発だったため、弾薬庫誘爆という最悪の事態は免れた。もっとも、1番砲塔が完全に機能を失ったのは変わらないが……。
 ただでさえ照準がでたらめになっているのに、火力は3分の1になった<ファーゴ>。勝敗は事実上、この時点で決したと言える。しかしそれでも<ファーゴ>はTactics海軍の誇りであり、寸分も衰えぬ敢闘精神をISAFに見せつけていた。残りの第3砲塔は射撃管制を砲塔個別照準に切り替え、なおも30秒に1回の射撃を続け、2発の砲弾を<モンタナ>に命中させるという難事を成し遂げたのだ。
 だが、その決死の2撃は、<モンタナ>の分厚い装甲に阻まれて、全く無意味な結果に終わった。その些細な行為に対する報復はやり過ぎと思えるほどに苛烈なものになる。
 容赦という2文字とは縁遠い<モンタナ>の第17斉射はメインマストの基部を1番煙突ごと粉砕し、マストは左舷に倒された。もちろんそこにあったレーダーの類も使えなくなる。18斉射は舷側の水線下を抉り、機関室内部を暴れ回って、艦に電力を供給していた発電機の数機を粉々にした。
 そして第19斉射は、戦艦としての<ファーゴ>に、引導を渡すとどめの1撃となった。最後まで抵抗を続けていた第3砲塔に、一度に2発の砲弾が直撃した。魔の弾道を描いて431ミリの装甲鈑に到達した巨弾たちは、その膨大なエネルギーを持って防楯をひん曲げ、そこから垂直に伸びていた砲身も砲架から歪めた。爆煙が風に吹き流された後には、第3砲塔はまるで救いを求めているかのごとく、左右に広げられた3本指の手のような鉄の塊に変化していた。
 もう<ファーゴ>には、強大な敵に抵抗するだけの力は残されていない。2隻の巨大な艨艟の一騎討ち。その顛末は、一方が完全に破壊され、もう一方はまだまだ余力を残している、というものだった。
 こうして<モンタナ>は、「ビッグY」は<ファーゴ>に勝利した。彼女は、1943年の初実戦以来続いてきた自らの戦いの歴史に新たな、そして最後に栄光ある1ページを加えることになったのである。

「歴史は繰り返す、か」
 60数年前とは違い、今は望遠テレビカメラや偵察衛星などで、敵がどこにどんな程度の損害を受けたのかがはっきりとわかる時代になっている。<ファーゴ>が全ての主砲塔を叩き潰された様子は、CICのソラにも逐一届いていた。彼はそんな無残な敵の様子を認識して、思わずそう呟いていた。
 62年前、<モンタナ>――<大和>は<アイオワ>を葬った。そして今度はその妹が、<ケンタッキー>――<ファーゴ>が、姉の仇によって、やはり艦としての命運を絶たれたのだ。
「射撃中止。砲術、射撃中止だ」
 続いて発した一言は、命令としてCICの隅々まで届く。
『艦長、もうよろしいのですか?』
 射撃指揮所からの返答は、僅かながら疑問が含まれていた。敵は火力を喪失したのだから、文字通り屑鉄に変えるのはこれからが本番となる。それにこれは、どうせ<モンタナ>にとっては最後の砲戦だ。ならば思う存分――軍を退役し、老人になり、臨終の間際でも興奮覚めやらないほどの射撃をしたいんだけど……。
 無論ソラも、砲術長の声に不満が滲み出しているのを感じ取っていた。すると、自分が出した撃ち方止めの命令が、本来ならば出すことがなかったと思いなおして苦笑した。ソラは先ほどまでの白昼夢に登場し「これ以上は忍びない」と、敵に慈愛を注いだアドミラル・オザワの真似事をしてみたくなったのだ。
 その真の理由を心内にとどめたまま、ソラは砲術長の説得を試みる。
「敵艦の砲塔が全て死んでいるのは、そちらからも見えるだろう?」
『イエス・サー』
「ならば、これ以上の戦いはもう無意味だ。弾の無駄になるだけだしな。納税者に申し訳ないよ」
 さらに撃ったとしても、ああいう風に浅瀬に乗り上げられていたら「撃沈」は絶対にあり得ない。完全なスクラップとすることは可能かもしれないが、それを実現するには、大威力の46センチ砲でもどれだけの鉄量が必要となるか……。
「それに、もうこれ以上死者を出すのは無意味だ。お互いにな」
『わかりました、艦長。砲撃を中止します』
 すると砲術長は、あっさりと引き下がった。ソラの理論に納得したのか、それとも艦長の言葉が命令であり、自分はそれに従う義務があると思ったのかは不明だが、これで<モンタナ>の主砲が吼えることはなくなった。おそらく、もう2度と……。
 そのことを少し惜しいと思い、先ほどの言葉と全く矛盾していることに気がついて苦笑した。それを止めると、<ファーゴ>沈黙からの自分の行為を振り返り、考えふけった。
(自分がこんな命令を出すとは。あの夢を見ていなかったら、まず思いつかなかったかもしれないな)
 その時、彼の思考はひとつの可能性に突き当たって、脳裏で何かが閃いた。はっとなって、表情は一瞬だけその感情を反映し、眼と口を大きく開いて呆然とする。
(まさか、お前は……)
 疑問が急速に湧き上がる。それを解消すべく、ソラは口を真一文字に閉じ、本音を隠したまま、副長に質問形式で確認すべく、再び開口する。
「副長、<アイオワ>の最期を知っているかね?」
「は……確か、沈黙して<大和>が砲撃を停止した後、火災はだいたい消し止められたはずですが」
「そう。火の消えた後、ゆっくりと沈んでいった。と記録にはあるが、実に似ていないかね? 彼女も」
 <ファーゴ>は、今見る限り、激しく燃えているようには見えない。(水上砲台として確立するのに)不要な可燃物を徹底的に排除した上、船体のほとんどを水に浸らせているのだ。遠くからでも、煙突や後檣が原形をとどめていないのがわかる。艦橋のみが唯一元の形を保ち、さんざん痛めつけられた船体の上に立っている。全体的な外見は実にアンバランスな印象を与えていた。
「……確かにそうですね。<アイオワ>の最期は静かなものだった、と公刊戦史にはありますが、今の<ファーゴ>のような感じだったのでしょうか」
 副長が何気に言ったこの言葉で、ソラの疑問はついに確信へと変化した。
(<モンタナ>よ。お前は……)
 心の中で、愛すべき戦艦に語りかける。
 彼女は――<モンタナ>は、<ファーゴ>に姉と同じように逝って欲しいと願っていたのだ。第3次セレベス海海戦では、日本海軍の<大和>は<アイオワ>の主砲が火を噴かなくなると、自らも砲門から破壊と死の要因を放つのを止めるという情けを見せた。これは日本艦隊の指揮官――情に厚い、あの尊敬すべき小沢冶三郎提督が、敵にも日本的武士道をもってその情けを適応したからだった。
 不幸中の幸い、もはや戦艦として一切の機能を奪われた<アイオワ>から、戦闘が激しかったにも関わらず、比較的多くの乗員が脱出できた理由がそれである。
 そして、今2万メートル先にいる<ファーゴ>も、健闘するも全ての戦闘力を失った敗者であり、生き残った乗員が明日へ自分の生命を繋ぎ止めるべく必死になっていることだろう。
(お前は、何と優しい艦なのだ。<モンタナ>よ)
 すなわち<モンタナ>は、<大和>と呼ばれていた時と、同じ行動を取りたかったのだ。少しでも多くの敵を、いや人命を助けたかったのだ。だから、彼女はその時の情景を私に見せた。戦い力尽きた敵に、私が砲撃を停止し、敵の勇敢な乗組員たちに温情を与えることを期待して。
 これが、先ほど体験した不思議な現象から、ソラが自分なりに得た結論である。
(これで良いだろう? <モンタナ>。<ファーゴ>は今、かつてお前が仕留めた姉と同じ逝き方をしようとしているぞ。乗員の退艦も順調に進んでいる。これなら、62年前のように、死ぬ人間も減ることだろう。これで満足か?)
 だが、やはり<モンタナ>は、ソラの問いかけに答えることはしなかった。しかし、今ならば彼女の優しい心がわかる。その彼女の温かい想いが、自分の心の中に流れてくるのを、ソラはいつまでも感じていた。
 やがて彼は、モニターの中に映る<ファーゴ>に対し、踵を合わせて直立不動になり、右手をすっと上げて、最敬礼をした。それが、後日「ファーバンティ沖海戦」と称される戦闘の、実質的な終了のサインだった。
 いつしか、CICの全員がソラの行動に習い、心からの敬意を<ファーゴ>に送り続けた……。

 この日、1隻の艦がその生涯を終えたのとほぼ同じ時間に、クラナド大陸戦争もISAFの勝利で幕を閉じた。その後間もなくから、アメリカで生まれながらも、Tactics連邦に売られ、その第2の祖国に殉じた<ファーゴ>の残骸の処遇をめぐって国民の間で議論が巻き起こっている。すなわち、解体するのかそれとも残すのか。<ファーゴ>に建築資源としての価値を見出す人々は前者を支持し、戦争に敗れた史実を実際の形として残す記念碑と見なす人々は後者の実現を訴えた。
 解体して国土復興の礎となるべく、溶鉱炉の火と消えるのか、それともかつてこの海で、海軍の名誉を保つため奮戦し、死した存在があったことを後世に伝えるのか、結論は戦後1年を経過しても出ていない。
 ただ、確実に言えることは、このアイオワ級の末妹は、戦争の悲惨さを訴えるかのように、首都の海に巨大な船体を残している。そして人々の感銘を集め、朽ち果ててもなおTactics海軍の誇りを担っているということである。
 一方、その<ファーゴ>を打ち倒したBB−67<モンタナ>が、再び<大和>の名で呼ばれるようになったのは、ファーバンティ沖海戦での傷が癒え、武装を解除されて母国に還った2006年の4月。春の日差しも暖かい、とある日のことだった。
 その後、約1年と半年を経て、<大和>は横須賀で記念艦となり、永久保存されている。こちらは最後のライバルとは異なり、純粋に技術遺産と観光資源としての価値を見出され、人々から存在意義を認められている。それを証明する現象として、彼女を訪れる観光客は世界中から後を絶たない。
 そして今日も<大和>は、人々の明るい笑い声の中、その巨体をゆったりと母国の海に浮かべ、幸せな余生を送っている。
 今に残っている形こそ違えど、ふたつの鋼鉄の記憶は、こうして語り継がれていくのだった。


   
――完――



アメリカ合衆国海軍戦艦BB−67<モンタナ>(旧大日本帝国海軍戦艦<大和>)
基準排水量6万4000トン
全長263メートル
全幅38.9メートル
喫水10.4メートル
主機蒸気タービン 4軸
出力15万2000馬力
速力27.5ノット
兵装94式45口径46センチ砲3連装3基9門
54口径12.7センチ両用砲Mk16連装6基12門
BGM−109Cトマホーク巡航ミサイル4連装4基16発
RGM−84ハープーン艦対艦ミサイル4連装4基16発
RIM−7Hシースパロー艦対空ミサイル8連装6基42発(予備84発)
20ミリCIWSバルカン・ファランクスMk154基
装甲舷側410ミリ
甲板230ミリ
司令塔500ミリ
砲塔防楯650ミリ


Tactics海軍戦艦<ファーゴ>(旧アメリカ合衆国海軍戦艦BB−66<ケンタッキー>)
基準排水量4万5500トン
全長270.5メートル
全幅32.95メートル
喫水11.6メートル
主機蒸気タービン 4軸
出力21万2000馬力
速力33ノット
兵装50口径40.6センチ砲Mk73連装3基9門
OTOメララ54口径12.7センチ速射砲単装8基8門
SS−N−22サンバーン艦対艦ミサイル4連装6基24発
GWS25シーウルフ艦対空ミサイル6連装6基36発(予備60発)
30ミリCIWSゴールキーパー4基
装甲舷側307ミリ
甲板152ミリ
司令塔431ミリ
砲塔防楯431ミリ


 
あとがき

 以前、KCO本編Mission13が公開された直後……確か10月下旬ごろ、こちらの掲示板において、<ファーゴ>を仕留めたものの正体は何なのか? というお話が展開されていたことがありましたが、これがその答えとなります、はい(笑)。
 とは言っても、この「鋼鉄(くろがね)の記憶」の執筆は昨年の8月ごろから開始していました。掲示板ではアイオワ級説、超大型護衛艦<やまと>説などがありましたが、少なくとも私の中では結論は出ていた訳です。<大和>=<モンタナ>以外の展開を期待されていた方には申し訳なく思います。
 さて、このような話を思いついたのは、ひとえに私が横山信義氏の「ビッグY」が好きだからです。<大和>が戦後まで生き残る仮想戦記は数あれど、私はその中でも最高の話だと思っています。で、それを元ネタにして何か書きたいと考えた末、本作の構想を始めました。
 さらにKCO的に見た場合では、この世界の日本はアメリカに対して史実と同様に無条件降伏していますので、<大和>を生き残らせようとした場合に最も現実味のある形がこの「ビッグY」形式だったのです。それでISAFに参加した米海軍の<モンタナ>と、<ファーゴ>の砲撃戦を書きたい! と執筆当初はそう考えていまして、結果として砲撃戦の描写に関しては、思う存分楽しんで書けたとそれなりに満足しています。
 一方、それ以外の点、例えば人物描写はどうかと言えば、なかなかに難しかったです。そもそも、今回の主人公である<モンタナ>艦長からして、元ネタでは人間ではなく、鳥です(爆)。で、元ネタの「AIR」からかろうじて利用できたネタは「記憶が流れ込んでくる」という1点のみでしたが。
 なお、本文中の日本敗北から<大和>の米海軍編入までの経緯と歴史の動きについては、私だけのアイデアで形になった訳ではありません。このことに関しては、今ここで公表してよいのかどうか判断できなかったので、詳しいことは保留させていただきます。いずれ時期が来たらということで、お茶を濁しておきます(笑)。
 では、今回もお読みくださりまして、ありがとうございました。


管理人のコメント


 本編に残された謎の一つに遂に決着がついたわけですが、皆さんは「やっぱり!」と思われた方と、「意外だ!」と思われた方と、どっちでしたか?
 私は以前にU−2Kさん本人から例の「正体」に付いては聞いて知っていたのですが、内容については「まさかこう来るか」と意表を付かれると共に、その素晴らしさに唸りました。

>かつての名は<大和>。世界最強最大の戦艦として、大日本帝国海軍によって生み出された彼女は今、その生涯において最後になるだろう戦いに向け、自身を疾走させているのだった。

 おお、あれが「大和」だ、漢の艦だ…まさに、軍艦マニアの心を揺さぶるシーンです。ここで盛り上げておいて…

>戦艦<モンタナ>艦長、クロウ・ソラ米海軍大佐

 この名前。カラスかよ!と思わず突っ込んだ人も多い事でしょう(笑)。

>「だからといって、悲観し過ぎることもない。本艦は敗けんよ。この栄光の“ビッグY”はな」

 私もU−2Kさん同様横山信義氏のファンであり、「ビッグY」を愛読しているので、この名前にはひとかたならぬ思いがあります。

><大和>は確かに世界最大の戦艦だったが、こうして世界最強であることも証明して見せたのだ。

 史実ではろくな活躍の場所を得られなかった「大和」ですが、こうしてKCO世界では獅子奮迅の活躍を見せたようで、誰もが文句なく「大和最強」を受け入れる良い世界なのでしょう(笑)。

>(私に言っているのか? それにオザワとは……まさか、アドミラル・オザワのことか!?)
>(そうか、あれは<モンタナ>の記憶だったのか……)


 原作「AIR」での古の記憶を受け継ぐシーンが、まさかこう言う風に活かされるとは思いませんでした。

>(お前は、何と優しい艦なのだ。<モンタナ>よ)

 今回はなんと言ってもここが最高の名シーンと言えるでしょう。

 本編で素晴らしい空戦シーンを描きあげ、今また海戦シーンでもその実力を見せてくれたU−2Kさん。私も負けてられないなぁ、と思います。
 次回作も本当に楽しみにしています。


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