朝ご飯を食べたあと、佳乃は飼育当番だから夏休みでも学校に行く。どうせすることもないし、俺は彼女を学校まで送った。
「そういえば、往人くんは旅人さんだよね?」
「ああ」
「じゃ、いつまでここにいられるの?」
「さあな、だが暫くここにいるはずだ」
「そっか……」
なぜか嬉しそうに、佳乃とポテトは学校の中に走って行った。
あの時と違って、能天気で明るい。瞳にも生気が満ちている。もし手首に巻いたパンダナがなければ、本当に別人だと思うかもしれない。
学校に長居は無用だから、俺も別の所に行く事にした。
AIR〜夏の終わり〜
第四話 「出会い」
作者: 暇の人
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俺は郊外まで来て、橋の上に座っている。
「……」
女になったとき浮かんだ黒いあざは、まだ手首に残っている。それは昨夜起きた事のすべては現実だった、というこれ以上ない証拠だ。
いつもならもうとっくにこんな田舎を離れて、別のところに行ってしまうだろうが、このあざがついている限り、まだ女になる可能性がある。確かにこの町は住人が少ないから稼ぎ難いが、治安がとてもよい。今は男の姿をしているが、もし外の大きな町や都市に野宿するときいきなり女の子になったら、どんな目に会うのかわからない。
とにかく、原因を見つけないと、俺はこの町から出ることはできない。
「?」
静かな郊外で、人の足音が聞こえてきた。
足音の方向を見ると、二人の男女が、こっちに歩いてくる。柑橘の香りがまわりの空気に満ちた。
久しぶりに稼ぐ好機だ。こんなチャンスを見逃す俺ではない。
それにしても皮肉なことだ。どんなに頑張ったって誰も来てくれないが、なにもしないのに、人が寄ってくれるとはな。俺は思わず苦笑した。
(な……?」
彼らに声をかけようとしたところで、俺は男の隣にいる女の子を見つめて絶句した。
絶対に幻覚などではない、彼女の背に、羽が生えてたんだ。
俺の視線を感じたように、次の瞬間女の子は消えてしまった。その同時に、周りの柑橘の香りもなくなった。しかし、男はなんの反応もしなかった。どうやら彼はさっきの女の子の存在は知らないようだ。
(幽霊ってやつなのか?)
幽霊を見るのははじめてじゃないから、いまさらびびるわけがない。ちょっと気持ちを整理して俺は男に声をかけた。
「よお」
「……なんだ?」
男は冷たい返事をしたが、俺はそれを無視して彼の前で人形劇をした。
男は驚いた顔をしたが、無理もないだろう。人形に触れずにそれを動かせるのは、日本では俺しかいない。この町に来た時以来のお客さんだ、俺は一生懸命人形劇をする。
「どうだ、面白いだろう?」
「ま、まあな」
期待に反して曖昧な返事だ。男は俺に背を向けて立ち去ろうとした。
タダで見せる気はない、俺は急に男の腕を掴んで金を払えと要求した。
「ふざけるな! おれはあんな馬鹿な芸を見せてくれなどとは一言も言ってない!」
ひどい侮辱の言葉に我慢できなくなった俺は、思いっきり一発男の顔面をぶん殴った。男も同じく俺を殴り返した。
「はあ、はあ……」
「はあ……はあ……」
「…………」
「…………」
「「くっく……くははははは!!」
数十分の殴り合いのあと、俺たちは大声で笑っていた。どうして笑ったのかわからないが、どうしても笑いたい気分だ。
「やるよ」
男は俺に、100円をくれた。態度はすげえムカツクけど、いいやつみたいだ。俺はつい男に名を名乗った。
「俺は国崎往人だ、お前は?」
「三上、三上智也だ。どう呼ぶかは勝手にしろ」
空は茜色に染まった。
「ぴこぴこ〜」
「往人くん!」
そろそろ駅前に行こうとしたが、誰かが俺を呼び止めた。佳乃とポテトだ。
「佳乃?」
佳乃は俺を見たら、安心そうな顔をした。
「俺になんの用だ」
「えっと、別になにも」
「……用がないなら俺は行くぞ」
あいつ、いったいなにしに来た?
「そうだ、今日の晩ご飯はラーメンだから、一緒に食べようよ」
「……まじか?」
「大まじだよ」
ラーメンだからってどういう意味だ? と疑問を抱いたが、おなかの減った俺はそれより、ラーメンを食うのが優先だ。
「美味しい〜 久しぶりにラーメンを食べたよ」
「佳乃が好きなら、毎日作ってやろうか」
「お姉ちゃん、本当?」
「本当だ」
確かに久しぶりだ。最後にラーメンを食ったのがいつのかもう忘れてしまったが、ようやくその懐かしい味が思い出せた。聖のやつ、意外に料理がなかなか上手だ。少し見直した。だが、釈然としないことがある。
「……聖、文句を言うつもりはないが、待合室で食事をするのは大丈夫なのか?」
「なに、ばれなければ問題ないさ。」
(もうばれたかもしれないな……)
最初、この町の唯一の診療所なのに、なんで病人を一人でも見たことがないのかと思ったが、犬に入らせて待合室で食事をして、こんな結果になっても当然のことさ。もちろん、それを言う気はない。
食事が終ったら、佳乃は俺に向かって言った。
「ねえ、往人くん、散歩に行こう」
「今からか?」
壁にかかっていた時計を見た。もうすぐ十時だった。
佳乃は俺を引っ張って、そのまま外へ連れて行く。聖の方を見ると、聖は「いいんだ」と言うように見返した。佳乃を一人で外に出させるわけもいかないから、しかたなく俺はつき合ってやる事にした。
商店街、郊外、堤防、山道、そしてついに俺たちは神社まで来た。
「お前、いつもこんな時間に散歩してるのか?」
「うん!」
よく無事だなと、この町の平和さに驚いた。そんな俺にかまわず、佳乃はポテトと意味不明の会話をしている。
(……)
佳乃の右手首のパンダナを見る。なんか昨日から巻いたままだ。
「佳乃」
「? なに?」
「そのパンダナはまさか、ずっと手首に巻いたままなのか?」
「え……」
なぜこんなことを聞くのか俺もよくわからない、しかし、それを聞かないといけない気がする。
「往人くんは、魔法を使えたらって、思ったことないかな?」
「魔法?」
「じつはね、このパンダナはね、もらった物だよ……」
佳乃はなにかを考え込んだと思ったら、やっと覚悟するように俺に話した。
「子供の頃のことだから、誰にもらったのかあまり覚えてないけど、でも、あの人の話はまだ覚えてるの。」
「……」
「"大人になるまでずっとつけてなさい、それまで絶対に外しちゃいけない、そうすれば魔法が使えるようになる"って.....」
「お前、もしかして……」
「うん、あたしはあの時からずっとこのパンダナを巻いてるんだ。もちろん人は変な目であたしを見たり、いじめられたりしたこともあったけど、でもね、お姉ちゃんがいつもあたしを守ってくれたの。」
おそらく佳乃は、そんなこと今まで誰にも話したことはないに違いない。それなのに、佳乃は友人でもない、出会ったばかりの俺に話してくれた。俺は、そこまで信用されたのだろうか?
「……使える、かもしれないな」
「え?」
「いいか、よく見ろよ」
昼間三上に見せたように、人形を立たせて芸をし始めた。
「……往人くん、これは?」
「法術ってやつだ。簡単に言えば魔法の一種だ。」
母さんがまだ生きてる頃、俺の力を法術と呼んたが、名が違っても性質が同じだから、魔法と言っても過言ではない。
佳乃とポテトは、目を離さずに無言のまま、人形のそれぞれの動きを見ていた。
しかし妙な気分だ、なんだか人形を操るの右手首は、ちょっと熱い。それだけではなく、あざの部分も、光っているように見えた。
「国崎! 早く止めろ!!」
突然、三上が神社から飛び出した。手の中で、発光してる物体を握っている。それを合図にしたように、俺の腕の光と熱さは一気に増えてしまった。
「うわわわ〜」
「ぴ、ぴこ?」
目の前の三上は、昼間の時の三上じゃなくなった。服は変わらないが、髪は異常に長くなって、体は小さくなった。まるで女の子……いや、もう明かに女の体になってしまったんだ。自分を見て、俺も同じようになっている事に気がついた。佳乃はオロオロして、俺と三
上はただただ互いに唖然と見つめあっている。
ぱっ
「ぴこ!?」
「佳乃!?」
事情も把握してないのに、よりによって佳乃はこんな時に気絶した。
「……どうする?」
「どうするっと言ってもな……」
このままじゃまずいから、俺はまず診療所に行こうと提案した。聖に頼んだらなんとかなるだろう。俺たちは佳乃を診療所まで運んだ。幸運にも、途中の路に人は一人もいなかった。もし俺たちの今の姿が見られたら、大騒動になる事必至だ。
ようやく無事に診療所に辿り着いた。聖は最初懐疑の目で俺たちを睨んだが、一所懸命説明したあとやっと信じてくれた。昏睡状態になった佳乃を部屋に運んで行った聖を待ちながら、俺と三上は待合室のソファの上に座った
「で? 君たちはどうしてこんな姿になったのか?」
「それがわかってたら何も困らないさ」
「おれにもさっぱりわからん。神社の中で変な羽根を拾って、気がついたらこうなってしまったんだ。」
「……羽根?」
「聖? どうした?」
「い、いや、何でもない……」
三上は羽根のこと話すと、聖は明らかに動揺した。表情がちょっとおかしい。
「あの、失礼だが……」
「神主さん?」
「ジジイ!?」
いつの間にか、見知らぬ老人が立っていた。聖と三上の様子だと、二人の知り合いのようだ。それにしても、今日の乱入者はなぜそんなに大勢なのか?
「ジジイ!お前の仕業か!?」
「おや、ボウズ、 なかなか可愛くなったようじゃな」
「とぼけるな、これは一体... っってこら! なにすんだ!? おれを離せ!」
見かけによらず凄い力を持った老人だ。片手で三上を脇に抱えられるとは……
「早く帰るのじゃ、明日も早起きしなくちゃいけないからな」
「てめえ! こうなっても働かせるつもりかよ!?こら、おれを離せってんだ!!」
老人は三上が怒鳴るのを無視し、邪魔したなと言って、三上を強引に連れて去った。そ
して、診療所に静けさが戻った。
「……あの老人は何者だ?」
「神社の神主さん、町中公認のいい人だ。」
そういう問題じゃなくて、なんでここにいたんだと聞きたいが、やっぱりやめた。
「ほら」
「? なんだこれは?」
聖は、俺に白いパジャマを渡した。
「君はこんな姿で野宿するつもりか?」
「……」
つまり、今日はここに泊めてくれるってわけか……しかし、聖の話も一理ある。
ついに、俺は二度目の来訪で他人のうちに泊まることになる。
それは、これまでなら絶対にありえないことだ。
管理人のコメント
今回は第3話を往人君サイドから見たような話です。が、そこにもいろいろと謎がある様子……
>絶対に幻覚などではない、彼女の背に、羽が生えてたんだ。
果たしてこの少女は? AIRと言うことで神奈とも考えられますが、三上の傍にいるということは……
>「……聖、文句を言うつもりはないが、待合室で食事をするのは大丈夫なのか?」
>「なに、ばれなければ問題ないさ。
ゲームをしているときは何も思わなかったのですが、確かに妙な光景です。流しそうめんまでやってるし……
>「とぼけるな、これは一体... っってこら! なにすんだ!? おれを離せ!」
>見かけによらず凄い力を持った老人だ。片手で三上を脇に抱えられるとは……
女の子だから軽いとは言っても、確かに凄い力です。只者じゃありませんね神主。
>ついに、俺は二度目の来訪で他人のうちに泊まることになる。
>それは、これまでなら絶対にありえないことだ。
あれ、観鈴の家に泊まったんじゃ……あれって佳乃シナリオでは無いイベントでしたっけ?
再び女の子になってしまった往人君と三上。二人の運命は?
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