世界名作童話劇場@ 「あかずきんちゃん」

 昔々のそのまた昔のお話です。東鳩の森のすぐそばにある小さな村に、あかりちゃんというそれはそれは可愛いらしい女の子が住んでおりました。もともとは地味なお下げ髪に赤ずきんと言う格好をしており、それはそれでとてもよく似合っていたので、村のみんなからは赤ずきんちゃんと言われていました。しかし、ある日一念発起して髪を下ろし、リボンで結ぶようにして以来その可愛らしさはますます無敵になり、みんなあかりちゃんと名前で呼ぶようになりました。
 え?タイトルと本編の内容が違うって?そんな事言う人は私キライです。
 それはともかく、そうやって毎日楽しく過ごしていたあかりちゃんですが、ある朝のこと、目が覚めるととても美味しそうなケーキのにおいがします。
「あ、ケーキだ」
 ニコニコと階段を降りていくと、お母さんのひかりさんがケーキを焼いていました。
「あ、あかり。おはよう」
「お母さんおはよう。どうしたの?そのケーキ」
 あかりちゃんが尋ねますと、ひかりさんはニコニコしながら答えました。
「ちょうど良かったわ、あかり。これを森の中に住んでいるおばあさんのところに届けてきてね」
 あかりちゃんは自分が食べられるんじゃないとわかってちょっとがっかりです。それに気がついたひかりさんはすかさずフォローしました。
「あ、おばあさんだけじゃ食べきれないでしょうから、いっしょにおやつにしなさい」
「はーい♪」
 たちまちにっこり笑うあかりちゃん。ひかりさんが村一番のお母さんとして広くその名声が知られているのも、この辺の気配りがあればこそです。ひかりさんはそんな現金な娘の仕草に笑いつつ、バスケットに焼きあがったケーキと、おまけのワインを詰め込みました(お酒は二十歳になってから!)。
「それじゃお母さん、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、あかり。怖いオオカミさんたちには気をつけるのよ。寄り道もしちゃ駄目よ」
「はーい」
 こうしてあかりちゃんは家を出ると、東鳩の森の中に入っていきました。東鳩の森はこの世の楽園かと思われるほど豊かで穏やかな森で、多くの動物たちが住んでいます。
「ちゅっ、ちゅっ、ぴぴぴぴぴぴ」
「あ、小鳥さん。おはよう♪」
 あかりちゃんは目に付いた動物たちに挨拶しながら歩いて行きます。
 シュッ!シュシュシュッ!ビシィ!
「あ、子鹿さん。おはよう♪」
 そうやってあかりちゃんは森の奥へ向って歩いて行きます。
「ぴぴぴ…ねえ、葵ちゃん。わたしたちの出番でこれで終わりなの…?」
 しーん。サンドバッグを叩く音が止まります。
「くじけちゃ駄目よ…琴音ちゃん」
 小鳥の琴音ちゃんと子鹿の葵ちゃんはなぜかるるる〜っと涙を流していました。

 そんなドラマがあったとは知らないあかりちゃんは、ハミングしながら御機嫌で森の中を歩いて行きます。
「ふ〜んふ〜んふ〜♪ふふふふふふふふふふ〜ん♪」
 どうやら曲目は「BRAND NEW HEART」のようです(わかんないっての)。
 そんなあかりちゃんを、森の中の高台に立って眺める四つの怪しい目がありました。
「ほほお、あれがお前のほれた娘か」
「ええ、そうなんスよ、先輩」
 それは、この森に住むオオカミで、「東鳩の森一番のセクハラ大魔王」こと橋本オオカミと、その後輩で舎弟の矢島オオカミでした。
「誰がセクハラ大魔王かッ!?」
 おや、聞こえていましたか?
「俺、いつの間に舎弟にされたんだ…?」
 矢島オオカミはるるる〜っと涙を流しています。
「ごほん…そんな事はともかく!矢島!」
 一足先に立ち直った橋本オオカミは矢島オオカミの肩を叩きました。
「るるる〜…はい?なんでしょう先輩」
「好きなら早速告白に行こうじゃないか」
 あまりにストレートな橋本オオカミの言葉に、矢島オオカミの目が点になります。
「せ、せんぱぁ〜い!そんな簡単に告白できるなら、相談なんかしませんよぉ」
 情けないことを言う矢島オオカミ。彼は外見はさっぱりさわやかでしたが、好きな女の子に告白するのに、他人を頼らないと出来ない小心者でした。
「…ほっとけ」
 再びいじけモードに突入し、るるる〜っと涙する矢島オオカミ。それとは無関係に橋本オオカミはヒートアップして行きます。
「矢島!いじけてる暇はないぞ!大丈夫だ。俺が告白にベストなシチュエーションを設定してやる」
「えっ!?ま、マジっスか!先輩!」
 橋本オオカミの力強い言葉に、矢島オオカミは元気を取り戻します。
「おお、俺に任せておけ。まずは作戦を説明しよう」
 ごにょごにょごにょ……と、橋本オオカミは矢島オオカミに耳打ちします。
「そ、そんな事でうまく行くんでしょうか?」
 耳打ちが終わったとき、矢島オオカミの目はジト眼になり橋本オオカミを見ていました。
「問題ない。時代は個性だぞ。桜の木の下に呼び出して告白などと言う、古典的かつ没個性な方法など論外だな」

ぐさっ 

 理由は全くの謎ですが、どこからともなく効果音がして、心臓を刺された様に胸を抑えて矢島オオカミがよろめきます。
「告白はインパクトだ。あかりちゃんのように、少しポケポケした女の子には、この方法がベストな筈だ!俺の経験がそう告げている!」
 橋本オオカミの自身たっぷりな宣言に、根が単純な矢島オオカミはすっかり信じ込んでしまいました。
「す、素晴らしいっス!先輩!」
「当然だ。では作戦開始だな。まずは時間稼ぎをしないと。矢島、俺が女の子に声をかけるときの手本をお前に見せてやろう!」
 そう言うと、橋本オオカミは丘を下って行き、木の陰であかりちゃんを待ち伏せしました。
 しゅたんしゅたんしゅたんしゅたん
 ハミングに飽きたのか、スキップしながらやってくるあかりちゃん。手帳を眺めつつタイミングを窺がっていた橋本オオカミは、絶妙のタイミングであかりちゃんの前に飛び出しました。
「お嬢さん!」
「きゃっ!?」
 いきなり出現した橋本オオカミに、びっくりして立ち止まるあかりちゃん。ちなみに、橋本オオカミは耳をほっかむりで隠してオオカミである事を隠していましたが、かえって怪しさが倍増していることには気がついていないようです。
「な、なんですか?」
 ちょっと引くあかりちゃんに、橋本オオカミは慌てて言いました。
「い、いや。俺は怪しい者じゃないよ」
 この一言で、橋本オオカミの怪しさは倍率ドン、更に倍!(激古)状態になってしまい、あかりちゃんは更に1歩引きましたが、橋本オオカミはくじけず言葉を続けます。
「実は、この先にクマがいるんだよ!」
 そう言いながら道の横の森の中を指差す橋本オオカミの言葉に、あかりちゃんの表情が輝きました。
「えっ!クマ!?」
「そう。本物だよ…」
 あかりちゃんはもう橋本オオカミの言葉なんて聞いちゃいません。音速を越えるスピードで森の奥へ向って駆け出して行きました。
「わ〜い、クマだ、クマだ。本物だぁ〜(はぁと)…」
 取り残された声が森にこだまします。もはや「寄り道しちゃ駄目よ」と言うひかりさんの言葉は、脳のどこにも残っていないようです。
「う、うむ。一応予定通り…かな?」
 額ににじみ出た汗をぬぐい、橋本オオカミは手帳をしまいました。
「す、凄いっス!先輩!」
 橋本オオカミがじつにあっさりと憧れのあかりちゃんに声をかけたのを見て、矢島オオカミは感動の嵐に巻き込まれていました。
「俺もあのさりげなさを見習いたいと思います!」
「うむ、そうだろう。わっはっはっはっ…」
 森の中にオオカミたちのおバカな話し声がこだましました。
「ところであかりちゃんの好きなものがクマだなんて良く知っていましたね。さすがは先輩っス。ひょっとして先輩もあかりちゃんを狙っていたんじゃないでしょうね?」
「…ははは。そんなことあるわけがないだろ」
 乾いた笑いでごまかす橋本オオカミ。実はその通りだったりします。彼の手帳には目をつけた女の子の情報が細かに書きこまれていたりするのです。
「さて、次は彼女のおばあさんだな。先回りするぞ」
「はいっ、先輩!」
 オオカミたちは森の中を、おばあさんの家に向って進んで行きました。

 ここは森の奥深く。そこには1つの黒い塊がうずくまっていました。
 それはまさに森の世紀末覇者、クマの梓です。
 姉ともう一人の人物を除けば何者もこの世に恐れるものなどないクマの梓ですが、何やら気配を感じてむっくりと起きあがりました。何かがこちらに近づいてくるようです。
「何かしら?」
 その梓の前の茂みが割れ、一人の少女が現れました。
 もちろん、われらがあかりちゃんです。
「クマ!?」
(な、なによこの子は…)
 梓の背中を1つぶの巨大な汗がつつーっと伝います。
「クマだ!本物だぁ〜(はぁと)!」
「いやーっ!?」
 いきなり梓に抱きつくあかりちゃん。悲鳴を挙げて逃げ惑う梓。でも、あかりちゃんは放してくれません。叩いても蹴っても。その時です。
「あ、梓先輩…そんな…嘘ですよね…」
 そこにいたのは、梓が恐れるもう一人の人物、後輩のアライグマのかおりちゃんです。
「か…かおり…」
 梓の全身から滝のように汗が流れ落ちます。
「あははは…わたし、何勘違いしてたんだろ…先輩に…そんな可愛い人がいたなんて…」
 相変わらず「クマだぁ〜」といいながら梓に抱きつくあかりちゃんを見て、妄想全開モードのかおりちゃん。くるっと振り向くと、まだお昼にもかかわらず、なぜか夕日に向ってるるる〜っと涙の尾を引きながら全速ダッシュして行きます。
「ま、待て!かおり!誤解だ…」
 なぜか弁解しようとする梓に向って、かおりちゃんはとどめの一言を放ちました。
「さようなら、先輩!その人とお幸せにぃ〜〜〜〜〜っ!」
 涙を滝のように流しながらかおりちゃんは走り去り、後には真っ白に燃え尽きた梓と、至福の時を過ごすあかりちゃんだけが残されました。
「クマだぁ。クマだぁ。本物だぁ〜(はぁと)」

 さて、こちらはおばあさんの家です。
「きいいいぃ〜〜〜っ!なんであたしがおばあさんなのよおおおおおぉ〜〜〜っ!?」
 おばあさんは何やら御機嫌斜めのようですね。どかん、がちゃんという破壊音が家の中から響いてきます。
「この学園ナンバーワン・ヒロインの志保ちゃんを捕まえてええええぇ〜〜〜〜〜っ!」
 あかりちゃんのおばあさんの志保おばあさんは、なにやら椅子を持って辺りのものを壊しまくっていました。凶暴ですが、あかりと同年代くらいの、なかなかの美少女です(話が無茶苦茶ですがあんまり気にしないでください)。
 それにしても学園ナンバーワン・ヒロインとは何の事でしょう。ここはメルヘンの世界ですよ?
「うるっさいわね!志保ちゃんの役柄と言ったら全宇宙ビッグバンからビッグクランチまで学園ナンバーワン・ヒロインと決まっているのよおおおぉ〜〜〜〜っ!」
 各方面から異論反論のありそうな御意見ですが、まぁそう言う事にしておきましょう。
「…なんか引っかかる言い方ね」
 気にしないでください。それより、あなたが学園ナンバーワン・ヒロインを名乗るのなら、その証拠を見せていただきましょう。
「証拠?」
 ヒロインは全てにおいて完璧でなくてはなりません。そう、演技力においても!あなたにはおばあさんの役柄を完璧に演じていただきます。そうしたらあなたを学園ナンバーワン・ヒロインと認めましょう。
「え、演技力!?ふ、ふふふん。面白い。やったろうじゃないの!」
 ベッドの上に仁王立ちし、あさっての方向を指差す志保おばあさん。その空の彼方に光る1つ星は演技の星でしょうか。それはともかく、時間が押してますのでやる気が出たところで本番行ってもらえますか?
「ふふーん。だ〜いじょうぶっ!この志保ちゃんに任せなさい!」
 そう言うとベッドに潜りこむ志保おばあさん。やれやれ。
 どんどんどんどん
 扉がノックされました。どうやらオオカミたちがやってきたようです。
「どなた?」
「おばあさん?あかりで〜す♪」
 裏声で答えたのは橋本オオカミ。けっこう女の子の声に聞こえますね。なかなか多才な方です。
「ふっ。これもモテるため。隠し芸にしようとカウンターテナーの通信講座を取っておいたのさ」
 涙ぐましい努力ですね。それが実ってない事が残念ですけど。
「ほっといてくれ…」
 るるる〜っと涙を流す橋本オオカミ。とはいえ、12回7万2千円の通信講座の成果はあったようです。志保おばあさんは外にいるのがあかりちゃんだと信じてしまいました。
(お、おばあさん…あかりぃ、覚えてなさいよ)
 演技、演技。
「そ、そうね。あたしは女優だわ。いらっしゃい、あかりちゃん。扉は開いているわよ」
 そう言うや否や、扉がバーン!と荒々しく開かれ、黒い影が飛びこんできました。黒い影は志保おばあさんをベッドに押し倒しました。
「いやあ〜っ!痴漢!変態!すけべぇ〜っ!」
 黒い影――橋本オオカミはさわぐ志保おばあさんの口をふさいで耳元でささやきました。
「ふっ、悪く思わないでくれ。これもかわいい舎弟の恋を成就させるためだ。しばらく大人しくしていてもら…」
 志保おばあさんの顔を見た橋本オオカミの声が途中で消えます。
「ここに住んでいるのはあかりちゃんのおばあさんだよな?」
 口を塞いでいた手を放して橋本オオカミは尋ねました。
「そうよっ!私があかりの祖母の志保ちゃんよっ!」
 ベッドの上に仁王立ちし、無意味に胸をそらす志保おばあさん。
「ふっ…まいったな。俺とした事が肩書きに騙されるとは…」
 橋本オオカミは意味不明な事をつぶやきつつ立ちあがりました。
「申し訳ない、おばあさん、いや、志保ちゃん。お詫びに何かおごるよ」
「まあ…」
 潤んだ目で橋本オオカミをみつめる志保おばあさん。はじめて自分をおばあさん以外の存在として扱ってくれた橋本オオカミにドキドキ全開…ということはありません。かっこいい男なのは認めますが、志保おばあさんにとって、かっこいい男は自分を飾るアクセサリーと同じ扱いです。目の潤みは演技。さすが、学園ナンバーワン・ヒロインを自称するだけのことはあります。
「それじゃあ…お言葉に甘えちゃおうかな?」
 と志保おばあさん。彼女の内心も知らず、「フフフ…落ちたな」などと考える橋本オオカミ。二人は連れ立って小屋を出ました。
「先輩?その子はどうしたんです?」
 周囲で様子を窺がっていた矢島オオカミが橋本オオカミに尋ねます。
「ん?いや、何気にするな。小屋は開いたから、後は手筈通りにな」
 そう言うと、橋本オオカミは志保おばあさんの肩を抱いてどこかへ去って行きました。時々何か質問しては、例の手帳に書きこんでいます。
「さ、さすが先輩…!おばあさんの家からあんな可愛い子を連れ出すとは凄過ぎるっス!俺も負けちゃいられねえぜ!」
 橋本オオカミの手並みに感動の涙を流した矢島オオカミは、手筈通りベッドに潜りこんであかりちゃんがやってくるのを待ち伏せました。

 さてそれからしばらくして、あかりちゃんがてくてくと歩きながらやってきました。ちょっと残念そうな顔つきです。なぜなら、クマに出会えたのに、途中からそのクマが何時の間にかシロクマになってしまっていたからです。実は、それは真っ白に燃え尽きた梓だったりするのですが。
 こんこんこんこん
「おばあさん、あかりです〜♪」
 あかりちゃんはノックしながら中に向って呼びかけます。焦ったのは矢島オオカミです。かれはカウンターテナーの通信教育なんてやってませんから。
「どっ…どゔぞ…」
 裏声を出そうとしてとんでもないだみ声が出てしまいました。しかし、扉のせいで外にいるあかりちゃんにはわからなかったようです。
「お邪魔しまーす」
 扉を開けてあかりちゃんが入ってきました。最初、彼女は志保おばあさんがやつあたりで破壊しまくった室内の惨状にあぜんとしてしまいました。
「ど、どうしておばあさんの家はこんなに散らかってるの?」
「そ、そっ、それはね、あかりちゃんが来るって聞いて嬉しさのあまり暴れたからだよ」
 どうにか答える矢島オオカミ。背後の可愛らしい声に心臓はドキドキ、汗はダラダラ。だいぶ暴発寸前の様子です。もはや、だみ声であっても声を変えて演技しようと言う冷静さすらありません。
「?おばあさん、声がちょっと変だよ。男の人みたい」
 どっきーん!!
「そそそ、そ、そっ、それはねっ、い、今ちょっと風邪気味なんだよっ…!」
 矢島オオカミの声が震えます。
「えっ…おばあさん可哀想…。じゃあ、私が熱を測ってあげるね(はぁと)」
 矢島オオカミの額に手が当てられます。柔らかな、すべすべの手。あかりちゃんの手だ、と理解した瞬間、矢島オオカミの理性は臨界寸前となり、頭の中で危険を示す警報が鳴り響きます。
 ヴィーッ、ヴィーッ…
「熱はないみたいね」
 そんな矢島オオカミの心中も知らず無邪気に言うあかりちゃんですが、ちょっとした違和感を覚えて立ち止まります。
「どうして、おばあさんの額はそんなに毛が多いの?」
 本当はこの先にも質問と言い訳の問答が続き、最後に「どうしておばあさんの口はそんなに大きいの?」
「それはお前を食べるためさあ!」と続くんですが、矢島オオカミの我慢は既に限界を超えてレッドゾーンに飛びこんでいました。彼はいきなりシーツを跳ね除け、がばあっ!と立ちあがります。
「あ、あ、あかりちゃんっ!」
「きゃあっ!?あ、あなた誰っ!?」
 いきなり現れた矢島オオカミに、脅えたあかりちゃんが1歩退きます。
「あ、安心してくださいぃ!俺はあなたを食べる気はありませんっ!」
 そう言うと、矢島オオカミは床に飛び降り、あかりちゃんに向って頭を下げました。
「ひ、一目見たときから好きでしたッ!どうか俺と付き合ってください!」
 ついに矢島オオカミは告白しました。小心者の割には、見事なまでの直球勝負です。
「ごめんなさい」
 あかりちゃんが迷うことなく返事をしました。
 しーん……
 息苦しいほどの沈黙があたりに立ちこめます。すると、矢島オオカミはふらふらと辺りを捜しまわり、目的のものを見つけました。耳かき、綿棒、ティッシュです。矢島オオカミはそれで一心不乱に耳を掃除しはじめました。両耳を10分づつかけて念入りに掃除すると、もう1度あかりちゃんの前に立ちます。
「すいません。良く聞こえなかったので、もう1度…」
「だからごめんなさい」
 またしても即答でした。
 しーん……
「な、なんで…」
 矢島オオカミが震える声で言うと、あかりちゃんは答えました。
「だって…私、好きな人がいるんですもの」
 そう言うと、あかりちゃんは「きゃっ、言っちゃった(はぁと)」と言う風に両手をほっぺたに当てていやんいやんと言うポーズをします。呆けていた矢島オオカミはふらふらと玄関に向って歩いて行きました。そして、一言。
「先輩のうそつきいいいいっ!!!!!」
 そう言うと、今日の先輩に裏切られた人その2になった矢島オオカミは、やはり昼間にもかかわらずなぜか夕日に向って涙の尾を引きながら全速ダッシュして行き、やがて見えなくなってしまいました。
 一人小屋の中でいやんいやんのポーズをしていたあかりちゃんですが、ふっと我に返りました。
「あれ…そういえばおばあさんは?」

 一方、ここは森の中です。
「きゃっ…!ちょ、ちょっと!何するのよ!?」
 大きな木の幹に志保おばあさんが押しつけられています。押しつけた橋本オオカミは志保おばあさんのスカートの中に手を忍ばせ、ぱんつの上からお尻を撫で回しています。
「やっ…やめてよっ…あたし、そんなつもりじゃ…!」
「へへへ、いいじゃねえかよ。どうせ最初からこうするつもりだったんだろ?」
 橋本オオカミは勝手な事を言いながら、とうとうぱんつの中にまで手を差し込もうとしています。「東鳩の森一番のセクハラ大魔王」のあだ名は伊達じゃありません。危うし志保おばあさん!
 ぱんっ!
 その時、銃声が鳴り響いて橋本オオカミはばったりと倒れました。
「大丈夫か?志保」
 そう言いながら、まだ硝煙の立ち昇る銃を持って出てきたのは、近くに住んでいる猟師の浩之でした。実は彼こそがあかりちゃんの想い人なのです。しかし、にぶい彼はその想いに気がつく事もなく、今日こそ小鳥の琴音ちゃんか子鹿の葵ちゃんのどっちかを「狩る」つもりで猟に出ていたのですが、たまたまこの場面に出くわしたと言うわけです。
「ヒロ!助かったわ!」
 そう言って駆け出そうとする志保おばあさん。ところが。
「きゃっ!?」
 足に何かが引っかかって倒れそうになりました。橋本オオカミが、倒れた時に彼女のぱんつを掴んだままずり降ろしていたのです。
「危ない!」
 慌てて抱きとめる浩之。二人は抱き合うようにひっくり返りました。
「あいてて…大丈夫か?志保」
「う、うん、あたしは平気。それよりヒロは?」
「俺も平気…だ……!?」
 浩之は優れた猟師の勘で、強烈な殺気を感じて辺りを見渡しました。するとそこにいたのは…
「「あかり!?」」
 二人の声がハモりました。そこにいたのは、紛れもなくあかりちゃんです。志保おばあさんを捜しに来てこの場面に遭遇したのです。そこにいたのは、想い人の浩之と、彼を足首までぱんつが降りた状態で押し倒している志保おばあさん。
「二人とも…何してるの…?」
 いつもの可愛い声のままの筈なのに、地の底から響いてくるかのようなその質問に、そして、あかりちゃんが身にまとう、まるで違う世界で軍隊の大隊長でもやっていそうな底知れない殺気に、浩之と志保おばあさんは心の底からの恐怖を覚えました。
「こ、これは事故なんだ!そうだよな、志保っ!」
「そっ、そうよっ!事故なのよっ!」
 慌てて立ちあがる二人。志保おばあさんは急いでぱんつを元に戻します。
「ふ〜ん…そうなの…事故なの…」
 あかりちゃんはそう言うと、茂みの奥にいったん消えて行き、やがてバスケットを持って戻ってきました。浩之と志保おばあさんはびくっとしましたが、殺気は綺麗に消えていました。
「はい、これお母さんからの届けもの。大事に食べてね(はぁと)」
 あかりちゃんは志保おばあさんにバスケットを手渡しました。
「浩之ちゃんも食べてね(はぁと)」
 にっこり。
 その極上の笑顔に、二人は一瞬凍るような殺気を感じた気がしたのですが、黙ってこくこくと首を振りました。すると、あかりちゃんは再び身を翻して歩き始めました。
「あ…あかりは食べないのか?」
「そ、そうよ。食べて行きましょ」
 浩之と志保おばあさんは口々に言いました。しかし、あかりちゃんは振り向くと言いました。
「そうしたいんだけど、今ダイエット中なの。ごめんね」
 それきり、あかりちゃんは去って行きました。後に残された、全身恐怖の冷汗でびしょ濡れになった浩之と志保おばあさんは、ぺたりとそこに座り込みました。
「た、助かった…殺されると思った…!」
「ううっ、こわかったよう…えぐえぐ…」
 安堵すると、急に二人はのどの渇きと空腹を覚えました。バスケットからは良い匂いがしてきます。上にかけてあった布が少しずれ、ワインのビンも覗いていました。
「と、とりあえず食べようか」
「そ、そうね」
 こうして二人はケーキとワインを平らげ、ようやく人心地に戻れたのでした。

「ただいま〜(はぁと)」
 村にあかりちゃんの元気な挨拶がこだまします。
「おかえり、あかり。おばあさんは元気だった?」
 ひかりさんが鍋をかきまわしながら言いました。
「うん、とっても♪あ、お母さん、これお土産」
 そう答えると、あかりちゃんはひかりさんに花を差し出しました。
「あら、いけないわ。これ、トリカブトの花よ」
「トリカブト?」
「そう。お花は綺麗だけど、根っこには猛毒があるから、気をつけなきゃ駄目よ…って、根っこは取ってあるわね」
「うん♪」
「う〜ん、せっかくだから、花瓶にでも生けておきましょうか」
「そうね」
 こうしてあかりちゃんはひかりさんの作ったシチューを食べ、眠りにつきました。こうして、あかりちゃんの何でもない一日は終わったのでした。

 その夜。森の中。
「か、体がぁ〜〜〜からだがしびれるぅ〜〜〜〜……」
「あかりぃ〜〜〜許してくれぇ〜〜〜〜……」
 誰のものかは全くの謎ですが、そのうめき声は一晩中森の中で響き渡っていたと言うです。

めでたしめでたし。



あとがき
 以前「てるぴっつの部屋」さんで公開していた作品ですが、この度自分のホームページ作成に当たりこちらで公開する事にしました。
 モットーは「元気に、馬鹿っぽく」。普通ならやらない擬音の多用や会話の連続もあえてやっていますので、他の私の作品と比べるとかなり趣が異なります。
 さて、第一回配本はこの「あか(り)ずきんちゃん」他、「てるぴっつの部屋」時代の5本。更新は遅くなると思いますが、続編もちょっとづつ書いていく予定です。
 しばらく気長にお付き合いください。
 2001年 さたびー拝


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