世界名作童話劇場F「泣いた赤鬼」


 昔々のそのまた昔のお話です。隆山の村の近くにそびえる雨月山に一人の赤鬼が住んでいました。名前を梓と言い、ちょっと気の強そうな美少女鬼です。
 普段は非常に強気な言動を繰り返す梓でしたが、何があったのか、近頃は一日中どこか遠くを見てはあ、と溜息を付く日々を送っていました。
 そんな梓の様子に気が付いたのが、梓の後輩で青鬼のかおりです。
「せんぱい、最近どうしたのかな…ずいぶん元気が無いけど」
 心配したかおりは、さっそく梓のところへ話を聞きに行く事にしました。梓の家に近づくと、窓枠に肘をついた梓が遠い目をして溜息を付いていました。かおりは思わず見とれます。
「はあ…あんな梓せんぱいも萌え萌えだわ…(はぁと)」
 うっとりとした顔で呟くかおり。もはや一目瞭然かとは思いますが、かおりは梓の事が好きで好きで堪らないちょっと危ない性癖の持ち主なのでした。
 とはいえ、このところ毎日ああやって梓が愁いに沈んでいるのは、かおり的には萌える事は萌えるのですが、やはり元気な梓の方がより萌えると言うものです。
「そうだわ!私が梓せんぱいの悩みを解決してあげれば…」

……
………
(かおり妄想)
「…かおり、お前のおかげであたしの悩みはばっちり解決したよ。ありがとう」
かおり「そんな…わたし、当然の事をしたまでです」
「それでさ…あたし、気づいたんだ。そんなかおりに一番そばにいて欲しいって」
かおり「(赤面)…せ、せんぱい…それって…」
「好きだよ、かおり…」
かおり「せんぱい…」
(2人、抱き合う)
………
……

「なんちゃってなんちゃっていやいやいや〜〜〜んっ!!」
 自分の妄想に顔を赤らめて地面を転がりつつ悶えるかおり。はっきり言ってムチャクチャ怖いです。
「そうだわ、そうすれば梓せんぱいと…そうと決まれば早速行動あるのみよ!!梓せんぱ〜〜い、かおりが今行きま〜〜〜す!!」
 かくして爆発妄想娘、かおりは己の妄想を現実にすべく、ただちに行動を開始したのでした。

 所変わってここは梓の家。今日も今日とて梓は空を見上げて溜息を付いています。そこへ、かおりがやってきました。
 どんどんどんどん
「…誰だ?」
 ノックの音に、梓は我に返ります。
「梓せんぱい、かおりですっ!!」
「ああ、かおりか…どうしたんだ?」
 突然尋ねてきた後輩を梓は迎え入れました。普段だったら鬼の本能で危機を察知するはずですが、それができないくらい悩んでいるようです。
「お茶でも入れようか、って、かおり…なにしてんだ?」
 梓が湯飲みをもって振り向くと、かおりは部屋の中でなにやら陶酔しきった表情を浮かべています。
(ああ…ここがせんぱいのお部屋…部屋中にせんぱいの匂いが…)
 妄想にふけるかおりでしたが、梓に肩を揺り動かされて目が覚めます。
「おいっ!かおり!どうしたんだ!?」
「はっ…!あ、大丈夫です。せんぱい…ちょっと考え事を」
 かおりはなんとかごまかしました。
(ふぅ…あぶないあぶない。もう少しでえいえんの世界へ逝くところだったわ。せんぱいと二人でなら逝っても良いけど…なんてね。きゃっ☆)
 ゲームが違います。
「…かおり?大丈夫か?」
「はっ!?あ、だ、大丈夫です!」
 またしても妄想にふけりそうになったかおりですが、なんとか踏みとどまりました。
「で、今日は何の用だ?」
 梓の言葉に、かおりは今日ここへ来た理由を思い出しました。
「あ、えっと…その、最近せんぱいが何か悩み事を抱えているように見えたものですから」
 かおりが言いますと、梓は胸を付かれたような顔をしました。
「そ…そうか…かおりにもわかっちまうか…」
 溜息を付く梓。かおりは梓を元気付けようとそばに駆け寄り、梓の手を握って言います。
「せんぱい…元気出して下さい。そうだ。良かったら、わたしに悩みを話してみませんか?できる事なら何だって手伝いますから…」
 できるだけ一生懸命かつ健気な感じで訴えるかおり。梓はポツリと独り言のように答えました。
「…そうだな…誰かに話すのも良いかもしれないな」
「そうですよ!一人で抱え込んでいても何も解決しません!」
 かおりは笑顔で言いました。とりあえず、これで好感度を稼いだ事を確信します。
「で、何を悩んでいたんですか?せんぱい」
 かおりの言葉に、梓はかなり躊躇いながらも、とうとう悩み事を口にしました。
「実はあたし…今、好きな人がいるんだ…」
「…えっ!?」
 かおりはその一言にフリーズしました。
(実はあたし…今、好きな人がいるんだ…)
 梓の言葉が頭の中でリフレインします。かおりはゆっくりと梓の顔を見ました。顔は紅潮し、恥ずかしそうにかおりから視線を外しています。
(せ、せんぱい…それって、もしかして…わたしの事ですか?)
 なんでやねん。
 思わずそうツッコミたい所ですが、かおりの爆裂妄想パワーは暴走します。

……
………
(かおり妄想)
「その好きな人って言うのは、かおり…お前なんだ」
かおり「そうだったんですか。せんぱい、実は私も前からせんぱいの事が…」
「…そうだったのか?」
かおり(こくんと頷く)
「はは…なぁんだ。馬鹿みたいだなあたし。こんな事なら早く言えば良かったよ」
かおり「嬉しいです…せんぱい」
「かおり…」
(2人、抱き合う)
………
……

「なんちゃってなんちゃっていやいやいや〜〜〜んっ!!…って、今何とおっしゃいましたか?せんぱい」
 妄想中でしたが、ある聞き捨てならない一言を耳にしてかおりは正気に返ります。
「いや…だからさ。相手は麓の隆山村の猟師で、耕一って言う奴なんだ…」
 ぐがーん!!
 かおりは16トンの鉄のおもりが頭に直撃したかのような凄まじい衝撃を受けました。
(お、男…!?せんぱいの好きな人って…男っ!?)
 考えてみれば梓は「好きながいる」とは言いましたが、「好きながいる」とは一言も言っていないので、かおりの妄想は前提条件からして既に大間違いでした。まぁ、いつもの事ですが。
(ど、どうしてなんですか…せんぱい。わたしというものがありながら、なぜ男…それも人間のなんかに…!!)
 ショックに打ちひしがれるかおりに、梓は顔を赤らめてなぜ耕一の事を好きになったかを話していますが、そんな話は別に誰も聞きたくないでしょうし、作者も書きたくないので割愛します。
「まぁ…そう言う訳で…でも、話したらちょっとは楽になったよ。ありがとう、かおり…って、どうした?」
 話し終えた梓がかおりを見ると、彼女は真っ白になってぶつぶつと何かを呟いていました。
(…どうしよう…梓せんぱいに迫られたら、人間の男なんてイチコロ(死語)だわ…そうなったら梓せんぱいの純潔が危ない…いいえっ!!だめよかおり!!せんぱいの純潔はわたしのものよ!断じてそんな男には渡せないわ!ええ、そうですともっ!!)
 かおりはとてつもなく危険な事を考えながら、どうしたら良いのか考えていました。梓に心の声が聞こえないのが幸いでした。聞こえていたら滅殺間違い無しです。
(こうなったら、先手を打ってその男を抹殺…いや、そんな事をしたらせんぱいが悲しむわ)
 悲しむ前にあなたが殺されるでしょう。
(ああっ、どうしたら良いの!?何とかしてせんぱいをその男から守るには…そうだわ!)
 きゅぴーん!と音を立ててかおりの頭の上に電球が灯りました(古典的表現)。何やら良いアイデアが浮かんだようです。
「せんぱい、ちょっと用事を思い出したので、これで失礼しますね」
「え?あ、あぁ…わかった。気を付けろよ」
 いきなり色を取り戻し、いきいきとし始めたかおりに、梓は驚きつつも別れの挨拶をします。かおりは頭を下げると、梓の家を出て、一目散に目的地に向かっていきました。

 かおりが向かった先、それは雨月山の鬼たちの中でも嫌われ者で有名な黒鬼の柳川のところでした。
「なんだ…青鬼のかおりじゃないか。何しに来た?」
 柳川は横柄な態度で言いました。彼は腕っ節が強く、頭も良ければ顔もなかなかのレベルでしたが、態度のでかさと悪さとで他の鬼からは嫌われまくっていました。仲が良いのは貴之と言う黒鬼くらいです。ちなみにこのふたりの関係を書くと色んな意味で危険極まりないので省略します。っていうか、書きたくねぇ。
 どうしても知りたい、って言う人は、梓とかおりの関係の逆バージョンと考えれば目安になるでしょう。
 それはさておき、かおりは柳川の態度にちょっとムッとしましたが、ここで機嫌を損ねては彼女の計画は遂行できません。できるだけにこやかに笑うと、低姿勢で話を切り出します。
「えっとですね、実は柳川さんの腕っ節を見込んで、お願いしたい事があるんですよ」
「何?俺の?」
 柳川は興味を示しました。どうやら、上手く釣り上がったようだとかおりはほくそ笑みます。
「実はですね、今度隆山の村を襲おうと思うんですよ。で、是非とも柳川さんに手伝ってもらおうと思っったんです」
「何?隆山村を襲うだと?…それは面白い。久々に大暴れできそうだな」
 かおりの話に、柳川は完全に引き込まれました。こうなればしめたものです。かおりはごそごそと何かを取り出しました。それは、ここへ来る前に隆山村に寄って書いてきた耕一の似顔絵です。
 もっとも、かおりは男の顔を認識できないので、髪型以外は「へのへのもへじ」になっていましたが。
「それで、この男だけはどうしても抹殺してほしいんですよ。殺ってくれれば、襲撃の利益は7:3…いや、8:2で柳川さんのものにして良いですから」
 かおりは恐るべき計略を口にしました。何と言う事でしょうか。彼女は自分で手を下せないなら他人の手で耕一を始末させようと言うのです。まさに人としてやってはいけないことを彼女はやろうとしていました。
…あ、鬼だから良いのか。
「8:2か…悪くないな。しかもこの男を殺すだけか。ふっ、造作も無い」
 柳川は似顔絵を手に、悪鬼にふさわしい凄絶な笑みを浮かべます。でも、なぜその絵で相手が認識できるのでしょうか。鬼の力と言うのは奥が深いようです。
「で、いつ計画を実行に移すんだ?」
「いつでも良いですよ」
 柳川の質問にかおりは答えました。
「そうか…ならば今すぐにでもだな」
 そういうと、柳川はシャキーンと爪を伸ばしました。やる気十分です。
「くくく…みんな壊してやる。焼き尽くしてやる。捧げよ、今宵は殺戮の宴なり…」
 訂正。やる気十分を通り越して暴走しています。
「ふはははぁぁぁ!!狩猟者の衝動が俺を呼んでいるわはぁぁぁ!!」
 完全に暴走しきったところで柳川はねぐらの洞窟を飛び出し、村に向かって猛然と走り去っていきました。
「…ちょっと心配だけど…これでよし。あとは…」

……
………
(かおり妄想)
「そんな…耕一が死んだなんて…嘘だ…」
かおり「せんぱい…気を落さないで下さい。わたしがずっとそばにいてあげますから」
「かおり…ありがとう」
かおり「…せんぱい」
「かおり…」
(2人、抱き合う)
………
……

「なんちゃってなんちゃっていやいやいや〜〜〜んっ!!」
 またしても自分の妄想に顔を赤らめて地面を転がりつつ悶えるかおり。だけど、だんだん無理が出てきてないか、君の妄想は。
「…っと、こうしてる場合じゃなかったわ。にっくき男の最後を見届けなきゃ」
 我に返ったかおりは洞窟を飛び出し、村の方向へ向かって行きました。

 さて、ここは隆山村。普段は平和と言う以外にどんな形容詞も似合わないような、どこからとも無く市○悦子のナレーションが聞こえてきそうな、そんなのどかな村です。
 しかし、その村を突然とてつもない脅威が襲ってきました。言わずと知れた黒鬼の柳川です。
「ふはははは!みんな壊してやるぅ!!」
 柳川が腕を振るうたびに、粗末な家が粉々に吹き飛んでいきます。逃げ惑う村人たち。今のところ死人は出ていないようですが、放っておけば時間の問題でしょう。
「うむ、すっきりした。さて…問題の男はどこだ?」
 とりあえず家を何軒か破壊して破壊衝動をちょっと満足させた柳川はかおりに貰った似顔絵を取り出しました。逃げ惑ったり、遠巻きに見ている村人の中に、それらしいのがいないかどうか比べてみます。
「む、あれか!」
 少し離れたところに問題の男が立っているのを見つけて、柳川は小躍りしました。手に何やら長い棒を持ち、こちらに向けて構えています。
 梓の想い人にしてかおり&柳川のターゲットである村の猟師、耕一君です。
「…あれ?」
 ぱんっ!
 次の瞬間、耕一の持っていた銃が火を噴き、柳川の眉間に直撃しました。
「ふはぁぁぁ!!??」
 激痛にのたうちまわる柳川。さすがに鬼だけあって銃程度では死にはしないようですが、痛い事に変わりはありません。
「くっ、銃が効かない!?」
 焦ったのは耕一です。確実に急所に当てたはずなのですが、鬼の頑丈さは彼の想像以上でした。慌てて弾を込め直す間に、ようやく痛みの薄らいだ柳川がゆらりと幽鬼のような動きで立ちあがります。
「…殺す!」
「うわっ、まずい…!」
 慌てて銃を放り投げて後ろに飛んだ瞬間、柳川の爪が今まで耕一のいた空間を切り裂いていました。
「ぬぅ、ちょこまかと動きおって…大人しく俺の爪にかかれ!!」
「ムチャ言うなっ!!」
 耕一を追い回す柳川。一方で耕一も必死に逃げ回ります。ですが、相手はもともと人間より強い上に頭も切れる怪物。耕一はとうとう水門の上に追い詰められてしまいました。
「くくく…爪で引き裂かれるのと、川に落ちるのと、好きな死に方を選ばせてやろう。どっちが良い?」
「どっちも嫌だっ!!」
「ならば両方だな」
 きらーんと爪を輝かせ、柳川が耕一に襲いかかります。危うし、耕一!と思った次の瞬間でした。
「てりゃああああ!!」
 どばきっ!!
 どこからとも無く飛んできた赤い影が、一撃で柳川を吹き飛ばしました。
「ぐほぁっ!?な、何奴!!」
 銃弾の直撃にも「痛い」だけで済ませた柳川にダメージを与えたもの、それは怒髪天を突く鬼の美少女、梓でした。
「耕一に手を出す奴は、天が許してもこのあたしが許さんっ!!」
「ぬぅ、貴様は赤鬼の梓!面白い!人間よりよほど狩りがいのある獲物だっ!!」
 不敵な笑みを浮かべた柳川はびきびきと音を立てて戦闘モードに入りました。「目付きの悪いクールな美青年」だった外見は、今や見上げるほどの巨体となり、伝説で知られる鬼の姿そのままです。
「ちっ…男の鬼はこれだから嫌だよな」
 梓は舌打ちします。同じ鬼でも、女の梓には戦闘モードはありません。
「でも、やるしかない!!」
 梓は鬼の力を込めた攻撃を柳川に繰り出します。
 ごすどかばきぐしゃべしぼぐごばんっ!!
「どうだっ!!」
 柳川とクロスしながら鬼のような…いや、鬼そのものの凄まじい連続攻撃を叩き込んだ梓でしたが、振り返ってみて愕然とします。
「ふ…こそばゆいな」
 柳川は全くダメージを受けていませんでした。
「や、やばいな…」
 さすがの梓も後頭部につうっと冷や汗を滴らせます。
「今度は俺の番だな…安心しろ。お前は美しいから【検閲により削除】したり【検閲により削除】したりして存分に楽しませてもらおう」
 梓は柳川のセクハラ攻撃にいきなり大ダメージを受けていました。真っ赤な顔で叫び返します。
「そういう恥ずかしい事を言うなっ!!」
「ふっ、行くぞぉ!!」
 その瞬間、柳川の体が消え失せました。
「は、速いっ!?」
 次の瞬間、梓の後ろに現れた柳川が腕を振り上げました。凄まじい威力を秘めた打撃が梓に襲いかかります。
「危ない!!」
 とっさに梓をかばったもの、それはなんと耕一でした。耕一に突き飛ばされた梓は柳川の一撃をくらわずに済みました。しかし、耕一はかすられただけで吹き飛ばされ、水門の下の淵に落下していきます。
「いやぁぁぁ!耕一ぃぃぃっ!!」
 梓は叫びましたが、激しい水柱と共に耕一は淵に落下し、すぐに見えなくなってしまいました。
「ふ…男は消えた。さぁ…もう助けは来ないぞ。せいぜい楽しませてもらうぞ」
 そう言うと、柳川は梓の体を掴み上げました。
「あっ!?く、くそっ!放せっ!!」
 もがく梓。しかし、柳川の腕はびくともしません。柳川の手がいやらしい動きで梓に伸びていきます。
「無駄だ無駄。どこからも助けは来ないぜ。早速楽しませてもら・・・うぶろぁ!!??
 めごしっ!!
 柳川の言葉と行為を強制終了させたもの、それは彼の脳天に炸裂した巨大な杉の木でした。油断していたところにこの一撃を食らったのでは、さすがの柳川もひとたまりもありません。頭から豪快に血を吹き出しつつその場に轟沈します。
「はぁ…はぁ…わたしの梓せんぱいになんてことするのよ…」
「か、かおり!?」
 梓は叫びました。そう、柳川を一撃で昏倒させた巨大杉の木は、梓を守ろうとしたかおりが力任せに引っこ抜き、棍棒代わりに振るったものだったのです。
「せんぱい、大丈夫ですか!?」
 満面の笑みを浮かべて言うかおり。ちょっと予定と違ってしまいましたが、梓の前で彼女の危機を救うと言う見せ場を作ったからには、梓の好感度はがっちりとキャッチしたはずです。しかし、梓の反応はかおりの予測を超えた…いや、予測していないものでした。
「サンキュ、かおり!悪いけど、ちょっとこいつを見張ってて!耕一を助けるから!!」
 言うなり、梓は水門直下の淵にダイビングしました。水柱が上がり、彼女の姿が水中に消えていきます。
「…え?」
 取り残されたかおりは思わず固まったまま水面を凝視する姿になりました。
「な、何でですかせんぱぁぁぁぁい!!」
 我に返ったかおりは魂の叫びを上げました。本来なら、もっと違う展開があってしかるべきだったのにそうならなかったからです。

……
………
(かおり妄想)
「かおり!やっぱり来てくれたんだな!」
かおり「当然です!せんぱいの為ならたとえ火の中水の中!」
「…そうだよな…一発で柳川にのされる人間の男じゃ駄目だ。やっぱりあたしに必要なのはかおり、お前なんだ!」
かおり「せんぱい!」
「かおり…好きだよ」
(2人、抱き合う)
………
……

「なんちゃってなんちゃっていやいやいや〜〜〜んっ!!…なはずだったのよ!それなのにっ!」
 かおりは傍で轟沈している柳川を何か汚いものを見る目で睨みます。
「それもこれもっ!あんたが暴走するからいけないのよ!!」
 自分で頼んだ事は棚に上げてそう言うと、かおりは杉の木を持ち上げ、柳川を徹底的に殴り倒しました。
 どがんっ!どがんっ!!どがんっ!!!
「げふっ!げふっ!!げふぅっ!?」
 やがて生ゴミと化し、モザイクをかけないことには見られなくなった柳川の体を放っておいて、あらためてかおりは水面を覗き込みました。

「耕一…無事でいてくれよ」
 梓は淵の深い方へ向けて潜っていきます。すると、底の方に白い影を見つけました。気を失っている耕一です。胸に耳を付けると、辛うじてまだ心臓は動いていました。
「よし、今なら助かる!!」
 梓は耕一を抱きかかえて水面に向かって泳いでいきました。
「ぷはぁっ!!耕一、しっかりしろ!」
 大声で呼びかけますが、大量に水を飲んでしまった耕一は目を覚ましません。梓は耕一を河原に引き揚げ、お腹を押して水を吐かせました。が、やはり耕一の意識が戻る事はありませんでした。
「く…こうなったら仕方ない」
 梓は覚悟を決め、すっと息を吸うと、自分の唇を耕一のそれに重ねました。いわゆるマウス・トゥ・マウスと呼ばれる人工呼吸法です。

 が、それを見ていたかおりは全く別の解釈をしていました。
(せ、せんぱいが男とキス!男とキス…そ、そんな…その唇はわたしのために取って置いてくれたんじゃないんですかぁ〜〜〜〜っ!?)
 そんな事は梓は知りません。全て君の思い込みです。
 愕然となっているかおりを後目に、梓の人工呼吸は続きます。やがて、耕一は咳き込むと意識を取り戻しました。
「良かった…気が付いた!」
 梓は耕一を抱きしめました。
「う…こ、ここは…君は一体?」
 真っ赤になって照れる耕一。良く見ると、梓の豊かな胸が彼の顔に押し付けられています。
(ああああああああああっ!そ、そんなことまでぇぇぇぇぇぇぇ!!)
 かおりは羨ましさと妬ましさで烈火の如く燃え上がりました。
「そ、そうか…君が助けてくれたんだな」
 そう言う耕一に、梓は首を横に振ります。
「そんな事ない…あたしも耕一に助けてもらったから、これでおあいこだよ」
 がーん!!
 かおりは打ちひしがれました。
(あ、あの…わたしも助けたんですけど…その事には何も言ってくれないんですか?)
るるる〜っと涙を流すかおり。しかし、すべての種をまいたのは自分だと言う事をこの娘さんは理解しているのでしょうか。真っ白になったかおりを放っておいて、耕一と梓の会話は続いていきます。
「そうか…とにかく、ありがとう」
 耕一がそう言って立ち上がると、梓はじっと彼の目を見つめました。
「…どうした?」
 耕一が訊ねると、梓は思い切って言いました。
「その…あたし、あたし、ずっと前から耕一の事が好きだったんだ!」
「ええっ!?」
 驚く耕一。
「だから…その…できれば付き合って欲しいな…なんて…でも、あたしは鬼だし…」
 だんだん語尾が弱くなっていく梓。しかし、耕一はぎゅっと梓を抱きしめました。
「俺はオッケーだぜ。鬼とか人間とかは関係ないよ」
「こ、耕一ぃぃぃっっっ!!」
 梓は泣き出しました。俗に共に死線を潜った者の間の絆が一番強いと言いますが、この2人の間に起きたのもそう言う事でした。泣きじゃくる梓の肩を抱いて、耕一は村に向けて歩き出しました。
「そうと決まれば、さっそく村の人に梓を紹介しなきゃなっ!!」
 かくして、梓は「悪い鬼をやっつけて、耕一を助けた良い鬼」として、村人の歓迎を受ける事となりました。耕一との間も順調に進み、結納も間近です。

 そんな幸せなある日の事、耕一の家の傍に怪しげな影がうごめいていました。
 ほっかむりをして、手には出刃包丁を手にしたかおりです。
(…こうなったら、わたし自らあの男を滅殺するしかないわ。梓せんぱいは絶対に渡さない!!)
 そう覚悟を決めて立ち上がった時、かおりは後ろから肩を叩かれました。
「おい」
「何よ、今これから大事な用が…って、その声はっ!?」
 振り向いたかおりの目に飛び込んできたのは、水門で葬ったはずの黒鬼柳川でした。
「い、生きてたの…!?」
「勝手に殺すんじゃない。ったく…この間はよくも人をたばかってくれたな。お礼に来たぜ。俺からのプレゼントだ」
 そう言って柳川が取り出したのは、黒光りする首輪と手かせ足かせです。かおりが逃げようとする間もなく、柳川は目にも留まらない早業でかおりを拘束してしまいました。
「や、何よ!何をする気なのよおっ!!」
「くくく…安心しろ。痛いのは最初だけだ」
「うそつきぃぃぃっ!いやぁぁぁぁっ!!や〜め〜て〜ぇぇぇ…」
 かおりは悲鳴と涙の尾を引きながら、柳川に引きずられて夜の闇に消えていきました。以後、彼女がどうなったのかは全くの謎ですが、耕一と梓は祝言を挙げ、末永く幸せに暮らしたと言う事です。

めでたしめでたし。



かおり「めでたくなんかないわよぉ〜ぅ!!」
柳川「やかましいわ、このメ(検閲削除)が」


あとがき

 と言う訳で、久々の「世界名作童話劇場」新作、お送りしました。いかがでしたでしょうか?
 原作と話が全然違いますが、まぁそれはいつもの事です(笑)。かおりがちょっと可哀相かもしれませんが、まぁ彼女はそう言う星の下に生まれついたキャラなので仕方がありません。逆に柳川はちょっと美味しかったかも。
 さて、次回は…どうしようかな。まだ決めてません。ごめんなさい。主人公の配役は決まっていてもあらすじ考えてないと言うのが多いので。
 できるだけ早いうちにまたこのコーナーで再会できるように頑張ります。

2001年6月某日 さたびー拝



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