世界名作童話劇場E 「ラプンツェル」
昔々のそのまた昔のお話です。ある村に夫矢島と妻岡田という1組の夫婦が住んでいました。彼らはどう言うわけか子宝に恵まれず、子供が欲しいとずっと念じておりました。
「っていうかー、何であたしが矢島の奥さんなワケー?」
「そりゃこっちの台詞だ」
どうやら子供ができないわけは愛が足りないからのようです。
そんなある日のこと、矢島が仕事に出ようとしますと、玄関に一枚の紙が落ちていました。
「はて、これはなんだろう?」
矢島が紙を拾って見ますと、それは何かのお札のようでした。
「お札かな?こんなものでも願いをかければ聞いてくれるかもしれん。どうか我々に子供ができますように」
軽い気持ちでお祈りをした矢島でしたが、突然お札が光りだし、慌てて矢島がそれを投げ捨てますと、お札から白い煙が「ぼわんっ」と上がり、一人の人物が姿を現しました。
「な、なんだっ!?」
あわてふためく矢島。やがて白い煙が晴れますと、そこには緑色のワンピースを着て、背中に羽根の生えた茶髪にルーズソックスの少女が立っておりました。
「はぁーい(はぁと)。呼ばれて飛び出て、お待たせしました。史上最高の超絶美少女妖精こと、貴方の志保ちゃんよぉん」
「よ、妖精!?」
志保と名乗ったその妖精は、声のした方を見ましたが、そこに矢島を見るとがっかりしたような声で言いました。
「な〜んだ、矢島か」
「な〜んだ、ってどう言うことだよ!くそ〜、岡田と言い、お前と言い、どうして俺のことを…」
自分の扱いの耐えられない軽さに、矢島はるるる〜っと涙を流します。
「だって矢島だもん。そんな事より、アンタ今子供が欲しいって言ったわよね」
妖精の志保が言いますと、矢島は顔を上げます。
「いやまあ、そりゃ欲しいけど…」
「願いかなえてあげよっか?」
志保はが言いますと、矢島はぶんぶんと首を横に振りました。
「いやだ!絶対にいやだ!だって魂とか抜かれるんだろ!?」
心底いやがる矢島。どうも志保が妖精だと言うことが信じられないようです。
「それは悪魔の取引よ。あたしら妖精訪問販売はそんな事しないんだから。だいいちあんたの魂なんか貰ってもしょうがないでしょうが」
志保は呆れた様に言いました。
「まあ、矢島だしねぇ。大した物も持ってなさそうだし…、ま、お札を拾ったラッキーな奴にサービスってことで、庭にラプンツェルの畑を作って、そこをくれれば良いわよ」
「なんだそりゃ…」
ラプンツェルはチシャに良く似た野菜で、妖精が好んでベッドに使う野菜なのです。矢島はラプンツエルはあまり好きではなかったので、あっさり承諾しました。
「よし、いいだろう。ところで、子供の性別は選べるのか?」
「選べるわよ」
「よし、女の子だ!」
何がよしなのかは謎ですが、志保が差し出した契約書に、矢島は言われるままにサインしました。
「おっけー。じゃ、契約成立ね。いっとくけどクーリングオフとクレームはうけつけないからね」
そう言うと志保はお札に戻り、すっと消えてしまいました。
「ふふふー、女の子か…楽しみだな」
なんだか父親じゃない目つきで家に帰った矢島でしたが、待っていたのは目を怒らせた岡田でした。
「な、なんだ、どうしたんだ?」
矢島がその気迫に押されて後ずさりしますと、岡田は玄関の横に置かれた大きなバスケットを指差しました。
「これはどーゆーことよ?説明してもらいましょうか」
矢島がバスケットを覗き込みますと、そこには可愛らしい女の赤ちゃんがすやすやと寝息を立てており、その上には手紙が置かれていました。
「これは貴方の子供です。名前は琴音ちゃんです。可愛がってあげてくださいね(はぁと)。
矢島クンへ 貴方の志保ちゃんより」
……………………
「あのアマぁ――――――!!」
どう考えても言い逃れの利かない手紙の内容に矢島は絶叫しましたが、もう後の祭です。
「そりゃ確かにあたしらは仮面夫婦だったわよ。だからってこんな仕打ちはないわっ!!それにっ!」
岡田は矢島の耳を引っ張って庭に連れて行きました。そこには何時の間にかラプンツェル畑ができており、ロープで結界が張られて張り紙までされていました。
「志保ちゃんの菜園。KEEP OUT!!関係者以外立ち入り禁止」
「これは何よっ!!その志保って女に少しづつ財産を渡して、離婚前に既成事実を作ろうってハラなのね!!」
「ま、待てっ!これは誤解だっ!これは志保との契約で…」
「そんな話なんて聞きたくないわぁ――――――っ!!」
「説明しろって言ったのはお前じゃないか!少しは落ちついて俺の話しを…」
「いやぁ――――――っ!!聞きたくない――――――っ!!」
数分後、暴走した妻岡田にボコボコにされた矢島は、琴音の代わりにバスケットに放り込まれて川を流されて行きました。残された岡田ですが、琴音を見ると不思議と怒りが収まってきました。
「む〜、まあ、結構可愛らしい子だし…一人暮しも寂しいから、面倒見てやるか…」
関西弁使いの眼鏡っ娘以外にはけっこう優しい岡田は、こうして琴音を引き取って育てる事になったのでした。子育ては忙しく、いつしか志保に取られた菜園の事も忘れておりました。
それから十数年後、琴音はすっかり美しい少女に成長しておりました。ですが、やはり妖精に授かった子供だけにちょっと普通じゃないところがあったのでした。身近に迫る危険を予知できるのです。ですが、その危険の発生頻度が半端ではなく…
「あっ!!お母さん!そこ駄目!」
「え?」
琴音が頭を抱えて叫びながらその場にうずくまると同時に、岡田の持っていた野菜サラダのボウルが上から落ちてきた木箱の直撃を受けて吹き飛ばされました。岡田が反応して立ち止まっていなかったら、木箱は岡田の頭を直撃していたでしょう。
「ああ…まただわ…」
「あは、あははは…」
頭を抑えて嘆く琴音と、もはや笑うしかない岡田。この家ではよく見られる光景です。それどころか、この光景は琴音が行くところかならず発生する現象であり、岡田はもう慣れっこでした。道を歩けば馬車が突っ込んでくるし、畑にいれば竜巻が襲ってくるし、買い物に行けば棚の上のかぼちゃが落ちてくるし、良く十数年間生き残れたものです。というか、そこで琴音を見放さないなんて人間丸くなりましたねぇ、岡田さん。
「まあね…」
実を言うと彼女は「噂の予知能力少女の養母」と言うことで有名になっており、「岡田の子育て日記」と題する本がベストセラーになるなど、それなりに収支決算はあっていたのでした。
「ばらさないでよ…それはともかく、サラダは作りなおしね…」
溜息をつきつつボウルを拾い上げ、野菜を切りなおしましたが、一つだけ足りないものがありました。ラプンツェルです。
「ありゃ〜、参ったわね。あれがないと美味しくならないんだけどな…」
そこらへんをうろうろと捜しまわっていた岡田ですが、ふと、庭の片隅にラプンツェルが植えてあったことを思い出しました。
「まだ残っているかどうかわかんないけど…一応見てみますか」
そう言って、岡田は結界のロープを越えて菜園に踏み込みました。その途端でした。
ぼわんっ!
そう音を立てて、妖精の志保が現れました。
「ちょっとちょっと、人の家に土足で上がるのは止めてよっ!」
野外なのに無茶を言います。一方、矢島と志保の契約を知らない岡田は、いきなり現れた生意気な妖精に、怒って志保を捕まえます。ちょっと近親憎悪気味の感情も入っているかもしれません。
「なによアンタは!ここはあたしん家の庭なのよっ!邪魔しないでちょうだい!」
言うなりりんごの木に志保を投げつけてぶつけ、ラプンツェルをむしりとります。
「これで良しっと。さて、サラダサラダ……」
一方、りんごの木に潰れたカエルの様に貼りついていた志保ですが、激怒して起きあがります。
「ああああ、あたしの一番お気に入りのラプンツェルのベッドがっ!?うぉのれぇ〜」
そのまま部屋に飛び込んだ志保は、岡田に向って怒鳴りました。
「子供のできないアンタたち夫婦に子供を授けてやったのに、恩を仇で返すとはこのことね!契約は破棄よ破棄っ!…ところで、矢島はどうしたの?」
「ふっ…別れてやったわよあんなヤツ…それより琴音は渡さないわよ!」
「お、お母さん…」
母親の思わぬ暖かい言葉に潤んだ目で岡田を見つめる琴音でしたが、次の言葉に思わず凍りつきます。
「琴音はあたしの大事な金づるなんですから!…はっ!?」
岡田が失言を悟った時には、もう全てが手遅れでした。
「お母さんが…お母さんが…わたしのことをそんな風に見ていたなんて…もうなにも信じられない!」
琴音が魂の叫びを上げると同時に、家がみしみしと無気味な音を立て始めました。
「はっ!?ここは…危ない!みんな逃げてっ!!」
琴音がそう叫んで頭を抱えてうずくまると同時に、家の梁がみしみしと折れはじめ、床には亀裂が走ります。窓は砕け、ドアは曲がり、まさに家がなにか巨大なものに踏み潰されようとしているかのようです。
「あわわ、まずいわっ!」
志保は「ああ…だめ…また…」などと言いつづける琴音を魔法で持ち上げ、急いで窓から飛び出します。
「どひいいいいっ!」
続いて、岡田が急いで別の窓から転げ出た直後、家はぺしゃんこに潰れ、ほこりがもうもうと舞い上がりました。
「い、家がぁ〜私の家がぁ〜…………」
突如訪れた悲劇的な運命に、何もかも忘れてただただるるる〜っと涙する岡田。彼女の明日はどっちにあるのでしょうか………
さて、その頃、志保と琴音は家から遠く離れた塔の上にいました。この塔は妖精が大事なものをしまっておくためのもので、出入り口が最上階にしかないために空を飛べる妖精以外は入れないという、優れものです。
「さ、さすが噂の超能力少女…危な過ぎるわ。扱った「願い事」にこの娘みたいなのがいるとわかったら、あたしら妖精の信用はがた落ちだからね…」
額に浮き出た大粒の冷汗を拭い、志保は呟きました。彼女はその口車で人間の「願い事」を売る妖精界の訪問販売員をしているのですが、ここまで強烈な失敗をやらかしてしまったのははじめてでした。
「と、とにかく琴音ちゃん?貴方が出歩くといろいろ危ないから、この塔でじっとしてるのよ?あ、あたしは仕事があるから…」
そう言うと、志保は出かけて行きました。とにかく、琴音のような危険な少女を扱ったことが上層部にバレたら、クビでは済みません。それにはこの塔に隠しておくしかないのです。
残された琴音は、塔の窓から下を見て、その高さにちょっと貧血を起こしかけました。そして、「ああ…わたしって不幸…でもいいの。わたしがいるところかならず不幸が起きるから…」とおのれの背負った運命の重さにるるる〜っと涙を流しておりました。
こうして、塔の上で志保と暮らす事になった琴音ですが、自分が外に出ると不幸になる人が増えると思ってはいたものの、やはり外への思いは断ちがたいものがあります。良く窓から外を眺めては、鳥や動物とお話をしていました。
そんな琴音を、遠くから見つめる二つの人影がありました。1人は旅をしている途中の遠国の王子で、橋本王子です。お忍びと言うこともあって、見るからに王子と言う格好はしていません。
「ふっ、万全だ。同じミスは二度としないのが俺のモットーだからな」
過去にどんな事があったのかは全くの謎ですが、橋本王子は志保が出かけていったのを確認すると、馬に乗って塔の下に進み出ました。
「ああ、美しい少女よ…何をそんなに嘆く。囚われの身が恨めしいなら、この私が今すぐにでも貴女の元へ向おう…」
芝居がかった台詞をさらりと言いますが、塔の上の琴音には全く聞こえなかったらしく、小鳥となにやら話をしています。橋本王子の額に大粒の冷汗が浮かびました。が、すぐに気を取りなおしてもう1度。
「ああ、囚われの少女よ…鳥と話す以外に慰めを持たぬ悲劇の人よ…今助けに参りますぞ」
琴音にはやっぱり聞こえていないらしく、橋本に気付きもしません。
「う、うむむ…いいね、手強いほど萌えるぜ。ああ、囚われたる少女よ…」
…あの〜まだやるんですか?なんかこう、書いていて鳥肌が立ってくるんですけど…
「黙れ黙れ!今が一番良いところなのだ!!邪魔をするな!…コホン。ああ…」
以下略。
「おいっ!それはどう言うことだっ!」
こっちにもいろいろ都合があるんですよ。それより、琴音ちゃんが気付いたようですけど。
「何いっ!それを早く言えっ!」
そう言うと橋本王子は上を向きました。琴音が窓から身を乗り出して、不思議そうな目で橋本王子を見ています。
「あの〜、どちら様ですか?」
その琴音の愛らしい声に、橋本王子はもう興奮状態です。
「御挨拶が遅れました。私は遠国の橋本王子…お嬢さん、貴女をその塔から救い出しに参ったのです」
「えっ…」
戸惑う琴音を無視して、橋本王子は荷物の中からグレネードランチャーを取り出すと、琴音のいる窓の下にロープ弾を撃ちこみました。そして、手際良く垂直の壁を登るのに必要な道具を揃えて行きます。
「あ、あの〜王子さま?」
「心配しないでくれ。今行くよ…」
琴音が困っているのも聞かず、橋本王子はロープを伝ってすいすいと壁を登り始めました。
「駄目です!来ちゃいけません!」
半分くらい登ったところで、琴音の制止する声が真剣なものになりますが、橋本王子はもちろんそんな事は聞き入れません。
「ふふふ…照れる事はないさ。待っていてくれよ…」
ごばんっ!
「ふげっ!?」
突然、どこからともなく落ちてきた金ダライが橋本王子の脳天を直撃しました。
「そ、そんなん有りか………」
そう言い残して気絶すると、橋本王子は10メートルを越す高さから地面にぶち落ち、大地に人型の穴を穿ってそのまま轟沈。
「ああ、やっぱり…私が見る不幸な未来は変えられないのね…」
琴音は悲しみにるるる〜っと涙を流し、本当に泣きたい気分であろう橋本王子はもはや声一つ上げることなく完黙していました。からんからん…という音を立てて地面を転がって行く金ダライが寂しさを誘っていとあはれ。
さて、その光景を見て、さっきまで琴音を見ていたもう一人の人物である、隣国の浩之王子が森の中から出てきました。彼は橋本王子が轟沈するまでの一連の光景を全て見届け、ある結論に達していました。
「ふっ…橋本王子には悪いけど、琴音ちゃんの攻略法を探るために踏み台になってもらうぜ」
そう言うと、浩之王子はロープを伝ってするすると上に登って行きました。そして、窓枠に手をかけると一気に身体を引き揚げて部屋の中へと侵入します。
部屋の中では、泣きつかれたのか琴音が大きないるかの抱き枕を抱いて眠っていました。その可愛さはあまりにも凶悪で、浩之王子は金縛りにかかったようにぴくりとも動きません。
「…………………ぷはあっ!?死ぬかと思ったあっ!!」
どうやら、呼吸をするのも忘れていたようです。浩之王子は壁に手をついて息を整え、そして心の準備をして振りかえると、そこには起き出してきた琴音がいました。思いきり目と目が合う二人。
し〜〜〜〜〜ん………
『…………………ぶはあっ!?死ぬかと思(ったあっ!!いました……)』
2人して驚きのあまり呼吸をするのを忘れていたようです。
「あ、あの…あなた…どなたですか?」
琴音がおずおずと尋ねました。
「いや、驚かせて済まない。俺は隣の国の浩之王子だ。よろしく、琴音ちゃん」
「あ、はい…よろしく…」
「ところで、君の力なんだけどね…」
浩之王子が切り出しますと、琴音はびくっと震えました。
「ああ、そんなに緊張しないでくれ。俺は君の力の正体を見切ったんだ」
「え?」
思いがけない言葉に、琴音の顔が一瞬ぽかんとなります。浩之王子は構わず話を続けました。
「琴音ちゃんの力は予知じゃなくて、魔法なんだよ」
「え?」
「ふっ、俺はこう見えても王子だぜ。国の諜報機関を動かせば、君の事を調べるのは造作もないよ」
ヤな王子様です。
「うっせえ!…コホン、ともかく、諜報部の調査結果から見て、君の周りで事故が起きるのは、君が回りの人を心配しすぎて、無意識に魔法を使って事故を起こしてしまっているからなんだ」
「そ、そんな…信じられない」
「本当だって。さっきの金ダライだって、あんなものが空から落ちてくるわけがない。ほら、ここに志保のマークがある。君が無意識に魔法で動かしたんだよ」
十数年間、自分の力を持て余してきた琴音にとっては、まさに青天の霹靂な出来事です。
「まだ信じられないかい。よし、今から証明してやろう」
そう言うと、浩之王子は窓枠に飛び乗りました。
「王子さま!?何を!?」
「君が本当に予知能力者なら、俺が飛び降りてどうなるのか見えるはず!」
そう言うと、浩之王子はいきなり飛び降りました。
「嘘…!王子さま!」
琴音が下を見ますと、何かヤバイものが目に入りました。
「つ、つぶれたトマト…」
何がつぶれたトマトなのかは全くの謎でしたが、浩之王子の行動は唐突すぎて、予知だろうと魔法だろうと、力を使って助ける余裕なんて有りませんでした。ですが、身体を張ってまで自分のことを慰めてくれた浩之王子が死んでしまうことは、琴音には耐えられませんでした。
「神様…私に魔法が使えるのなら…あの人を助けてあげてください」
それは、琴音がはじめて能動的に力を使った瞬間でした。どれくらい祈ったのでしょうか。気がつくと、目の前の窓枠に浩之王子が座っていました。
「ははは…やればできるじゃないか。見事な回復魔法だったよ」
「王子さま…良かった。助かって…」
2人はしっかりと抱き合いました。が、すぐに琴音が「いけない!」と叫んで浩之王子から離れると、時計を見ました。
「あ……志保さんが帰ってくる。王子さま、今日はもう…あれ?」
ここで問題です。琴音ちゃん、君が今突き飛ばした浩之君はどこに座っていましたか?
「えっと…それは窓枠で…あっ!」
琴音が慌てて下を見ますと、そこにはまた正体不明のつぶれたトマトが存在していました。
「いやああぁ!王子さまぁ!」
そして、またしても天から回復魔法の光が降り注ぎました。
こうして出会った琴音と浩之。二人は志保が出かけていていない間に会う様になりました。浩之の指導で琴音の魔法の能力も上昇し、暴発する事も無くなっていました。
この日も、浩之は志保が出かけた後、塔の下に立って呼びかけます。
「琴音ちゃん、俺を引き上げてくれ!」
すると、窓から顔を出した琴音が浮遊魔法を唱え、浩之を部屋まで持ち上げます。
その直後、木陰からひょいっとサングラスをかけた志保が顔を出しました。琴音の力が暴走しなくなった事を不思議に思っていた志保は、出かける振りをして近くの木陰に隠れて見張っていたのです。
「なるほど、そう言う事だったのかぁ…これはチャンスね…」
志保は言いました。彼女は早速お札を作り、浩之が塔に通う道に落としておきました。
さて、翌日。何も知らない浩之は今日も愛しの琴音に会うために城を抜け出し、馬で森の中の道を進んでいました。
「…あれ?これは…何のお札だ?」
浩之は目ざとくお札を見つけ、それを拾い上げました。その瞬間、「ぼわん」と言う煙と共に志保が現れました。
「はぁーい(はぁと)。呼ばれて飛び出て、お待たせしました。史上最高の超絶美少女妖精こと、貴方の志保ちゃんよぉん」
「な、妖精だと!?悪魔じゃないのか!?」
「アンタね…」
浩之の失礼な台詞に志保はジト目で彼の顔を見つめます。
「それより王子様!貴方今悩みがありますね!?」
志保はビシイッと浩之を指差します。
「それも、恋の悩みでしょ。ここは妖精訪問販売ナンバーワンの志保ちゃんが…」
「なんだか知らんが断る」
浩之王子は一秒で志保の言いたい事を退けました。
「な、何よそれは!」
抗議する志保。
「なんだかわからん。わからんが、お前の持ってくる話に碌なものは無い!そう俺の中のDNAが告げているんだ!」
「で、DNAとまで言うか…」
志保は唖然としますが、そんな事で負けていては訪問販売は勤まりません。
「何よ何よ、良いのね?親や家臣の反対で琴音ちゃんとの結婚話が流れても良いって言うのね!?」
「な、何故それを!!」
浩之は驚きました。志保の言う通り、ちょっと前まで不幸の予知能力少女と言う噂を立てられていた上、素性も定かではない琴音が浩之と結婚する事に反対する勢力には侮れないものがあったからです。
「ふふふ…今回の志保ちゃんニュースは一味違うわよ」
志保は不敵な笑みを浮かべます。その自信に浩之もこれは行けるかもしれないぞと思いました。
「よ、良し。話は聞こうじゃないか」
浩之が言いますと、志保は早速書類を取り出しました。
「渋る人たちを説き伏せて琴音ちゃんと結婚する契約よ。報酬はあたし専用のラプンツェル畑を城内に作る事」
「そんな事で良いのか?」
以外に少ない報酬に浩之が驚きますと、志保は答えました。
「良いのよ。妖精の世界じゃ人間のお宝は意味が無いもの」
浩之は頷きました。
「そうか。いや良かった。俺はてっきり報酬は魂とか言い出すかと思ったぜ」
「…どいつもこいつも」
志保は浩之をにらみますが、浩之はそれに気づかず書類にサインをしました。
「じゃ、これで契約成立。いっとくけどクーリングオフとクレームはうけつけないからね」
そう言うと、志保は消えていきました。浩之は志保と別れた後、琴音を塔から連れ出し、城に連れて帰りました。するとどうでしょう。昨日まで反対していた人々がこぞって結婚を祝福するではありませんか。かくして、浩之王子と琴音はめでたく結婚式を上げることになったのです。
「これで良し…うふふ…これであたしも城の中の一等地ゲットよ!」
その様子を見ていた志保は親指を立てて喜びを表現しました。何しろ、城の中で手間暇を掛け、晩餐会にも出されるほどの高品質に育てられるラプンツェルのベッドは妖精の間でも垂涎の場所なのです。
しかし、志保の喜びはそう長くは続きませんでした。盛りあがっている志保の肩を誰かがつつきます。
「うん?何よ…げっ!?芹香先輩…じゃなかった、女王様!」
そう、そこにいたのは妖精の一番偉い人、ティタニア女王こと芹香さまでした。
「……」
芹香様が何かをつぶやきます。
「え?二重契約…?……はっ!?」
そう、志保は忘れていました。契約を破棄するつもりで岡田の家に乗り込んだのは良いのですが、琴音の暴走で家が壊れてしまい、慌てて逃げてきたので正式に契約破棄をしていなかったのです。
「……」
「お、お仕置き!?そ、そんな!確かに良く確認してなかったのはあたしのミスだけど…え?それだけじゃない?」
「……」
芹香さまはこくこくと頷いて、契約に違反して魔女の娘を間違って岡田の家に届けた事を挙げました。さすがにこれは申し開きのしようがありません。
「…おしおきです」
「い、いやあああぁぁぁっっ!?」
その後、妖精の志保がどうなったのかはわかりません。ですが、浩之王子と琴音は年に一回くらいは浮気がばれて王子が滅殺されることを除けば、おおむね平和に暮らしたと言う事です。
めでたしめでたし。
あとがき
う〜ん、オチがちょっと強引だったかな…
と言うわけで、世界名作童話劇場6、「ラプンツェル」をお送りしました。ラプンツェル自体はちょっとマイナーな話なので補足しますが、原作で王子が塔に登る手段はラプンツェルが生まれてから伸ばしつづけた髪の毛で、それをロープ代わりにします。
これを超能力(魔法)に置き換えたところがミソ…って、こんな事を書かないとわかってもらえない話は書くものじゃありません(自爆)。
次回の第7回は梓主役の「泣いた赤鬼」を予定中。千鶴ともども日本の昔話。やはり柏木姉妹には和風が似合います。
ではでは。
さたびー拝
戻る