数分前、

―大丈夫?ほら泣かない泣かない―
 顔をくしゃくしゃにして泣いてる男の子。私はその顔を、ハンカチで丁寧に拭った。
―あいつら〜〜せりかがいないからって、寄ってたかって1人をイジメるなんて………たけしもちょっとはやり返しなさいよ、やられっぱなしじゃない― 
 私達より1歳年上……なんだけど、男の子なのに弱虫で泣いてばかり。ぽっちゃりした顔は、もうクシャクシャになっちゃってた。

 あ〜あ〜……これじゃ、せりかも流花ちゃんもクローするよね。

―もう、イヤだよ……―
 男の子がそう言うのが聞こえた。
―はぁ?―
 私は急に聞こえたその声に、すっとんきょうな顔で聞き返してた。

―なんでボクばっかりこんな目にあうの?れーなちゃんみたいに仲良しになりたいのに……なんでみんな蹴ったりするの?―


 この子の言ってる事はわかる。
 友達になりたいから……そう思って声かけたのに、みんなからはデブとかグズとか言われて袋叩きにされちゃったんだよね…………
 大声上げて追っ払ったけど、このままだったらまた何されるかわからない。

 けど……だからって、私やせりかがいつまでもついてるのはダメだよね…………

―あんたね……そんなウジウジしてちゃ、いつまでも変わらないよ―

 あっ……と気付いた時には、口から文句が飛び出してた…………

―れーなちゃん……?―
 目の前の男の子は、キョトンとした顔で私を見つめた。

―パパが言ってた。弱虫じゃなくならない限り変われないって……今変わらなかったら、大人になっても弱虫のままかもしれないよ……当たって砕けろ、ナメられたくなかったら自分で変わらなきゃ!!!―

 私は、それだけ言ってそそくさと飛び出しかけた。多分、自分がメチャクチャくさい事言っちゃったと思ったから……
 それも、演技とかじゃなくて本気になって……ね…………

 その時、私は頭がいっぱいで気付いていなかった。
 男の子が……剛が、今までの自分を吹っ飛ばす一大決心していた事に………………

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悪夢でも絶望でもない話

外伝 エク女の愉快(?)な日常

V話『十年越しの恋の歌(ラブソング)』後篇
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作・ダゴンさん
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 現在 エクセレント学園

『あ、やっと通じたみたいね。流花ちゃん』
 流花の電話から唐突に聞こえてきたのは、大人びた女性の声。恐らく、先程ディスプレイに表示されていた『赤石真生』なる人物のものだろう。
「あっ、真生お姉ちゃん。良かったぁ、こっちはもう大変なんだよ〜〜〜」
 電話を取った流花は、慣れた口調で相手に話す。電話をかけてきた何者かとは、どうやら知り合いの様だ。
「……それで、たっくんはどうしてるの?こっちはせりかちゃんに掛けても出てくれないの〜〜〜」

 狼狽する流花の隣では、しのぶは携帯で先刻見ていたRagnarokのホームページを再度見直していた。
 その手が、ある項目で不意に止まる。

(スケジュール……か…………)
 そこにあったのは、彼等の年間スケジュール表だった……


同時刻、せりかの滞在するロケ地

「全く……名乗りも無しにいきなり『俺だ』なんて、新手のオレオレ詐欺かと思ったわよ!本当にもぅ…………」
 一条 せりかは、かかってきた電話の主に対してこれでもかと言わんばかりに毒づいていた。
『酷ぇなぁ相変わらず。俺等の仲じゃねーか?つーか、普通着信見たら分かんだろ?』
「生憎、男嫌いな子にチャラチャラ声で電話してくる知り合いなんて、私のデータベースには載ってないの。ただでさえてんやわんやな状況だって言うのに……ナンパなら他をあたって下さるかしら???」
 もう慣れたと言いたげに、せりかは電話の向こうの声の主に言い放つ。
『違ぇーーよ。今回は流石に真面目な話なの』
 電話越しに聞こえる少年の声は、一拍置いてから…………今度は真剣な口調で話し掛けた。
『剛のバカと、礼菜ちゃんの事。こいつは大真面目よ』
「……何ですって?」
 途端に、せりかの口調も真剣なものに豹変する。
『今回の記事たれ込んだ奴なんだけどよ……あいつも礼菜ちゃんもまだ気付いて無ぇが、ちょっとヤバそうなんだ』





「流花ちゃん……貴女、磯部って名前、聞いた事ない?」
 流花に電話をかけている眼鏡の女性―赤石 真生―は、真剣な表情で会話していた。
「記者クラブの仲間と春彦君の知り合いが教えてくれたんだけどね、そこの御子息がこの写真とたれ込みをツ○ッターに書き込んだ……それがそもそもの発端らしいのよ。記事がそいつのパソコンから送信されたってのも確定したわ」
 苦い表情を隠そうともしない真生。電話越しに、流花が強張る気配がした。
『聞いた事ないけど……もしかして怖い人達なの?』
「結構キナ臭い家みたいよ。ここ数十年で急成長した企業の経営者一家なんだけど……龍神村に代々続く名士で、そこのダム建設を積極的に推し進めてる。しかも政治家との癒着だって噂されてるし、警察やヤバい連中とも何処かで繋がってる…………って、専らの話ね」
 真生もマネージャーの傍ら、出来る範囲で調べていたのだが……そしたら出るわ出るわ、磯部家は度を越した曲者だった。

 この国においては新興勢力で、尚且つ経済界における急進的派閥の1つ。その中でもこの磯部家はとりわけ悪どい噂の飛び交う家で、特に息子については十代でありながら大のアイドル狂い。女性芸能人のストーカー説も囁かれている。
 こんな輩、堅気の人間なら万人が相手するのを嫌がるタイプと見て間違いない。

「今は何も動きは無いみたいだけど、相手は札付きの悪(ワル)みたい。嫌な予感がするのよね……」
 真生がこんな事を言うとなれば、事態は只事では無さそうだ。もしかすると、流花達の預かり知らぬ所で事は悪化しているかもしれない。
『う、うん……しのぶちゃん達にも相談してみるよ』




同時刻、エクセレント女学院 生徒指導室

「……と、松澤を疑うわけじゃないんだがこうしてご足労いただいたわけだ」
 出雲 彼方は辟易とした表情で眼前の少女……松澤 礼菜の憮然とした顔を見た。彼の机には、件の新聞が大きく広げられている。

「知ってる事って言っても……寧ろ私の方が知りたいくらいです!せりかってば、剛と出かけたなんて一言も言わなかったじゃない……!」
 これまたアイドルらしからぬ剥れ面で抗議する礼菜。今回の事は自身も知らなかっただけに、平常心でいるのは難しい様だ。
「確かにな……芸能人のスキャンダルなんて、そもそも嘘か本当かわからんのばかりだ。とはいえ……週刊誌ならともかく、こんな大衆新聞が捏造なんか出来るわけがない……認めたくないが、信憑性は決して低くはないだろうな」
 彼方の隣では、目の前の新聞を読んでいた橘 芽依子が苦虫を噛み潰した様な顔を向けていた。
「……いや、この際信憑性はいい。実際問題、『これが他所に流れた』って事が一番厄介なのだがな…………」
(こんな時に限って剛もせりかも電話出てくれないし、真生さんも全然繋がらない。ホントに何がどうなっているのよ…………)
 全く、いざという時ほど物事の流れは良くない方に働くものである。

「はぁ……仕方ない、とりあえず今日はもう帰って良いぞ。けど、何か分かったら俺達にも知らせてくれ。良いな?」
 やがて、痺れを切らした彼方は首を振りながら礼菜に退席を促した。



「あ、礼菜ちゃ〜〜〜ん」
 退出した礼菜の耳に、聞き慣れた幼馴染みの声がする。
「流花ちゃん……」
 振り返ると、案の定そこには旧知の友人である水無瀬 流花の駆け寄る姿が見えていた。
 ついでに、何故かゾロゾロついて来るクラスメートが4人程……

「……って、勝沼さん達も?」




「磯部……?」
 先刻、真生から警告された内容を流花は掻い摘まんで告げる。
「あぁ。随分と悪どい親子だってな……勝沼の家にも、そんな報告がよく入ってるよ」
 今回は、流石のしのぶも苦虫を噛み潰した様な顔をしている。流石に自分達の分家である事までは明かしていないのだが…………
(くそっ……よりによって、あの肉ダルマが元凶かよ!?笑えない冗談だろうが!!)
 それでも……かつて(まだ『紳一』だった頃)に見た肥満気味の輩の写真を思い出し、再び嫌悪感を募らせていく。
(勝沼さん勝沼さん、顔が怖いですよ)
 帆之香に小突かれるまで、しのぶは自分の顔が引き攣っている事に気付かなかった。

「でも、これからどうするの?さっき大門のおじさんに調べて貰ったんだけど(しのぶから電話番号を聞き出した)、相手はかなりの曲者だって言ってたよ?」
 しかし、心中穏やかでないのはしのぶだけではない。彩乃も困った顔で頷いていた。





「いや……そうでもない。ファウルすれすれだが、一つだけ可能性がある」


 だが……不意に、気を取り直したしのぶがそう呟いていた。

「あぁそれと、ひな……お前、意外なところで役に立つんだな…………」
「??」



17:45、せりかの滞在するロケ地


「これで撮影は全て終了です、お疲れ様でした!」
 撤収!その声を聞いた瞬間、せりかは矢の様な素早さで車に乗り込んだ。
「今すぐ礼菜の家に飛ばして!全速力でLets.Go!!」
 そのまま、尻を叩かれる様に現場からBMWがすっ飛んでいった。




「……ようやく繋がったのは良いとして、何で流花ちゃんの電話に河原さんが出てるのかしら?」
 車中で流花の携帯に再びかけ直したせりか。ところが、応じたのは誰あろう彩乃だった……!
『あ、あはは〜〜、ボク達今日は礼菜ちゃん達と一緒だったもんで…………』
「その口振りからすると、勝沼さんと二階堂さんもいるのね……」
『……御名答ナリ』
 流石にアイドルやってるだけあって、洞察力は普通の人より鋭敏らしい。というか、せりかの中では彩乃は既にしのぶや帆乃香とセットで認識されているらしい。複雑なところだ。
『お〜、暫くだなぁ。せりか』
 そうこう考えていると、今度は別の声がした。しのぶの声だ。

「やっぱり勝沼さんね……あのね、申し訳無いけどこっちは今メチャクチャ忙しいの、私用なら明日出直してくれる?」
『いや、お前や剛とかいう奴と、ついでに礼菜もに大いに関係する事なんだ。今朝のスキャンダルの事でな……今、移動中か?』
 ところが……
 適当にあしらって切ろうとしたせりかは、途端に身を強張らせた。

「……一体どういう事よ?」








『そ、それ……本気でやるつもりなの?』
「あぁ、少なくとも帆之香や彩乃はノリノリだぞ」
 電話の向こう側からは、思い悩むせりかの声がする。
『……えらく強引ね。失敗したら、礼菜は恐らく私と剛のファン全部を敵に回す事になるわ。それでもやる気?』
 直人の運転する車中で、しのぶは真剣な表情で会話していた。
「どっちにしろ、多少の混乱はあると思うな……だが、上手くいけばスキャンダルは一掃できる。ついでに磯部とかいうゲス野郎の牽制にもなる筈だ」
『でも、二の矢は撃てない……まさに乾坤一擲ね』
 乾坤一擲……今から実行せんとする作戦は、まさに一発勝負の賭けの様なものだった。
 失敗すれば大きな痛手、せりかの今後の芸能人生命だって、ただでは済まないだろう……
「このまま放っといたら、それこそ収拾つかなくなるけどな……下手すると、磯部って奴を余計に付け上がらせるかもしれんぞ」
 しかし、しのぶはシレッとした口調で不吉な事を言う。せりかはそれを聞いて押し黙ってしまっていた。





『……いいか?決行まで残り2時間。この悪企みはお前が来ないと始まらない……とにかく、待ってるからな!』
 その言葉が終わると同時に、電話は切れていた。後に残るのは規則正しいツーツー音だけ……
 

「……随分剣呑な話みたいね」
 電話を切って座席にもたれかかるせりかに、運転席の女性が親しげに声をかける。
「なずな叔母様……」
 BMWを颯爽と駆るウーマン風の女性……せりかの母、小春の妹で自分の専属マネージャーである一条 なずなは、いつになく苦い顔の姪を見逃さない。運転しながらも器用に彼女を眺めていた。

「……お願い、今からスカイツリー前広場に行けない?二時間以内なんだけど……」
「上等♪」
 その言葉と共に、BMWは物凄い勢いで加速していた。
「ちょーっと危ないかもしれないから、舌噛まないようにねぇ!!」






同時刻、道路上

「っ……」
 松澤 礼菜は先程から気が気でならない心境に陥っていた。

 今日は、友人である勝沼 しのぶの家から何故か送迎車が2台もやって来ていた。その片方に自分以外の皆が乗り込んで、自分一人は後ろの車に…………

(これって、まさか……彩乃もひなも流花ちゃんも一体何考えてるの?)
 もとより、あの4人が絡んだ時点で妙な気はしていた。だが、まさかこんな強引に何処かに連れて行くなんて誰が予想しただろうか?

「……納得出来ない。そんな顔してますね?」
 仏頂面に気付いたのか、運転席の木戸 大門が話し掛ける。
「……大門のおじさんの悪人面よりマシですよッ」
 剥れて皮肉を返す。が、木戸は不快な顔をしなかった。
「フム……悪態をつけるなら、まだ元気みたいですな。良かった良かった」
 クスクスと笑うと、眼前を走る送迎車(しのぶ達が乗っている)を追随する様にハンドルを握る。

「……まぁ、あまり悪く取る事は無いと思いますよ、自分は」
 ふと、何処か懐かしい表情で木戸は呟いた。
「……?」
 礼菜は、一瞬彼が言った言葉の意味が解らずに首を傾げた。
「いや、私達はね、ずっとお嬢様を側で見守って来たんです。エク女に来る前のあの方もね……」
 そして……強面の運転手は、唐突に口を開いた。

「あの頃は、お嬢様は友人はおろか、話し相手も私達くらいしかいなかった。ですが、河原さんや二階堂さん達が友達になってから、お嬢様は本当に変わられた…………」
 礼菜は、エク女に来る前のしのぶの姿は知らない。確か、両親はなく最近まで病で療養生活をしていたと噂伝いには聞いていたが……
 そのせいか、木戸の語る言葉は何故だか新鮮に感じられてならなかった。

「だからね、不思議と解るんですよ。お嬢様が、友達である貴女方の不利益になる事は絶対にしないってね…………」
 そんな中……何処か和やかで、それでいて誇らしげな口調で、木戸はそう語りかけていた。


「……そうですよね?」
 ふと、昼間の事が脳裏を過る。

 何処からともなく現れて、悩める回りを巻き込んでは盛り上げていく。
 今日だって、悩んでいた礼菜を面倒と宣いながらも色々考えてくれたではないか……
 そんな姿に、何処か心が安らぐ様に感じたのも、確かな事だった。



「……大門のおじさん、ちょっと飛ばしてくれないですか?」
「承知しました、お嬢様(マドモアゼル)」
 ならば……当事者の自分が疑ってどうする?皆がそのために動いているなら、自分もまた信じて進むのみ……!!




 木戸の運転する送迎車は、夕焼けに照らされた道を少し加速気味に疾走していった…………






 作戦決行まで、残り2時間と10分…………!!!!

管理人のコメント

 ダゴンさんの「悪夢でも絶望でもない話」の外伝作品、「十年越しの恋の歌(ラブソング)」。いよいよいクライマックスに近づいてきました。

>せりかも流花ちゃんもクローするよね。

 一瞬、二人がアイアンクローを放つのが目に浮かびました……「苦労」ですね。(汗)


>男の子が……剛が、今までの自分を吹っ飛ばす一大決心していた事に

 女の子の一言で自分を変えようと頑張る男の子。王道ですね。


>磯部家は度を越した曲者だった。

 本編でもしのぶの敵だった磯部家。ここにも出てきました。


>こんな大衆新聞が捏造なんか出来るわけがな

 いやいやいやいやいや(笑)。彼方さんマスコミを甘く見過ぎです。


>さっき大門のおじさんに調べて貰ったんだけど(しのぶから電話番号を聞き出した)

 何気に少女たちに信頼されてますね、大門。


>「あの頃は、お嬢様は友人はおろか、話し相手も私達くらいしかいなかった。ですが、河原さんや二階堂さん達が友達になってから、お嬢様は本当に変わられた…………」

 その大門さんが語る、しのぶお嬢様のみんなへの友情。いや本当に良い方向に変わったものです。


 お話も残すところ「終章」のみ。どういう決着がなされるのか楽しみです。



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