珍しい事に今日佳乃は主動に俺に人形芸を見せてと頼んた。俺はスカートのポケットから人形を取り出して、久しぶりに人形を歩かせた。
そこで、佳乃は、「往人くんの魔法は、なんのためにあるの?」と俺に問いた。
とんでもない難題だった。
生まれから持っている力だから、ただあたりまえのように、その力の存在意味を真剣に考えたことは一度もない。
考え込んでいた俺に、佳乃はそう言った。
「魔法ってね、誰かを幸せにするためにあるんだ」
AIR〜夏の終わり〜
第十話 「DREAM」
作者: 暇の人
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その後、佳乃は飼育当番で、ポテトと学校に行った。
俺は一人で町のあっちこっちを歩いている。
「…………」
この空の向こうには、翼を持った少女がいる。
それはずっと昔から、
そして、今、この時も。
同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている。
小さい時、よく母さんにそう言われた。
俺は、あの少女を探すためにずっと旅をしていた。
ならば、俺は今ここでなにをしている?
佳乃と出会ってから、いつの間か、俺は空にいる女の子を探すことを諦めてかけていた。
そして今、俺はもう完全に諦めようとしている。
だとしたら、今まで俺がしたことは全部無意味になっちまう。
(……え?)
気付いたら、俺の足は無意識に駅前に来ていた。
ちょうどボロボロの古いバスが前に止まって、ドアを開けた。
中年の運転手が、俺に声をかけた。
「お嬢ちゃん、大阪から来たのかい?」
「……どこを見てそう判断した」
「おや、違うのか?」
「あたりまえだ」
お嬢ちゃんについても反論したいがやはり止めよう。
「で、どうする?」
「なにか?」
「乗るにかい? 乗らないのかい?」
「…………」
本来、俺はこの町に長居をするつもりはなかった。
旅こそ、俺の日常だから。
この町は、俺の日常を奪ってしまった。
このバスに乗れば、俺は自分の日常を取り戻すことができる。
まだ空にいる少女を探すことができる。
そう思った時、三上の話を思い出した。
探すものを見つけたら、お前はまだ旅を続ける気か?
確かに空にいる少女はまだ見つけられないけど、もっと大切なものはもう見つけた。そんな気がしたが、それはなんなんのか忘れた…….
「ぴこ〜」
「!?」
突然、懐かしい声が聞こえた。
周りを見回しても声の主の姿はどこにもいない。
しかし、おかけで思い出した。
「乗らないよ、もうここに暮らすことにすると決めたんだ」
「そっか」
運転手も納得してくれる。
「いい場所だろここは」
「そうだな……」
「バスを乗りたくなったら、いつでも俺を呼んでくれよ。 じゃ、また会おうぜ」
「ああ、達者でな」
ドアが閉じてバスは行ってしまった。
俺は早速診療所に帰る。
もう旅をする必要はないから。
「ポテト?」
商店街に戻って、ポテトは俺を待っているように診療所の門前に座っていた。
口にくわえている手紙を足元に置いたら、すぐその場を走り去った。
(?)
俺はその手紙を読んでみた。筆跡は、 佳乃のものだ。
全身に寒気が走っていた。
往人くんには信じてもらえると思うから、これを書いています。
わたし、やっぱり空に行くことにします。
そうすれば、みんなが幸せになれるような気がします。
往人くんが探してる人にも、会えるような気がします。
いつになるかわからないけど、かならずその人をつれてきます。
お姉ちゃんを助けてもらえると、うれしいです。
ほんとはお姉ちゃん、すごくムリしてるから。
追伸
首のキズ、ホントにごめんね。
手紙を読んた後、俺の体は男に戻った。
俺は急いで診療所に入り込んた。
「聖!」
「国崎君? なぜ……」
今は聖の疑問に答える暇はない。俺はポテトからもらった手紙を聖に渡した。しかし、手紙を読んだ聖は、予想と反して冷静だった。
「で、君はどうしたいんだ?」
「どうしたいって、そんなこと決まってるじゃないか!」
もう二度ともとに戻れるはずがない体が、いきなり男にかえった。佳乃の身に何か起こったのは間違いない。早く彼女を探さないと......
そう言いたいが、聖の鋭い瞳は俺を制した。
「いいか、佳乃はもう全部知ってたんだ。自分の異常も、君の傷も……」
「……」
「もしこのまま佳乃の側にいると、君はどうなるのかわたしも知らない。下手をすると、殺されるかもしれない」
つまり、
これからも、佳乃の側にいると、
それとももう、佳乃には関わらない
二つに一つの選択。
「お前はここに残ってくれ、治療が必要になることになるかもしれない」
「国崎君……」
「すぐ帰るよ、佳乃とともにな」
玄関の扉を開け、外へ走り出した。
診療所を離れた瞬間、聖の泣き声が聞こえた。
「あの子を……頼む」
午後、佳乃は今日が飼育当番と言ったから、今はまだ学校にいる可能性がある。
胸騒ぎを耐えながら俺は学校の方に全速力で走った。
「ちょっと待ってくれ!」
学校に来ったら、ちょうどあの三人組がいる。もちろん彼女達は俺のことがわからない。
少し警戒されたが、俺はかまわずに声をかけた。
だが、俺が期待する返事はなかった……
「かのりんは見てませんよ」
「今日の飼育当番は私達だもん」
学校に行くと言ったのは嘘だ。佳乃がここにいるわけがない、ならば、佳乃がいる場所はあそこしかない……
「ぴこ!!」
「国崎!」
「三上!?」
俺と同じ、三上も男に戻ってしまった。彼とポテトはこっちに来た。
「何をしてやがる! 早くついてこい!」
「……!」
俺はなにも言わず、ただただ三上達の後を追った。
「佳乃!?」
予想通り、佳乃は神社にいた。
右手首は黒いあざがついていて、血が流れていた。白穂のように……
佳乃を抱き上げると、彼女の体温がはっきり感じれる。呼吸もしている。
なにがあったのか知らないが、まだ生きているのは確かった。
(?)
佳乃の左手は、輝いていた。いや、輝いているのは、あの白い羽根だ。
俺と三上がもとに戻れるのは、この羽根が輝いているからだ。そしてこの羽根が輝いている限り、佳乃は助けられない、そんな気がした。
「……」
「……」
互いに沈黙。たぶん三上もそう思っただろう。
「そろそろ、覚悟をしなければいけないようだな……」
「ああ、そうみたいだな」
男でいられるのは、これが最後だ。
俺は佳乃を地上に横たえて、羽根を佳乃の胸元に置いた。
人形を操る時のように、力を羽根に込めた。
羽根の輝きが強くなった。
「な!?」
三上の叫びが後ろに響いた。
気がついたら、俺は金色の海に立っていた。
神社にいる佳乃と、三上とポテトは、どこにもいない。
目の前には、ただ一人の女性だけ。
「久しぶりだな」
「はい、おひさしぶりです」
最初出会った時何を言ったのかわからなかったが、今はしっかり聞こえる。
「迷惑をかけて申しわけありません」
頭を下げて、白穂は俺に謝る。
彼女は消えていく。
完全に消えてしまう前に、白穂はそう言った。
「ありがとう、ございます……」
夏祭りをしてるけど、周りは誰もいない。
いるのは、あたしとお母さんだけ。
小さい時、お母さんはあたしを産んたのでいなくなっちゃった。
お母さんの代わりにあたしを守りながらひとりで診療所で頑張り続けるお姉ちゃんに、あたしはなにもしてあげなかった。
往人くんをキズつけて、会いたい人に永遠に会わせないことになっちゃった。
もしあたしがいなくなったら、お姉ちゃんも往人も、みんなは幸せになれると思った。でも、そうじゃないみたい......
「お母さん」
「なに?」
父さんがまだ生きてた時、あたしがお母さんとよく似てると言ったけど、あたしはお母さんのことをあまり覚えていなかった。
覚えているのは、あたしのせいでお母さんは長生きできなかったことだけ。それでも、あたしはどうしても言いたかった......
「あたしを産んでくれて、ありがとう」
「……」
「でも、お姉ちゃんもポテトも、そして往人くんも、みんながあたしを待っているの。だからあたし、もう帰るね」
「佳乃」
お母さんは微笑みながら、優しい目であたしを見ている。
「あなたには、羽根がないから、辛くても、空に来られないから……」
「そこで幸せに、おなりなさい」
管理人のコメント
この物語も10話目に入り、いよいよクライマックスが近づいてきました。
>「魔法ってね、誰かを幸せにするためにあるんだ」
佳乃の名台詞の一つ。往人君は力の意味、旅の目的について考えます。
>「お嬢ちゃん、大阪から来たのかい?」
>「……どこを見てそう判断した」
往人君でなくてもツッコミを入れそうです。
>「乗らないよ、もうここに暮らすことにすると決めたんだ」
迷いを振り切り、この町で生きていく事を選ぶ往人君。この後の運転手との会話も、なかなかいい感じです。しかし……
>商店街に戻って、ポテトは俺を待っているように診療所の門前に座っていた。
>口にくわえている手紙を足元に置いたら、すぐその場を走り去った。
往人君をこの町に留める元になった佳乃は……
>「お前はここに残ってくれ、治療が必要になることになるかもしれない」
>「国崎君……」
>「すぐ帰るよ、佳乃とともにな」
決意をした人間はやはり強いです。
>男でいられるのは、これが最後だ。
往人君と智也、最後の覚悟を決めます。そして……
>「あたしを産んでくれて、ありがとう」
>「そこで幸せに、おなりなさい」
呪われた運命から解放される佳乃。そして、彼女たちは……
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