世界名作童話劇場G


「長靴を履いた猫」



 昔々のそのまた昔のお話です。ある国に3人の兄弟がいました。一番上の兄は橋本、二番目の兄は矢島、そして末っ子の名前は浩之と言いました。
「おい待てコラ!橋本先輩はともかく矢島が俺の兄貴と言うのは納得いかん!」
 そんなこと言ったって配役なんだからしょうがないでしょう。
 ともかく、3人の家は結構な大地主の家柄だったのですが、ある日、父親が重い病にかかってしまいました。治療看病の甲斐も無く父親の病状は重くなる一方。ついに自分の死期を悟った父親の長瀬氏は、3人の息子を枕元に呼びました。
「ごほっ、ごほっ!どうやら私はもう長くはないようです。そこで、君たちに遺言を伝えたいと思います…って、いきなり冒頭で死ぬ役ですか私!?」
 出番がもらえただけ幸せな事だと息子たちは思いましたが、とりあえずここは役柄に徹します。
「なに弱気な事を言っているんだ。しっかりしろよ、親父!」
 お約束の励ましに、長瀬氏はお約束の一言で応えました。
「良いんですよ。自分の身体の事は自分が一番良く知っています」
 そう言うと、長瀬氏は一枚の紙を差し出しました。それが遺言状のようです。3人の息子たちはその紙を手にとって覗き込みました。
「なになに…長兄に財産の3分の2を、次兄に財産の3分の1を相続させる?」
内容を確認したとたん、橋本と矢島は小躍りしました。それだけあれば一生遊んで暮らせるほどの財産です。一方、浩之は尋ねました。
「おい、親父…俺の分はどうなるんだ?」

へんじがない。ただのしかばねのようだ。

 「おいコラ親父!いきなり死ぬなっ!!俺はどうすれば良いんだっ!?第一ゲームが違うだろうが!!」
 浩之は長瀬氏をがくがくと揺さぶりますが、当然死んでいるから返事は出来ません。
 未練がましく遺言状を見返すと、ちゃんと彼の取り分も記載されていました。ほっとして続きを見ると、そこにはこう書いてあります。
「末子には、私の飼い猫を相続させる」

 浩之が固まっていますと、いきなり後ろから蹴り飛ばされ、家の外に叩き出されました。
「ぬおっ!?な、何しやがんだ矢島っ!!」
 浩之が蹴り飛ばした相手を悟って抗議しますと、矢島はフンと鼻で笑いました。
「ここはお前の相続した財産じゃない。さぁ、とっとと出て行きな!」
「そうだそうだ。とっとと行ってしまえ」
 橋本もそう言いながら、こっそりと感涙にむせんでいました。まぁ、シリーズ始まって以来の下克上成功なのですから無理もありません。

「うぉのれ〜…今に見てろよ。しかし…これからどうしたものかな」
 結局、とぼとぼと屋敷の敷地を出てきた浩之は、道端の切り株に腰掛けて考えを巡らします。
「とりあえずは街に行くべきだな…仕事を見つけなきゃ野垂れ死にだ」
 いろいろ考えてみましたが、結局のところそれしかないようです。諦めて立ち上がった時、彼の前に小柄な人影が現れました。
「うん?…おおっ!?」
 浩之は絶句しました。それは、一人の少女でした。世界観を豪快に無視する体操服に赤いブルマを装備し、手にはグローブをはめた女の子です。
「こんにちわっ!」
 その少女が元気良く挨拶しました。
「あ、あぁ…こんにちわ。って、君は?」
 浩之はつられて挨拶を返し、それから根本的な質問をしました。すると、女の子はにっこり笑って答えました。
「はい、長瀬さんに飼って頂いていた猫の葵と申しますっ」
「…は?」
 浩之は凝固しました。
「あの…どうかしましたか?」
 葵の心配そうな言葉に浩之は我にかえりましたが、まだショックが隠し切れないらしく、油の切れたロボットのようにぎこちなく彼女を観察します。すると、確かに頭には猫耳が生えてますし、背中から尻尾が見え隠れしています。また、さっきは気づきませんでしたが、彼女の首には鈴の付いた首輪がはまっていました。
「いや…ちょっと待ってくれ…」
 浩之は猫と自称する葵の姿に頭を抱えたくなりました。確かに見た目の属性は猫っぽいのですが、何かが激しく間違っているような気がします。
「なぁ…葵ちゃん…だっけ?」
「はい、なんでしょう?」
 呼びかけに素直に応じる葵に、浩之は尋ねました。
「その格好は一体なんだい?」
「はい?」
 質問の意味が分からない、と言うような顔をする葵に、浩之は質問の仕方が悪かった事に気づいて、もう少し突っ込んだ聞き方をします。
「いや、だからさ…なんで体操服とブルマなんか着てるのかって事」
 すると、葵は納得したと言うようににっこり笑って言いました。
「いやですね。これは身体の模様ですよぉ」
「嘘付くなああぁぁぁぁぁ!!」
 確かに猫ならば身体に模様があってもおかしくはないですが、こんな模様の猫がいるはずがありません。
「だ、大丈夫ですか?落ち着いて下さい」
 興奮する浩之に、葵が優しく呼びかけます。
「はぁ…まぁ、良いか。似合ってる事は確かだしな」
 どうやら、浩之の中で何らかの折り合いが付いたようです。
「わかった。とりあえず…街へ出るぞ」
「はいっ、ご主人様っ」
ごち
 葵の自分への呼びかけに、足を滑らせた浩之が豪快に後頭部を地面に打ちつけました。
「ああっ!?ご、ご主人様っ!?」
 慌てて駆け寄る葵。起き上がった浩之は目を白黒させて彼女に尋ねます。
「待て待て待て待てっ!なんだその『ご主人様』ってのわ!?」
「だって、私は飼い猫ですから…飼い主の方をそう呼ぶのは自然かと」
 葵は何が不思議なんですか?と言いたげな表情で首を傾げました。しかし、浩之としては冗談では済まされません。いくら身体の模様だとか言われても、体操服姿の猫耳少女に「ご主人様」と呼ばせる自分の図と言うのは…
 どう見てもただの危ない人です。でも、ここはおとぎばなしの世界ですから、そう気にしなくても良いのに、半端に常識が残っていると人間損をします。
「ほっとけ。ともかく、ご主人様はやめてくれ」
 浩之がそう言いますと、逆に葵が尋ね返してきました。
「はぁ…では、何と呼べば良いんでしょうか?」
 浩之は特に考えも無く答えました。
「別に浩之で良いぜ」
 ところが、これには葵の方が難色を示しました。
「ええっ!?だ、駄目ですよ。私は猫なんですよ?それなのに呼び捨てなんて…」
「う〜ん…」
 しばらく、相手をどう呼ぶかで議論が続きました。
「え〜、では、私の方は先輩とお呼びする事で良いんですね?」
「あぁ、こっちは君を葵ちゃんと呼ぶ」
 どうやら妥協が成立したようです。「ご主人様」も呼び捨ても駄目で、「先輩」が良い理由は良く分かりませんが、なんとなく葵が浩之を呼ぶ言い方としては似合っているようです。
「じゃあ、街へ仕事を探しに行くぞ。行こう、葵ちゃん!」
「はいっ、先輩っ!」
 こうして、ようやく二人…いや、一人と一匹(?)は街へ向かう事になったのでした。

 さて、街へやってきた浩之ですが、早速世間の厳しさを味わう事になっていました。
「仕事?うちには無いなぁ」
「今は人は募集してないのよ」
「悪いが他を当たってくれないかな」
 仕事を探しに行けば、全てこの調子で断られ…
「う〜ん…うちではペットはお断りなんですよ」
「猫が入ると壁を傷つけられる事があるし…」
「悪いが他を当たってくれないかな」
 家を探しに行っても、やはりこんな調子です。最初は何とかなるだろうと楽観視していた浩之も、さすがに手元不如意になってくると動揺を隠せません。
「まずい…金がもう残り少ないな。もしこのまま仕事も家も見つからないと…」

 もう季節は冬。お金はとっくの昔に尽き、一文無しで雪の街をさまよう浩之と葵。やがて街の大きな教会で一夜を明かそうとした彼らは、教会の大壁画を見上げて感動しながら
「葵ちゃん…俺はもう疲れちゃったよ…とても眠いんだ…」

「それは嫌だ」
 浩之は言いました。若い身空で「懐かしのアニメ特集」のトリを昇天シーンで飾るような羽目には陥りたくありません。だいたい猫ではなく犬の話ですし。
「何がですか?」
 と、葵。
「いや、何でもない…ただ、このままだとお金がちょっとね」
 少し暗い表情で浩之が答えますと、葵がグローブのはまった手をぽんと打ちました。
「じゃあ先輩、ここは一つ、私に任せてもらえませんか?」
 葵の唐突な申し出に、浩之は戸惑います。
「任せてって…何を?」
「良いから良いから。私と一緒に来て下さい」
 そう言うなり、葵は浩之を引っ張って、強引に街の郊外にある森の中まで連れてきました。そこには、小さな川と、そこにかかる石橋だけがありました。
「ここです。ここなら先輩の運が開けますよ」
 葵は相変わらず良く分からない事を言います。浩之が困っていると、葵はさらに、どこからともなく赤いグローブを取り出し、浩之に手渡しました。
「これをはめて、橋の上に立っていて下さい」
 浩之は、訳が分からないながらも葵の言う事を聞いて、グローブを手にはめました。そして、石橋の上に立ちます。
「それじゃあ、あとはそこでしばらく待っていて下さいっ。私はちょっとそこら辺で見てますから」
 葵はそう言い残して、道の脇にある繁みに飛び込んで姿を隠しました。浩之としてはますます訳が分かりません。
「う〜ん…葵ちゃんは一体俺に何をさせたいんだ?」
 浩之は首をひねりながらも、手持ちぶさたにグローブ同士をばすばすと音を立てて打ちあわせます。するとその時、遠くの方から、がらがらと言う謎の音が聞こえてきました。
「うん?」
 浩之は顔を上げてその音のする方向を見ました。その方向では、橋を通る道が森の中へ急カーブを描いて消えています。
 そして、そのカーブから一台の馬車が出現しました。
「うわあああぁぁぁぁぁっっ!?」
 悲鳴を上げる浩之の前で、その馬車は辛うじて停車しました。すると、かんかんに怒った御者が降りてきて、浩之につかみ掛かります。
「小僧!貴様、この馬車にどなたが乗っているのか知っていての狼藉か!?」
 そう言うや否や、浩之の首根っこをつかんでがくがくと揺さぶります。おかげで、浩之は答えようにも酸欠で金魚のように口をぱくぱくさせるだけ。とても質問に答えるどころの騒ぎではありません。
(…あ…光が見える…)
 御者の攻撃に、今まさに別世界への扉を開きかけていた浩之でしたが、一人の女性の声が彼の生命の危機を救いました。
「やめなさい、セバスチャン。その人、死んじゃうわよ?」
「…はっ」
 どさっと音を立てて、浩之は地面に投げ出されました。
「うぐっ、げほっ、ごほっ! し、死ぬかと思った…」
 喉をさすりながら言った浩之の前に、馬車から降りてきた女性が立ちました。
「あなた、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫…!?」
 浩之は絶句しました。彼の生命を救った女性は、黒髪の美しい少女だったのです。
「綾香様、そのような下賎の者と軽々しくお話をされてはなりません」
 御者のセバスチャンが言いますが、綾香は一向に気にした様子もなく、浩之に近づきます。そして、「立てる?」と聞きながら手を差し伸べました。
「…はっ!?あ、あぁ…平気だ」
 浩之は答えて彼女の手を取ろうとしましたが、自分がグローブをはめていた事を思い出しました。そのグローブを目にしたとたん、綾香の目が怪しい光を放ちました。
「グローブ!貴方、挑戦者ね」
「え?」
 立ち上がった浩之に、綾香が素早く離れて戦闘体勢を取ります。
「な、何だ!?」
 驚く浩之に、綾香は素早く近づき、必殺パンチを放って来ました。何が何だか分からない浩之はまともにそのパンチを受けてしまいます。目の前が暗くなり、浩之はその場に倒れました。

「…ぱい」
「…んぱい」
「せんぱい」
 どこからか葵の声が聞こえてきて、浩之は目を覚ましました。
「うう…あ、葵ちゃん?」
 目を開けると、浩之の目の前に葵の顔がありました。その顔がたちまち泣き笑いになります。
「よかった、目を覚ましてくれたんですね、先輩」
「ここは…どこだ?」
 浩之が聞きますと、葵はどこかを指差して答えました。
「さっきの橋の傍ですよ」
 浩之が頭を動かしてみると、そこには確かに例の石橋が見えました。ですが、もうあの馬車と怖い御者、そして綾香はもう見えません。
「そうか…ん?」
 その時、浩之は今の自分の姿に気が付きました。なんと、葵に思い切り「ひざまくら」されていたのです。
「わ、わわっ!?」
 浩之は慌てて飛び起きました。しかし、頭にちょっと気持ちの良い感触が残っています。
「どうかしましたか?先輩」
「なんでもない…」
 小首を傾げて問い掛ける葵の言葉に顔を赤くしながらも、平静を装って答えた浩之でしたが、すぐにさっきの出来事を思い出して葵に質問します。
「葵ちゃん、さっきの馬車の女の子…いきなり俺をぶっ飛ばしたみたいだけど、あれはどういう事だい?」
 すると、葵は意外な事を言い出しました。
「あの人は、この国のお姫様の綾香さんですよ。綾香さんは自分より強い人となら結婚するって言ってるんです」
 浩之は頭を抱えました。
「あ〜…それはつまり俺に綾香さんに勝って逆玉の輿を狙えと」
 葵は頷きました。
「はいっ!先輩にならきっと出来ます!」
「無茶言うなぁ!!」
 浩之は絶叫しましたが、結局仕事が見つからないため、毎日のように綾香に挑んでは返り討ちにされる日々を送る事になったのでした。

 それからしばらくして、またあの石橋のところです。
「甘いっ!」
「ぐふあっ!!」
 今日も、綾香に勝負を挑んだ浩之が地面に倒されました。これで何回負けているのか、もう数える気にもなりません。
 しかし、綾香はあちこち痛む腕をさすりながら誉めました。
「やるわねぇ…浩之。私とここまで戦えた挑戦者は、あなたが初めてよ」
「うぅ…後少しだったかもしれないのに」
 一方の浩之は悔しがっていました。この所の連戦で彼も急速に技量を上げており、今ではそこらへんの格闘家には負けないくらいの強さになっているのです。綾香とではまだまだレベルが違いましたが。
 その綾香ですが、やっと身体を起こして川の土手に座り込んだ浩之の横に座り込みました。
「ふぅ…見てろよ。絶対に勝ってやるからな」
 そう浩之が言いますと、綾香は「うん、楽しみにしてる」と答え、いきなり浩之の身体に寄りかかってきました。
「わっ?あ、綾香!?」
 慌てる浩之に、綾香は顔を上げるとものすごい事を言い始めました。
「でも、私は浩之なら勝ち負けに関係なく…」
 その様子を、葵がじっと木陰から見ていました。
(そこですっ!先輩!頑張って綾香さんをゲットして下さい!)
 どうやら思い切り野次馬根性のようです。浩之と綾香が良い雰囲気になるのを、しっぽを振りながら見ています。
 するとその時でした。空がにわかにかき曇り、雷鳴が鳴り響きました。
「なにかしら?」
 その急な天気の変化に綾香が首を傾げた時、突然隣に座っていたはずの浩之の姿が消えました。
「!?…浩之!?どこに行っちゃったのっ!?」
 綾香が慌てて辺りを見回した時、黒雲で覆われた空に、一人の人物の姿が浮かび上がりました。それは、綾香によく似た、でも物静かそうな少女です。
「あなたは姉さん…じゃなかった、東鳩山の魔女の芹香!!」
 どうやら知っていた顔らしく、綾香が声を上げた時、魔女の芹香の唇が微かに動きました。
「え…?花婿として浩之さんは貰って行きます…?ず、ズルいわよ姉さん!浩之は私が先に目を付けていたのよ!!」
 綾香は抗議しましたが、芹香は聞く耳持たなかったようで、一方的に言いたいことだけ言うと、さっさと消えてしまいました。
「ああっ!待ちなさいよ姉さん!!…うぉのれ〜…こうなったら直接ナシ付けに行くわよっ!!」
 綾香がぶんぶんと手を振り上げて決意を表明しますと、その前に葵が飛び出してきました。
「綾香さん!私も行きますっ!!」
 葵の顔を見た綾香はにやりと笑いました。
「長瀬の家に送り込んでおいた葵ね。浩之の連れ出しご苦労様。じゃあ、姉さんの魔の手から浩之を取り返しに行くわよっ!」
「はいっ!」
 二人…ではなく、一人と一匹は拳を空に突き上げて叫びました。どうやら、葵は浩之を手に入れるために綾香が送り込んだエージェントか何かだったようです。おそるべし、国家権力。
 そんな回りくどい事をするんだったら、最初から直接お城に呼び出せば良いのに…と思わないでもないですが、それをしないのがこだわりと言うものなのでしょう。ともかく、綾香と葵は東鳩山の魔女の城に向かうのでした。

 さて、所変わってここは魔女の芹香さんのお城です。その最上階の一室に、芹香と浩之がいました。浩之は眠らされているのか、ベッドに横たわって身動き一つしません。
 芹香はその横に座って、じっと浩之の顔を見つめていました。やがて、その顔がぽっと赤くなりました。どうやら、見ているだけで結構幸せなようです。
 すると、かたわらの机の上においてあった水晶球が、赤い光と共に警告音を発しました。芹香がそれを止めて覗き込んでみますと、水晶球を通じて外の様子が見えてきました。
 そこには、城壁と堀を難なく突破してきた綾香と葵の姿が映し出されていました。芹香は少し考え込み、ぱんぱんと手を叩きました。
「お呼びですか?」
 すると、芹香の背後に何者かが出現しました。どうやら、芹香の使い魔のようです。葵よりも豊かなさらさらの毛並みを持つ猫です。
「…」
 芹香が何かを命じますと、その猫は頷きました。
「侵入者を追い出せば良いんですね?このねこっちゃにお任せ下さい」
 そう言うと、ねこっちゃは掻き消えるようにしてその姿を消します。芹香はそれを見届けて、再び幸せそうに浩之の顔を見るのでした。

 一方、綾香と葵は城の中に入ろうと庭を横切っていました。すると、もう少しで玄関、と言うところで急に目の前に人影が現れました。ねこっちゃです。
「そこまでです。芹香さんの命により、侵入者であるあなたたちを…って、葵ちゃん!?」
「そう言うあなたは琴音ちゃん!」
 二匹の猫はお互いを指差して叫びました。怪訝に思った綾香が葵に尋ねます。
「知り合い?」
「はい、猫学校の同期で魔女猫を目指していた琴音ちゃんです。まさかこんなところで再会するなんて…」
 葵が言いますと、使い魔の「ねこっちゃ」こと、猫の琴音も昔を懐かしむような表情になりました。ちなみに、琴音が本名で、ねこっちゃは使い魔としての名前です。
「本当ですね…私も侵入者が葵ちゃんだとは思ってもみませんでした」
 同期生同士が昔を懐かしむ空気に浸っているのを見て、綾香が口を挟みました。
「えぇと…琴音ちゃんだっけ?私たちはどうしてもこの中へ入らなきゃいけないのよ。通してくれないかしら?」
 しかし、琴音は首を振りました。
「それはできません。私も魔女猫の端くれですから、魔女の命令には従わなくちゃいけないんです」
 そう言うと、彼女の周りに目に見えない力が湧き出てきました。すると、その前に葵が進み出ました。そして、綾香の方を振り向きます。
「綾香さん、ここは私が引き受けます!先へ進んで下さい」
 綾香は驚いて聞き返しました。
「良いの?」
「大丈夫です。さぁ、早く!」
 葵の言葉に、綾香も意を決して城内へ向かって走り出しました。
「させません!」
 琴音がそれを止めようと魔法を撃ちますが、葵が琴音と綾香の間に入り込み、琴音の攻撃をブロックします。その間に綾香は玄関から城の中へ入っていきました。
「あ…」
 それを見送った琴音はため息をつくと、葵の方に向き直りました。
「失敗しちゃったじゃないですか…恨みますよ、葵ちゃん」
「ごめんね。でもこれもお仕事だから」
 謝りつつも、葵は構えを解きません。琴音も戦う気十分です。これからお互いに相手を倒して自分のパートナーを助けに行かなければならないからです。

 その頃、綾香は次から次へと襲ってくる仕掛や魔物を片端からなぎ倒し、とうとう芹香の部屋の前にまで到達していました。その勢いのまま、ノックもせずに部屋のドアを開きます。
「姉さんっ!!いるんでしょうっ!?」
 確認するまでもなく、部屋の中には芹香が立っていました。ベッドには相変わらず浩之が眠っています。
「…」
「え?いらっしゃい、綾香ちゃん?…そんな挨拶してる場合じゃないでしょう」
 芹香の出迎えの言葉に、綾香は額に手を当ててため息を吐きました。ところで、先程から綾香が姉さんと呼んでいますが、魔女の芹香さんは実際にこの国のお姫様だったりします。魔女は副業です。
「ともかく、浩之は返してもらうわよ!」
「…(それはさせません)」
 芹香に向かってダッシュする綾香、それを魔法で迎え撃つ芹香。ここに壮絶な姉妹ゲンカが始まったのでした。

 それからしばらく後、地上では葵と琴音が未だに戦っていました。両者譲らず互角です。
「強くなったね、琴音ちゃん!」
「葵ちゃんこそ!」
 二人(匹?)がそう言って渡り合っていると、突然城の上の方が爆発しました。
「!?」
 何が起きたのかは分かりませんが、葵と琴音が慌てて逃げ出しますと、爆発で崩れた城の上の方が地面に落ち、そのがれきの中から綾香と芹香が出てきました。
「あ、相変わらず無茶するわね、姉さん…」
「…」
「え?綾香ちゃんには及びません…?」
 こくこく。
 芹香が頷きました。どうやら、お互いに大技を繰り出し合ったようです。
「ともかく…勝負はまだこれからよ!!葵!」
「は、はいっ!!」
 綾香と芹香にそれぞれのお供の猫がくっついて、さぁ第2ラウンドだ、と言う時に、両者の中間地点のがれきがいきなり持ち上がりました。
「お、お前ら…いい加減にしろよ…」
 そう言いながら現れたのは浩之でした。さすがに倒壊に巻き込まれた後も寝ている訳には行かなかったようです。
「試合に勝ったら付き合えるとか、そんなのはもうまっぴらだっ!俺は俺で自由に好きな娘と付き合う!今すぐにだぞ!!」
 起きたと思いきや、いきなり爆弾発言をかまします。よほど腹に据えかねたようです。しかし、女の子達は浩之の言葉に俄然色めき立ちました。
(つ、付き合うのは当然私よね!?散々試合でも突きを撃ち合った仲なんだし!)
(…浩之さん)
(わ、わたしは駄目でしょうか…?)
 様々な想いが交差しますが、浩之が選んだのは…
「葵ちゃん、俺と付き合ってくれっ!!」
 一瞬沈黙が訪れ、それから「ええ〜っっ!?」と言う悲鳴が湧き起こりました。
「せ、先輩…良いんですか?だって私、猫なんですよ?」
 葵が信じられない、と言う表情で言いましたが、浩之は一向に意に介しません。
「良いじゃないか。猫耳少女最高!!」
 こんな問題発言を放ちつつ、葵を抱き上げます。どうやら、がれきに埋まったショックで自分に正直になったようです。
「わたしは…?」
 何故か琴音がつぶやきました。確かに彼女も猫ですが、まぁ付き合いが短いので仕方がありません。
「さぁ、葵ちゃん、俺達の明日へ向かって行くぞぉっ!!」
「はいっ…って、どこに行くんですかぁ〜っ!?」
 そのまま浩之と葵の二人は何処かに去っていってしまいました。取り残された3人は呆然としていましたが、やがて仕方が無いので帰っていきました。
 その後、風の噂では浩之と葵は何処か遠くの国に落ち着き、幸せに暮らしたと言う事です。

 なお、せっかく下克上に成功した矢島と橋本ですが、相続税が払えず結局土地を手放す事になり、地道に暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。


あとがき

 久しぶりの「世界名作童話劇場」第八回配本は「長靴を履いた猫」でした。普通葉っぱ作品で猫耳+ブルマと言うと楓ですが、あえて違う配役にしてみました。葵くらい元気な娘じゃないとこの作品の主役は勤まりませんので。
 今回苦労したのは浩之ですね。最近「ひろの」しか書いてないので、すっかり性格を忘れそうです(爆死)。なんか微妙に違うキャラになってる気もするんですが、まぁ良いか。
 なお、全然長靴履いて無いじゃん、と言うツッコミは受け付けません(爆)。
 次回配本の予定は申し訳ありませんが未定です。ネタを仕込み次第書き始めますので、しばしお待ち下さいませ。

2002年 もうすぐ梅雨入りの時期 さたびー拝



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