捕虜となった浩之たちはつかの間の休息を得るが、意外な() 人物とも再会する。

一方、皇都では相対する勢力の策謀が蠢き始め、事態は遠く北領にいる浩之をも巻き込んでいく。

 

 

〖葉ノ国の守護者〗

 

第4話 

 

 

北領の首都北府にある、かつて北領鎮台司令部が置かれていた雄大な造りの四階建庁舎、その二階の一室に藤田浩之が閉じ込められてから6日が過ぎようとしていた。降伏してからは、もう2週間近くにもなる。

浩之は狭いながらも一通りそろったこの部屋の寝台に寝転がっていた。といっても寝てるわけではない。目は覚めている。どう言う訳か〈帝國〉軍は彼を労役の指揮にかりだすつもりが全く無いらしい。

北府に着いてからは特にこれといった用件も無く、監視付の散歩も許されず、かといって暇つぶしに読む本が有るわけでも無い為、時間全てをこれまでの睡眠不足の解消に当てるしかなかった

しかし、それが6日目となるとさすがに飽きてしまい、逆に寝過ぎて疲れが溜まるといったなんとも贅沢な状況に陥ってしまっている。

ついには寝台に寝転がってあれこれ取り留めの無い考えを巡らすしかなくなった。

(ったく、暇だ。寝るにも飽きたし、何か気が紛れる事なんかねえかなぁ・・・・・・そういや、あかりや葵ちゃん、どうしているかな? 労役に借り出されてるのなら、オレも指揮を取らないといけないんだが、〈帝國〉軍の奴らなんで何も言ってこないんだ?)

ふと、浩之は〈帝國〉軍のことを考えた時、降伏後、小苗橋渡河点で出会った〈帝國〉軍の将官の事を思い出した。

(確か、坂下って言ったっけな。)

浩之たちが綾香ら〈帝國〉軍別働隊と一緒に小苗渡河点に戻って大隊主力残存と合流し、再会を喜んでいた時に彼女は現われた。

そして、浩之たちの戦い方を邪道だと貶し、武人ならもっと正々堂々と戦えと批判した。加えて、潔く最後まで戦わず、何故降伏したのかとも詰った。

浩之もこの暴言には腹を立て、あのような状況下で課せられた任務を果たすには他に手段が無かった事、アレ以上戦っても部下を無為に死なせるだけで何の意義も無かったから降伏したのだと反論し、喧々諤々と言い合い始めた。

最後には一緒にいたボブヘアで眼鏡を掛けた女性士官とあかりのとりなしで双方矛を収めたが、去り際に「わたしは絶対にあのような戦い方を認めないわ」と捨て台詞を残していったのである。

「チッ、嫌な事を思い出してしまった・・・・・・寝直そ」

浩之はブツクサと呟きながら頭から布団をかぶって寝る事にした。

 

コンコンコン・・・・・・

扉を叩く音がする。浩之は布団をかぶっているので聞こえてないようだ。

ゴンゴンゴン・・・・・・

中なら返事が無いのでより強く扉を叩く。ようやく布団から顔を出す。気がついたらしい。

「んあ? 何だ?」

ノックの音(?)に気づいてシャツの裾をズボンに押し込みながら扉に駆け寄る。

ドン!ドン!ドン!・・・・・・

相手はとうとう痺れを切らしたのか扉を蹴りだした。

「ったくもう、誰だ?」

浩之が扉を開けた途端、鳩尾に衝撃が走る。

「何かよ・・グフッ!

なかなか開かない扉に腹を立てていた相手の蹴りが扉を開けた浩之に命中したらしい。

「あ゛・・・フ、フンッ! 捕虜のクセになかなか出てこないアンタが悪いのよ。自業自得だわ」

扉を蹴っていた茶色の髪をツインテールにした小柄な女の子は、一瞬、表情を強張らせるがすぐにソッポを向いて両手を腰に当てて、出てきた浩之が全部悪いかのように言い放った。

「オイ」

蹴りを受けた所を手で押さえた浩之は女の子に向かってドスの効いた声を出す。

「ナ、ナニよ」

その子は一瞬ビクつきながらも気丈にも言い返す。浩之はさらに踏み込んで顔を近づけると女の子の両肩を掴むとガクガクと揺さぶった。

「オマエな〜、ヒトに蹴り入れといてその言い草は何だ? 普通は謝るモンだろうが!」

「コ、コノ離しなさいよ!」

ガクガクと揺さぶれながらも女の子は言い返す。

「そもそも、何のy・ゴフッ!

浩之がなおも言い募ろうとした途端、再び腹部に衝撃が走った。思わず手を離してしまう。

浩之の腹に膝蹴りを叩き込んで拘束から逃れた女の子は飛び退ると浩之に指を突き付けた。

 

「アタシに手を出そうなんていい度胸じゃない。猛獣フェチの変態のクセに」

「誰が変態だ、誰が! ったく、オマエは《大協約》を知らんのか! 捕虜に対するこの扱いは一体なんだ!」

《大協約》には捕虜に対する取り決めも含まれている。捕虜になった将校はその階級に見合った礼儀をもって処遇する決まりである。

当然、捕虜に対する暴力や虐待は禁止されている。

「アンタに決まっているじゃない。あんな危なそうな猛獣を平気で可愛がってて否定するなんて益々怪しいわね〜」

女の子はどっから仕入れたのか根拠の怪しい理由挙げて断言する。意図的に後半部分はムシするつもりのようだ。

「オマエな〜。」(このクソガキ! いっその事殴り飛ばしてやろうか・・・・・・)

浩之はかなりムカついたがこのままだと話がさらに拗れそうなので止めておく事にした。

そして、大きく息を吐いて気を落ち着けると改めて訊ねる。

「・・・・・・それで、用件は一体何だ?」

「い゛」

女の子は相手が自分を真っ直ぐに見つめて落ち着いた声で訊ねてきた事で我に返った。両手で口を覆って硬直する。

「いけない忘れてた・・・・・・。エ〜、コホン、アタシは鎮定軍司令部付士官候補生の観月マナ。アンタは戦時俘虜藤田浩之大尉よね」

「ああ、そうだ。で? 用件は?」

「鎮定軍参謀長からの伝言を伝えに来たの」

「『もし、お暇でしたら参謀長執務室までが足労願いませんでしょうか』だって、アタシはアンタが応じた場合執務室まで案内するように言われているの。で、行くの? 行かないの?」

「そうだなぁ・・・・・・」

「早く決めて!」

浩之は参謀長が一介の大尉風情に何の用だと疑問に思ったが、退屈な現状から脱却出来るならそれでも良いかと思い直した。

「そう云う事なら喜んで応じよう」

「そう、なら、ついてきて・・・・・ホラ! 早く!」

マナはあっさりと答えると踵を返して歩き出す。

(せっかちな子だなぁ・・・・・・)

その様子を見て苦笑を噛み殺すと後に続いた。

 

参謀長執務室は4階の中ほどにあった。途中から護衛か護送のつもりかマナ以外に軍曹が1名と兵2名が浩之を囲むように歩いた。

そして、浩之とマナは執務室の扉の前に立った。扉に記された葉ノ国の文字からも同様の用途に使われていた事が判る。

コンコン・・・

マナは扉をノックした。先程とは違い丁寧に叩く。

「どうぞ」

中から物静かな女性の声が聞こえて来た。

入室した浩之は部屋の主に対して室内の礼をおこない、挨拶する。

「藤田浩之大尉であります。お招きにより参上いたしました」

立ち上がって浩之を出迎えた部屋の主は冬の日の澄んだ空のような雰囲気を漂わせた黒髪の女性だった。

彼女は深みのある発音の〈帝國〉公用語で答える。

「鎮定軍参謀長、篠塚弥生大佐です。」

そして、意外な言葉を付け加えた。

「ドウゾヨロシク」

葉ノ国での挨拶だった。どう見ても敵軍の捕虜に対する対応ではない。加えて敬意すらも伺える。

浩之はその対応に戸惑いつつも好意的な微笑を浮かべてそれ感謝するように、もう一度礼をおこなった。

(ウ〜ム・・・・・・)相手の意図が全く見えない。

とりあえず、型どおりのやりとりを継続する。

「篠塚大佐殿、お望みなら鋭剣を預けますが」

「貴官は《大協約》の遵守を誓われますか?」

彼女は型どおりの問いかけを返す。

「誓います」

「なら、その必要はありません。私は〈帝國〉将校としての名誉に誓って貴官の将校としての権利を擁護します」

弥生はそう言うと僅かに微笑んで、よくぞ来られましたと続ける。

そして、視線を浩之の背後に向けて言った。

「観月君、ご苦労様でした」

「ハ、ハイ! 参謀長殿」

彼女らのやり取りを扉のそばで聞いていたマナは弥生の声を受けて緊張した声で返事をすると退出した。

「さぁ、大尉殿はこちらへ」

マナの退出を見届けると弥生は室内に置かれた椅子と机を示す。浩之は対面に弥生が座るのを待ってから腰を下ろした。

「さて、貴方には何をさしあげましょう? 珈琲ですか? それともより強いものですか?」

「そうですね、それが〈帝國〉産ならばより強いものを、大佐殿」

「兵隊言葉を使わなくてもいいですよ、大尉。 どうぞ気楽にして下さい。この場において貴方は私の客人なのですから」

彼女はそう言うと従兵を呼び、用意しておいた飲み物とグラスを持って来させた。

弥生と浩之は透明な液体が満たされたグラスを掲げると一気に中身を喉に流し込む。

(美味い!)

浩之は一気に飲んでしまったのを悔やむようにグラスを見つめた。

「貴官は慣れているようですね。大尉」

「はい、大佐殿」

弥生は微笑むと従兵に頷いてみせる。従兵は空になったグラスに酒を注いだ。

「貴官は私の真意を測りかねているようですが、つまるところ、今日、貴方をお招きしたのは純粋な敬意の表れなのです。ただ、ちょっとした手違いで6日ほど不自由をさせてしまいましたが・・・・・・何かご希望はありますか?」

浩之は姿勢を正すと言った

「〈帝國〉軍が自分の部下を労役に供しているのであれば、将校としての義務を遂行できるよう、お願いします。自分は彼等を指揮しなければなりません。でなければ、彼等の指揮官とは言えなくなります」

「その点については考慮しましょう。しかし、確約は出来ません。」

彼女は椅子の背凭れに背を預けると答える。

「確約できない?」

浩之は眉をひそめて聞き返した。

「実は鎮定軍司令官閣下が、貴官の取り扱いに興味をもたれていましてね。まぁ、興味を持っている事に関しては私も同じですけど」

「興味って、オレに?!」

浩之は鸚鵡返しに言った。意外な返答に普段の物言いになってしまう。

「ええ、そうですよ」

弥生は苦笑ぎみに答える。

「なんとまあ、我が身の現状からして思うに、不安を掻き立ててくれる言葉だなぁ」

浩之は首をすくめるとおどける様に言った。

「残念な事ですが、貴方は捕虜なのです。多少の不便は覚悟していただかないと・・・・・私の場合は今度の戦場で一番の武功を掲げた貴方の面識を得たかった、と言う事です。大尉。処女たちは恋に恋し、英雄譚の主人公にすら熱をあげます。増して現実に英雄がいるともなればなおさらです。私は参謀である前に騎兵将校であり、一人の女性でもあります。騎兵将校は英雄になる事を望みます。ならば先にそれを実現した者から何かを学ぼうとするのは道理です。たとえ彼が敵であっても。いいえ、敵だからこそ学べる事もあるはずです。それに英雄に憧れる女性の一人として、ぜひともその当人に会って見たいと思ってみても不思議ではないでしょう? だからこそこのような場を用意したのです」

彼女は全く陰のない声で滔々と述べた。

「そこまで言われると悪い気はしませんが・・・・・しかし、英雄ですか? 柄じゃないですね、オレはあの時出来る限りのコトをしたまでですよ。それより、オレと共に戦ってくれた部下たちこそが英雄と呼ばれるのに相応しいと思います。大佐殿」

浩之は苦笑しつつも答えを返す。

「過去、英雄と呼ばれた人々の多くは貴方のように“自分は英雄じゃない”と言ってたそうですよ。実際、その人が英雄かどうか決めるのは周りの人たちですから。」

「要するにオレには拒否権は無い、と言う事ですか・・・・・・」

「はい、敵である私や綾香様が認めているのです。貴方の部下も含めて誰もが認めない訳にはいかないと思いますよ」

「そう言われると、何も言えなくなるじゃないですか・・・・」

浩之は照れくさそうに頭を掻いて苦笑する。

それを観た弥生は顔を綻ばせて頷いた。

 その後、それぞれの戦争談義に花を咲かせた。

 

会話が途切れ、静寂が漂いだした頃、弥生はどこか遠くを見つめるような顔つきでポツリと呟いた。

「“猛獣使い”・・・そう呼ばれる貴方はどんな人物だろうかと思っていました」

「それが〈帝國〉軍におけるオレの通り名だそうですね・・・・ところでオレの猫たち、いや剣牙虎たちは元気ですか?」

「ええ、元気ですよ。正直言って元気すぎて困るくらいです。ただ、少し問題が出てきましてね」

「と、言いますと?」

「貴方は我方の捕虜管理担当将校に3頭とも自分の私物であり、親子であると説明されたそうですが、検査したところ3頭とも雌であり、親子にしては体年齢が似通り過ぎているらしいので、どうしたものか相談を受けているのです」

「そうなんですか? それは気づきませんでした」

浩之は白々しく驚いて見せた。

「しかし、剣牙虎が自分と兵にとって最も頼もしい戦友であることには間違いありません。本来なら私物としてではなく、正式な俘虜としての扱いを要求したかったのですが・・・・・・」

「確かに、その点については悔しいですが同意いたします。正直、剣牙虎を戦力化することを考えた人物には尊敬の念を抱きますよ。兵器としては勇猛すぎる事が弱点と言えば弱点ですが・・・・・まあいいでしょう。その点も処理しておきます。そうですね、近いうちに会えるよう取計らっておきましょう。《大協約》を違えるわけにはいきませんしね」

「ご厚情、痛み入ります」

浩之は頭を下げて本心からそう答えた。

「いいんですよ。当然のことをしてるだけなんですから・・・・・・貴方にはぜひとも我が幕営にこそいてほしいヒトですね。ホントに話していると興趣が尽きません。」

弥生は朗らかに答えると浩之の肩を軽く叩く。

一方の浩之も敵軍の参謀長と話を咲かせるのがこんなにも楽しいのは何故なんだろうと思いつつ、グラスを傾けた。

「・・・・・・そういえば、一つお願いがあるのですが」

「はい、何でしょう?」

「実は・・・・・・」

 

「なんで、アタシかこんなことを・・・・・・」

観月マナはブツブツと愚痴を零しつつ、廊下を歩いていた。

「そんなに嫌なのか?」

その後ろを歩いていた浩之はマナに訊ねる。

「そりゃそうよ。たかが俘虜の見舞いにアタシが付いて行かなくちゃならないのよ!」

「それなら、断りゃよかったじゃないか」

「参謀長殿直々の依頼を断れるわけ無いじゃない!」

「なら、諦めるんだな」

「ウ〜〜〜〜」

マナは低く唸ると黙り込む。心なしか歩く速度が上がったように見える。

浩之はその様子を見て肩をすくめると、歩調を合わせた。

現在、浩之のたっての希望で北領での一連の戦いで戦傷した部下たちを見舞うためにマナの案内のもと鎮定軍が管理する病棟の中を歩いている。

そろそろ葉ノ国軍将兵が治療を受けている棟に着くと思われる頃、前方で騒がしい音が聞こえて来た。

「そっちは?」「おらんぞ」「どこだ?」

「あっちに逃げたぞ!」「逃がすな、追え!」「ええい! 素早い奴だ!」

「コレで何度目だ?」「知るか!」

何かを捜して彼方此方で、看護夫が駆け回っているのが見える。誰も彼も目が血走っていた。

「・・・・・・何なんだ? 一体?」

「知るわけ無いでしょ!」

その様子を見かけた浩之たちは廊下の端に寄って怒涛のごとく走っている看護夫達を避ける。

慌しく過ぎ去っていく彼等を見送った後、先に進もうと前方に目を向けると今度は頭から足の先まで全身を包帯で覆った男が駆けて来るのが見えた。

「ヤレヤレ、またか」

再び、避けようと端に寄る。

包帯男とすれ違う際に浩之は目が会ってしまう。

その途端、包帯男は急ブレーキをかけて脚を止めると、浩之に向き直る。

「モガモガモガモガァ〜(てめぇ、なんでそこにいる!)」

包帯男は大げさに手足を振り回しながら何かを叫ぶ。しかし、顔の包帯のせいで言葉にならない。

「・・・?」

「モガガモフモフモガァ、モガ(よくもオレを置き去りにしてれたなぁ。この卑怯者)」

「何を言っているのか分からんのだが・・・・・

「モガガガモガモガ、フモッフ(惚けるんじゃねぇ! 俺を忘れたか!)」

「だから、分からんと言ってるだろうが」

「ねえ、アンタの知り合い?」

横で見ていたマナが浩之に訊ねる。

「いいや、知らん」

「モガガァ!(ふざけるな!)」

「・・・アンタ、煩いわよ」

ドゴ!

マナは煩く吼える包帯男を睨むと無造作に前蹴りを放ち、男の無防備な股間を蹴り上げる。

「モッガァ〜」

急所を蹴られた包帯男は廊下に突っ伏し、ピクピクと痙攣を起こしている。

「フン! バ〜カ」

「オイオイ・・・・・・いいのか?」

「何が?」

「これって・・・・・いや、イイ」

浩之はマナがまるで動じてないのを見て無駄と悟ってツッコむを止め、突っ伏している包帯男を助け起こそうと近づいた。

「オイ、大丈夫か?」

包帯男は近づく浩之の足音に反応して跳ね起きると、腰の引けた姿勢のまま浩之に指を突きつける。

「ゴ、モガモゴムム、モフモフモガー!(こ、今回はこの程度で許してやるが、このままで済むと思うなよー!)」

男は何事かを叫ぶと脱兎の如く廊下を駆け出し、すぐそばの角を曲がって消えて去る。

その直後、先ほどの看護夫達の怒号が響いてきた。

「居たぞー!」「逃がすな! 追えぇ!」「今度こそ、拘束服で懲罰室に送ってやる!」

「何だったんだぁ、ありゃ?」(・・・あのツンツン頭どっかで見た気がするんだが何処だったっけ?・・・)

浩之は首を傾げつつ隣のマナの方に向き直る。其処には誰も居なかった。

「・・・・・・・あれ? 何処行った?」

「何時までそこに突っ立っているのよ! 早く行くわよ!」

すると、背後の方からマナの声が聞こえて来る。

「おう、今行k・・わぷッ!」「?!!

浩之が急ぎ振り返って歩き出そうとした途端、何か柔らかいモノに衝突する。

反動で一、二歩退いた浩之が前を見ると長く艶やかな髪をした静謐な湖のような雰囲気の女性がペタリと座り込んでいた。

横手の引き戸が開いている所からして出会い頭にぶつかったらしい。

浩之はその女性に思わず見惚れてしまい、キョトンと見上げるその女性と暫し見詰め合ってしまう。

「・・・・・・ハッ! 大丈夫か?」

心臓の鼓動が10を数えてからようやく我に返り、慌てて彼女を助け起こした。

そして、彼女の濃緑色の制服のスカートに付いた埃を払う。

「ゴメンな。ところで怪我はして無い?」

「・・・・・・」

「え? はい、大丈夫です。って、そりゃ良かった。オレの不注意でこんな目に遭わせちまって、すまなかった」

「・・・・・・・・・」

「え? 私の方こそすいませんでした。貴方こそお怪我はありませんか? って、オレの方はなんとも無いって。大丈夫。それに悪かったのはオレの方なんだから・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

お互いの気遣いが分かるだけに引くに引けなくなって言葉に詰まってしまう。

「ちょっとぉ〜、浩之ぃ〜! 何してるの?! 全くドジなんだから・・・早く行かないと見舞いに行けないわよ!」

「分かった、分かった! 今行くからチョット待ってろ! ・・・じゃあ、ちょっと急いでるんで、これで。ホントにゴメン」

浩之はイライラしながらも律儀に待っているマナに一声かけると、目の前の女性に再度謝って早足でマナの下に向かう。

「スマン、待たせて悪かったな。行こうか?」

「人を待たせておいて何よ、その態度は? 全く・・・」

「ヘイヘイ、オレが悪かったって、早く行かないと見舞い出来なくなるんだろ? さっさと行こうや」

「チョッ、チョット、押さないでよ! アンタねぇ〜・・・・・・」

 

一方、ワイワイ騒ぎながらこの場を去って行く浩之たちを見送っていた先ほどの女性に後ろから声を掛ける人影がいた。

「ヤッホ〜、姉さん。そんなところに突っ立って何してんの?」

その女性―――来栖川芹香が振り返ると妹の綾香が立っていた。

「・・・・」

「何か用ですか? って、弥生さんが報告する事があるって言って姉さんを捜してたわよ。だから、呼びに来たってわけ」

「・・・」

「そうね、じゃあ、行こうか?」

綾香と芹香は連れ立って歩き出す。

「・・・? 姉さん? 何か嬉しそうね?」

「・・・」

「そうですか? って、まぁ、なんとなくだけどね・・・何かいい事でもあったの?」

「・・・・・」

「占いが当たりました。って、その占いってどんな内容だったの?」

「・・・」

「秘密です。って、教えてくれてもイイじゃない。ねぇ〜」

綾香は尚も聞きたがるが、芹香は頑として答えようとしない。ふと、立ち止まると後ろを振り返って先ほどの場所を見つめる。

(あのヒト―――ヒロユキさんといいましたか?・・・・フフ、また会えるといいですね・・・・)

芹香は心の中でそう呟く微笑みながら首をかしげている綾香を尻目に再び歩き出した。

 

数刻後、見舞いを終えた浩之たちは同じ療院内に城戸芳晴大尉も入院している事を知り、ついで立ち寄る事にした。

受付で教えられた病室に入った途端、ざわめいていた室内が水を打ったように静まり返る。中にいた患者と見舞い客が一斉に入り口を見つめた。

マナはその視線にたじろぐが、浩之は全く動じずに平然と進んで城戸大尉のベッドの側に立つ。彼のベッドの側にはすでに女性士官の先客が居たがその女性は驚きの余り硬直している。浩之は彼女に軽く頭を下げると芳晴に向かって声を掛けた。

「よう、久しぶりだな」

芳晴はマジマジと浩之を見つめると大きく息を吐いて答える。

「何しに来た?」

「おいおい、わざわざ見舞いに来た人間に言う言葉かそれは?」

「見舞い・・・って、正気か?」

「ああ、知り合いを見舞うのがそんなに変か?」

「いや・・・・だが、良く来れたな」

「まあ、部下の見舞いのついでに寄ったまでだが、元気そうで良かった」

「それはありがとう、というべきかな? だが、見舞いに来たくせに手ぶらなのか?」

「その言い草はないだろう? こちとら、わびしい俘虜生活なんだから、大目に見てくれ」

「・・・・芳晴、この男貴方の知り合い?」

ようやく硬直が解けたのか横にいた女性士官が芳晴に尋ねる。

「ああ、俺が負傷した原因を作った男だよ。名は、藤田浩之大尉だ。こちらは同僚のエビル・ウィッチサイズ大尉。」

「葉ノ国陸軍大尉、藤田浩之だ。よろしく」

「エビルです。こちらこそよろしく」

エビルは浩之の態度に好感を抱いたようだ。口調が柔らかくなっている。和やかな雰囲気(一部だけだが)の中、暫し談笑する。

「・・・さてと、そろそろお暇するとしようか。じゃあな、城戸大尉」

「ちょっと、まて」

浩之が頃合を見計らって去ろうとするのを芳晴は呼び止める。

「ん? 何だ」

「エビル、すまんがそこの本を取ってくれ・・・・・藤田大尉、お見舞いに来てくれたお礼といっては何だがこの本をやろう」

「いいのか?」

浩之は受け取りながらも芳晴に問い返す。それは〈帝國〉の歴史を批判的に描いた事で知られる浅黄把瑠那博士の「〈帝國〉史」だった。

「ああ構わんさ、どうせ暇をもてあましているんだろう? 暇潰しに読んでみるといい」

「そうか、ならありがたくもらっておこう。じゃあ、これで」

「ああ」

「さよなら、藤田大尉」

去っていく浩之を見送る2人。姿が見えなくなるとエビルは芳晴に尋ねた。

「変わったヒトだったわね・・・・・ねえ、芳晴。あの男、ただの俘虜には見えないけど一体何者なの? 」

「そうだな・・・・敵軍の中で唯一、我が軍に負けなかった男かな」

「それって、どういう意味?」

「アイツは自分に課せられた任務―――我が軍の足を止め、自軍主力を無事脱出させる事―――を達成した後、堂々と降伏したんだよ」

「だから、負けなかったと言う訳ね」

「そういうこと」

 

 

3月末日のその日は朝から暖かだった。昨日一日吹き荒れた春の嵐は夜明け前には去って行った。冬が終わり葉ノ国の首都である皇都にも春が訪れようとしていた。

その皇都の往来でも有数の賑やかさで知られる虎鳩街の3丁目、若者向けの雑貨店、喫茶や軽食店が軒を連ねる繁華街の大通り沿いの遊歩道には露天商や辻占いなどが店を広げている。

その一角、やや広まった場所に人だかりが出来ており、その中からは弦楽器の音色と綺麗な歌声が流れて来ている。どうやら辻演奏が行われている様である。

しばらくして曲と歌声が途絶えると、一斉に歓声と拍手が沸き起り、おひねりが飛び交う。

観客からのリクエストと、アンコールの応酬が何度か続いたあと、お昼過ぎになってようやく閉演となった。

「ウ〜ン、終わった、終わった」

長岡志保は大きく伸びをして強張った体をほぐした。

「はい、ご苦労さん。志保ちゃんが来てくれて助かったよ」

彼女と一緒に演奏していた男が近くの露店から買ってきた暖かい飲み物渡す。

「たまたま近くまで来たから寄ったまでよ。それにここんところストレスがたまってたから、久しぶりに歌えてスッキリ出来たし・・・・・・」

「お仕事忙しいの?」

「まぁね、なにしろ、年明け早々北領があんなことになっちゃたから、いろいろとね・・・・・そっちこそどうなの?」

「俺?」

「そう、確か馬商いだったっけ?」

「ああ、ウチとしゃ、お蔭で大儲けさせて貰ったけどね。」

「あれ? 負け戦でも、繁盛するものなの?

「そりゃもう、柏木閣下の軍勢は何もかも放り捨ててこっちに逃げ帰ってきたから、ウチだけじゃなく国中の馬商人が2年は遊んで暮らせるほどの注文を頂いたんでね」

「フ〜ン、それは大したものね・・・・・ねぇ、そんなに儲けたんなら今度、食事でも奢ってよ」

志保は小首を傾げて合槌を打つと、媚を売るように体をくねらす。

「いいよ、今回の謝礼を兼ねて、近いうちにでも」

男の方も満更でもない表情で答える。

「アタシは馬に余り縁がないから良く知らないんだけど、何処の馬が一番良いの?」

「そりゃ、千州だよ。あそこの殿様の千堂様が代々そのへんを大事にしたお蔭で、質の良い馬は大抵そこの産で間違いないから。〈帝國〉産の馬にも引けを取らない位だかんね」

「ヘ〜エ、そうなんだ」

志保は感心したように頷くと、じゃあ、また今度ね〜、と言って男に手を振ると大通り横手の脇道に入って行った。

 

虎鳩街の大通りから少し離れた裏通りへいくらか入りこんだあたりに一軒の屋敷がある。二階建ての塗壁様式で程よく古びているため、朱色の屋根瓦と相まって周囲の煉瓦造りの建物に違和感無く溶け込んでいる。

「もう、そろそろかな」

その古びた屋敷の二階廊下の窓越しに外の庭を眺めていた男が呟く。

柔和な雰囲気を漂わせながらも何処か揺ぎ無い芯を持ってるような趣をしている。彼の名は千堂和樹。五将家の一つ、千堂家の若当主である。

「ああ、そうだな。天象院の予報だと、あと四、五日と言ったところらしい」

廊下に面した部屋で、少将の階級章をつけ、葉ノ国陸軍の制服を着た男が机に広げた分厚い冊子に印を付けながら答えた。

こちらは、冷たそうな外見とは逆に狂気に似た情熱を宿していそうな気配を持っている。

「去年に続けて開花予想をはずせば、新聞に叩かれるだけじゃすむまい。酔って火を付ける奴もいるだろう。が・・・・・・我輩としてはそんな事よりも来週の週末の天気の方が気になるのだが・・・・・・」

「そりゃもう、去年は皇族御一同を始めとして衆民の楽しみを不意にしたからな・・・・・・来週末って? 花見にでも行くのか? 大志?」

外を見ていた男は振り返って尋ねる。

「情けないぞ、マイ同志和樹! 忘れたのか? 来週末にはあの[こみパ]があるのだぞ!」

大志と呼ばれた男は和樹の方に向き直ると独特のデザインのメガネを持ち上げつつ、和樹に指を突きつけて大声で言い放つ。

「[こみパ]って・・・大志、今日、ここに集まった意味を理解しているのか?」

和樹は片手で頭を押さえつつ、大志―――準男爵陸軍少将九品仏大志に尋ねた。

「当然である! お忍びで来られるあの御方を来週のこみパにお誘いし、こみパの良さを知って頂くために決まっておろう!」

「大志ぃ〜、おまえなぁ〜」

「フッ、冗談だ。」

大志は気障っぽく指先でメガネをズリ上げると、シレッと言い放つ。

「心配するな、同志和樹よ。ちゃんと理解しているから安心するがいい!」

「その態度の何処を見て安心できると言えるんだ? 全くもう・・・・」

和樹がゲンナリとした表情で言い返し、頭を抱える。

階段を上ってくる足音が聞こえて来た。2人は言い合うのを止め、そちらを向く。

この家の主人が上がってくるところだった。主人は一樹に近づくと囁くように伝えた。

「若殿様、最後の御客様が参られました。高貴なご婦人とお見受けします。御付の方々は当家のまわりに散られたようで」

和樹は静かに頷く。

「わかっている。済まないが、くれぐれもこの事は」

「分かっております。奥方様には内緒と言うことですね? ご安心下さい」

「いや、あの・・・・」

「では、ごゆるりと」

主人は和樹の言葉を遮るとそそくさと下へ降りていった。

「・・・・ちがうんだ・・・・」

和樹はガックリと肩を落とし、うな垂れる。

それを見ていた大志はニヤニヤと笑いながら、ポンポンッと和樹の肩を叩いて小声で話しかけた。

「同志和樹。お主も結構、隅に置けぬ奴だな。あの御方とそういう関係とは我輩も知らなかったぞ」

「・・・・だから違うって言ってるだろう!」

「・・・何が違うのかしら?」

2人の会話に第三者の声が割り込んでくる。

その声の主に気づいた二人は凍りついたように動きを止め、ぎこちない動作で振り返った。

そこにはいつの間にやら上がって来ていた美しい女性―――主人の言っていた最後の客らしい―――の姿があった。

2人は慌てて姿勢を正すと、上体を二刻半ぶんほども下げる室内での最敬礼を行なった。通常の礼は一刻分でよいとされている。二刻半も下げる対象はたった2つ――――戦死者の棺と皇族だけであった。

 

2人はその女性を先導して室内に入ると上座の席に座っていただいてからそれぞれ腰を落ち着ける。

「本日の密談。その目的は私の想像通りと思っていいのですか? 千堂中将」

最後の客である親王陸軍少将理奈は尋ねた。皇族とはいえ組織編制上、和樹は上官に当たるために慎重に言葉を選んでいる。

「殿下、いつもの言葉で話しましょう。自分の今のなりはこの通りなんですから」

と、言って和樹は商家の旦那風の衣装を示す。

理奈殿下は軽く頷くと言い直した。

「解かったわ。で、和樹は私をどんな悪巧みに巻き込む心算なのかしら?」

「悪巧みって、そんな・・・・そこまで酷くは無いですよ」

和樹は苦笑しながらも答える。

彼女と和樹、そして大志は特志幼年学校の同期だった。

「大志、本当なの?」

今度は大志に訊ねる。

「さあそれは・・・・何しろ我輩も概略を聞かされただけで、それだけかどうかはなんとも・・・・」

大志はとぼけた表情で答え、和樹を見て先を促す。

それを見た和樹は再び理奈の方に向き直って話し出した。

「軍は―――特に陸軍は、北領喪失の一件を軽く見過ぎている」

「例の北領奪還計画のこと?」

理奈はその言葉で思い当たる事があったので和樹に訊ねた。

「そうです、殿下。夏季総反攻。楽観的過ぎます」

「なるほど、あれだけ北領で痛い目に遭ったのにまだ懲りてない、と言うことか。そいつ等はなかなか都合のいい頭をしているようだな」

大志が合いの手を入れる。

「で、軍本部の方はどうなの? 所詮、私は近衛だから陸軍中央の考えには疎くて」

「参謀の半数以上は反対してます。調べた所では水軍も統帥部と皇海艦隊は反対しているそうです。」

「我輩も聞いた所によれば鎮台の方は龍州鎮台、都護鎮台、千州鎮台は反対しているそうだ。」

「で、はっきりと賛成しているのはウチ(千堂家)を除いた五将家に連なる司令長官たち。勿論、その急先鋒は柏木家ですが、他の連中は様子見って所ですね。」

「つまり、近衛がどうか私に尋ねたい訳ね」

「はい、殿下」

和樹は頷く。

理奈は小さく溜息をつくと話し始めた。

「問題は敵情ね。北領から逃げ帰ってからこっち、再編成でテンテコ舞いなのよ。加えてその種の情報も手に入らないし・・・・」

「〈帝國〉軍――――彼等が“鎮定軍”と呼ぶ兵力はこの一ヶ月で最低2万は増強されました。夏季総反攻は6月を予定しているのでこのままでも最低6万は増強される見積もりになります。加えて向こうがその気になれば10万以上の増援が来る可能性もありうるから、こちらが反攻につぎ込める兵力を上回る事は間違いないでしょう。だからと言って、同規模の兵力をつぎ込もうとすれば兵站が崩壊します。加えて輸送するだけの船を集めようとしたら、我が国の回船問屋、強いては天領の反発を招き、ろくな事になりません」

理奈の言葉を受けて和樹が説明する

「水軍の反対理由もそうなの?」

「表向きは。実際は―――和樹の前では言い難いのだが、以前から在る五将家と衆民との対立がそこに係わっているらしい。水軍はむしろ衆民が強いからな。五将家の意地につきあわされてはたまらないと言った所だろう。」

大志が代わって説明した。

「殿下?」

和樹が答えを促す。

「言わなくても分かってるでしょう? 和樹の想像通りよ。近衛は禁士と衆兵で割れてるわ。当然、禁士は総反攻に賛成よ。衆兵は黙っている。つまり、反対ね。むしろ二度と戦は御免だと思っている者が大半ね。気持ちは分からないでもないけど」

 理奈はあっさりと言い放った。

「衆兵の士気はあがっていると思ってたんだが?」

大志は小首を傾げながら訊ねる

「そんな訳無いじゃない。知ってるでしょう? 後衛戦にあたって、第5旅団はほとんど戦闘らしい戦闘はしてないの。名ばかりの殿軍だったんだから。その事を衆兵は知悉しているの。まぁ、私も同じね」

理奈は悔しそうに言った。

「実際に戦ったのは、和樹、貴方の義弟の方だわ。私の旅団だけだったら―――北領鎮台は全滅していたわね。多分。だから、衆兵隊は総反攻の反対勢力としては当てにならないわよ」

「ならば、殿下自身はどうなんです?」

和樹は真っ直ぐに理奈を見詰めて質問する。このことが本当に効きたい事柄だったのである。

「反対に決まっているでしょう!」

理奈は目を逸らさずにはっきりと答えた。

「悔しいけど全ての兵力をかき集めても〈帝國〉には勝てないわ。総反攻なんて論外。内地侵攻すら阻止出来ないでしょうね・・・・。そう、貴方が私に頼みたいのはこの意見を陛下に奏上することなのね?」

「御明察です」

和樹はすんなりと答える。

「貴方も同意見なの? 大志?」

「勿論であります、殿下。マイ同志和樹の考えは我輩の意見と同じですから。まずは、国内の意思を統一せねば何も出ません。その始めとして禁裏の意思統一をはかり・・・・・」

「ほら、やっぱり悪巧みじゃない」

 理奈は苦笑を漏らす。

「ですが、このままですと混乱が拡大するばかりですよ」

和樹は真面目に聴いて下さいとばかりに言い募る。

「はいはい、まぁ、陛下は私と同意見のはずよ。英二兄さんも多分ね。でも、私と兄さんが陛下に言っても周りが承知しないわよ。何か他の手を考えないと・・・・・・そうね、和樹、貴方の義弟はどうしてるかしら?」

「浩之ですか? 捕虜になっている事は確認しました。後方から伝えられた後衛戦闘の期限いっぱいまで抗戦を継続したそうですよ。あの〈帝國〉軍に対して一歩も引かなかったらしいですね」

 それを聞いた理奈は大きく溜息をついた。

「和樹、貴方の義弟は、私に大きな貸しを作ったわよ。〈帝國〉との交渉はどうなっているの? 捕虜交換については?」

「この半月以内に成立します。水軍は便船の準備に入ってます」

大志が答えた。理奈は頷くと言葉を続ける。

「そう、なら、和樹の義弟を――――藤田浩之大尉を、第1便で皇都に戻して」

「浩之をどうするんです? 殿下?」

「英雄になって貰うのよ。古来より戦場の英雄は陛下の御前でその武功について奏上する事になっているのは知ってるわね?」

「まさか、そこで浩之に・・・」

「そう、彼に先ほどの意見を奏上してもらうわ。一度始めた奏上はもう、誰にも止められないわ」

「すばらしい! さすが我が同志と見込んだ御方だ。その方法なら効果がありそうですな」

それを聞いていた大志が賞賛の声をあげる。

「大志! ・・・ですが、殿下。それでは浩之の立場がまずくなりませんか?」

和樹は顔を強張らせながら口を挟む。

理奈はその和樹の様子を見て大きく息を吐いて言葉を継いだ。

「貴方が可愛がってきた大事な義弟なのは分かるわ。でも、他に方法が無いの。・・・それに、私が藤田大尉の将来について何も考えていないとでも思っているの?」

「いや、別に可愛がってはいませんけど・・・・確かにそれ以外、効果を望めそうな方法は無さそうですね。殿下、もしもの時は浩之をよろしくお願いします」

「分かっている。私は――――近衛衆兵は彼に返さなきゃならないモノがあるのを知っているし、彼が私の兵を救ってくれた事を絶対に忘れないわ。和樹、貴方が望むなら、誓紙に記してもいいわよ」

和樹はその言葉を聞くと目に涙を溜めて深く礼を行なった。

その様子を黙って見守っていた大志は心の中でやはり和樹こそ我が同志、我が盟友に相応しき男だけはある。我が目に狂いは無かったと、呟きながら腕を組んで何度も頷いていた。

障子の向こうで足音がした。すぐさま三人は表情を引き締めるとそちらを向く。が、盗み聞きをしていた者の足音ではないことはすぐに分かる。

足音は階下から近づいて来たからであった。

「お取り込み中、まことに申し訳ありません。」

障子越しに主人の声が聞こえて来た。

「どうした?」

和樹が訊ねる。

「御付の方が、お邪魔でなければと」

「我輩が行こう」

大志が立ち上がり、階下に向かう。残った二人が浩之についていくつか話し合っているうちに彼は戻ってきた。

難しい顔つきをしながらも話し始める。

「何やら得体の知れん連中が付近をうろついているらしい。どこかの将家の手の者かも知れん。軍監本部から尾行されていたのなら我輩の失策だ。すまん」

そう言うと大志は頭を下げた

「そうとは限らないわよ。大志。」

理奈が答える。

「むしろ私がつけられた可能性の方が高いわね。皇族には常にそうした連中がついているから。とりあえずは面倒は無いかもしれないけど、敵に回すのは避けたいわね。できれば味方に引き入れる算段が必要だわ。」

「殿下、まさか・・・・」

和樹は怪訝そうな顔をし、大志はメガネを指で持ち上げ、見つめる。

「ええ、皇室魔導院よ」

 

 

 〈帝國〉東方辺境鎮定軍による北領統治は葉ノ国軍の完全撤退から半月で機能し始めた。これは本領鎮台の撤退に合わせて水軍も周辺海域から艦艇を引き上げた為、〈帝國〉本土との海上交通線の安全が確保出来たからだった。

4月の到来した頃にはこの新領土の防衛体制はほぼ完成の域に達していた。

 

東方辺境領姫来栖川芹香の執務室は鎮定軍司令部最上階の中央にある。かつては北領鎮台司令長官柏木千鶴大将が鎮座なされていた所であった。現在、芹香は内装を全て自分好みの装飾、家具に取り替えて使用している。

「猟兵2個連隊、砲兵1個旅団。その他独立部隊あわせ、約2万2千名がすでに到着、鎮定軍の序列に組み込まれました。これにより、第21東方辺境領猟兵師団は完全編成となりました。侵攻作戦で生じた損害は次の輸送船団が運んでくる補充兵、装備で完全充足されます」

篠塚弥生が報告を行なっていた。芹香は執務用の席に座って静かに聴いているが、その横では直接執務机に腰をおろした綾香が退屈そうに欠伸をこらえている。

「ふゎあ〜、それで弥生さん、今後は予定通りなの?」

綾香が欠伸交じりに訊ねた。この部屋には彼女ら3人しかいないため、かなり気が緩んでいるように見える。

「綾香様、真面目にお聞き下さい」

「だってぇ〜、退屈なんだもん」

綾香はそう言ってペロッと舌を出す。

・・・綾香ちゃん、これも大切な仕事なんですよ。もう少し真面目にして下さい

「はぁい、お姉さま・・・・ふぁあ〜」

芹香もたしなめる。が、綾香は何処吹く風と言うように生返事を返す。かなりダレているようだ。

弥生は仕方がないとでも言うように小さく首を振ると報告を続けた。芹香は謝るように目を伏せる。

「今後の増援は、第5東方辺境騎兵師団、第15辺境重猟兵師団など約12万名以上が準備を完了しています。それに・・・・」

報告は〈帝國〉軍の事柄から、葉ノ国軍の動向に移った。

「どうやら、反攻を企てているようですね。詳しい事はまだわかりませんが、少なくとも初夏頃までずれ込むでしょう。あの国の正規軍は根こそぎ集めても20万そこそこ、水軍も40隻程度です。守りにまわるのならかなりの事が出来ますが反攻には不足しています」

弥生が解説する。

「いっその事、反攻してくれればいいのに・・・・そうすれば、たった1度の会戦で全軍を叩き潰せるわ」

 綾香が楽しそうに言った。

「綾香様、執政府や軍首脳が莫迦ばかりならそうなりましょう」

綾香ちゃん、敵軍はそんなに甘くはありませんよ

 その発言を聞いた二人はまるで申し合わせてかのように綾香をたしなめる。

「弥生さん? それに姉さんまで、そうはならないと思うわけ?」

「綾香様、たった1個大隊に我が軍の足を止められたのをお忘れですか?」

コクリ・・・ 

芹香は小さく頷く事で同意を示す。

「・・・それって、浩之の事?」

綾香は弥生の言葉から思い当たる事があったので訊ねる。

「はい、その藤田浩之大尉です。先だって会見した際に少し誘導尋問を試みましたが上手くはぐらかされてしまいました。面白い人物ではありますが底が知れません。」

フジタヒロユキ――ヒロユキさんですか・・・・そんなに凄い人なのですか?

芹香は小首を傾げて不思議そうに訊ねる。

「はい、私としては出来るなら敵に回したくはありません。可能なら味方に引き入れるか――――《大協約》がなければ処刑したいところです」

弥生は率直な意見を述べた。

そうですか・・・・弥生さん、貴女がそれほどにまで言う人なら、一度会ってみましょう

「姉さん? それ本気なの?」

コクリ・・・

綾香の問いに頷く事で答える。

「そう・・・なら、あたしも同席してもいいかしら? 姉さんにもしもの事があるといけないし、それに浩之にもう一度会ってみたいしね」

「承知しました。では、近日中に取り計らいましょう」

 

捕虜の交換の手続きが整い、浩之たちの解放期限にあと2日と迫ったある日の午後、与えられた自室で浅黄博士の「〈帝國〉史」を読んでいると、東方辺境領姫芹香様が貴官と謁見なさるとの伝言が届けられた。

まさかこの時点でこんな面倒な事が持ち上がるとは思っても見なかった浩之は“謹んで”とは答えたものの、動揺を隠せない。しかも一種の奇襲攻撃でもあった為、先だっての弥生大佐の時のように落ち着いて対処できるかどうかは確信が得られず、前回と同様、マナ候補生に案内されて芹香の執務室に通された時点でも不安を抱いたままだった。

まず入ると、以前は副官室として用いられていたと思われる部屋があり、そこには侍女と思われる服装をした女性が待っていた。浩之はその女性に見覚えがあるのに気づいた(あれ? このヒト、以前何処かで会ったような気がするんだが・・・・・)。

マナはその女性の前に立つとシャチホコばった姿勢で藤田浩之大尉をお連れしましたと報告する。緊張の為か声が奇妙に裏返っていた。

侍女は執務机から立つと浩之に近寄り、ようこそおいで下さいました、と囁くような声で話しかけてくる。

その声を聞いた途端、目の前の女性が服装こそ違うが先日、部下の見舞いに行く途中で出会った――ぶつかったとも言う――ヒトだと思い出した。

「貴女はあの時の・・・・」

「・・、・・・・・」

「はい、またお会い出来ましたね。って、そうだなオレもまた会えるとは思ってもいなかったよ。ッと、今は再会を喜んでる場合じゃなかったっけ」

「・・・・、・・・・」

「そうでしたね、では大尉、こちらへどうぞ。って、ああ、よろしく」

侍女は小さく頷くと奥の扉を開ける。浩之は彼女に対して礼を行なうと制帽を小脇に抱えて芹香の執務室に入った

芹香と思われる人物は窓辺のそばに立ち、外の景色を眺めていた。他には誰も居ない。

侍女は静かに近寄ると浩之が来た事を報告する。その女性は微かに頷いただけで浩之を見ようともしない。侍女は窺うような視線を向けて浩之に挨拶するように促す。

「緑葉皇国陸軍大尉藤田浩之、参りました。拝謁の栄に浴し、恐悦至極にございます」

浩之はその後姿に向かって型通りの挨拶をする。彼は姿勢を正すとジッとその女性の背中を眺める。誰も声を出さぬままゆっくりと時が流れていく。ふと、視線を感じたので顔をそちらに向けると先ほどの侍女が彼の横顔を静かに見詰めていた。その視線は何故か暖かく感じられたので不思議に思い小首を傾げる。すると、今度は窓辺の女性の肩が小刻みに震えだした。慌てて姿勢を正し、注視する。ついに体を折り曲げて笑い出した。その声は聞き覚えがあった。

「ウゥプププ〜、もう駄目、もう我慢出来ない・・・アハハハハ〜」

笑い続ける女性に侍女は近寄ると袖を引っ張って何事かを話しかける。

「ウプププ・・・御免なさい。どうしても我慢し切れなくて」

浩之は彼女らの会話の意味が掴めず、ただ呆然と2人を見つめていた。

窓辺の女性は侍女に促されて振り返ると、笑いを抑えながら小さく手を挙げて挨拶をする。

「プププッ・・・・、ハ〜イ、浩之。お久しぶり」

なんと、そこに立っていたのは以前、降伏の際に会った女性士官―――来栖川綾香だった。彼女は肩を小刻みに震わせて笑っていた。

その横では侍女が済まなさそうな表情で佇んでいる。

予想外の事態に浩之はマジマジと綾香を見つめると、唖然とした表情で問いかけた。

「・・・・あ、綾香ぁ〜? なんでお前が? 芹香殿下は?」

「クスクスクス、ねえ浩之、驚いた?」

「あ?・・・ああ、驚いたとも。ったく、その為にわざわざこんな状況を設えたのか? ったく、やりすぎだぜ」

浩之はげんなりとした顔をして周りを見回す

「そうよ、この前はいい事無しだったから、そのお返しね。フフフ、ホント、さっきの浩之の顔ったら見物だったわね」

 彼女は先ほどの情景を思い出したのか含み笑いを漏らした。その様子を見た侍女はますます肩を竦めた。

「・・・・・・」

「申し訳ありません。この子がどうしてもやりたいと懇願するので・・・・って、良いって、アンタが謝る必要は無いって、悪いのは全部コイツ(綾香)なんだから」

ひたすら恐縮する彼女を宥めるように優しく喋ると、綾香を睨む。

「・・・・これで、用はすんだよな? じゃあ、帰らせてもらうぞ」

「・・・・アッ、ちょっと待ってよ。まだ用は済んでないわ」

綾香は何か呟きかけるが、帰ろうとする浩之に気づいて呼び止めた。

「まだ何かあるのか?」

「当たり前でしょ。あたしの用は済んだけど、まだ姉さんの用が残っているわ。そもそも、浩之に用があったのは姉さんの方だもの。あたしはその機会にちょっと遊ばさせて貰ったのよ。だって、たまにはこんな事でもしないとやってられないもの」」

「ちょっと待て、今なんつった? 姉さんだって?」

綾香の返事の中に引っかかる物言いがあったので問い返す。

「ええ、そうよ・・・あれ? 言ってなかったっけ、あたしが来栖川皇家の一族だって事」

「そういや、オマエの苗字も来栖川だったっけ・・・・と、何か? 姉さんと言うのは・・・・」

 浩之は頭にでっかい汗を浮かべながら喋りかけるが、それを遮るように綾香は答える。

「そうよ、あたしの姉さんは来栖川芹香、東方辺境領姫よ」

 綾香はそう言って、隣に立つ侍女の両肩に手を置いて寄り添う。

「マジかよ、オイ・・・・」

浩之は思わず呟き、食い入るように横に立つ―――綾香のいい分だと来栖川芹香姫―――侍女を見つめた。

「・・・・・・」

彼女は改めて浩之に向き直ると挨拶する。

「だますような形になってすいません、大尉。私が東方辺境領姫 来栖川芹香です。って・・・いやこちらこそ、知らなかったとはいえ、図々しい態度を取りまして申し訳ありません。」

彼は背筋を伸ばすと2刻半の礼を行なった。彼女が東方辺境領姫だと知った時、心の中で今まで想像していたお姫様のイメージが崩れ去っていくのが感じられた。ただ何故だか分からないがそれが心地よく思えた。

 

立ったままというのもなんなので前もって用意されていた円卓に場所を移し、改めて挨拶を交わした。芹香姫らが座ったのを確認してから浩之も椅子に腰を下ろす。

運ばれて来た紅茶や菓子などに舌鼓を打ちながら綾香を交えた雑談を楽しんだ。

「・・・・それにしても、姉さんと知り合っていたなんて、浩之も結構手が早いのね・・・で、どこで出会ったの?」

綾香が楽しそうに訊ねる。

「あのな、それじゃオレがスケコマシみたいに聞こえるじゃないか。ったく・・・以前部下の見舞いに行った時、偶然にな」

浩之は憮然とした表情で綾香を睨むと、芹香との出会いの状況を説明した。芹香はコクコクと頷いている。

「だから、ここで会った時は驚いたよ。まさか、また会えるとは思ってもいなかったからな」

「そうよね。ホント凄い偶然ね」

「・・・・・・・・」

「偶然じゃありません。私は会えると信じていました。て、姉さん、どうしたの?」

芹香は綾香の感想を否定するように答える。綾香は芹香の予想外の反応に戸惑ってしまう。

「・・・・・・・」

言葉に詰まった綾香を措いて芹香は今度は浩之に話しかける。

「それと、私の事は『芹香』と呼んで下さい。って、殿下、それはさすがにマズイですよ」

「・・・・・・・・・・」

「綾香ちゃんは呼び捨てにしてるのに私の場合はダメなんですか? そんなの不公平です。って、いや、まいったなぁ」

意外と積極的に話しかけてくる芹香にたじろぐ浩之。lt

「う〜ん・・・・それじゃあ、『芹香さん』てのは駄目ですか? さすがに呼び捨てはチョット・・・・」

「・・・・・」

「・・・わかりました。仕方ありません。ですか・・・(ホッ、助かったぁ)」

浩之は芹香が何とか納得してくれたのを見て安堵の息を吐いた。

・・・チョット、姉さん、もしかして浩之の事気に入ったの?・・・

珍しく異性に対して積極的な対応をする姉の様子から綾香は姉に顔を寄せて小声で訊ねる。

芹香はそれに対して微かに頬を染めながら頷く事で答える。

・・・・姉さん本気なの?・・・・・

コクン、再び頷く芹香。綾香は小さく溜め息を吐くと浩之に向き直って話しかけた。

(姉さんがその気ならあたしも一肌脱ぐとしますか・・・・まあ、あたしもアイツが居た方が楽しいし・・・・)

「ねえ、浩之。ウチに来る気は無い?」
「はあ?」

綾香ちゃん?

「だから、あたしたちの側に来る気は無いかって聞いているの」

「綾香たちの側・・・・〈帝國〉に来いと?」

「ええ、あたしたち―――弥生さんも含めてね―――は浩之の事、特に将校としての才能を買っているの。だからこっちに来た方が幸せよ」

(ホントは別の理由が有るんだけどね・・・)

「それは買いかぶりだと思うぞ。オレはたまたま大隊を任せられた野戦任官の大尉に過ぎないんだぜ」

「・・・・・・・・・・・・・」

「たまたま大隊を、ですか? それなら、私は連隊長、いいえ旅団長に推薦しましょう。って、芹香さんまで何を言い出すんですか!」

 綾香に加えて芹香まで勧誘を始める。

「アッ、それに無位無官じゃみっともないから、爵位も。まずは準男爵ってとこかしら」

 まるで、浩之が来ると決まったように話しを進める綾香たち。

「・・・・・・・・・」

芹香は駄目押しするように上目遣いに浩之を見つめる。

「もし、貴方が望むなら師団を任せても構いません・・・・それとも私たちの事、お嫌いなのですか? て、芹香さんそんな・・・そう言われたら嫌いなんて言える訳無いじゃないですか! ったく、その目は反則ですって」

「なら、来てくれるわよね」

 綾香が止めを刺しに来る。さすが姉妹、息の合った連携攻撃である。

「・・・ホント、良い話だな・・・・」

 浩之は暫し黙って2人を見つめるとポツリと漏らす。

「そうに決まっているじゃない。こっちに来れば、あたしたちも浩之も幸せになれるのよ」

綾香は浩之の物言いに微かな不安を感じ、畳み掛けるように言葉を継ぐ。

「ホントにそうなのか? つい先程まで敵だった者を、しかも母国を裏切った者をそうすんなりと受け入れてくれるとは思えんのだが・・・」

大丈夫です。どちらにしても浩之さん、貴方の後ろ盾は私たちなんですよ。誰にも、お爺様である皇帝陛下にも文句は言わせません。必要なら私の婚約者になってくれてもかまいません(ポッ)

芹香も珍しく声を大きくして浩之を説得しようとする。最後には思い余ってとんでもない発言をしてしまい、顔を赤く染めた。

浩之もそれに釣られて顔を赤くするが、直ぐに首を振って正気に戻すと話し出した。

「参ったなあ、2人の気持ちはたいへん嬉しい・・・」

「なら、来てくれるのね?」

綾香が浩之の言葉を遮って確認しようとする。

「・・・が、その申し出には受ける訳にはいかないんだ。すまない」

「・・・チョット、それってどういうこと! まさか、いずれは消滅する運命の祖国がそんなに愛しいの? 返答次第ではただじゃ済まさないわよ」

 申し出を断られた事に激昂して綾香は浩之に詰め寄り、胸倉を掴む。

「おいおい、綾香、落ち着けって・・・・芹香さんもコイツを止めて下さいよ・・・」

胸倉を掴まれた浩之は慌てて綾香を宥めようとする。

綾香ちゃん、落ち着いて・・・

「姉さん、何でそう落ち着いているのよ。せっかくの申し出をコイツったら・・・・」

芹香の声に振り向いた綾香は反論しかけるが、ジイッと見つめる芹香の瞳に気圧されて黙り込んだ。そして、しぶしぶ、手を放すと席に戻る。

浩之さん、どうしてですか? もしかして綾香ちゃんの言ったような理由なのですか?

芹香は椅子にへたり込んだ浩之に目を向けると訊ねる。

「・・・いいや、そんな事じゃない。だけど、その申し出を受けるって事は、今迄オレを信じて付いてきてくれた連中を見捨てるのと同じだ。オレ自身の事はどう言われようと構わないがオレのせいであいつ等を苦しませる訳にはいかないからな。まして、祖国に居る義兄や義姉、戦友たちを残して〈帝國〉に行く事は出来ない。」

浩之は共に戦ったあかりや葵、琴音たちの事を思い浮かべながら淡々と理由を述べた。

そんな彼をしばらく注視した後、芹香は小さく息を吐いて答える。

・・・分かりました。今のところは諦めましょう

「チョット、姉さん! なんで、そんなあっさり引き下がるのよ! もう、こうなったら腕ずくででも言う事を聞かせてやるわ!」

綾香ちゃん、ダメですよ。そんな事をしたら《大協約》に反しちゃいます

綾香が指を鳴らしながら立ち上がろうとするのを芹香が手で押さえて止める。身の危険を感じて逃げようと腰を浮かしていた浩之はホッとして座りなおした。

「浩之、姉さんと《大協約》に免じて今回は許してあげるわ。ホントとても残念ね。でも、後悔する事になっても知らないわよ」

綾香は浩之を睨みつけながら言い放つ。

「綾香、『今回は』て・・・オレとオレの大隊は明後日、捕虜交換の為、港に護送される事になっている。多分もう逢う機会は無いと思うが」

浩之は首を傾げて答えた。そこへ芹香が追い討ちをかける。

「そうでしょうか? 私はまた会える気がしますが・・・・ですから私が貴方の国を征するまで絶対に生きていて下さい。そして、占領したあかつきには迎えに行きますから。って芹香さん、なんだか燃えてません?」

何故だか俄然ヤル気を出し始めた芹香の様子に訝しがる浩之。

「はい、此度の征途は余り気が進みませんでしたが、急にヤル気が出てきました。って・・・・・」

「そうね、あたしからもお願いするわ。絶対に死なないでね。タァップリとお礼をしてあげるから。」

「綾香まで・・・ったく、しょうがねぇなあ。分かった。可能な限り努力はするが、確約は出来ないぞ」

 浩之は内心、藪蛇だったなあと思いつつ、二人の願いに答える。

大丈夫です。信じていますから

「期待しているわ」

2人はそう言って頷いた。

これを最後に謁見は終了し、浩之は退出した。

 

 

 

浩之ら独立剣虎兵第11大隊は祖国への帰途に着く。途中、何時ぞやの天龍とも再会し、友好を深める。

帰還後、同期の友や可愛い姪と共にのんびりとした日々を過ごすが、

動き始めた策謀の渦中に否応無く飲み込まれていく浩之。

運命の岐路の第5話。さて、どうなりますやら()

 

 

 

 

 

★あとがき代わりの座談会★

雑貨屋:「ハ〜、やっと書き終わった。つ、疲れたぁ〜」

HMX13セリオ:「ハイ、確かに。」

雑貨屋(以後、雑):「・・・・なあ、良いだろ、これ外してくんない?」

足元に繋がれた鎖を指差す。

HMX13セリオ(以後、セ):「ダメです。まだ、あとがきが残っているでしょう?」

雑:「ったく、良いじゃないかよ。そんなの適当に済まして置けば・・・・」

セ:「ダメです! そう言う事だから去年のうちに完成するはずが、年を越しちゃったんじゃないですか!」

雑:「はいはい、分かりました。・・・では、改めて、初心者雑文書きの『雑貨屋』と申します。第4話遅れに遅れて漸く完成しました」

セ:「アシンタント役の『HMX13セリオ』と申します。皆様初めまして」

雑:「今回はいくつか新キャラが登場しておりますが、どうでしょうか? また、お約束とちょっとした遊びもございますので、探してみるのも一興かと」

セ:「まあ、期待しておられた方がいるとは思えませんが、今後ともよろしくお願いします」

雑:「きつい事をさらりと言うねぇ」

セ:「はい、それも役柄と心得ていますから」

雑:「はあ〜、もういい・・・・ええと、最後まで読んでくれた方ありがとうございました。第5話も出来る限り早く挙げたいと思いますので見捨てないで下さい。」

セ:「ご意見、ご感想、または、苦言などございましたら下記のアドレスへどうぞ」

雑&セ:「それではこれにて・・・!」

(突如、乱入して来る者)

?:「オイ、コラ、一体あの扱いは何だ!」

雑:「何しに来た? ミイラもどき」

ミイラもどき(以後、ミ):「どうもこうもあるか! どういうつもりだ? エエッ!」

雑:「あのな、オマエは本来お役御免だったのを、惜しいと言ってくれた方が居たんで折角復活させてやったのに不満なのか?」

ミ:「当たり前だ! あんな役貰ったって嬉しくないやい! 天ty!」

殴りかかるミイラもどき。が、直前で硬直して倒れる。背後にはセリオが立っている。

セ:「排除完了」

雑:「ご苦労様、収集袋に入れて生ゴミで出しといてくれ」

セ:「分かりました。・・・・・全く、出番があるだけマシだと言うのに、欲を出すから・・・・」

袋に詰めて去っていくセリオ。

雑:「さてと、お見苦しいところを見せてしまい。申し訳ありません。これにて、お開きといたします。最後までありがとうございました」

セ:(戻ってきて)「ご意見、ご感想、苦言などございましたら、下記のアドレスへどうぞ、剃刀、白い粉入りもOKです」

雑:「できれば、後の方は勘弁して下さい()

 

 

Eメールアドレスはこちら ninesilverfoxes@k3.dion.ne.jp





管理人のコメント


 捕虜となってしまった浩之たち。彼らにも新たな出会いがあるようです。

>「何かよ・・グフッ!」
>「あ゛・・・フ、フンッ! 捕虜のクセになかなか出てこないアンタが悪いのよ。自業自得だわ」

 私は「WHITE ALBUM」はやったことが無いのでわからないのですが、マナと言うのはこう言う面白いキャラのようですね。

>「実は鎮定軍司令官閣下が、貴官の取り扱いに興味をもたれていましてね。まぁ、興味を持っている事に関しては私も同じですけど」

 弥生と芹香たちでは「興味」の種類がだいぶ違うような気がします(笑)。

>急所を蹴られた包帯男は廊下に突っ伏し、ピクピクと痙攣を起こしている。

 矢島…いとあわれ(笑)。

>浩之が急ぎ振り返って歩き出そうとした途端、何か柔らかいモノに衝突する。

 原作と全く同じ出会い方ですね(笑)。ちょっと違うのは、このすぐ後に綾香も出てくることですか。

>「何しに来た?」
>「おいおい、わざわざ見舞いに来た人間に言う言葉かそれは?」


 この二人…仲が良いんだか悪いんだか。元ネタでは新城とバルクホルンは友人同士になりますが。

>「情けないぞ、マイ同志和樹! 忘れたのか? 来週末にはあの[こみパ]があるのだぞ!」

 やっぱりあるのか(笑)。

>あのな、それじゃオレがスケコマシみたいに聞こえるじゃないか。

 違うとでも言いたいのか。


「・・・いいや、そんな事じゃない。だけど、その申し出を受けるって事は、今迄オレを信じて付いてきてくれた連中を見捨てるのと同じだ。オレ自身の事はどう言われようと構わないがオレのせいであいつ等を苦しませる訳にはいかないからな。まして、祖国に居る義兄や義姉、戦友たちを残して〈帝國〉に行く事は出来ない。」

 この辺はさすが浩之と言うところでしょうか。新城ならもっと捻じ曲がってますからね。

 さて、次回では浩之も釈放されて故郷へ戻れるようですね。しかし、彼を巻き込む陰謀も進行中。
 浩之の運命がどうなるのか楽しみです。


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