AIR〜夏の終わり〜

 最終話 「さようなら」
 
 作者: 暇の人
 
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 聖の話によると、三上は一人で俺と佳乃を診療所まで運んてくれたそうだ。その後、佳乃は意識が戻ったが、俺は三日間ずっと寝続けていた。そして、聖がメスを投げかけたら俺はついに目覚めた。佳乃は涙を流しながら俺を強く抱きしめた。
 もちろん、俺は女の姿のままだが、首筋の傷はきれいに消えてしまった。
 だが、消えたのはそれだけではない……

 人形を動かしてみたが、人形は少しも動かなかった。何度も何度もやっても、結果は同じだった。俺の力は佳乃を助けるために失ってしまったから、別に後悔するわけがないが、自制できずに泣いてしまった。佳乃を安心させるのに、俺は "今は休暇中だから、しばらくは人形芸をしない" と誤魔化したが、バレるのも時間の問題だ。 まあ、その時はその時さ。

 ちょっと残念なのは、三上のことだ。

 彼も俺と同じで二度と男に戻れないけど、それでも彼はこの町を出ることにした。
 駅前まで送った時、三上はそう言った。

「彼女をしっかり守れよ、特に雨の日な」

 わけのわからないことを言うと、三上はバスに乗ってこの町を離れた。
 たぶん、もう会うことはないだろう……




 そして、一週後の夏祭り。

「綿菓子!」

「ぴこぴこ〜」

「あ、ポテトも食べたいの?」

「ぴっこり〜」

 佳乃とポテトは綿菓子の屋台に走り寄った。
 相変わらず子供っぽいが、それが佳乃だ。

「そういえば、なぜ聖がここにいる」

「なにを言っている、一年一度の夏祭りだぞ。来ないわけないじゃないか」

 診療所は年中無休じゃないのか?

「うん? 何か言ったか?」

「空耳だろ」

 危なかった、どうやら思わず口に出したらしい。


(……)

 神社の方を見ると、中にあるはずの羽根はもういなかった。

「結局、あの羽根はなんだったのろう?」

「さあな……」

 実は俺はあの羽根の正体を知ったが、それを誰にも教える必要はない。
 謎は、謎のままでいればいいんだから。

「でもさ、本当にいいのか?」

「なにか?」

「俺と佳乃のことだ」

 羽根が消えてしまった今、俺は一生女の姿で生きるしかない。
 こんな俺と付き合い続けたら、佳乃はきっとレズなどと呼ばれる事は必至。
 確かにこの町はとても平和だが、偏見というものがないわけがない。

「心配するな、もしそんな奴がいるなら、わたしはそいつを切る」

「…….本気か?」

「当たり前だろう?」

 平気でとんでもないことを言いやがる。



「さて、わたしは診療所に戻らなければな」

「え〜 お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」

「ああ、やはり病人たちを放っておくわけにはいかないんだ、いくぞ、ポテト」

「ぴっこり〜」

 屋台を前に、聖は足を止めた。

「親父、風船をひとつくれ」

「はいよ」

 聖はピンク色で耳付きの大きな風船を、佳乃にあげた。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

「夕飯を作っておくから、屋台のものを食べ過ぎないように」

 背を向けて聖は歩いて行った。そんな聖を見て、佳乃はこう言った。

「なんだか、お姉ちゃんはお母さんみたい」

「ぴこ!?」

 それを聞いて聖は無言ながらいきなり走り出した。ポテトは急いで聖の後を追った。

「……お姉ちゃん、泣いてるの?」

「いや、ただ嬉しいだけさ」


 そして、佳乃は俺を神社の裏手の草地まで連れて行ってくれた。
 ここは郊外や神社より、もっと人気がない。

「驚いたな、こんなところがあるとは」

「ここは知ってる人は少ないんだよ」

 まわりは、涼しい風が吹いていた。
 そろそろ夏が終って、秋になる事の証明だった、


 あの時、佳乃はこう言った。

 "魔法ってね、誰かに幸せにするためにあるんだよ"

 それが本当なら、俺の魔法の役目はもう終わったんだ。
 少し寂しいが……



「往人くん……」

 佳乃は自らパンダナを手首からはずした。
 そのパンダナをリボンのようにして、俺のかつては短かったが、今は非常に長い白髪を結わえた。

「……?」

「あたしの魔法だよ〜、これをつけると、この町のことが好きになって、空にいる女の子のことなんてずぼーんって忘れて、ずっとここにいたくなるの」

「けどよ、俺一人ではこれを結ぶことはできないぞ」

「大丈夫よ、あたしは毎日往人くんに手伝ってあげるから、そしてこれからも、ずっと〜」」

「……」


 俺は佳乃を抱きしめて、互いの唇は触れ合った。
 佳乃の手から風船を取って、そして手を離した。

「あ....」

 佳乃は風船を掴もうとしたが、俺は佳乃を止めた。

「空には、あいつに行ってもらおう」

「……うん、そうだね」

 俺と佳乃は、一緒に空を見上げた。 

 俺はこれからここに暮らすことにするから

 もう旅人になれない

 もう空にいる女の子を捜せない

 俺は、風船一つをお前にあげるしかできない


さようなら、空にいる女の子



管理人のコメント

 この物語も、いよいよ最終回です。呪いのなくなった今、三人の少女たち(笑)の行く道は……

>人形を動かしてみたが、人形は少しも動かなかった。

 往人君の力はやはり失われたようです。


>ちょっと残念なのは、三上のことだ。
>彼も俺と同じで二度と男に戻れないけど、それでも彼はこの町を出ることにした。

 智也にはまだ「探すべきもの」があるから仕方がないとはいえ、別れは寂しいものです。いつか少女な智也の話も見てみたいですね。


> こんな俺と付き合い続けたら、佳乃はきっとレズなどと呼ばれる事は必至。
>確かにこの町はとても平和だが、偏見というものはないわけがない。
>「心配するな、もしそんな奴がいるなら、わたしはそいつを切る」

 聖は女の子往人君には甘いだけに、最強の守護者ですね(笑)。


>そのパンダナをリボンのようにして、俺のかつては短かったが、今は非常に長い白髪を結わえた。

 凄くビジュアルで見たい光景です。


>俺はこれからここに暮らすことにするから
>もう旅人になれない
>もう空にいる女の子を捜せない
>俺は、風船一つをお前にあげるしかできない
>さようなら、空にいる女の子

 佳乃シナリオは往人君の旅が完全に断絶し、翼人の呪いについても完全には解決しない、と言う点で「AIR」では異色のシナリオなのですが、「唯一の」ハッピーエンドとも言われます。
 この物語でも往人君の旅は終わり、この後「彼女」に子供が生まれそうもない事を考えると、方術の一族の悲願は達成されないままになりそうですが、それはそれでいいのかもしれません。
 何はともあれ、物語を完結させた暇の人さん、お疲れ様でした。読み応えのある話で、楽しませて頂きました。
 また新しい話があったら、よろしくお願いします。
 それと、掲載が遅れてすみません……



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