AIR〜夏の終わり〜
第三話 「もう一人の旅人」
作者: 暇の人
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おれは過去を全部忘れるため、故郷と友達を捨て、一匹狼の旅人の道を選んだ。
そして二週間前に、おれはこの町に来た。本来ここはおれの目的地じゃないが、途中持っていたお金はもうあまり残ってないから、しかたがなく、おれは途中下車した。
昔住んだ街では喫茶店で働いた経験があるから、ここでしばらく働くつもりだった。しかし、ここに寄ったのは間違いだった。
こんな田舎町では、喫茶店はもちろん、まともな店も少ない。故に働く場所は見つけられない。
一番まずいのは、旅館がなかった事だ。持っていた金は食べ物を買うには不足だったから、おなかがすいたまま、郊外で彷徨していた。
幸い、三途の川を渡るところで、おれは近くにある神社の神主に助けられた。老人だが、身長はおれより高い。筋肉の堅さと強さは、見た目でわかる。彼はおれを神社から少し離れた家へ連れて行ってくれた。
シャワーを借りたあと、おれ達は晩ご飯を食べた。神主はなんであんなところに倒れていたのかと聞いて来たから、おれは、お金が足りなかったので、仕事を紹介してくれと頼んだ。
「ならば、うちで働かないか? 給料もいいぞ」
と言った。おれはためらうことなく、その提案を受けた。最初、おれは老人が善人と思ったが.......
「こら、早くしないか」
「そこもモップがけをするのじゃ」
「あとはご飯を作ってくれ」
「庭の掃除はどうした」
あの日から、おれは神主にいいように酷使された。
しかも、おれの苦労を見て、やつは奥さんとお茶を飲みながらほっほっほと笑ってやがる。
本来文なしのおれには選択の余地はないが、もうすでに限界だ。逃げよう。だが、こんな目にあわされて、大人しくこの町を去るほど、おれはお人好しではない。だいたい、こんなに一生懸命に働いているのに、給料は雀の涙だったのだ。
ところが、あの家に住んでいた間、日用品以外、目に見えるのは塵だらけの家具と古くてしかたない服だけだ。金目の物も、どこにあるのかわからない。そこで、神主からよく言われたことを思い出した。
「いいか、絶対に社殿の中に入るな」
どうやら社殿にはなにか貴重な物でもあるようだ。だからおれの目標は家からあの神社に移った。そして、"十時さよなら作戦"という名の計画が生まれた。
ジジイと奥さんは、毎日規則な生活を送る。だから、必ず九時半に寝るので、おれにとっては丁度いい。ならば、十時に神社に入り、高価な品を全部盗んたら、バスに乗ってこの町からおさらばだ。どう考えでも一つの隙もない計画だった。おれは楽しみな気持ちで、計画を実行する日を待っていた。
その時おれにはまだわからなかった。自分がどれほど厄介な事件に巻き込まれたのかを。
そして、計画を実行する日の正午。
ジジイに疑われたくないから、おれはいつも通りの振りをした。家をしっかり掃除して、ご飯を作って、そして買いものをした。
商店街で米を買って、神社に戻る途中、一人の男が堤防で座っていた。
男はおれの存在に気づいたのか、一瞬驚いた顔をしたが、すぐ我に返ったようだ。そしてこちらの方に歩いて来た。
「よお」
「.....なんだ?」
「いいものを見てくれよ」
「いいもの?」
この男、不良なのだろう、目つきも悪いし、まさか怪しい薬を売るつもりか? と思ったら、おれの想像に反して、男が取り出したのは薬でも何でもなく、ただボロボロの汚い人形だった。
「よく見ろよ、俺の大道芸」
「!」
地面の人形はいきなり立ち上がった。そして、自ら動きだした。その過程で、男が人形に触ることはない。ある意味、本当に素晴らしい芸だった。だけど........
(つまらねえな)
オチもないし、見れば見るほどつまらない。むしろ、人形の外見のせいで、気味の悪さがだんだん増えていった。
「どうだ?」
「うん?」
「面白いだろ?」
「ま、まあな」
ここで正直に言うべきなのかどうかわからない。だからおれは曖昧な返事をした。
「じゃ、お金を払えよ」
「は?」
「は、じゃねえだろ? 見物料だ。さっさと払え」
「ほざけ、なんでおれが金を払わなければならないんだ!?」
「おいおい、これは大道芸だとさっき言ったじゃないか!? まさか無料と思ってたのかよ!」
「ふざけるな! おれはあんな馬鹿な芸を見せてくれなどとは一言も言ってない!」
やはり不良だこいつ。勝手に金を払えと強要しやがった。
「馬鹿、だと?」
「そうだ、違うか」
「野郎!!」
男は勢い良くおれをぶん殴った。
「...... やるのか!?」
おれも奴に一発殴り返した。今のおれは一円でも大切だし、この男の態度はじつに気にいらない。こんなやつに遠慮する必要はない。
「もう一度言ってみろ! だれが馬鹿だ!」
「ああ、なんどでも言ってやるさ! 馬鹿野郎!」
「貴様!」
拳を握る気力がなくなるまで、おれ達は殴り合いを続けた。
「はあ、はあ.....」
「はあ.....はあ......」
「..........」
「..........」
「くっ........」
「くっ........」
「「くっく...... くははははは!!」
久しぶりに大暴れした。気持ちがとても良かったた。不愉快なことは、なにもかも頭から吹っ飛びそうだ。あの男も同じだろう、おれ達は一緒に笑っていた。
「やるよ」
心境が変わった。おれは百円玉を男にあげた。
「おい、たった百円かよ」
「あのな、大道芸って、それくらいだろうか」
「それはそうだがな......」
「お前、本当に大道芸人か?」
無駄な時間がかかりすぎだ。おれは立ち上がって、この場を去ろうとした。
「まて」
「今度はどうした」
「俺は国崎往人だ、お前は?」
「..........」
「なんだ、名前も名乗れないのか?」
昔と違って、今は人と関わるのを避けたいところが、何故か、おれはこの男に素直に名前を名乗った。
「三上、三上智也だ。どう呼ぶかは勝手にしろ」
ついに夜が来た。
神主夫婦がもう寝いってしまったと確認してから、おれは音を立てないように家から出て、神社の前に来た。
「おいおい、まじかよ」
社殿の鎧戸は簡単に開いた。
(人に入られたくないなら、鍵くらいかけろよ)
順調過ぎて、まさか何もないんじゃないのかと、少し不安になった。
中に入ったら、周りの空気が変わった。全身に寒気が走った。何と言って良いか、一刻もここにいたくない、そんな感じだった。しかし、ここまで来て諦めるわけにはいかない。辺りを見ると、社殿の中央に、一枚の羽根が輝いていた。
(これは!?)
好奇心で羽根を掴んでみると、羽根の光は消えてしまった。それに、なんかこの羽根には質感が感じられない。形があるのに実体がなさそうだ。まるで、幽霊のように......
いつの間にか、外には人の気配があった。幸い、さっき入った時一応鎧戸を閉めたから、外からはここを見られない。バレはしないとおもうが、おれは鎧戸の隙間から外を覗き込んた。
(国崎?)
外にいたのは、神主や奥さんではなく、国崎と一人の女の子だ。そして奇妙な生物が、二人の足下で「ぴこぴこ」という奇声をたてていた。もちろん、二人(と一匹)はおれのことには気付いていない。しかし、おれには彼らが何を話しているのか、はっきり聞こえた。
「ねえ、往人くん.....」
「うん? なんだ」
「魔法が使えたら良いなって、思ったことないかな?」
一瞬の沈黙
「.....使える、かもしれないな」
そう言って、国崎は人形を取って昼間のように人形芸をし始めた。女の子と生物も、目を離さずに無言のままそれを見ていた。幻覚なのか、なんか国崎の右手は光っているように見える。
(くう!?)
突然、手の中の光が消えた羽根は、人形の動きに合わせるように再び輝きはじめた。人形が激しく動くほど羽根は熱くなる。おれは手を放そうとしたが、吸いついたように、羽根を放すことができなかった。炎のような熱さが、おれの手を焼いている。同時に、国崎の右手の光は、ますます眩しくなった。それなのに、国崎も女の子もまったく気付いていない。
一体どういうことなのかわからない。しかし、このままではヤバイことになるに違いない。手の激痛を無視し、おれは鎧戸を開けて外に飛び出した。
「国崎! 早く止めろ!!」
「... 三上? な、なんだ!?」
もう遅い。
「往人くん!?」
「ぴ、ぴこ!?」
服は完全に変わって、国崎の身長は隣の女の子と同じくらいになった。そしておれもだ。服は変わらないが、女の体になったのは一目瞭然だ。さっき握った羽根がいつの間に消えてしまった。代わりに手の裏は真っ黒だった。髪は国崎のように銀色になったわけじゃないが、髪の長さは同じだ。
女の子は「うわわわ〜」とオロオロしていた。
おれと国崎は、唖然としながら互いを見ていた。
「始まったようじゃな」
「じいさん、これで本当によかったのか?」
「ああ、これからは若者の仕事だからじゃ」
「これで、ご先祖さまの悲願も叶うかのう」
「さあ、それも若者次第じゃな........」
あとがき:
原作では顔も声もない神主さんは、重要な人物として登場しました。
神主の奥さんはゲームの中で出ることがないので、オリジナルのキャラです。
そして出るはずがないキャラ--- 三上 智也。そのキャラを知ってる人はたくさんいるかもしれませんが。"AIR"ではゲストです.........
もちろん、彼はとても重要な人物のひとりです。(主人公になっても問題ないほど)
これから、 彼らはどうなるのかな?
管理人のコメント
佳乃シナリオに沿って進むのかなぁ、と思いきや、未知の新要素が付け加わってきました。
>おれは過去を全部忘れるため、故郷と友達を捨て、一匹狼の旅人の道を選んだ。
新たな旅人の登場です。三上智也……調べてみると「Memories Off」の主人公らしいですね。
>おれは近くにある神社の神主に助けられた。
>あの日から、おれは神主にいいように酷使された。
助かったと思いきや、とんだ「レ・ミゼラブル」です(笑)。
>ならば、十時に神社に入り、高価な品を全部盗んたら、バスに乗ってこの町からおさらばだ。
智也もジャン・バルジャンよろしく、金目のものを盗んでの逃走を企図しますが……
>この男、不良なのだろう
往人との出会い。でも人の事言えるのか、智也(笑)。
>久しぶりに大暴れした。気持ちがとても良かったた。不愉快なことは、なにもかも頭から吹っ飛びそうだ
拳の友情、キター!(笑)
>社殿の中央に、一枚の羽根が輝いていた。
いよいよ盗みに入った智也ですが、とんでもないものを見つけてしまいました。そして……
>国崎の身長は隣の女の子と同じくらいになった。そしておれもだ。服は変わらないが、女の体になったのは一目瞭然
二人揃って女の子に変身。はたして、二人の旅人はどうなってしまうのでしょうか?
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