世界名作童話劇場D「かぐや姫」
今は昔、都のはずれの山のふもとに、長瀬源四郎と言う老人が住んでおりました。野山にわけいり、竹を取ってきてはそれを加工して様々な道具を作り、生活の糧にしておりましたので、それならば普通は「竹取の翁」とかいうあだ名がつきそうなものですが、世間ではなぜか源四郎を「セバスチャン」と呼んでおりました。
「ふむ…昔から思っていたのじゃが、そもそもセバスチャンとは何が元ネタなのじゃろうかのぅ」
聞いたところでは「アルプスの少女ハイジ」だそうですが。
「そうか。あれは名作じゃな」
長年の疑問が解けたところで、セバスチャンはいつものように竹を取るために山に入りました。長年の山仕事で鍛え上げられたその肉体は鋼のごとく、繰り出す鉄拳は岩をも砕きます。若い頃は都の朱雀大路でストリート・ファイターとして名声を得た事もあるとか。
そんなセバスチャンの密かな願いは、「娘が欲しい」と言う事でした。彼にはたくさんの息子がおり、それぞれ社会の第一線で活躍しておりました。検非違使になって犯罪を取り締まっている息子や、大学寮の教授になっているもの、からくり人形作りの第一人者など、全員がセバスチャンの自慢です。
ですが、セバスチャンにはどうしても娘ができませんでした。そうしているうちに奥さんも自分も年を取ってしまったので、娘が欲しいと言う願いはもうかないそうもありません。
「むう…もう無理とはわかっておっても娘は欲しいのう」
そう言いながらセバスチャンは具合のよさそうな竹を手刀ですぱすぱと切り倒して行きます。
…何かが違うような気がする。
「気にするな。全身鍛えればこれ道具になる」
…そうですか(汗)。
やがて、背中のかごにいっぱいの竹を刈り取ったセバスチャンは山を降りようとしましたが、ふと不思議な事に気がつきました。もう夕方の筈なのに、妙に辺りが明るく、しかも太陽と違う方向に光源があるようです。いぶかしく思ったセバスチャンは光のさす方向へ向って歩いて行きました。
「むう…これは面妖な」
光のもとを見てセバスチャンは唸りました。それは、大きな光り輝く竹でした。外側は金属でできていて、大きな4枚の葉っぱが着いています。現代で言えばそれはまさしくロケット以外の何者でもない外見でしたが、この時代の人間であるセバスチャンにはそれはわかりません。
「ふむう…これは変わった竹じゃな。創作意欲が湧くわい。どれ…てりゃっ!!」
すぱんっ!
さすがに硬そうなので、セバスチャンは鉈で竹を切り飛ばしました。すると、セバスチャンは信じられないものを見てしまったのです。なんと、竹の中に小さな女の子が眠っていたのでした。
「あ、危なかった。もう少し下側を切っていたら…」
セバスチャンは汗をぬぐいつつ、その女の子を抱き上げました。セバスチャンは決して人が見て安心できる容貌ではなく、むしろ怖かったのですが、女の子は怖がりもせずきゃっきゃっと笑っています。
「きっと、これは神様が、娘が欲しいと言うワシの願いを聞き届けてくださったに違いない」
そう思ったセバスチャンは早速家に女の子を連れて帰りました。セバスチャンはその女の子に「綾香」と言う名前をつけました。
しかし、綾香はどういうわけか体が弱く、ちょっとした事で熱を出しては寝込んでおりました。最初は壊れ物を扱うように綾香に接していたセバスチャンも、これではいけないと言う思いのほうが強くなります。そこで、セバスチャンは綾香が3歳になった時から、体力をつけさせるために武術の修錬をさせる事にしました。
「いくぞっ、綾香!」
「はいっ、おじいちゃん!」
「師匠と呼べ!」
「はいっ、師匠!」
「流派、東○不敗はあっ!?」
「王者の風よっ!」
以下略。
こうした武術の修錬(どう言う修錬だよ)の成果か、やがて綾香は健康な体の持ち主となり、すくすくと成長して、その夜をも照らす輝くような美しさもあって「なよたけのかぐや姫」とまで呼ばれるようになったのですが、この別名はあまりにも長いのと、似合わないのとですぐにもとの綾香に戻りました。
なにしろ、健康に育ち過ぎた綾香は「なよたけ」どころか、鉄板をも拳の一撃でぶちぬくほどの武術の達人になってしまっており、その破壊力はもはや師匠にして育ての親であるセバスチャンの比ではなかったからです。
「ど、どこで教育方針を間違えたのじゃ?」
後頭部に大粒の冷汗を一つたら〜っと流しつつ見守るセバスチャンの目の前で、元気に育った綾香はその貴族的な、お嬢様お姫様系の外見に似合わない勢いでサンドバッグを蹴り上げていました。まあ、健康法としては明らかにやりすぎだったと言う事でしょうね。
さて、そんな綾香も18歳になりました。その頃になると、綾香の美しさに関する噂は都の貴族の若様たちの間にまで広まるようになり、美しい姫君を一目見ようと多くの若様たちがセバスチャンの家にやってくるようになりました。ですが、彼らが綾香に会うためには大きな試練が待っていたのでした。
「くわ―――――――っつっ!!」
山の澄み切った空気と、耳が痛くなるような静けさを破って、セバスチャン必殺の一喝が轟きました。
「どひいいぃぃいっ!!」
その衝撃をまともに受け、貴族の若様が転げ落ちるように山道を逃げ帰って行きます。所詮ぼんぼんに過ぎない貴族の若様など、この迫力には対抗できよう筈がありません。都でもその噂でもちきりの美少女、綾香を一目見たいと言うナンパ野郎の九割九分九厘が、この一喝の前に空しく砕け散っていました。中には気絶して、いまだに斜面にまぐろ状態の青年も見られます。
「ふ…綾香は誰の嫁にもやらん」
セバスチャンはそう呟くときびすを返しました。可愛い娘を持った父親が示す典型的な親バカ、いえ、バカ親の反応です。
「何とでも言え。綾香は言ってくれたんじゃ…一生ワシのそばにいると」
ちなみにそれは綾香が3歳の時の約束です。それから15年も経っているのですから、彼女が覚えている筈がありませんし、覚えていたとして守る気があるかどうか。
それはともかくとして、家のそばまで来たセバスチャンは話し声を耳にしました。綾香と誰かが喋る声です。
(またあの若造どもかっ!)
セバスチャンは駆け出しました。綾香に言い寄る男たちの中でも、とりわけ手強い連中が何時の間にかセバスチャンの目をくぐって綾香に接近してきたようなのです。
家のそばまで戻ってきたとき、いつも練習場にしている木の下で、綾香と四人の男たちが親しげに談笑しているのをセバスチャンは目撃しました。予想通りの光景にセバスチャンは怒鳴ります。
「貴様らーっ!!」
その怒声を聞くと、男たちは貴族のものとは思えない素早い身のこなしで森の奥へ消えました。
「じゃなっ、綾香!」
などとしゅたっと片手を上げて挨拶をする事も忘れません。実に小憎らしい連中です。
「う、うぬぬ…おのれ。綾香、あれほど世間の男と付き合ってはならんと…」
「わかってるわよぉ」
セバスチャンの言葉に綾香が答えました。
「ただの友達よ。友達。恋人とか、そう言う事は考えていないわ」
「むう…それなら良いのじゃ。良いか、世間の男どもは下司ばかりなのじゃ。お前にはとてもつりあわんぞ。くれぐれも気をつけるように」
そう言うと、セバスチャンは家の中に入っていきました。残った綾香は木からぶら下がっているサンドバッグを「ぽすっ」と言う軽い音をたてて叩き、空を見上げます。
「友達…恋人…欲しいけど、そう言うわけにも行かないのよね…わかっちゃいるんだけどなぁ…」
綾香が見上げる空には、昼間の月が出ていました。
この日以来、綾香は良く月を見上げては溜息をついたり、寂しそうな顔をするようになりました。心配するセバスチャンが理由を尋ねても、一向にそのわけを言おうとはしません。
(も、もしかして…ワシは嫌われておるのか?)
困ったセバスチャンはそう考えるようになりました。
(あ、綾香も年頃じゃしのぅ…ひょっとして、ワシは綾香のことを大事にしすぎてうっとうしく思われているとか…いかん!それだけはいかんぞぉ!)
綾香も理由を聞くとき以外はちゃんと普段通りに受け答えしているので、冷静に考えれば「嫌われている?」などという発想が出てくるはずはないのですが、綾香大事一徹のセバスチャンにはかえってそれがわかりませんでした。
(どうすれば綾香が元気を出してくれるか…むむ…不本意だが、これしかないのかのぅ…)
翌日、セバスチャンは久しぶりに山を降り、都に向いました。例の手強い四人組が通っている大学寮の門前で待ちうけておりますと、その四人のうちの一人が現れました。
「あれ、綾香のところのジジイじゃねえか。こんなところで何やってんだ?」
その一人…浩之としか名前のわかっていない、一番態度の悪い青年がセバスチャンに声をかけました。セバスチャンは怒りをぐっとこらえて、浩之に言います。
「実はな…綾香のことで相談が…」
「おっ?ついに観念して、俺に綾香をくれる気にでもなったか?」
セバスチャンは反射的に浩之を殴り飛ばしそうになりましたが、腐っても貴族を殴るわけにはいかないので必死に自分の意思とは関係なく動きそうな右手を抑えつけ、ボディビルダーが手を組んでポージングしているような怪しげな姿勢で言います。
「じ、実は綾香が最近妙に寂しそうでな…」
「ほお?」
「た、たまには顔を見せてやってくれ。わしにできる妥協はそこまでじゃ。いいか、絶対にそれ以上はいかんぞ。その先に進んだら、本当に殺すからな。わかったな」
そう言うとセバスチャンは去って行きました。「その先に進む」と言う事が意味するところは全くの謎ですが、公認で会っても良い、というお墨付きを貰った事は疑いないようです。しかし…
「俺、ジジイの目を盗んでよく会ってるんだけどな…まあいいか。それより綾香の態度が心配だな」
浩之は早速綾香の家に向いました。その頃には、セバスチャンは残りの3人にも同じ事を言っておりました。
それからと言うものの、四人は頻繁に綾香のもとを訪れるようになりました。ですが、四人組がきても綾香の夜になってからの寂しげな態度は消える事がなく、一層顕著になっておりました。
(なぜじゃ綾香。どうしてそんなに寂しげな態度なのじゃ。こ、こうなったら夜でも…いや、いかん!それだけは絶対にいかんぞ!)
セバスチャンが夜のことで何を考えたのかは全くの謎ですが、綾香と会うのを昼間に限られている四人組もかなり切羽詰った状況に追いこまれていました。
「寂しい理由を俺(僕)にも話す気はないらしい…こうなったら実力行使だ。友達から先に進み、更にその先へだ!決めたぞ!俺(僕)は綾香に求婚する!」
友達から先へ進んださらにその先に何があるのかは全くの謎ですが、こうして四人は遂に最終兵器である「求婚」と言う手段に訴えることにしたのでした。
その日、綾香の家がある山の周りは時ならぬ騒ぎに包まれました。何十台、いえ、百台以上はいそうな大量の牛車が詰め掛け、道路は大渋滞です。その上で、綾香の家に正装に身を包んだ四人の青年が現れました。それはあの四人組でしたが、普段の軽装で、身分の低い貴族のような格好しか見ていないセバスチャンは大びっくりです。その前で四人は名乗りをあげました。
「左大臣が一子、藤田浩之!綾香姫に求婚する!」
「中納言家長男、佐藤雅史。用件は上に同じです」
「大納言家の橋本だ。以下同文」
「少納言家一子矢島。みんなと同じ」
「お、お前ら…身分高かったのか…いつもと逆じゃないか…」
いつもと逆と言う意味は全くの謎ですが、四人が皇族や摂関家を除けば、ほぼトップクラスの大貴族の貴公子だと知って、セバスチャンは汗をだらだらと流しています。
「綾香!俺(僕)と結婚してくれっ!」
そう言うと、四人は綾香に頭を下げ、後ろを指差しました。そこにいる牛車の群れは、全て求婚に当たっての贈り物であり、その総額は軽く一つの国が買えるほど。
困ったのは綾香です。彼女が人との関係を求めつつも、それに深入りしてこなかったのにはちゃんと訳があるのですが、それを言っても信用されそうもありません。綾香は、なんとか彼らをあきらめさせる事にしました。
「結婚してもいいけど…条件があるわ」
「「「「条件?」」」」
期待に満ちた四人の声がハモりました。たいていの条件は彼らの財力と権力でどうにかなるのですから。
「私と戦って、勝ったら結婚してあげる」
「「「「え゛」」」」
し〜〜〜〜ん……
静寂が辺りを見たし、その場にいる大半の人間の目はこう語っていました。
「そりゃ無理だ」と。
ですが、一人の人物が正装を脱いで吼えました。大納言家のボンボン、橋本です。
「いよおっし!愛の為なら俺は戦う!こいっ、綾香!」
ごすどがっ!ぼぐうっ!!
言う通りに素早く接近した綾香の、左右からのボディーブローとあごへのサマーソルトキックをくらい、声も立てずに橋本はその場に轟沈。
いわゆる瞬殺というやつでした。その場を沈黙が支配し、人々の後頭部には大粒の冷汗が流れます。
「よ、よし…次は俺が…」
どぎゃっ!
二番手の矢島は目にも止まらぬ超高速回転のローリングソバットを側頭部に受け、文字通りの秒殺。
「や、やっぱり神岸さんを狙うべきだったか…ぐふっ」
まだ遺言を残せた分、橋本よりは健闘したと言えましょう。
「次は?」
綾香が三番手の姿を探しますと、そこにいたのは左大臣家の浩之でした。
「あら?浩之なの?佐藤君は?」
「ん、あいつは手に届く幸せで十分だから、やっぱ降りるってさ」
既にあきらめた表情で手を振る雅史を指差して浩之は答え、ファイティングポーズをとりました。
「じゃ、来い」
妙に余裕たっぷりな浩之に対し、綾香は必殺のハイキックを撃ちこみました。しかし…
がしっ!
驚いた事に、浩之はその人外の破壊力を秘めた蹴りを、右腕一本で受けとめていました。綾香は一瞬呆然としましたが、素早く飛び退り、体制を整えます。
「や、やるわね…でも次はそうは行かないわ」
綾香は油断なく距離を詰め、怒涛のような猛攻を浩之にしかけますが、そのことごとくが空を切り、あるいは受けられ、かわされ、全く打撃を与える事ができません。
「う、嘘…信じられない。浩之…貴方一体…?」
「まあ、人は見かけに寄らないって事さ」
スタミナ切れで息の上がりつつある綾香に、浩之は余裕の表情で返します。その姿を見て雅史が呟きました。
「さすがだよ浩之…女の子の事になると無敵の力を発揮するんだから…」
「次はこっちからいくぜ!」
浩之は一瞬で綾香の懐に飛び込み、嵐のような突きを繰り出します。
「おりゃ!どりゃ!せいっ!」
「あっ!やんっ!だめえっ!」
浩之の攻撃は綾香の「弱点」を的確に攻めていました。ですが、攻撃が当たっているのに、綾香が痛そうというよりはなんだか甘い声をあげている理由は全くの謎です。
(くうっ、このままじゃ…やられる!)
浩之の攻撃にたじたじになっていた綾香ですが、僅かな隙を突いて、再び攻撃を仕掛けます。
「お、まだそんな元気が残っていたのか」
さっきと同様に余裕で綾香の攻撃をかわしつづける浩之。ですが、今度はその動きには油断がありました。一瞬のその油断を見逃さず、綾香の足が高く振り上げられます。必殺のかかと落としです。
「おおっ!?」
妙な声をあげて、固まる浩之。
「え?」
綾香も一瞬動きが止まりました。見ると、浩之の視線が綾香の服のすそを通り、大きく開かれたそのおみ足の付け根に集中しています。
そこに何が見えるのか、浩之以外の人々にとっては全くの謎ですが、この時代の女性には下着を着ける習慣がなかったとだけは言っておきましょう。
「いや――――――っ!!!???」
次の瞬間、悲鳴とともに綾香の足が普段の数倍の早さで振り下ろされ、固まったままの浩之の頭部に炸裂しました。
「………!!」
浩之は悲鳴をあげたのかもしれませんが、それは顔面から地面に叩きつけられたために口を出ることがなく、気がつくとなぜか浩之の姿はなく、かわりに綾香の足元に理由は不明ですが人型の穴が開いていました。その穴はどう言うわけか浩之がすっぽりと納まる大きさでした。
「わ、我が生涯に一片の悔いなし…」
その謎だらけの穴の底から、やはり理由は全くの謎なのですが浩之の声がして、後には静寂だけが残されました。そして、先に綾香に撃破された橋本や矢島、雅史は帰り支度をはじめていました。
こうして四人の求婚者たちはことごとく敗れ去り、もはや彼女に挑戦しようと言う命知らずもおらず、綾香の周りには静かな日常が戻ってきました。
「これで良かったのよね…もうすぐ約束の日だし」
そう思いながらも、綾香はやはり寂しげな表情で月を見上げる日々を送っていました。満月がやがて半月になり、それが三日月を過ぎ、新月になったある夜のこと、綾香はセバスチャンを呼び出しました。
「どうかしたのか、綾香?」
「笑わないで聞いてね、おじいちゃん」
綾香は障子を開けると、夜空の月を見上げて言いました。
「私…本当は月の都の人間なの。月の王女なのよ」
「は?」
セバスチャンは間抜けな顔で固まりました。
「月の都で昔内戦があって、まだ赤ちゃんだった私は脱出できたけど、その内戦も収まって、次の満月の夜に迎えが来るって…」
呆然とした表情で固まったままのセバスチャンを見て、綾香が笑いました。
「あはは…信じられないでしょ?でも本当で…」
「いや、信じますとも」
「え?」
口調までがらりと変わったセバスチャンの答えに、今度は綾香が固まります。
「ワシは信じますぞ。今まで育ててきた時でも、何か違和感を感じておったのですよ。この御方はワシの娘なんぞではなく、仕えるべき御方なのではないかと。何度『綾香様』と呼びそうになったことか」
「お、おじいちゃん?」
「おじいちゃんではなく、セバスチャンと呼んでくだされ」
「………ううん、おじいちゃんはおじいちゃんだもの。私の事も綾香でいいって」
「そ、そうですか」
なぜか無念そうなセバスチャンでしたが、急に目の前に迫った別れを前にして、親子の絆は再確認されたのでした。
そして、次の満月の夜。空には月がこうこうと輝き、満天の星空が広がっていました。綾香が「どうしてもお別れが言いたいから」と言う事で、あの求婚者四人組も呼ばれていたのですが、なぜか浩之は来ていませんでした。
「浩之…どうしたのかしら」
「なんだか知らないけど、君が帰るっていう噂が流れた日にどこかに旅に出たみたいだけど…」
心配する綾香に、親友である雅史が答えました。
「そう…」
綾香は悲しそうな顔でうつむきました。あの勝負の日以来、浩之は彼女にとって忘れられない人になっていたのです。
(浩之…強かったし、わりと良い男だったし、そ、それに…あんなところ見られた以上は…責任とって欲しいかな〜なんて…でも、仕方ないよね。生きる世界が違っちゃうんだから)
綾香が何を見られたのか、それを見たことで浩之はどんな責任を取らねばならなかったのか、それは永遠の謎になりそうですが、とにかく浩之はもう綾香にとって大事な想い出なのでした。
その時、満月の一角に黒い染みが現れ、それはぐんぐん大きくなり、綾香たちがいる方へ近づいてきました。
「こ、これが月からの迎えですか…」
唸るセバスチャン。それは、巨大な円盤型の船でした。今で言うアダムスキー型UFOと言うヤツです。その船から光が地上に伸び、一人の少女がその中を滑るように降りて来ました。
「お迎えに上がりました、綾香様」
少女は地面に降りると綾香に一礼して言いました。
「あなたは?」
「月からの迎えで、セリオと申します」
「そう、よろしくね…」
綾香がセリオと名乗った少女の手を握ると、セリオは辺りを見まわして言いました。
「もう、皆様にお別れは済まされましたか?綾香様」
「ううん…まだよ」
「では、しばらくお待ちしておりますので、その間に」
「うん…」
綾香はまず、セバスチャンに抱きつきました。
「今までありがとう。おじいちゃん…ずっと忘れない」
「ううっ…綾香…さまぁ」
セバスチャンは必死に涙をこらえていました。
「橋本君に矢島君、あの時は御免ね。ちょっと強くやりすぎちゃって…」
「いや、良いっス。先輩もそう言ってます」
あごへの一撃でいまだに流動食の橋本に代わって矢島が言いますが、彼もいまだにムチウチが治らず首が固定されていました。
「佐藤君、…浩之によろしくね…」
「わかったよ、綾香さん。元気でね」
そこにいる全員に別れを告げてしまうと、綾香はセリオと並んで光の柱の中に立ちました。
「では、行きますよ」
「うん…みんな、元気でね!」
綾香が手を振り、まさにその体が船に向けて上昇しようとした瞬間のことです。
「ちょおっと待ったああああぁぁぁっっっ!!」
「ひ、浩之!?」
夜の静寂を裂いて飛んだ声、それはまさに浩之のものでした。
「はあっ、はあっ、間に合ったぜ…」
山道を全力で走ってきた浩之はその場にへたり込み、光の柱を飛び出した綾香は浩之を慌てて抱き起こしました。
「何やってたのよ…一番お別れを言いたかったのに、今まで姿を見せないで…」
綾香が涙ぐんで言いますと、浩之は背中に背負ったつづらを地面に降ろしました。
「ははっ、済まねぇ。どうしても、渡したいものがあったんだ…」
「渡したいもの?」
綾香が不思議がって聞きますと、浩之はつづらの中身を取り出して並べました。それは、綾香が見たこともない不思議な品物の数々でした。
「何、これ?」
綾香が一つ手にとって見ますと、後ろにいたセリオがその疑問に答えました。
「おや、これは『アクアプラスの玉の枝』ですね」
「え?何それ」
「他にも…『リーフのあぎとの玉』『プレステの御石の鉢』『一般向けの皮衣』『移植の子安貝』…これを全て一人で集められたのですか?」
セリオは綾香の質問に答えず、浩之を無表情なりに驚嘆のまなざしで見つめました。
「おう。これさえあれば、綾香は月に戻る必要はないんだろ?」
「え?どう言う事?」
綾香が訳がわからず戸惑っておりますと、セリオが説明しました。
「綾香様、この5つの宝物は、『シナリオを変える力』を秘めたものなのです」
「『シナリオを変える』…ひょっとして、私が月に帰らず、ここに残って浩之と結ばれる、と言うような変更もありなの?」
「ええ、そうなりますね。これらを1つでも手に入れるのはとても大変なことで、5つも集めてしまえばそれぐらいの御褒美は有りですよ」
良く見ると浩之の服装はボロボロで、どれだけの苦労があったのか容易に想像ができました。あまりのことに、綾香はその場にぺたんと座りこんでしまいました。
「あはは…凄い。嘘みたいだわ」
「嘘なんかじゃないさ。なあ」
「ええ、浩之様…と仰いましたね。綾香様をどうかよろしくお願いします」
「任せとけよ」
「では、綾香様、どうかお元気で…」
そう言うとセリオは船に戻り、やがて船は上昇して月に向けて去って行きました。それを見送った浩之と綾香はセバスチャンに向って向き直りました。
「さてと…ジジイ、綾香は貰って行くぜ。文句は有るかい?」
「うぬぬ…悔しいが、さすがに無いな…じゃが、綾香を泣かせたら殺すからな」
唸るように言ったセバスチャンですが、その表情は穏やかでした。
「へっ、心配すんなって。じゃ、行くぜ、綾香!」
「あんっ、待ってよ、浩之!」
こうして綾香は月に帰ることなく、やがて浩之と祝言を挙げ、その後の一生を末永く幸せに暮らしたと言う事です。
めでたしめでたし。
あとがき
来栖川姉妹お姫さま化シリーズその2、綾香の「かぐや姫」。皆さんいかがだったでしょうか。原作ではかぐや姫の昇天で終わる話をハッピーエンドに持っていくのはなかなか頭をひねりましたが、宝物の事を思い出した途端に全てが組みたてられました。結果としてみるとそれほど不幸な人も無く(橋本&矢島も死んでませんし)、素直なエンディングになったような気がしますが、まぁたまにはこういうのも有りでしょ?
さて、次回配本は「ラプンツェル」(琴音主役)にする予定です。魔女の志保が白雪姫に続いて悪役街道を驀進するお話しになるかと思います。不幸&悪役にし易いんだよなぁ…志保。
ではまた次回作でお会いしましょう。
さたびー拝
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