世界名作童話劇場C「白雪姫」
昔々のそのまた昔のお話です。東鳩の国に芹香姫と言うそれはそれは美しいお嬢様…もとい、お姫様がおりました。雪のような肌に流れるような黒絹の髪、神秘的な瞳、慎み深いと言うよりは極端に無口な性格。どれをとっても超一級の美少女であり、「白雪姫」という別名まで捧げられておりましたが、このお話の中では芹香姫で統一します。
さて、芹香姫の生みの母親、つまり最初の王妃様は大変体の弱い方で、芹香姫を産んですぐに亡くなられてしまいました。成長してその事情を知った芹香姫は、何を思ったのかお城の地下にある怪しげな倉庫に出入りするようになり、やがてお城の一室を改造して、魔法の儀式を行うようになりました。
芹香姫は母親に会いたいと思い、降霊術の練習をされていたのですが、人の口に戸は立てられません。姫が怪しげな魔法の儀式にふけっている、と言う噂はたちまちお城に広まる事になりました。
その噂を耳にされた父親、つまり東鳩王国の王さまであるところの長瀬陛下は芹香姫をたいそう不憫に思い、姫の寂しさを慰めるための手を打つ事にしました。ですが、このことに関しては、長瀬陛下の対策はもう全くもってあさっての方向へ行ってしまっていたとしか言いようがありません。おそらく、長瀬陛下も長い間のやもめ暮らしで寂しかったのでしょう。
長瀬陛下は芹香姫の新しいお母様、つまり新しい自分のお后様を迎えることにしたのです。しかし、このお后様と言うのが…まあ、詳しい事は次のパートからをご覧ください。おそらく、長瀬陛下は「義理の親子、特に継母と娘は相性が悪い」と言う世界の定説を御存じなかったのでしょう……
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番の美少女はだぁれ(はぁと)?」
ここはお后様の部屋。そこの壁にかけられた大きな鏡に向って謎の質問を投げかけているのは、新しいお后様の志保王妃です。芹香姫から見れば継母にあたるわけですが、年齢的には芹香姫より1つ年下の美少女です。
「うん、じゃあ答えるよ」
一見おまじないかと思いましたが、なんと鏡が質問に答えようとしています。この鏡、実は質問に正確に答える事の出来る魔法の占い鏡で、志保王妃が作った中でも一番の自信作の鏡でした。そう、志保王妃は実は魔女だったのです。
「もちろんあたしよね?」
志保王妃が鏡に迫りますと、鏡は「ブブーッ」と言う音を立てて、表面に大きな×印を明滅させました。
「ちょ、ちょっとぉ!それはどう言うことよ、雅史!」
志保王妃が鏡にくってかかりました。雅史と言うのは、この鏡に与えられた人格の名前です。
「い、いっぱいいるんだよ、他にも可愛い娘さんは…必ずしも志保ちゃんが一番とは限らないよ…」
おどおどと答える雅史鏡。魔法の鏡のクセに妙に弱気なヤツです。
「お、おのれ…。じゃあ、言ってみなさいよ。誰が世界一の美少女候補なのか!」
「そうだね、隣国のレミィ王女とか、東鳩の森の赤ずきんあかりちゃんとか、松原公爵家の葵ちゃんとか、そうそう、このお城の芹香姫さまとか…他にも候補は一杯いるなあ」
この雅史鏡の一言に、志保王妃はブチ切れました。
「ぬわんですってぇ〜〜〜〜〜〜!!!」
がっしゃーん!!
「ぐはあっ!?ぼ、僕って一体……」
志保王妃が怒りに任せて叩きつけた椅子をくらい、雅史鏡は全面にひび割れが走って完全に沈黙。
「はあっ、はあっ、許せないわ…ヒロインは常に一人、そう、この志保ちゃんであるべきなのよっ!」
志保王妃はひしゃげた椅子を放りだし、どこか遠くを見つめて吼えます。
「こうなったら…他の娘たちを全員抹殺してでも私が一番である事を証明してあげるわ…まずは手近なところで、芹香姫ね」
なんと言う事でしょうか。嫉妬と名誉欲に狂った志保王妃は、人としてやってはいけない道に踏み込もうとしていました。彼女は手をパンパンと叩き、どこかに向って呼びかけます。
「矢島!」
「はっ、ここに!」
そうどこからともなく声がしますと、部屋の中にスッと、黒ずくめの服装をした一人の男が現れました。志保王妃直属の暗殺者、矢島です。
(おお、なんかかっこ良さげな役どころじゃないか…)
矢島が謎なことを心の中で呟きつつ、握りこぶしの親指をビシッと立てて喜びを表現しておりますと、志保王妃の冷たい声が響きました。
「命令よ。芹香姫を城から連れだし、抹殺しなさい」
その命令に、暗殺者のクセに基本的に善人である矢島は大いに動揺しました。
「ひ、姫を抹殺!?」
「そうよっ!あたしの野望のため、芹香姫にはどうしても死んでもらわなきゃならないのよっ!」
野望と言う言葉が矢島の頭の中でぐるぐると回っています。野望…後継者の抹殺…国の乗っ取り…世界征服…酒池肉林…と言う風に、無敵の連想ゲームが矢島の中で行われました。そう、それは男のロマンです。特に最後の4文字熟語は。基本的に単純な人物である矢島はすっかり燃え上がってしまいました。
「わかりました!やらせていただきます!もし成功したら東鳩の森のあかりちゃんを貰っていいですか!?」
急に気合の入った矢島に気圧されるように、少し後ずさりした志保王妃は
「お、OKよ……」
と言うだけでした。矢島は早速芹香姫の部屋へ向いました。
さて、こちらは芹香姫のお部屋です。カーテンで外からの光が閉ざされ、床には魔法陣。本棚には「黒魔法大辞典」だの「陰陽五行大全」だのという分厚い正体不明の本と、これまた正体不明の動植物の干物。むやみやたらと豪華に飾られた志保王妃さまの部屋より、よっぽど魔女の部屋にふさわしく、もはや趣味と言うレベルを遥かに超えておりました。
その中央に、芹香姫は立っていました。大きく肩や胸の開いた大胆なデザインの、それでいて上品な印象を持ったドレスを身にまとい、そのままなら完璧なお姫さまなのですが、つやのない黒い生地で編まれたとんがり帽子とマントがその雰囲気をぶち壊しまくっていました。
「………………………」
その芹香姫は何やら小声で怪しげな呪文を唱えていました。左手で魔術書を持ち、右手に握られたさじで机に並べられたビンの中身をすくうと、つぼの中に落として行きます。
ぼわんっ!
呪文が終わると同時に真っ白な煙を上げて、壷の中に何かの薬が出来あがったようです。芹香姫は無言でその中身をビンにうつしかえ、また新しい薬を作り始めていました。
その様子を扉の鍵穴からうかがっていた矢島は、何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、たらたらと冷や汗を流していました。怖いので帰ってしまいたいのですが、任務は任務ですのでそうもできません。とりあえず、姫の部屋の扉をノックしてみます。
「姫、散歩のお時間ですが……」
部屋に閉じこもりっぱなしは健康に悪いと言う事で、昼間に数時間近くの森を散歩するのが芹香姫の日課でした。もちろん護衛つきですが、矢島は既にいつもの護衛を昏倒させてすりかわる事に成功していました。あかりがからむと行動力が違います、彼。ですが、扉がなかなか開きません。不審に思った矢島がまた鍵穴を覗こうとしたその瞬間。
ごがあっ!
いきなり開いた扉に顔面を強打され、矢島は床に轟沈しました。芹香姫はびっくりしつつも、表面的にはまるで何事もなかったかのような平静な態度で矢島に呼びかけます。
「………」
「え?ごめんなさい、ちょっと実験に夢中になっていたもので、ですって?いや、良いっス…」
血がぼたぼたと流れ落ちる鼻の穴にティッシュを詰め込み、涙目で矢島は答えました。
「それより、散歩に行きましょうか。今日は大変お天気のほうもよろしいようで…」
などと言いつつ、矢島は怪しまれる事なく城の裏手に広がる森に芹香姫を連れ出す事に成功しました。しばらく歩いた時、芹香姫はいつもの散歩道とは違う方向を指差して、小声で何かを言いました。
「…………」
「は?この奥の方にどうしても取りたい薬草があるので、行ってもいいですか?ですって?う〜む」
矢島は考え込みましたが、城から離れれば離れるほど、任務遂行には都合が良いので、芹香姫の言う事を聞いて森の奥に進む事にしました。10分ほど進むと、ちょっとした空き地のようなところに着きました。芹香姫は空き地の反対側にある大きな木の下を捜しまわっています。
(ここらで良いか…)
そう呟くと、矢島は懐から拳銃を取り出しました。弾がちゃんと入っている事を確かめると、ゆっくりと撃鉄を起こし、芹香姫に狙いを定めました。危うし芹香姫!
「姫さま…貴女にはなんの恨みもないが、これもあかりちゃんとのスウィートライフを送るため…どうか許してください」
勝手な事を抜かしながら、矢島は引き金を引きました。ところが、「かちっ」と言うだけで銃が発射されません。何度引き金を引いても、やはり駄目でした。
「な、何故!?」
焦りまくる矢島。ふと気がつくと、芹香姫が彼と、彼の手にした銃をじっと見ています。その一見とても冷静な態度が、矢島に絶大な恐怖心を与えました。
「ひ、姫様!?するとまさかこれは魔法で!?」
そんな都合の良い魔法はありません。不発だったのは、ただの整備不良でした。実は芹香姫は銃に驚いていただけなのですが、矢島にはそんな事はわかりません。
「う、うわああ!お許しください姫様!お、俺は王妃様に命令されただけで…ふべらっ!?」
どごむっ!
恐怖のあまり、全てを告白しながら逃げ出した矢島ですが、前を良く見ていなかったため大木に激突、ユカイな悲鳴をあげると、再び鼻血を流しながら地面に轟沈しました。
そんな彼の醜態をじっと見詰めていた芹香姫でしたが、どうやらお城に戻るのはまずいと判断されたのか、森の奥に隠れる事にしました。その前に、顔面からだくだくと血を流して完黙している矢島が気の毒になったのか、手袋の片方で血をぬぐって行きました。何と言う優しいお方なのでしょうか。
さて、その日の夕方、矢島が持ちかえった、芹香姫が死んだ証拠の血染めの手袋を見た志保王妃は大喜びしていました。
「ただのチョイ役と思っていたのに、やるわね、矢島」
「ははは…ざっとこんなモンです」
血の気の失われた顔で矢島は言いました。失敗したなどと言おうものならきついお仕置きが待っているうえ、城に戻って見れば芹香姫はいなかったのです。この状況で手袋を保身の材料に使ったとて、誰が彼を責められるでしょうか。
(ははは…まあ、姫様が戻ってくる前に逃げてしまえば、後は野となれ山となれさ…辞表を出して、あとはあかりちゃんと…)
そう思っていた矢島を、志保王妃の一言が現実に引き戻します。
「次は、隣国のレミィ王女の暗殺ね」
「…は?」
呆けたように答える矢島に、志保王妃は苛立たしげに言いました。
「何言ってんのよ。一回だけの仕事で終わると思ったの?まだまだターゲットはいっぱいいるんだからね。わかったらさっさと行きなさい!」
(なんてこった、姫が戻ってくる前に全部の仕事にカタをつけないと、俺は消されるっ!急がねば…)
魔法で銃が不発になったと思いこんでいる矢島には、やはり魔女である志保王妃に逆らう事など思いも寄りません。るるる〜っと涙を流しつつ、その場からかき消すようにいなくなりました。それを見た志保王妃は、満足げに新しい鏡にむかいました。雅史鏡を割ってしまったので、新しいのを作っていたのです。
「鏡よ鏡よ、お前の名前は……そーね、浩之にしようかしら。通称ヒロね」
「なんか用か?」
浩之鏡がふてぶてしい口調で言いました。短時間で作っただけあって、ちょっと出来が良くないようです。志保王妃は額に青筋を立てましたが、これも壊してしまうと材料がないのでしばらく新しいのを作る事が出来ません。それは困るので、仕方なく態度の悪い浩之鏡に話しかけます。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界一の美少女候補の名前を教えてね」
「そーだな、レミィ、あかり、いいんちょ、琴音ちゃん…」
志保王妃はなかなか自分の名前が呼ばれない事に苛立ちつつ、「暗殺リスト」と標題の書かれたノートに名前をメモして行きます。
「葵ちゃん、綾香、で、最後に芹香姫だな」
「ふんふん…って、何ですってぇ〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
最後に出た名前に、志保王妃は立ちあがって絶叫します。
「芹香姫は死んだんじゃなかったの!?」
「は?デマ言ってんじゃねえよ。ちゃんと森の中で生きてるぜ」
矢島に騙された事を知った志保王妃は大激怒し、そこらのものを壊しまくりました。その惨状に、ひょっとして俺もああなるのかと戦慄する浩之鏡。
「はあ、はあ…やっぱあんな奴に任せたのが失敗だったのよ。こうなったら、あたし自ら手を下すしかないようね」
そう言うと、志保王妃は自室の横にある薬品庫に入っていきました。そして、浩之鏡は美少女候補に志保王妃の名前を入れなかった事がバレなくて良かったと安堵していました。
さて、一方その頃。森の中では芹香姫が泊まれそうな場所を捜して歩き回っていました。ふと気がつくと、小さな小屋があります。芹香姫が近寄って見ますと、それは小さいながらもなかなか快適そうな丸太小屋で、ちゃんとベッドもありました。普通の人ならここで他人の家と判断してむやみに入ったりはしないのですが、そこは芹香姫もお姫さま育ちで世間の常識を知らないお方ですから、小屋に入ると、疲れがたまっていたのかベッドに突っ伏して眠ってしまいました。実に無防備なお方です。
しばらくして、小屋に向って足音と陽気…というより脳天気な歌声が近づいてきました。
「今日のお掃除おしまい〜明日もがんばろうね」
「がんばりましょう〜♪」
足音と歌声の主は、森の中に住んでいて、この森の中を掃除してまわっている7人の小人たちでした。名前をマルチと言います。外見的には緑色の髪をした愛らしい少女でした。7人のマルチが自分たちの小屋に近づくと、どうやら、いつもと小屋の様子が違う事に気がつきました。
「はわわ、様子がおかしいですねぇ〜」
一人が言い、窓から小屋の中を覗きこみました。
「なんだか、人がいらっしゃるみたいですぅ」「誰でしょうねぇ〜」
マルチたちが口々にいいながら家に入りますと、自分たちのベッドに見慣れない女性が眠っています。
「はわわ、この方は一体誰なんでしょうかぁ」「綺麗な人ですぅ」「きっとお城のお姫さまですぅ」「噂の芹香姫さまですね〜」
この大騒ぎに、芹香姫は目を覚まして起きあがりました。すると、ベッドの周りにいたマルチたちがびっくりして飛びのきました。
「「「「「「「はわわ〜っ!?」」」」」」」
ずるべたーん!!!!!!!(×7)
マルチたちが転びまわり、それはもうしっちゃかめっちゃかな大騒ぎです。芹香姫は一番手近にいたマルチを抱き上げ、落ち着かせるためにきゅっと抱きしめました。
「……………………」
「え?黙って入ったりしてごめんなさい、ですか?いえいえ、そんな事気になさらないでくださぁい」
「そうですぅ。私たちは人間の方にお仕えために生まれたんですから」
落ちついたマルチたちは口々に言いました。
「それより、どうして芹香姫さまはこんなところにいらしたんですか?」
そこで、芹香姫はここに来るまでのいきさつを全部マルチたちに語って聞かせました。
「はわわ〜、世の中には悪い人がいらっしゃるんですねぇ」「それじゃ、ここに来るかもしれませんね〜」
「でも大丈夫ですぅ。芹香姫さまは私たちが守ってあげますぅ」「お城に帰れるようになるまで、いくらでもここにいてくださぁい」
芹香姫の立場に、マルチたちはそう言って得物のモップやほうきを振りかざします。芹香姫はそんなマルチたちが可愛くなって、一人づつ頭をなでなでしていました。
ですが、その日の夜、マルチが作った料理を見た芹香姫は、明日からは自分で料理を作ろうと思ったのでした。こればっかりはどうしようもありません。
芹香姫の目の前には、7枚のミートせんべい(笑)がありました。
芹香姫がマルチたちの家にかくまわれてから、3日がたちました。マルチたちは働き者で、毎日朝早くから夕方まで森の中を掃除して回っています。掃除は大得意なので、小屋に残っている芹香姫もやる事がなく、仕方ないので取ってきた薬草で薬を作ったりして時間をつぶしていました。
さて、森の中に、その芹香姫を見つめる人影がありました。真っ黒なローブに身を包み、右手には真っ赤なりんごの詰まったバスケットを抱えています。
「ふふふ…見つけたわよぉ」
それは変装して「森のりんご売り(?)」に成りすました志保王妃でした。バスケットに詰まったりんごには志保王妃が作った猛毒が塗ってあり、その猛毒っぷりは一口食べれば即死間違い無しの凄まじさでした。いまもハエが一匹りんごにたかり…すぐにぽろっと地面に落ちました。
「これを食べさせれば芹香姫はあの世逝き…あたしが世界一の美少女の座に1歩近づくと言うわけね」
そう独り言を言うと、志保王妃は小屋に向って行きました。
間近に迫る危機も知らず、芹香姫はおなべで何かを煮こんでいました。その時、小屋の扉がこんこんとノックされました。
「…………?」
芹香姫が扉を開けますと、目深にフードをかぶった怪しげな人物が立っていました。
「りんごいりませんか?りんご。今ならお安くしておきますよ」
怪人――志保王妃はできるだけ愛想の良い声で言いました。同時にバスケットのりんごを見せます。りんごは真っ赤に完熟していて、どれもとても美味しそうでした。
「…………」
「え?お金持っていないから、いりません。ですって?」
こくこく。
志保王妃は予想外の展開にあぜんとなりました。ですが、考えてみればそれもそのはず。芹香姫はお金なんて必要の無い環境で暮らしていますから、いちいちお金を持ち歩いたりはしていないのです。
「良いわよ気にしないで。あるときでいいんだから」
志保王妃は何とかりんごを芹香姫に押し付けるべく、後払いで良いよ戦法に切り替えました。そうしますと、芹香姫はしばらく考えていましたが、やがてこくこくと頷きました。
「……………」
「え?マルチちゃんたちと一緒に食べますから、8つくださいって?毎度あり〜♪じゃ、おまけしてあげる。バスケットごとあげるわ」
ついに押しつけ成功です。嬉しさのあまり志保王妃はバスケットの中に入っていた十数個のりんごを全部芹香姫に手渡しました。ちょっと困ったような顔をした芹香姫ですが、その時にはもう志保王妃はとっとと立ち去っていたので、仕方なくバスケットを持って小屋の中に入りました。
(さて…食べるかしらん?)
その時、志保王妃は窓の方へ周りこみ、そっと小屋の中をうかがっていました。芹香姫はりんごを置きっぱなしにして、鍋をかき混ぜています。
(うう…早く食べないかしら)
しばらく待っておりますと、火を止めた芹香姫はりんごをじっと見つめ、やがて一つを手にとりました。
(やたっ!さあかじりなさい。かじって逝っちゃいなさい!)
志保王妃が小躍りしていますと、芹香姫はりんごを桶につけてジャブジャブと洗いはじめました。
(あら…?)
りんごを洗い終わると、芹香姫は綺麗にりんごを拭き、果物ナイフでするすると皮を器用に剥いていきます。それが終わると四等分して芯をくりぬき、上品に食べはじめました。
(ちょ、ちょっとぉ!?)
焦る志保王妃。ちょっと前まで庶民だった自分の価値観で芹香姫をはかったのが志保王妃の失敗でした。お姫さま育ちだけに、皮ごとりんごをかじるようなワイルドな真似はしないのです。毒は綺麗に洗い流され、皮も剥かれたので、芹香姫が毒に当たる可能性はゼロでした。
(ふ、ふざけるんじゃないわよぉ〜〜〜〜〜っ!!)
怒った志保王妃は窓をバーンと開け放ち、大声で怒鳴りました。
「ちょっと!なんでそんなに上品に食べるのよ!?皮ごといきなさいよ皮ごと!!」
その声に、芹香姫は窓の方を振り向き、そのまま固まりました。
(………?)
志保王妃が不思議に思いますと、窓を開けた勢いでフードが取れ、顔がむき出しになっている事に気がつきました。
「はっ……しまった!」
顔を見られたことに焦りまくる志保王妃。ですが、芹香姫は声一つ挙げず、じーっと志保の方を見つめていました。思わずにらめっこ状態の二人。
その状態がどれだけ続いたのでしょうか。急に芹香姫の瞳が焦点を失い、彼女はぱたりとテーブルに突っ伏しました。
「あれ?ちょっと?」
志保王妃が中へ入って芹香姫を揺り動かして見ましたが、全く反応がありません。見た目ではぜんぜんわからなかったのですが、どうやら芹香姫はとても驚いていて、のどにりんごを詰まらせたようです。
「あはは…結果オーライってヤツ?ともかく目的達成ね」
志保王妃は芹香姫をベッドに寝かせ、意気揚揚とお城に戻って行きました。
さて、夕方になりました。マルチたちが今日のお掃除を終えて帰ってきますと、芹香姫がベッドに倒れていました。揺すっても呼びかけても返事がありません。
「芹香姫様ぁ〜〜〜どうしちゃったんですかぁ〜〜〜〜」「起きてください姫様ぁ〜〜〜〜」「ひょっとして死んじゃったんですかぁ〜〜〜いやですぅ〜〜〜返事をしてくださぁい」
ぴくりとも動かない芹香姫を囲み、マルチたちは口々に呼びかけますが、もちろん返事はありません。そのうち一人が泣き出し、たちまちもらい泣きの連鎖でマルチたちの泣き声が小屋中に響き渡りました。
そんな大騒ぎにもかかわらず、やはり芹香姫は目を覚ましませんでした。
一方、その騒ぎを聞きつけた人物がおりました。旅の途中だった某国の王子、橋本王子です。
「王子役か。普段と違って、今回は良い役じゃないか。これが俺の本気だって事を教えてやるぜ!」
謎の決意表明とともに、橋本王子はマルチたちの小屋の扉を開けました。
「どうしたのだ、愛らしき小人たちよ。何を嘆いておる」
芝居がかった台詞に、バラなぞくわえて気取って言う橋本王子ですが、振り向いたマルチたちが涙や鼻水で顔中ずるずるになっているのを見て思わず引きます。
「あうぅ…芹香姫様がぁ、姫様が死んじゃったんですぅ…」
マルチたちが泣きながら指さす方向には、ベッドに横たわった芹香姫がまるで生きているかのような神々しい美しさのままでおりました。
「おお…なんて美しい姫君なのだ。まるで生きているようではないか。このお方が死んだなど信じられぬ…神よ…私の生気を彼女に捧げましょう。どうか、この姫に今1度命をお与えください…」
めいいっぱい格好つけて言う橋本王子。芹香姫の上半身を抱き上げ、ゆっくりと自分の唇を芹香姫のそれに近づけて行きます。一見絵になる光景でしたが、橋本王子の内心は…
(くううっ!これだよこれ!こういう役得がなきゃ王子なんてやってられんね!)
というだらしないもので、顔も緩みきっておりました。少しづつ近づく二人の距離。危うし、芹香姫の純潔!その瞬間でした。
どがあっ!
疾風のように室内に乱入してきたなにかが、橋本王子を吹き飛ばしました。
「ぐはあっ!?」
頭から壁に突っ込んだ橋本王子が、それでも何とか体を起こしてみると、筋骨隆々たる老人がファイティングポーズを取って彼を見下ろしています。
「見つけたぞ、芹香様をさらった変質者め!」
「な、なんなんだ、アンタは!」
「東鳩王国宰相、セバスチャンじゃ!」
その屈強な老人、セバスチャン宰相は芹香姫がいなくなったことに気がつき、この数日間姫を探しつづけていたのでした。その(芹香姫の事に関しては)卓越した聴力でマルチたちの泣き声を聞きつけ、ここにかけつけてきたら、橋本王子が芹香姫にキスをしようとしていたと言うわけです。
「動くでないぞそこな変質者め、ワシがこの手で成敗してくれるわ!」
「何ィ!さっきから変質者変質者と、俺のどこが変質者だ!?」
「その格好がじゃ!」
セバスチャン宰相に断言されて、橋本王子は自分の格好をよく見てみました。王子のお約束で首のまわりのふりふりのレースとちょうちんブルマー(笑)と言う格好のため、確かにただの怪しい人です。
「ま、待て…これは罠だ!俺を落とし入れようとする陰謀だ!くそ、何で王子なんて役が俺に回ってきたのか、やっとわかったぞ!」
おのれの理不尽な運命に、橋本王子はるるる〜っと涙を流しながら天を仰いで絶叫しました。
「何をごちゃごちゃ言うておる!食らえいっ!!必殺っ!!!セバスチャン真空ベチベチハリケーン!!!!」
「そ、それはゲームがちが…ごっはあ〜〜〜〜っ!!!!!」
ちゅどーん!!!!!!
こうして、橋本王子は空のお星様になったのです。
「悪は滅びた…」
セバスチャン宰相は呟きましたが、技の衝撃で悪だけでなくマルチの小屋も滅んでいました。
「はっ!?芹香姫様っ!?」
我に帰ったセバスチャンが辺りを見まわしますと、マルチたちが芹香姫を守ろうと折り重なるようにして芹香姫に乗っかっていました。その時、奇跡が起きました。
「こふっ…」
マルチたちの重みのせいか、芹香姫の口から、のどに引っかかっていたりんごが飛び出したのです。りんごが床に転げ落ちるとともに、芹香姫は息を吹き返しました。
「おおっ、芹香姫様!御無事でしたか!」
芹香姫は最初自分の状況がよくわかっていないようでしたが、そのうち頭がはっきりしてくると、事情をセバスチャンに話しました。
「何ですと!?うぬう、あの王妃め…帰ったら即刻成敗して…はぐうっ!?」
怒りすぎで卒倒したセバスチャンを引きずるマルチたちを連れて、芹香姫はお城に帰りました。全ての悪事が露見した志保王妃は慌てて逃げ出したのですが、浩之鏡の裏切りですぐにとっ捕まりました。そして、芹香姫の降霊術の実験で犬の霊を憑依させられてしまったと言う事です。こうして悪の滅びたお城で、芹香姫は優しい父と、頼もしいセバスチャンと、忠実な浩之鏡と、ペットの犬(笑)に囲まれて末永く幸せに暮らしたのでした。
ちなみに、隣国のレミィ王女を暗殺しに行った矢島ですが、隣国のお城から
「ヘイ、フリーズ!狩ルネーッ!!」
と言う謎の奇声と、断末魔の悲鳴が聞こえてきた夜以来、彼の姿を見た人は誰もいません。
めでたしめでたし。
あとがき
と、いうわけでお送りしました白雪姫ですが、難しいですね、芹香。だって喋らないんですもん。彼女が主役と言うより、周りの人々の掛け合いという形になってしまいましたね。最初は「Snow White&Seven Multi」と言うサブタイトルがあったはずなんですが、書いてみて正式サブタイトルは「芹香姫と愉快な仲間たち」に変わりました(爆)。
あと、志保が悪役道を爆走していますが、彼女自身が主役になる話(「ピノキオ」を予定中)が来るまで、彼女の爆走は続きます。どうかお楽しみに。
さて、次回作は…芹香使いましたから、綾香で行きましょう。お話は「かぐや姫」です。
ではまた。
2001年月吉日 さたびー拝
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