歩くこともできない赤ちゃんが、地面になにかを掴もうとしている。
 しっかり見ると、一枚の真っ白な羽だった。場所は、ほんの昔の農村みたい。
 そして俺が金色の海で出会った女性、長い銀髪の美女が羽根を拾って赤ちゃんに渡した時、羽根が輝いた。それを見ると、女性も赤ちゃんも一緒に笑っていた。女性は赤ちゃんを懐に抱いた。中年の男性が出て来て、女性の肩に手をかけた。この様子だと、彼らは夫婦らしい。

(これは?)
 今度こそ夢なんだ、俺はそう思った。

 白穂……彼女は夫にそう呼ばれた。
 そして息子の八雲。右手首には俺と同じあざがついていた。迷信を信じる村人たちはこの赤ちゃんに不吉とか、長く生きられないとか、様々なひどいことを言ったが、白穂たちは気にすることなく愛しい息子を育てた。

 彼女たちは、幸せに村で暮らしていた。


 そして戦乱……

 どこかの軍隊が戦船に乗ってここに侵攻した。白穂の夫と村の男たちは戦場に駆り出された。白穂は夫を見送る以外なにもできなかった。

 向こうは数万人の軍勢で新しくて強力な武装。それと比べて、日本の方の騎馬武者は手も足も出せなかった。正直言って、彼らの勝算はゼロも同然。近寄ることもできず、敵軍の砲火によって、騎馬武者たちは次々と討死した。

(なんてこった……)

 戦争より、虐殺と言うべきだ。
 目をそらすことができず、いやでも俺は目の前の地獄絵図を見続けた。
 耳も、兵士の悲鳴をはっきり聞こえた。まるで俺はあそこにいるようだ。

 ついにあの日の夜、天が手を出した。
 猛烈な暴風が吹いて、海上の外国の戦船を全部海の底に沈めてしまった。神は、彼らを助けて、戦争を終らせた。しかし、白穂の夫はうちへ帰らなくなった……

 それでも白穂は夫が必ずそばに帰って来てくれると心からそう信じて、息子を育てながら夫を待ち続けていた。だが、ある日、輝く羽根を触った者を捜す人たちが彼女の村にやって来た。白穂は急にその場で息子が手で握っていた羽根を取り隠して、深夜にまだ赤ちゃんの八雲を連れて新しい居場所を探すために村を離れた。




AIR〜夏の終わり〜

 第五話 「夢、現実」
 
 作者: 暇の人
 
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「ぴこ!」

「!?」

 ポテトの声が、耳で大きく響いた。

「なんだよ……?」

 視界が曇った。

(涙?)

 気付いたら、俺は泣いている。変な夢のせいで、今はとんでもない悲しい気分だ。ポテトは、俺の目を覚ましてくれたらしい。

「サンキュ」

「ぴっこり」

「サンキュ」

 俺はポテトをやさしく撫でた。長くて大きい手で。
 俺の体は、男に戻った。しかし、口袋の中の人形を見て、不安感がどんどん湧いてきた。
 先日といい昨夜といい、人形芸をしたから女になったんだ。
 まさか、これから力を使うたびに女に変わることになるのか?

「国崎君? どこに行く気だ?」

「神社だ!」

 台所から出て来た聖にその一言を言って、俺は外へ走り出した。ポテトも、俺の後を追った。



「……あれ?」

 いつも通り、意識が失って目が覚めた時あたしはへやにいる。
 時計を見ると、11時50分。

 でもおかしいな、あたし、いつうちに帰ったの?
 たしか昨夜、往人くんが魔法を見せた最中、見知らない男の子が飛び出して、往人くんと一緒に女の子になっちゃって、そして……             

なにがあったの?

「そうだ、往人くんは……」

 その後、往人くんはどうなるの?

 診療所の中には、往人くんの姿が見つからない。
 あたしは、ちょっと怖い。

「お姉ちゃん! 往人くんは?」

「国崎君? 今朝確かに神社へ行くと言ったが、まだ帰らないぞ……佳乃?」

 あたしはうちから走り出して、往人くんを捜しに行った。
 起きたばかりで朝ご飯も食べないから、おなかがペコペコ。それでもあたしは神社へ走った。

 やっと、往人くんを見つけた。女の子の往人くんじゃなく、いつもの往人くんを。

「だからもうやめようって言っただろう!?」

「ぴこぴこ! ぴこぴこぴこ!!」

 往人くんとポテトの声は、静寂な神社の境内に響いた。
 往人くんは昨夜のように人形さんを動かしている。ポテトは人形さんの動きをまねしているんだけど、ちょっと変だね。

 でもよかった、まだここにいたんだ……

「往人くん」

「佳乃?」

「往人くんは、どうしてここにいるの?」

「いや、ちょっと確認したことがあるだけさ、お前こそ、なんでここにいる」

「え〜と、もしかして黙ってどこかに行っちゃったかなと思って……」

「バカ、暫くここにいるって昨日言ったじゃないか」

「それはそうだけど……」

 暫く、ここにいる。

 それじゃ、今じゃなくでもいつか往人くんがこの町を離れちゃうんじゃないかな?
 往人くんは旅人さんだからしょうがないけど、あたしは、それが嫌。

「……往人くんは、どうして旅人さんになるの?」

「なぜそんなことを聞く?」

「ううん、あたしはただそれを知りたいだけ、駄目?」

 往人くんは空を見上げて口を開いた。

「俺は、女の子を捜していたんだ。」

「女の……子?」

「そう、翼が生えた、昔から今でも空にいる女の子だ。俺はそいつを捜すために、ずっと旅をし続けたんだ。」

 なんでかな? 心が、痛い……



「俺はそいつを捜すために、ずっと旅をし続けたんだ。」

 どうせ言ってもバカにされたから、今まで誰にも話さないでいたことを、俺は佳乃に教えた。昨夜佳乃が俺を信用したように、俺も佳乃を信用する。しかしそれを聞いたら、佳乃の笑顔は曇った気がする。

「さあ、帰るぞ、聖が待っているんだ。」

「う、うん……」

 俺たちは商店街に足を向けた。


「ぴこ?」

「あれ、あの人は……」

「三上?」

 三上と聖は、診療所の門外に立っている。
 俺と違って、三上は女のままだ。しかも、女になったからサイズが全然合わなくなってしまった服の代わりに、伝統的な巫女服を身につけていた。

 三上たちは深刻な顔をしながら会話をしている。なにを話しているのか聞こえないが、二人からの緊張した雰囲気はこっちにも感じられる。
 ついに三上と聖は俺たちの視線を気付いた。三上は俺を見たら、俺の方に歩いて来た。

「国崎、なぜお前が男に戻れる?」

「俺も知らないぞ、朝目が覚めたら男に戻ってたんだ。それより、なんだその格好は?」

「巫女さん?」

「ぴっこり〜」

「誰が巫女さんだ!毛玉も肯定するな!」

「しかし本当に可愛いな、思わず惚れるところだぜ」

「だから全然嬉しくねえってんだ!」

 本人はあまり好きじゃなさそうだが、その巫女服は今の三上にすごく似合う。

「つまり、おれだけもとに戻れないってわけか……」

 三上は「もういい」と言って、失望したように商店街を離れた。
 ふたりはいったいなにを話していたのかすこし気になる。

「佳乃、どうしたの? 元気がないな」

「え? そんなことないよ」

 佳乃は笑顔を見せた。だが、どう見ても作り出した微笑みだ。ポテトも心配そうに佳乃を見つめていたが、俺と聖はなにも言えなかった。

 そして夜

 予想通り、俺はまだ女になっちまった。
 もちろん、それはもう驚くことじゃない。
 もしかして力が使い過ぎからの副作用なのかと思ったから、今朝早く、何も食べずに神社へ行って力を使ってみたが、何時間やってもなにも起こらなかった。ゆえに、原因はいまだ不明。とりあえず、今日もここに泊まらなければいけないようだ。



「なんか往人くんは、ちょっと臭うね、昨日風呂に入らなかったの?」

 そろそろ寝るところ、佳乃はこう言った。
 俺もよく覚えてない。たぶん一週間くらい入ってないだろうと答えたら、俺は聖に叱られて強制に風呂場に入らされた。

 問題は、今の俺は女の子だ。
 自分の体とはいえ、身に着けている着物を脱いた時、まっ白な肌と、大きいと言えないが女性特有の柔らかそうな胸が俺の目を奪ってしまった。目のやり場に困ってしまって、体を少し触っても変な感触が全身に走った。

 しかもだ……

「佳乃も、随分成長したな」

「うわわわ〜 姉ちゃんやめてよ」

「それに胸も大きくなったな」

「もう……」

「……」

 目を閉じても、霧島姉妹の甘い声で、見えなくても頭は自然に佳乃たちの裸を思い浮かべてしまった。今までにない刺激が俺を襲った。

「あの……」

「なんだ?」

「なんでお前たちまで入ってるんだ?」

「だって、三人一緒に入った方が楽しいよ、往人くんは嫌なの?」

「好き嫌いの問題じゃないだろう、こうなっても一応男だぞ俺は」

「今は女の子だから大丈夫だよ」

 どう説明しても無駄そうだ。聖も「佳乃がいいならわたしもかまわんさ」と言った。
 それにここは聖と佳乃の家だから、俺は文句を言う権利はない。佳乃の甘い声に耐えながら、目を閉じたまま俺は体を洗った。

突然、風呂場が静かになった。

「……佳乃?」

 俺は思わず目を開いて佳乃を見つめた。
 佳乃はただ無言で呆然とする。俺たちの方を見ているが、俺や聖を見ている訳じゃない。その瞳には、誰も映っていない。

「久しぶりだな……」

 聖の声が響いた。いつもと違う口調で。

「君は一体、あたしと佳乃を、どうしたいんだ?」

「……」

「答えろ!」

 風呂場で、聖は怒鳴り声を上げた。
 目の前のは確かに佳乃だが、彼女は佳乃じゃない。そして聖も、佳乃にそんな風に怒鳴るはずがないんだ。

「……このこは……わたくしの……いのち……」

佳乃じゃない佳乃は、弱々しく声で答えた。


この子は、わたくしの命


「違う! 佳乃は佳乃だ! わたしの大切な妹だ!」

 背中から聖の表情は見えないが、彼女は泣いてるに違いない。
 聖は泣き声で叫んだら、佳乃を強く抱きしめた。


「……あれ?あれれれ?お、お姉ちゃん、どうしたの?」


 佳乃は、正気に戻った。




あとがき:


ついに白穂が登場。
TS部分はまだ少ないですが、核心に突入しはじめました。


管理人のコメント

 第四話で羽根の輝きに巻き込まれ、女の子になってしまった往人たち。彼らが光の中で見たのは……

>今度こそ夢なんだ、俺はそう思った。

 羽根の記憶の一つ、白穂の話ですね。


>「そう、翼が生えた、昔から今でも空にいる女の子だ。俺はそいつを捜すために、ずっと旅をし続けたんだ。」
>なんでかな? 心が、痛い……

 佳乃も往人への思いを育てているようです。嫉妬を感じるくらいに。


>俺と違って、三上は女のままだ。しかも、女になったからサイズが全然合わなくなってしまった服の代わりに、伝統的な巫女服を身につけていた。

 キタ―――――――――――(゜∀゜)―――――――――――――!(笑)
 それは冗談としても、三上が戻れないのは、大事なひとがいないから、なのかもしれません。


>「しかし本当に可愛いな、思わず惚れるところだぜ」

 往人君、佳乃の前でそんな事を言っていいのか(笑)。


>予想通り、俺はまだ女になっちまった。
>もちろん、それはもう驚くことじゃない。

 既に順応してきてますね。良い事です。


>「君は一体、あたしと佳乃を、どうしたいんだ?」
>「……このこは……わたくしの……いのち……」

 白穂の意識が強まってきていますね。原作では佳乃の意識がないときにしかでてこないのですが……


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