世界名作童話劇場A「シンデレラ」
昔々のそのまた昔のお話です。東鳩の国の城下町に智子と言うそれはそれは美しい眼鏡っ娘が住んでおりました。
すぱあ――ん!
「なんやねんその紹介は」
こ、これが本場じこみのハリセンチョップですか。ぐぐぐ…さすがに厳しいツッコミですね。
それはともかく、お金持ちの家に生まれ何一つ不自由な思いをした事がなかった智子でしたが、幼い頃にお母さんを亡くし、また、この頃からお父さんの仕事がうまく行かなくなったので、お父さんは考えた挙句、別のお金持ちの家から新しいお母さんを迎える事になりました。
ところが、そのすぐ後にお父さんは仕事の関係で智子を残して遠くの町へ出かける事になりました。そうなると、新しいお母さんの継母岡田は自分のやりたい放題です。二人の娘だけが可愛い継母岡田は事あるごとに智子をいじめ、そのいじめレパートリーは仲間はずれから強制推薦にはじまり、エスカレートするとノートへのらくがきが加わるようになりました。特にお気に入りのいじめは、暖炉の灰に豆をまいてそれを拾わせる事でした。これをやると智子は頭の先からつま先まで灰をかぶったように真っ白になってしまうので、そのようすから智子は「灰かぶり=シンデレラ」と呼ばれるようになりました。でも、めんどくさいので智子のままで行きます。
最近ではそのいじめっぷりはますますヒートアップし、果てはメイドさん代わりに炊事に洗濯に掃除にとこき使うありさま。服装もきっちりメイド服になっています。
「それは岡田の趣味やのうてアンタの趣味やろ」
(ぎくっ)さ、さあ?何の事でしょうか?それはさておき、そうやって智子がいつものように家の掃除をしておりますと、買い物に出かけていた継母岡田と、二人の義姉松本・吉井のいぢわる3人組が帰ってきました。
「委員長っ!ちゃんと家の掃除は終わったのっ!?」
委員長?
「ああ、私、この家の美化委員会と給食委員会と清掃委員会と…その他諸々の委員会の委員長やねん。どれも委員は私以外誰もおらへんけどな」
ふびんな…(涙)
「誰と話してるの?それより掃除は終わったのっ!?」
「はいはい、終わっとるよ」
智子が投げやりに返事をしますと、継母岡田はやおら床に指をつけ、50メートルはありそうな廊下をその姿勢のまま一往復して戻ってきました。そして、指を見てニヤリと笑うと智子に突きつけました。
「まだちょっとホコリが残ってるわ。やりなおしね」
指先に良く見ないとわからないほど小さな、針の先ほどのホコリが1つくっついています。
「…ぬかった。そんなもん絶対見落とさない勢いで掃除したのに!」
勝ち誇る継母岡田と悔しがる智子を見て、義姉松本と義姉吉井がひそひそと話をしていました。
「さすが岡田。フツーあそこまでしてあらを捜す?」
「そこまでしないと見つからないほどあらのない委員長も凄いと思うわ」
感想はさておき、掃除をやりなおさせられた智子は休む間もなく洗濯をこなし、そこでアンタの服と私たちの服は別に洗いなさいと継母岡田にいびられ、それが終わると晩ご飯を作り、そこでまた塩気が薄いわアンタ何度言ったら関西風でない味付けができるようになるのよと継母岡田に無理難題を言われ、それが終わると洗濯物を取りこんでたたみ、そこでまたまた私たちの服は高価なオートクチュールなのよ1ミリでもシワを付けるんじゃないわよと継母岡田に無茶を言われ、ようやく寝る事ができる、というような過酷な生活を送っていました。
「おーっほっほっほっほっ。快感だわぁ」
「岡田ぁ。ちょっとやり過ぎだよぅ」
「なに言ってんの。まだまだこれからよっ!」
「あ〜あ、役にハマリすぎちゃってるよ…」
こうして継母岡田の暴走がエスカレートしていたある日の事です。智子の家に1通の手紙が届きました。宛先は「保科家ご一同様」となっていました。ポストからそれを取り出して見た智子が封筒の裏を返しますと、「差出人 東鳩王国政府」となっています。なにやら重大そうな手紙のようです。しかし、智子はこの手紙を勝手に見ることは出来ません。継母岡田のお仕置きが待っているからです。
そしてその夕方、帰ってきた継母岡田にその手紙を渡しますと、彼女はレターオープナーで封筒を開き、しばらく中身に目を通しておりました。しばらくすると、その肩がプルプルと震えてきます。
「どうしたのぉ?岡田ぁ?」
「おーっほっほっほっほ!これはチャンスよ!チャンスだわっ!」
立ち上がって高笑いを上げる継母岡田。その異様な雰囲気に大粒の汗をたら〜っと流しながらも、義姉松本が手紙を読んで見ます。
「え〜っと、なになに…舞踏会参加のお知らせ?今晩6時よりお城にて晩餐会及び舞踏会を開催いたします。国王陛下及び皇太子殿下も臨席なさいます。皆様ふるって御参加ください…P・S、若い女性熱烈大歓迎…最後のこれはなに?」
「これのどこがなんでチャンスなの?」
二人の娘は訳がわからないという風に首をひねっています。そうしますと、継母岡田は娘たちにびしっと指を突きつけて言いました。
「わからないの?皇太子殿下といえば王子様!そして王子様は独身!とくれば!」
「そっか、玉の輿ねっ!」
いぢわる3人組はきゃあきゃあと喜んでいます。
「そうと決まったら、さっそくドレスを用意しなくっちゃ!うんと可愛いやつをね!」
「えっと…あの勝負下着どこにしまったかしら」
「そ、それは気が早いわよ吉井…」
例によって「灰かぶり」をやらされていた智子は、いぢわる3人組のノリについて行けず、しばしぼーっとしていましたが、一応言ってみる事にしました。
「ぶ、舞踏会か…ええなあ。私も行ってみたいなあ…」
「「「駄目」」」
拒否の三重奏に、おもわず智子はのけぞります。
「だって委員長ドレス持ってないじゃーん」
「そんな灰だらけの娘は舞踏会に入れてなんて貰えませんよ―だ」
「だいたい委員長みたいなみつあみで眼鏡の地味な娘は舞踏会に呼ばれる事すらないわよっ!」
いぢわる3人組が口々にひどい事を言います。しかし無理もありません。同封の招待状は3通しかなかったのです。実はこれより前に国中の若い、そして家柄の良い娘さんたちの調査があったのですが、智子はメイドさんと間違えられて数に入れられていなかったのです。
「と、言うわけで委員長はお留守番ね」
「私たちは舞踏会−♪舞踏会―♪」
「王子様のお目に留まれば玉の輿―♪」
実に楽しそうにいぢわる3人組は準備をすると、馬車を呼んでいそいそとお城に出かけて行き、あとには灰だらけの智子だけが残されました。
「ふん…なんや、舞踏会で喜ぶなんて、私のキャラクターと違うわ……」
智子は精一杯の強がりを言いました。キャラ的に違うと言うのはそれはそれで正解のような気もしますが、馬鹿にされた悔しさは隠せません。
「ええんや…所詮私はこうして吹きすさぶ風に吹かれているのがお似合いなんや…」
ひゅうううううう〜〜かさかさかさかさ………
そう言いますと、物悲しい風音と共に、なぜか西部劇で出てくる毛玉のようなものが転がって行きます。
「所詮は血塗られた道、やな………」
いったんいじけの虫が鳴き始めると、悔しさはとめどもなく智子の心に溢れてきます。
「ぜいたくは言わん。私にもドレスがあれば…いや、舞踏会に出たいとか、玉の輿狙いとか、そんな不純な動機とちゃうで。私かて着飾ったらあいつらに負けへん言う事を証明したいんや」
本当は舞踏会に行ってみたいのに、ついつい持ち前の反骨精神が先に立って、ここにはいない誰かに向って言い訳をしてしまう智子です。そのうち、彼女はあきらめて家の中に戻る事にしました。
その時でした。智子の頭上が光に包まれました。
「な、なんや?」
思わず智子が振りかえって空を仰ぎますと、なにやらとんがった帽子をかぶった、智子と同年代くらいと思われる少女がほうきにまたがっているのが見えました。彼女はふわふわと地面の近くまで降りてくると、そっとほうきを降り、小脇に抱えなおしました。
「あ、アンタ一体?」
驚いた智子が尋ねますと、その少女はえっへんという感じで胸を張って言いました。
「んー、私は魔法使いのるりるりだよ」
「魔法使いぃ?」
そう、この少女こそ、国でも5本の指に入る魔女のおばあさん、月島瑠璃子さんです。
「ちょっとちょっと、ナレーションちゃん。私はおばあさんじゃなくって、お嬢さんだよ」
はあ、貴女でもそんな事を気にされるんですか。良いじゃないですか。書きかえるのめんどくさいし。
「……………ほお〜〜(怒)」
ちりちりちりちり……
うぎゃああああ!痛い痛い!そのうつろな笑い顔で私の頭に電波を飛ばすのは止めてください!むちゃ怖いっス!わかりました言い直しますから!いて、いててっ!おねがいやめてやめて痛いのは、痛いのはいやあ―――っ!!
「わかればよろしい」
はあっ、はあっ…お、大人しそうな顔ですごい事をしますね君は…。
…まあ、そう言うわけで改めてご紹介しましょう。彼女こそ、この国でも5本の指に入る魔法使いのお嬢さん、月島瑠璃子さんです。
「るりるりって呼んでね(はぁと)」
「は、はあ。さよか」
少し気圧されたようにして、智子は額にタラ〜っと流れる大粒の冷や汗をぬぐいます。
「で、今日は一体何の用で来たんや?」
聞かれると、るりるりはよくぞ聞いてくれました、と言う風に言いました。
「それはねー、もちろん保科ちゃんを舞踏会に連れて行ってあげるためだよ」
この答えに、智子のあごがかっくんという感じで開きます。
「う、嘘やろ…なんで私にそないな事をしてくれるんや」
「んー、だって大魔女様が働き者の保科ちゃんにプレゼントを上げて来い、って言うんだもん。最初は先輩の芹香さんとか、後輩の琴音ちゃんが行けって言われたんだけどー、芹香先輩も琴音ちゃんも保科ちゃんだと利害が一致するから嫌なんだって。その点わたしは長瀬ちゃん一筋だし」
るりるりの言う事は全くの謎でしたが、ともかく舞踏会に連れて行ってくれると言う事に嘘はないようです。
「ま、まあ、それはありがたいなぁ。で、どないするんや」
そうすると、るりるりは懐からなにやらメモ用紙を取り出すと、それを智子に手渡しました。
「なんやこれ…なになに、用意するもの…ねずみ2匹。かぼちゃ1個…絹糸10センチ…」
最初のうちは大人しいオーダーだったのですが、だんだん怪しげなアイテムが増えて行きます。
「マンドラゴラ3分の1(汗)…ニワトリの生き血1羽分(汗汗)…竜のうろこ3枚(汗汗汗)…こんなもんそこらにホイホイとあるかいなっ!」
すると、るりるりが頭をかきながら言いました。
「いけない、いけない。余計なメモを渡しちゃったよ。用意するのは一枚目のメモの品物だけでいいよ。あとはわたしが持って来てるから」
それを聞いてほっとした智子は早速ねずみ…は日々の継母岡田との抗争の中で駆逐してしまっていたので、代わりにハムスター(近所の佐藤家のペット)とかぼちゃを用意してきました。戻って見ると、庭には巨大な魔法陣が描かれ、謎のお香が焚かれ、怪しげなムードで一杯になっています。
(ほ、ほんまに大丈夫なんやろか…?)
智子の額に巨大な冷汗がひとつぶたら〜っと流れましたが、いまさら後には引けません。
「用意できた?それじゃ今から言うとおりに用意してきたものを並べてね」
智子はるりるりの言う通りに魔法陣の中にかぼちゃと、絹糸で結んだハムスターを並べます。
「こ、これでええか?」
「んー、OKだよ。じゃ、そこの横に立ってじっとしててね」
るりるりはうなずくと、呪文を唱え始めました。お香の煙に重なるように魔法陣の上を呪文が流れて行きます。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、われは求め訴えたり〜。古の契約に基づき、我が望みをかなえたまえ〜」
(なんか危ない呪文とちゃうやろな…)
と思い始めた智子ですが、急に魔法陣が輝き出したかと思うと、物凄い風が魔法陣の中に向けて吹き込んできました。
「な、なんや!?」
「電波と精霊の名において、わたし、るりるりが命じる!ここにいる保科ちゃんに、一時のかりそめの夢を現に変えて与えたまえ〜っ!!」
ぴかあっ!
おどろく間もなく、るりるりが呪文を唱え終わると、爆発するような光が智子を包み込みました。
「………あれ?」
一瞬意識を失っていた智子ですが、ふと自分を包んでいた光が消えている事に気がつきました。
「終わったよ?後ろを見てごらん」
るりるりに言われるままに智子が後ろを振り向くと、そこには絹の手綱を結ばれたたくましい2頭の馬が繋がれ、きらびやかな宝石に飾られた見たこともないような豪華な馬車がありました。
「今度は自分の姿を見てごらん?」
智子は言われるままに自分の姿を見てみました。するとどうでしょう。さっきまで着ていたはずの灰まみれのメイド服は消え去り、シルクの美しいドレスを身にまとっているではありませんか。
「こ、これが私なんか。これは夢なんやろか…いたっ。夢やない。魔法はほんまにあるんや……」
自分のほっぺたをつねって見て、智子は自分が本当に魔法で変身している事を知りました。感激している智子に、るりるりは懐から封筒を取り出して智子に手渡しました。
「はい、これ舞踏会の招待状ね」
智子が封筒から取り出してみると、紛れもなく本物の招待状です。
「どないしたんや、これ?」
「ん?それわたし宛に来たやつだけど、わたしは長瀬ちゃん一筋だからいらないの」
るりるりの言う事はますます謎でしたが、ともかく舞踏会にいけることはこれで確実でした。智子はるりるりの手を握り締めてお礼を言いました。
「ほんまにおおきにな。この恩は一生わすれへん」
智子に感謝されて、るりるりはちょっと照れたように鼻の頭を書きながら言いました。
「ううん、気にしなくて良いよそんなこと」
そう言ってから、るりるりは急に何かを思い出して、馬車に乗りこもうとしている智子に言いました。
「いけない、いけない。言い忘れるとこだったよ。わたしの魔法は夜の12時までしか効果がないから、必ずそれまでに戻ってきてね」
「うん、わかった。ほな、おおきにな」
こうして、智子を乗せた馬車は一路お城を目指したのです。
さて、そのお城では今まさに舞踏会の真っ最中でした。着飾った美女、美少女たちが思い思いのパートナーと優雅にダンスをしています。
その大広間の一段高いところに、国王セバスチャン陛下と、王子様の浩之殿下が着席しておりました。浩之王子は真剣な目つきで大広間に目をやっております。もうおわかりかとは思いますが、この舞踏会は彼のお后様を選ぶためのイベントでもあります。したがって目つきこそ真剣ですが、考えている事はと言いますと。
(おお、あの娘は隣国のレミィ王女。良いなあ。金髪だし、グラマーだし…おや、あの娘は松原公爵家の葵ちゃんじゃないか。あの元気な感じがグーだな)
と言う風に、思想のかけらもないだらしないものでした。
「王子よ、誰ぞ気に入った女子はおったか」
セバスチャン王が威厳のある声で呼びかけます。
「そうだなあ…あの娘なんか良いんじゃないかな」
浩之王子が指差したのは、来栖川家の芹香お嬢様。その正体は何かと理由をつけて智子のところへ行くのを拒否した国一番の魔女、芹香さんです。
「却下じゃ」
セバスチャン王はあっさりと言いました。
「な、なぜだっ!?美人だし清楚だし家柄だって文句無しじゃないか!」
「却下と言ったら却下じゃ!」
「こ、このクソジジイ…」
セバスチャン王の偏屈さを良く知っている浩之王子は、こう言い出したら王が絶対に退かない事を知っていたので、そっぽを向いてるるる〜っと涙を流していました。一方、セバスチャン王は理由は全くの謎ですが、何か大事なものを守ったと言うような満足げな笑みを浮かべておりました。
その時、大広間がざわめいたかと思うと、あちこちから感嘆の声が漏れました。
「おお…なんと美しい…」
「あんな綺麗なお嬢さんははじめて見たよ」
「一体どこの御令嬢だ?」
その声を聞いて、浩之王子が広間に目をやりますと、その視線は広間の一点に吸い寄せられました。
「お、おおおっ!あれは…!」
それは浩之王子の美少女リストにはない超弩級の美少女でした。涼しげな目、背中に流れる長いあずき色の髪、抜群のスタイル。文句のつけようがありません。
(な、なんや恥ずかしいなあ…)
それはもちろん、魔法で変身した智子でした。眼鏡を外して魔法のコンタクトレンズに変え、髪を下ろした彼女はまるで別人のように変貌していたのですが、いままで眼鏡無しの自分の顔を見た事がない智子はそれに気がついていませんでした。
「お嬢さん、わたしと踊って頂けませんか」
突然目の前に出現した男に呼びかけられて、智子は戸惑ったようにその顔を見上げました。
(お、王子様っ!?)
それは紛れもなく浩之王子でした。美少女の前では行動力が普段より数倍になるこの王子は、他の男性陣が智子の美しさに気圧されて近づけないのを良い事に、さっさと彼女のもとへとやってきたのです。
「え?で、でも私、ダンスなんかした事が…」
「大丈夫。みんな俺に任せてくれればいいんだから」
そう言うと、浩之王子は無理やり智子の手を取り、彼女を大広間の中心部に連れ出しました。王子のお出ましに、宮廷楽団も曲調を変えて情熱的な曲を弾き始めます。
「ほら、俺に合わせて」
浩之王子はどこで習ったのか、巧みに智子をリードして華麗なステップを踏ませます。その踊りはだんだん大胆になって行き、ついには半ば抱きしめるようなポーズをとったり、まるでキスしているかのような姿勢になったりします。
「あ、あかんて…王子様…みんなが見てるやないの…」
「ははは、気にする事はないさ」
広間の片隅では、浩之王子どころか、他の男性陣にも全く注目されず、半ば忘れられたかたちのいぢわる3人組が悔しがっていました。
「きぃ〜〜〜〜っ!誰よあれ!悔しいぃ〜〜〜〜っ!」
「もうあきらめようよぉ、岡田ぁ。やっぱぁ、玉の輿なんて無理だったのよぅ」
「所詮わたしらは脇役。成り上がり者だもんね」
どうやら悔しがっているのは継母岡田だけのようでした。
やがてダンスの時間は終わり、二人はお城のテラスに出ると、そこのベンチに腰掛けて休んでいました。
「舞踏会なんておもろいもんやないと思うてたけど、こんなに楽しかったんは初めてや…」
智子は上気した顔で浩之王子に言いました。
「ふっ、俺もさ…」
浩之王子はそう言うと、さりげなく智子の肩に手を回して抱き寄せました。思わず顔を赤くする智子。すると、浩之王子は言いました。
「なんか、ずいぶん肩が凝ってるんだな…」
「あ……」
智子の顔がますます赤くなります。それはそうです。日がな一日家事全般にこき使われていては、肩が凝るのは無理もない話でしょう。
「良し、ここは1つ、俺が君の肩を揉んであげよう!」
「え?王子様が?」
「おう。こう見えても、俺上手いんだぜ」
そう言うと、浩之王子は立ちあがり、智子の肩を掴むと丁寧にマッサージし始めました。
もみもみもみもみもみもみ…………
「あ…ほんまや…王子様、ごっつ肩揉むの上手やなあ…」
智子は肩から広がる心地よさに、少しうっとりしたような声で呟きました。
「へへへ、そうだろ」
もみもみもみもみもみもみ…………
月明かりに照らされたお城のテラス。そこで王子が美少女の肩を揉むと言う不思議な光景は、それはそれで幻想的なものでした。でも、その幸せな時間は突然終わりを告げました。
ご〜ん、ご〜ん、ご〜ん……
突然鳴り響く鐘の音に、「魔法は12時までだよ」というるりるりの言葉を思い出して、智子は慌てて立ちあがりました。
ごがあっ!
その途端に浩之王子のあごに痛烈な頭突きをかましてしまい、ダイヤモンドのティアラであごをえぐられた浩之王子はテラスに倒れて轟沈。
ご〜ん、ご〜ん、ご〜ん……
それにも気付かないほど慌てていた智子は、お城の時計台が12時を指していることを確認すると、轟沈している浩之王子に言いました。
「堪忍な、王子様。私…12時になったら帰らなあかんのや…私、こんな楽しかった事はじめたやった…一生忘れへん…」
ご〜ん、ご〜ん、ご〜ん……
そう言うと、智子はテラスから門へ続く階段を駆け下りはじめました。ですが、履き慣れないハイヒールのために上手く走れません。
ご〜ん、ご〜ん、ご〜ん。
とうとう12時の鐘が12回全てを打ち終えたその瞬間、智子の魔法は解けて、いつものメイド服と粗末な靴に戻ってしまいました。ハイヒールから普通の靴に戻った事で、智子はバランスを崩して転んでしまいます。
「きゃっ!?」
魔法が解けたことに気がつき、智子は慌てて起きあがると振り向くことなく門へ向って走ります。一方、その声で目を覚ました浩之王子は、慌てて後を追おうとしますが、足元がおぼつかず階段の最上段から最下段まで一気に転げ落ちてしまい、再び轟沈。
しばらくして浩之王子が目を覚ました時、そこには1つの眼鏡だけが転がっていました。
「こ、これは…くんくん。間違いない。彼女の匂いがする…」
犬かアンタは。
「やかましいっ!愛に不可能はないんだ!それよりも誰か、誰かいないかっ!」
次の日の朝、何とか家に帰りついた智子ですが、眼鏡をなくしてしまった事に気がつき、仕方なく予備の眼鏡をかけて家を出てきますと、家の前で一人の男が立て札を立てていました。
「ちょっとアンタ、家のまえにそう言うモンを立てられたら困るんやけど」
智子が呼びかけますと、男は立て札を裏返して智子に見せながら言いました。
「仕方ないんだよ。王子様の御命令なんだから。ほれこのとおり」
「なになに…告。お昼の12時までに国中の女性は城前の広場に集まるべし!東鳩国王子浩之、やて?」
「そう言う事。確かここにはあと3人女の子がいたよな。みんなに伝えてくれよ」
それだけ言うと、男は去って行きました。智子はどう言う事なのかさっぱりわかりませんでしたが、ともかくいぢわる3人組を起こした智子は、彼女たちと一緒に広場へと向いました。
広場についてみますと、そこで彼女たちを待っていたのは浩之王子でした。女の子たちの黄色い声があがります。
「静かに!これより殿下のお言葉があるっ!」
家来の声で広場が静まりますと、浩之王子が口を開きました。
「みんな、俺は昨夜の舞踏会で運命の人に巡り合った!だが、その人は名乗らずに去って行ってしまった。唯一の手がかりは、これだっ!」
そう言うと、浩之王子はカバーに丁寧にしまわれた眼鏡を取り出しました。
「俺は、この眼鏡がぴったりはまった人と付き合うっ!」
この爆弾発言に、広場は騒然となりました。
「た、玉の輿よっ!今度こそ、これがラストチャンスなのよぉ〜〜〜〜っ!」
「ちょ、ちょっと落ちついてよぉ、岡田ぁ。私たち眼鏡なんか使ってないじゃない」
「今から使うようにすれば良いのよ!例え目にこの硫酸を入れてでも…!」
「どこからそんなモノ出したのよ!止めてよ岡田!これは『本当は残酷な』とかの話じゃないのよ!」
げしっ!ごすっ!
暴走した継母岡田が義姉松本と義姉吉井の2HIT COMBOで轟沈、退場すると言うアクシデントはあったものの、国中の女性が眼鏡を試すその行列は順調に消化されて行きました。
「…次。…次。…次」
しかし、誰も眼鏡がぴったり合う人はおらず、とうとう残るは義姉松本、義姉吉井、そして智子の3人だけとなりました。まずは義姉松本からです。
くいっ…かくんっ
「ゆるい。君ではないようだな。次」
次は義姉吉井の番です。
ぎゅうっ…きちっ
「きつい。君でもないようだな。次」
「「ふっ…わかってたわよ…でも涙が出るのは何故?」」
なんだかんだ言って密かに奇跡が起きるのではないかと期待していた二人の義姉はるるる〜っと涙を流しています。そして、ついに智子の番です。予備の眼鏡を外し、智子はその眼鏡を手にしました。
ぴたっ
それはまさに昨夜元に戻った時転んで落とした眼鏡であり、智子にぴったりでした。
おおおおお〜〜〜〜〜〜〜っ!
広場を人々のどよめきが覆い尽くしました。その中で、お立ち台から飛び降りた浩之王子は智子のもとに駈け寄りました。
「君だったのか…昨日のドレスも良かったけど、そのメイド服も可愛いぜ」
「王子様…王子様もそう言う趣味だったん?」
「はっはっはっは、それは作者の趣味だよ。気にしないでくれ。それに王子様なんて恥ずかしい呼び方は止めてくれよ。藤田でいいぜ」
「藤田君…」
「智子…」
こうして巡り合った運命の二人はめでたく結ばれ、盛大な結婚式が行われました。新婚旅行はもちろん海で、智子の白いビキニ姿に浩之王子が悩殺されたりして、二人はその後楽しく暮らしたと言う事です。
そして、智子が結婚したあとのいぢわる3人組はすっかり出番もなくなり、脇役にふさわしいつつましい生活を送りましたとさ。
めでたしめでたし。
あとがき
はい、というわけで世界名作童話劇場第2回は委員長のシンデレラでした。皆さん楽しんでいただけましたか?なんかキャラクターの性格が第1回以上にぶっ壊れているような気もしますが、あまり気にしないでください。
今回のテーマは何と言っても「メイド服いいんちょ」です(爆)。「とびっきり美少女同人誌2000」の裏表紙に載っていたアレですが、一発で轟沈しました(核爆)。ラストにちょっとだけ「白ビキニいいんちょ」も書けたので、もう思い残す事はありません(超核爆)。
あと、いぢわる3人組。SSには初めて出したんですが、この娘たち以外に使いやすいんですね。岡田を暴走させるのはなかなか面白かったです。
さて…次回の予定は全くの白紙です。一応主人公の配役だけ決まっているものもあるんですが、LVNヒロイン全てを書ききるのはいつになるやら…見捨てずに見守っていただければ幸いです。
それでは今回はこの辺で。
2001年4月吉日 さたびー拝