AIR〜夏の終わり〜
第八話 「過去」
作者: 暇の人
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わしのご先祖さまは、この神社の宮司だった。
ある日、一人の村娘がここに来た、手首に黒いあざをついている赤ちゃんを抱えながら。
ご先祖さまはそれにかまわず、彼女をここで住まわせた。
そして、村の人々は赤ちゃん、八雲を厄神と思って、生贄とするつもりだった。
こういう時、宮司として、人として、彼女と赤ちゃんを助けるべきだが……
あきらめなさい
先祖さまはその一言で、彼女たちを見捨てた。
娘は、自ら命を絶った。
もし勇気を持って、彼女を助けようとすれば、娘は死ななくてもよかったかもしれない。
赤ちゃんが母を失うことはなかったかもしれない。
だが。
娘は死んでしまった。
赤ちゃんは母を失ってしまった。
それだけではない。赤ちゃんは助けたが、代償として、娘の魂は翼人の羽根の中に封印された。
その後、ご先祖さまは毎日、ただただ自分を責め続けた。
あの後悔と遺憾の顔は、いまだわしの夢に出ることがたまにある。
先祖さまの願いはただ一つ。
白穂を、助けてくれ。
そして数年前の夏祭り、二人の小さい姉妹が神社に来た。
神社の中にある、翼人の羽根は、数百年ぶりに光った。白穂の魂はまだ妹の方の女の子……霧島佳乃の中に入った。それから彼女の人生は、完全に狂わされてしまった。
……
あっという間に時が流れた。
翼人と因縁がある人がもうすぐこの町に来ると予感したあの日、わしは郊外で彷徨していた青年と出会った。彼はわしが待っている男じゃないが、非常に興味が深い。
あの青年の目は、先祖さまのとよく似ている。ちょうど彼は仕事を探していたから、わしは彼をここで働かせた。だが、これ以上ない簡単な仕事なのに、彼はそうは思わなかったのはなぜじゃ?
しかも、彼はもう我慢できず金を盗んだらどこかへ逃げるつもりだが、無駄なことじゃ。わしは金目の物を全部、目に見えない場所に隠し置くつもりだからな。
そしてついにあの人はやっとここに来て、坊主と出会った。
当然、これは決して偶然ではない。
あの坊主も、翼人の呪いに巻き込まれた一人である。
わしの先祖のせいで巻き込まれてしまった彼らには申しわけないが、わしはただ、彼らを見守るしかない……
長期の薬物治療ですっかり弱りきって、痩せてしまった体と、かつての愛らしさは消えてしまって、残ったのは醜い顔だけだった。
「ごめんなさい! わたしが悪いですから、謝りますから!だから……許してください……」
いつも明い笑顔でおれを見る幼馴染は、怨恨の目でおれを睨んでいた。
「うれしいでしょ? ほっとしたでしょ?」
パッ!
「もう二度と、唯笑の前に現われないで!」
ひゅ〜ぱぱん!
ぱぱぱぱぱ!
「…………」
花火の破裂音が、おれを何度も苦しませていた夢から、目を覚ましてくれた。
昼間のうちに、おれは庭の椅子に座ったまま寝ていたらしい。
そういえば、今晩は隣町の花火大会だと、じじいはそう言ったんだった。
短い間だったが、なかなか綺麗だ。
自分を見て、思わず笑った。
髪は肩まで伸びて、女の子になって巫女服を着ている。たぶん昔の知り合いや親に見られてもおれのことがわからないだろう。別に寂しいと思うわけじゃない、むしろおれにとって好都合だ。
おれは立ち上がって、部屋に戻ろうとする。
「待て」
「ん? どうした」
不意に、じじいが出て来た。そしておれに大きな袋を渡した。
中には、大量の団子。
「これを持って聖のところに遊びに行け。」
「は? いきなりなんだよ? だいたいこんな時間で行くと、明日は寝坊になるぞ?」
「安心せい、明日は休暇じゃ」
「……なんでだよ」
「いちいちうるさいやつめ、さっさと行け!」
「はいはい...わかってるって」
じじいに反抗する余地はなく、おれは団子を持って霧島診療所の方へ歩いて行った。
あとがき:
今回は三上智也たちの方の話に、少しだけ次の作品の予告をします。ちょっと暗いかもしれませんが。
管理人のコメント
往人君と佳乃が結ばれていた頃、ほかの人々は……と言いますと。
>わしのご先祖さまは、この神社の宮司だった。
神社の宮司の独白。彼も白穂の悲劇にまつわる過去の夢を見ていたのですね。
>いつも明い笑顔でおれを見る幼馴染は、怨恨の目でおれを睨んでいた。
続いて、智也の過去の話。何もかも放り出して旅に出てきたくらいだから、重い事情があるんだろうなぁ、とは思っていましたが。
>「これを持って聖のところに遊びに行け。」
唐突な老人の提案。往人君たちと智也が一緒にいることが、何かの意味を持っているのでしょうか?
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