AIR〜夏の終わり〜

 第七話 「決心」
 
 作者: 暇の人
 
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「……ん?」

 目の前は、白い天井。ここは、診療所の診察室だ。
 外には茜色の空が見える。
 壁にかけていた時計を見ると、ちょうど六時半。俺は丸一日寝てたらしい。

「調子はどうだ?」

「……聖」

 悪くないと言いたいが、今は指一本を動かすことすら困難だ。
 それにしても声が妙に甲高くなった。

「佳乃は……?」

「疲れて今は部屋で寝ている」

「疲れ?」

「……あの子は、今日一日君を看病したんだ、もちろんなにが起こったか覚えてないから、あの子はまだ記憶喪失したと、ふらついたところを助けようとして、君が階段を転がり落ち、首を打ち付けたと説明したが」

「おいおい、そんな誤魔化し、彼女は信じるのかよ」

 俺は思わず苦笑を浮かべた。でも佳乃が聖を疑うなどあるはずがない。

「他人のことより、まず自分のことを心配したらどうだ?」

「? なにを言っている?」

「なんだ、気付いてないのか」

 聖は小さな鏡を俺の前に据えた。鏡の中に、長髪の女の子がいる。
 彼女の首筋には、酷い蒼いあざと赤黒く深い爪痕が残っている。

「..........」

 反射的に右手首を見ると、黒いあざは形跡なく消えてしまった。本来銀色のはずの髪は、男の頃のように真っ白くなった。ゆっくり上半身を起こして自分を見下ろすと、着ているのは着物ではなく、薄くて黒いTシャツと膝までのちょっと長いスカート。ここは抗議すべきところだろうが、今はあまり気にしなかった。

「お前な、勝手に人を着せ替え人形にするなよ」

「結構かわいいからいいだろ」

「だからこそ嫌だぞ、これでまるで女装してるようじゃないか」

「今は女の子だがな」

 元気の振りをしているが、どうやらバレバレなようだ。聖も俺に気をつかって他愛もない会話をしてくれる。
 女の子になるのはたしかに少し困るが、朝になったら必ずもとに戻れるからあまり心配しない。そのはずだが……今回だけはふたたび男に戻れる自信はない。

「!? お、おい」

 聖はいきなり近寄って、やさしく俺の首筋をキスした。

「これは、わたしが受けるべきものだったのに……」

「……」

「すまない……」

 俺が聞くべきことじゃないかもしれないが、今はどうしても聞きたい。

「なあ、大人になったら、佳乃は本当に魔法に使えるのか?」

「……なぜ知っている?」

「女の勘だ」

「はあ……こんな時に冗談を言う余裕があるとはな」

 別に冗談ではない、前から佳乃にパンダナを渡した人は聖なのかと思っていた。そして今俺はそれを確信した。

「もう、君に話さなければいけないようだな」

 聖はため息をついて、俺に長い話をしはじめた。



 深夜、俺は暗い待合室のソファに座っている。
 とっくに寝る時間だが、佳乃のことを思い出すと、どうしても寝れない。
 特に佳乃が自分の手首を切ったことは、思わず夢の中に出た白穂とを連想してしまった。

 佳乃を守ってくれ

 聖はそう頼んだ。しかしどうやて?


「往人くん」

 いつの間にか、佳乃がそこにいた。

「大丈夫? 首の傷」

「ああ、もう痛くない。お前こそ大丈夫か? 風邪はまだ治らないだろ」

「ううん、もう平気......」

「佳乃!」

 平気と言いながら、バランスを失って転ぼうとする、俺は急いで佳乃を受け止めた。

「バカ、無理すんなよ。 ほら、部屋まで運んでやる」

「い、いいよ、あたしは「平気じゃねえ」……ごめんなさい」

 佳乃は異常に軽い、女になって非力になってしまった俺でも、簡単に佳乃を抱き上げられる。ゆえに俺は不安だった。


「大人しく寝てろよ」

 佳乃をベッドに上に寝かせたら俺は部屋に出ようとした。が、佳乃は俺の手をしっかり掴んだ。とても冷たい手で。

「佳乃?」

「往人くんは今晩、一緒に寝てくれないかな?」

「ちょっと待て」

「ダメ?」

 体は女だから風呂はまだいいが、一緒に寝るなどさすがにやり過ぎだ。一応心は男だからな。しかし今俺は佳乃に拒絶の言葉を言うことができない。
 しかたなく、俺は布団の中に入った。
 佳乃のベッドは一人では少し広いが、二人ならちょうどいい。もちろん、女になって体が細くなるのも原因の一つだが。




「……」

「……」

佳乃の部屋は、とても静かだった。
俺たちは、なにも言わなかった。

「昨日、往人くんはね……」

 そして佳乃の声が、沈黙を破った。

「"お前、もしかして……"っと言ったけど……」

「……」

 佳乃は空を飛びたいと言った時、俺は一瞬そう思った。

 空にいる少女

 空を飛びたい少女

 もしかして、佳乃は俺がずっと探している女の子じゃないのか?

 そんなはずがないとわかってる。
 だが最近、空にいる女の子より、俺は佳乃のことが......

「往人くん?」

 俺は佳乃を見つめている。
 今まで気つかなかったが、佳乃を近くで見ると、ほんとうに綺麗だ。
 俺はやさしく彼女の柔らかい髪を撫でる。
 佳乃の右手を持ち上げると、黄色いパンダナが視界に入った。
 これを一生巻いたって、魔法は使えない。
 このパンダナは邪魔以外の何者でもない。
 俺はずっと佳乃を縛っているパンダナを解こうとした。

「! だめ!」

 佳乃は手を離そうとするが、俺は佳乃の手を離さなかった。

「ダメ……だよ……これを取ったら、あたし、空に……」

 俺は自分の唇で佳乃の唇を塞ぐ。

「空なんか、飛べなくてもいいだろう? ここで幸せに暮らせばいいじゃないか」

「でも……」

 やっと自身の気持ちがわかった。
 今の俺には、空の女の子より、佳乃の方がもっと大切だってことを。

「俺もずっと、佳乃のそばにいる」

 そう言って、俺は再びパンダナを解こうとした。今度佳乃は抵抗しなかった。

 長い間隠された手首には、痕跡はどこにもない、きれいなままだ。

 体は佳乃と同じ、女のものになってしまった。だから男と女のように結ばれることはできない。そして永遠にできないかもしれない。
 しかしそんなことどうでもいい。
 俺はただ、佳乃が欲しい、それだけで。

 俺たちはもう一度唇を重ねる。

 月光の下で、二人の人影は、一つになった。




あとがき:

本来18禁の展開ですが、それは禁止なので……


管理人のコメント


 佳乃の裏人格に殺されかけた往人君。霧島診療所に戻った彼は……


>それにしても声が妙に甲高くなった。

 また女の子になっていました(笑)。いや、笑うシーンではないんですが。


>「お前な、勝手に人を着せ替え人形にするなよ」
>「結構かわいいからいいだろ」


……聖……わかっているなアンタ。


>「女の勘だ」
>「はあ……こんな時に冗談を言う余裕があるとはな」


 聖の呆れる気持ちも良くわかります(笑)。


>月光の下で、二人の人影は、一つになった。

 二人の仲は急進展……でも、往人君女の子のままなんですよね……いい事ですが(爆)。


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