「あ、カメさんだ!」
「ぴこ〜」
佳乃はいつものようにポテトと橋の上に遊んでいる。
風呂場のことについて、聖はなにも教えてくれなかった。
いったい佳乃になにがあったのか?
最初は夢遊病と思ったが、そうではなさそうだ……
パッシャ!!
「ぴこ!」
「ん?」
なにか川に落ちた。そこを見ると、佳乃だった。
「少し風邪のようだな、今日は家で休んで」
「え、でも今日は学校……」
「そんなことより体の方が大切だろ」
「うん……」
翌朝、佳乃は風邪を引いた。
AIR〜夏の終わり〜
第六話 「もう一人の霧島佳乃」
作者: 暇の人
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「おいしい〜」
午後、俺は聖が作った薬粥を佳乃の部屋に持って来た。ポテトのやつはどこに行った。
「往人くんは食べないの?」
「さっきもう食べた」
俺の昼食は佳乃と同じ分量の薬粥だが、佳乃にはちょうどいいけど、俺には少なくて全然足りなかった。
「そういえば、子供の頃からお姉ちゃんはあたしが病気になったたびに薬粥作ってくれたんだ」
「聖が?」
どうやら聖はむかしからずっと佳乃の世話をしているらしい。
しかしここに来て以来、診療所には佳乃と聖しかない。今考えたらちょっと不自然だ。
「佳乃、変な質問だけどな、今までお前の両親には会ったことがないが?」
「……」
佳乃はいきなり笑顔が消えてしまった。
俺、なんかヤバイことでも言ったのか?
「もういないよ……お母さんと、お父さんは」
「なに……?」
「お母さんは、もともと丈夫な体じゃないのに、あたしを産んだから体の調子が急に悪くなって、あたしが三歳のとき死んじゃった…… 」
「……」
「それから、お父さんは診療所が毎日忙しいから、ついに体を壊しちゃって、数年前お母さんのようにいなくなっちゃった」
いつもいつも楽しそうでいる佳乃に、こんな過去があるとは絶対に想像できなかった……
「……あたしね……魔法が使えたら、空を飛びたいの」
「なんでだ?」
「だって、小さい時、お姉ちゃんはお母さんが空にいて、あたしのことをずっと見てくれていると教えてくれた。あたしは今でもそう信じるんだ。だからあたしは空を飛びたい、お母さんと会いたい、そして、謝りたい」
「……違うだろ」
「え?」
「謝るんじゃなくて、礼を言うべきだろ」
佳乃の気持ちはわからないわけではないが、母さんに謝りたい、と言うのは、俺にとって聞き捨てならない話だ。
「母さんはな、小さい時俺を一人残して勝手に死んじまった。けどよ、恨むなど一度も考えてないんだ。今の俺がここにいるのも、全部母さんのおかけだからな。そしてお前もそうだ、今のお前がここにいるのは、お前の母さんのおかけだぞ? よく考えろ、自分の子供に "産んでもらってごめんなさい"っとそんな風に言われるて喜ぶ母親がいると思うのかよ!」
喜ぶはずがない。ただ余計に悲しくなってしまうだけだ。
「……そうね、そうだよね。 ごめんなさいじゃなくて、ありがとうといわなくちゃ」
「だろう?」
「じゃ、お母さんに礼を言ったあと、あたしは往人くんの代わりに、空にいる女の子を探してあげる」
「は?」
「だってもし、あたしが彼女を探したら、往人くんはもう旅をする必要はなくてずっとここにいられるよ〜」
たしかに佳乃の言う通り、俺はただあの女の子を探すために旅をしている。しかし例え佳乃が大人になっても、必ず魔法を使えるとは限らない。それに、空に本当に女の子がいるのかどうか、実は俺自身にもよくわからないんだ。
突然、俺は変な考えが頭に浮かんだ。
「佳乃、もしかしてお前は……」
「? なに?」
「……いや、なんでもない」
俺が視線を逸らしながらこの部屋を立ち去ろうとした時、佳乃は俺を呼び止めた。
「往人くん」
「?」
「ありがとう!」
夕べ、珍しい事に診療所に数人の患者が来た。ちょっと忙しい事になったが安心した、やはり診療所はこうでなければいけない。
「おい、どこに行く?」
仕事が終わったあと、聖は書類を整理して、寄り合いだと言って出かけた。
「今日中に帰るから心配するな」
いきなり、聖は険しい顔をして俺を睨んでいた。
「いいか、もし佳乃に妙なまねをしたら……」
手から四本のメスが出た。
「するか!」
佳乃と違って、姉の方は俺のことをあまり信用していないらしい。
聖が行った後、俺は夕食と薬を佳乃の部屋に持って行った。
「佳乃?」
ドアをノックしたが、返事はなかった。同時に、胸騒きがした。俺は急いで中に入り込んだが……
部屋の中に、誰もいない。
俺は、あの時の佳乃を思い出した。
「ちっ!」
夕飯を机の上に置いて外に走り出した。
たぶん俺は、佳乃がどこにいるのかわかった。
「佳乃……」
予想通り、神社で佳乃を見つけた。
声を出した俺に、佳乃はこっちに振り返った。
なんの感情もない、虚ろな瞳で。
佳乃は、ゆっくり俺に近寄って来た。
「ならばいっそ.....わたくしの手で.....」
「くう!?」
風呂場の時のように、意味不明の言葉を口から発しながら、火のように熱い両手で俺の首を絞めつけている。首筋は焼けているようだ。全力で佳乃の両手を首筋から離そうとしたが、逆にもっと強く絞められた。激痛もさっきと比べられないほど増えている。
息はできずに視界は暗くなりはじめた。このままでは殺されそうだ。
ついに、俺は気絶した……
まだ夢を見た。
白穂は赤ちゃんを抱えたまま旅を続けた。弱い女性にとって、苦労はこれ以上ない。
それでも彼女は足を止めることはなかった。
そして彼女はある村に辿り着いた。しばらくの間、白穂は村の神社に身を寄せることになった。何故かその神社は見たことがある気がした。幸い、神社の宮司も喜んで白穂たちの世話をしてくれた。ここなら幸せに暮せる、白穂はそう思った。
だが、現実はそうじゃなかった……
村の人達は赤ちゃんが厄神だと思って生贄にしろと叫んだ。
そして、宮司はこう言った。
「あなたはまだ若い、この先子をなす機会などいくらでもある。」
つまり、赤ちゃんを捨てろというわけだ。しかし白穂にそんなことができるはずがない。
「諦めなさい、そうしなければ、もろともに殺されてしまう、あなただけではない、私の身も危うくなるだろう」
宮司の一言一言が、俺を怒らせてしまった。もし俺がその場にいたら、やつをぶっ倒したいくらいだ。
「……ならばいっそ、わたくしの手で……」
白穂は赤ちゃんの首を絞めようとしたが、やはり手が離れた。
「できません! たとえ厄神でも、わが子を殺す母が、どこにおりましょう……!」
剃刀を枕元の木桶から取り出して白穂は号泣の交じる声で叫んだ。
「わたくしが、身代わりになりますから……どうか、この子だけは……この子だけはお助けてください!」
宮司は彼女を止めようとしたが遅かった。剃刀で切られた白穂の手首から、血がいっぱい流れてしまった。
目を閉じたまま、白穂は、死んだ。
「佳……乃?」
首筋を絞めているはず佳乃の両手はいつの間に俺から離れて、彼女は意識が途絶え、倒れた。抱き上げると、体は信じられないほど軽い。
「くそ……なんなんだよ!」
さっきの夢のせいか、わけのわからない怒りが自制できずどんどん沸き上がってしまった。
猛烈な筋肉痛が全身に走っているが、それでも俺は佳乃を背負って診療所へ歩き戻った。もう一刻もここにいたくなくなるんだ。
管理人のコメント
また女の子になった往人君。いろいろな意味でドキドキする一夜が明けて……一応男に戻ってはいるようですが。
>「母さんはな、小さい時俺を一人残して勝手に死んじまった。けどよ、恨むなど一度も考えてないんだ。今の俺がここにいるのも、全部母さんのおかけだからな。そしてお前もそうだ、今のお前がここにいるのは、お前の母さんのおかけだぞ? よく考えろ、自分の子供に "産んでもらってごめんなさい"っとそんな風に言われるて喜ぶ母親がいると思うのかよ!」
往人君は育ちは不幸ですが、まっすぐに育っている良い人だと思います。普段は悪ぶってますが……
>「だってもし、あたしが彼女を探したら、往人くんはもう旅をする必要はなくてずっとここにいられるよ〜」
佳乃も往人君と一緒にいるために、いろいろ考えているようです。
>「いいか、もし佳乃に妙なまねをしたら……」
>手から四本のメスが出た。
お風呂に入るのはOKでも、一線を超えるのはさすがにアウトらしいです(笑)。まぁ、男の姿だからでしょうが。
>首筋を絞めているはず佳乃の両手はいつの間に俺から離れて、彼女は意識が途絶え、倒れた。抱き上げると、体は信じられないほど軽い。
何とか殺されずに済んだ往人君。しかし、女の子の姿と白穂の関係はまだ不明のままです。倒れた佳乃と彼女の運命は?
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